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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第四十九話 祖逖との戦い

 石勒(せきろく)は趙の建国宣言後、急速に国造りを進めていた。

放棄された領内の学校を復興して学問を奨励し、井戸の掘削のための士官を設け、民力の回復に努めた。

また、領内の民衆を治めるにあたり、仮の律令を制定した。

石勒は法曹令史の貫志(かんし)にこう命じた。


「現在は大乱の後にも関わらず、律令はやたらに細かくて難しく、民は混乱している。そこで、律令の要点を集め、施行する法制を作ってもらいたい」


これにより作られたのが『辛亥制度』五千字である。

十余年施行してから、律令を運用することとした。

この頃、晋朝の泰山太守の徐龕(じょがん)が晋朝にそむいて石勒に降った。

慌ただしい日々の中でも、石勒はあることを張賓(ちょうひん)に頼んでいた。

それは、文字の読めない石勒が出来る学問のかたちであったし、箸休め的な娯楽でもあっただろう。


「その時、酈食其(れきいき)は言いました。『陛下、戦国七雄のうち、(しん)に滅ぼされた六国の王の子孫を立て、王に任じるとよろしいかと存じます』」


石勒は真剣に張賓の声を聴いている。

文字の読めない石勒は史書を張賓に朗読してもらっていたのだ。

張賓は続ける。


「高祖劉邦(りゅうほう)はその言を良しとして、直ちに六国の印璽を作らせました」


石勒はがばっと立ち上がり、言った。


「馬鹿な! そんな事をしたら、国が乱れてしまうぞ!」


「陛下、最後までお聴きください」


石勒はしぶしぶ座る。


「その後、高祖が食事をしていると張良が告げました。『陛下、六国の印璽の件は直ちに取りやめくださいますよう。そうしなければ、陛下の事業はたちどころに頓挫しますぞ』。驚いた高祖は身を乗り出しました。張良曰く『この計画には様々な問題があります。第一に……』」


石勒はにやりと笑う。


「なるほどな。張良がいたから、高祖劉邦は天下を獲れたのだな」


そして、ぽつりと続けた。


「俺に右侯(おまえ)がいるように、な」


張賓は顔を赤くして、口をぱくぱくさせている。


微笑ましいやり取りはしかし、朝堂に入ってきた伝令兵の声によって打ち切られた。


祖逖(そてき)なる者の軍が譙郡(しょうぐん)を強襲、譙城は既に陥落しました」


 祖逖ははじめ譙郡(しょうぐん)を攻略するにあたり、現地で塢主(うしゅ)となっていた陳川(ちんせん)という人物の支援を受けた。

しかし、陳川の配下が祖逖の人となりや振る舞いに惚れ込んで次々と祖逖のもとに走るに至り、陳川は怒りと嫉妬から祖逖の奪回した地域を攻撃・略奪する暴挙に走った。

しかし、陳川はそれらの略奪品を祖逖の配した伏兵に奪われてしまった。

祖逖の兵は鉄のごとき規律を守り、略奪品に手をつけずに民衆に返還した。

ここに至り、陳川の支配地域の民衆さえも陳川に背き、祖逖の手に帰してしまった。

石勒も手をこまねいて見ていたわけではなく、祖逖を恐れて趙国に降伏してきた陳川から情報を得ると、石勒十八騎の一人である桃豹(とうひょう)を派遣した。


 桃豹と祖逖は散発的な戦闘を繰り返し、その対陣は四十日を越えた。

長駆して祖逖と戦っている桃豹の陣では兵糧が尽きかけ、士気は下がりつつあった。

そんなある日の戦闘、押された祖逖軍の一部隊は兵糧を投げ捨てて逃走した。

袋一杯にぎっしりと詰まった粟や米を見て、桃豹は考える。


「これほどの兵糧を持っていて、なおかつ執着せずに捨てていくということは、祖逖は晋軍の全面的な支援を受けた北伐の主力に違いない。これは、いよいよ長丁場になるぞ。追加の兵糧を陛下にお願いしなくては」


果たして石勒から追加の兵糧が送られると、待ち伏せしていた祖逖の部隊が輜重隊に襲いかかり全てを奪い取ってしまった。


「まさか、最初からこれが狙いで……?」


祖逖は桃豹が焦って追加の兵糧を請求するように促すため、自軍の残り少ない兵糧を惜しげもなく棄てて見せたのである。

博打撃ち的な思い切りの良さを持つ祖逖に、桃豹はすっかり手玉に取られ、敗北を重ねるところとなった。

祖逖は桃豹から奪った拠点の住民に厚く恩愛を施した。

住民の一人は言った。


「わしらは老いて父母を喪ったが、老いて再び祖逖殿という父を得られた。もはや、死んでも悔いはない」


このように祖逖に心服し、その軍事行動に身命を賭して貢献する者が跡を立たなかった。

また、互いに争い合っていた各地の塢主も祖逖の下に結束し、次々とその配下に加わった。

勢力図が塗り替えられていく中、桃豹に代わって投入されたのは、石勒の甥、石虎(せっこ)である。


「退がるやつは俺が斬る! 進め! 必ず祖逖の首を挙げるんだ」


意気軒昂に石虎は兵を進めていった。


 「石虎将軍、祖逖軍と戦闘し……」


「やったか!?」


「双方甚大な被害を出し、進軍不可能な状況。石虎将軍は負傷したものの命に別条はない、とのことです」


石勒は伝令兵の報告を受けて、歯噛みする。


「季龍でもだめか。よし、じゃあ俺が」


「なりません」


張賓が石勒を制止する。


「陛下は今や一国の王。軽々しく親征してはなりません。長江流域での苦戦は、恐らく河北の他の勢力にも漏れ伝わっているでしょう。いま南下すればたちまち都に攻め入られますぞ」


別の伝令兵が駆け込んだ。


徐龕(じょがん)殿ご謀反! 晋朝と、劉曜の偽趙に帰順すると表明し、領内で掠奪の限りを尽くしております!」


「あんにゃろう! 信用ならねえ奴だとは思っていたが、掌返しがはやすぎるぜ」


張賓が続ける。


「このように河北は浮動状況ですから、祖逖は一度忘れ、劉曜(りゅうよう)との戦いに注力すべきであると思料します。後漢の光武帝(こうぶてい)が……」


隗囂(かいごう)をひとまず置いて他を攻めたと同じように、か」


張賓は石勒が一度聴いただけの話を完璧に覚えていることに感心しつつ、頷く。


「祖逖は仁義に厚く、孝行の心を持っています。絡め手ですが、しばしの時間稼ぎになる策を考えました」


「聴こうか」


石勒は張賓の策を聞くと、直ちに実行させた。

それは、趙の領内にある、破壊された祖逖の一族の墓を修繕する、というものだった。

その報が入ると、祖逖は進軍を停止した。

修繕が終わると石勒は祖逖に書簡を送った。

石勒は書簡の中で祖逖を好敵手として大いに称賛し、住民を苦しめるのは本意ではない、現在の勢力範囲を仮の国境として戦闘をしばらく控えたい、民力の回復のために互いに市を設けて国境付近で交易を行いたい、との旨を伝えた。

祖逖は返事を出さなかったが、指定の期日に市を開き、実質この申し出に賛同した。

祖逖の軍もまた石虎との争いで大きく損なわれ、住民たちも戦いに疲れていたのである。


石勒はこの非常に厄介な敵をひとまず押し留めると、劉曜との戦いに注力することとした。

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