表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
58/60

第五十八話 天也

 石勒(せきろく)は歩騎四万を率いて洛陽(らくよう)に向かい、ついに黄河を渡った。

斥候の情報では、黄河には流氷が浮かんでおり、風も強いということだったが、主力が到着すると、氷が融け、天候も穏やかになり、渡り終えてから流氷が流れてきた。

石勒はこれを神霊の助けと思い、この渡渉地点を霊昌津(れいしょうしん)と命名した。

石勒は進軍しながら、流石にもう洛陽は陥ちているだろう、と考える。

では、どうなれば勝ち筋はあるか。

張賓が生きていれば、どのように考えるだろうか。


劉曜(りゅうよう)が兵を成皋関(せいこうかん)に集めていれば上策だ。洛水(らくすい)で阻んでくれば中策。坐して洛陽に留まっているならば奴を生け捕りにできる。そうだろう、徐光」


石勒は横にいた徐光にそう言った。

徐光は目を丸くして答える。


「おいらも、そのように考えます」


果たして成皋関(せいこうかん)に辿り着くと、そこに待ち構えていた軍勢は(ちょう)の旗を掲げている。


「で、どっちだ」


石勒の国も趙、敵の劉曜の国も趙。

敵味方のどちらか一見してわからない。


「アニキ……陛下!」


嬉しげに軍中から駆け出してきた騎馬武者は、石虎であった。

成皋関(せいこうかん)に劉曜軍はいなかったのだ。

石勒は天を指差し、その後に自身の額を指差して、言った。


天也(てんなり)


関に登って見渡せば、洛水にも劉曜軍はいなかった。

石勒は徐光や桃豹の肩をぽこぽこ殴って、笑う。


「俺を祝福しろ!」


石勒は騎兵に重い鎧を外させ、軽騎兵とした。

そして、兵士に(ばい)をくわえさせると――枚とは、会話を避けて隠密に行動するために噛む木の板である――抜け道を使い、通常の道の倍の時間をかけて洛陽に近づいた。


 「あの女を手に入れたのは、この洛陽だった。晋の豚どもを皆殺しにして京観を築き、燃え盛る城を見せつけながら、ものにしたのだ」


劉曜は死んだ羊献容(ようけんよう)との出会いを懐かしみながら、酒盃を傾けていた。

劉曜にとって、この洛陽は思い入れの強い土地であった。

いつまでここに留まっているのだろう。

平先(へいせん)はじめ配下の将たちは心配になってきていた。

間者が石勒の本拠で反乱を起こす手筈だが、その報せも届かない。


「石勒軍出現! 三方向から洛陽城に向かって、猛烈な勢いで接近しています」


劉曜は酒盃を投げ捨てると、五色の剣を抜いた。


石勒軍は石虎の敗軍も吸収して、歩兵六万、騎兵二万七千あまり。

対する劉曜軍は歩兵八万、騎兵二万あまり。

石勒みずから歩騎四万を統率して、宜陽門から洛陽城に入り、故太極前殿に登った。

石虎は歩兵三万を率い、城の北から西に進み、劉曜軍の中軍を攻める。

石堪(せきかん)石聡(せきそう)らはそれぞれ精鋭騎兵八千で、城の西から北に進み、劉曜軍の先鋒を攻め、西陽門で会戦した。

鎧を着ていない石勒軍に対し、劉曜軍は重装備である。

まともにやり合えば数でも装備でも劉曜軍に分のあるはずが、虚をつかれて防御戦闘を始める前に侵入を許したため、素早い石勒軍に主導権を渡してしまった。

包囲されたことを悟った劉曜は、軍を大喝する。


「何を固まっておるか! 展開しろ! 就平(しゅうへい)の陣だ」


まとまって布陣していた劉曜軍は、目を覚ましたように横隊に展開した。

しかし、その行動こそが致命的な結果をもたらした。

厚みを失った劉曜軍を切り裂くように、石堪と石聡率いる精鋭騎兵八千が突入した。

劉曜軍は石勒軍の素早い動きに翻弄されるばかりとなった。


「石勒ぅぅぅぅぅ!」


劉曜は獣骨の弓を構えると矢を番え、迫り来る騎兵の背後に見える石勒へと渾身の力を込めて放った。

石勒は泰然として、ただ愛用の剣、石氏昌(せきししょう)を構えてその場に踏みとどまる。

劉曜の矢は、石勒の剣に当たって折れた。


「陛下、お逃げくださ……」


劉曜配下の平先の声は、石聡の放った矢によって断ち切られた。

首に矢の刺さった平先は落馬し、乱軍に踏み潰されてしまった。

劉曜は五色の剣を抜いて、馬に鞭打つと、石勒を見据えて走り出した。

あと一馬体も近づけば剣の間合いだ、というところで、劉曜の動きは止まった。

脇腹に矛が突き刺さっていた。

石堪が矛を引き抜くと、劉曜の脇原から止めどなく血が流れた。

馬から落ちた劉曜は、暗渠に張った氷にその身体を打ちつけることとなった。


氷上に臥した劉曜は、氷に映る石勒の姿を見た。


「石勒よ。劉家への忠義の誓いを忘れたか」


石勒は静かに返した。


「今日の事は天がそうさせたのだ。他に何を言うことがあるか」


 劉曜は捕らえられ、趙国の都である(じょう)に送られた。

劉曜の侵攻と連動して襄に仕掛けられた反乱は、石勒の后である劉凛(りゅうりん)によって鎮圧され、首謀者は劉凛の手で斬られていた。

石勒は劉曜に残党への降伏勧告を書かせようとしたが、劉曜は徹底抗戦を煽る書状を書いた。

石勒は遂に劉曜を斬った。


これにより、華北は石勒の手により統一された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=460295604&s 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[一言] 「天也」のシーン嫌いなやつ0人説
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ