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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第四十五話 劉聡崩御

 「父上、お久しゅうございます」


月明かりに照らされた息子を見て、胡漢の皇帝である劉聡(りゅうそう)は驚きの声を上げた。


(やく)、お前、死んだはずじゃあ」


息子の一人である劉約(りゅうやく)は、幼くして病で亡くなったはずだった。


「今日は父上にお祖父さまの伝言を伝えに参ったのです。お祖父さまが言うには、こちらの世界に遮須夷国(しゃすいこく)という国があって主がいないから、お父様がもう少ししてこちらに来たら、そこの王に据えたい、とのことです」


「もう少し、だと。俺が死ぬと言うのか。死んだらこの国はどうなる」


「お祖父様はこうも言っていました。大乱が迫っている、永明くらいしか生き残らないが、これも天命だ、って」


永明(えいめい)というのは、族弟の劉曜の(あざな)である。

劉聡にとって俄には信じがたい話だった。


「そんなはずはない。洛陽だけじゃない。長安だって落とした。司馬熾(しばし)も、司馬鄴(しばぎょう)も散々いじめ抜いて殺してやった。跡継ぎも決まっているし、言うことを聞かない臣下も皆処刑したんだぞ。それが、乱が起こるだと」


その問いには答えず、劉約は白い玉を取り出した。


「僕はあちらの世界からここに来るまでに、猗尼渠餘国(いにきょよこく)というところを通りました。そこの王様が父上にって」


劉約は白い玉を劉曜の手に握らせた。

目の前が暗くなっていった。


「……陛下。陛下。大丈夫ですか、陛下」


劉聡が目を開くと、そこは寝所であった。

皇后の靳月華(きんげっか)が肩を揺すっていた。


「ひどくうなされておりましたよ」


「ああ、月華か。ひどい夢を見たのだ。死んだ息子が現れてな。大乱が起こるとか、我が死ぬとかいうのだ。晋も滅んだし、国内も安定した。乱の起こる余地などなかろうにな」


月華は目を伏せて言った。


「陛下は最近飲み過ぎでございます。酒毒がそのような悪夢をさそうのでございましょう。あら、陛下? その手に握っておられるのはなんですか」


劉聡は確かに拳の中に何かを握り込んでいた。

拳を開いて、劉聡は悲鳴を上げた。

床に転がったのは一個の白い玉であった。

その玉には文字が刻まれていた。


猗尼渠餘国天王いにきょよこくてんのう遮須夷国天王(しゃすいこくてんのう)の即位を祝福して贈る"


 劉聡が気を取り直して朝堂に出向くと既に皇太子の劉粲(りゅうさん)が待っていた。


「陛下、江南に逃れた晋の残党が……」


「どうした。遂に降伏してきたか」


「いえ、琅邪王(ろうやおう)司馬睿(しばえい)を皇帝とし、徹底抗戦する、と伝えてきました」


劉聡は憤激する。


「お前、お前が、司馬鄴を処刑すれば、晋人は希望をなくしてたちどころに降伏すると言ったのではないか」


「江南の豪族は晋朝に冷遇されておりましたから、まとまらないと考えておりました。読み誤ったというほかありません。面目しだいもない」


「ええい、黙れ! くそっ、誰ぞ、江南の賊を討つ勇将はおらぬか」


劉聡が朝堂を見渡すと、死んだ劉約がそこに立っていた。

劉聡はアッと声を上げて倒れ、そのまま病に臥してしまった。


病状は日に日に重くなっていった。


「近頃は毎日のようにあの子の姿を見る。きっと迎えに来たのだろう。怪異の類は信じていなかったが……。現に目の当たりにするとこうも思う。肉体が死んでも霊魂が残るなら、死も恐れることはない、と。天下はまだ定まっておらず、服喪に時間をかけている場合ではない。葬儀は簡潔に行え」


そのように皇太子に告げる劉聡の姿には、暴政に走る前の聡明な彼の面影があった。


太興元年、劉聡は死んだ。

在位すること九年であった。

昭武皇帝と諡され、廟号は烈宗とされた。


彼の死後、皇太子の劉粲(りゅうさん)が帝位を嗣いだが、わずか二ヶ月後には乱が起き、遠征で不在であった劉曜(りゅうよう)を除いてその一族はことごとく殺された。


乱を起こしたのは、劉聡の皇后である靳月華(きんげっか)の父、靳準(きんじゅん)であった。

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