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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第四十三話 程遐

 姫澹(きたん)率いる十余万の軍勢が坫城(てんじょう)の地に集結し、劉琨(りゅうこん)広牧(こうぼく)に駐屯してその声援となっていた。

石勒もまた軍を率いて坫城の目前に集結している。

敵の大軍を見て十八騎の一人である張越(ちょうえつ)が言う。


「あれとまともにぶつかっちゃ生命がいくつあってもたりませんや。ここは一旦引いて拠点に戻りましょう。堀を深くし、塁を築いて、敵の鋭意を挫く。重要なのは万全を期すことですよ」


張越は石勒の姉の夫ということもあり、彼が石勒に接する態度にはどこか気安さがあった。

石勒は眉をひそめて静かに言った。


「姫澹は遠方から大軍でやってきた。軍勢は立派に見えても、兵士達の身体は疲弊し、力は尽き果てている。一戦してどうして打ち払えない道理があろうか。また、目の前に集結した敵を捨て置いて退却し、いまから築城だと?そんな暇があるか。これは戦わずして自滅する道だ。今から退却を説くものは斬る。皆もわかったか」


石勒がそう言うと、張越は小さく舌打ちをした。


「おい、張将軍。今度そんな態度を取るならば、斬るぞ。姉貴のことなど関係なくな」


「おっかねぇな。わかりました。わかりましたよ」


張越がすごすごと引き下がると、代わって右長史の張賓ちょうひんが進み出る。


「野戦をかけるにあたり、いくつか策がございます」


 姫澹(きたん)将軍の天幕に兵士が駆け入る。


「前方の台上に動きあり。石勒軍が集結しています」


天幕を出ると、確かに台上にいくらかの部隊が移動しているのが見て取れた。


「ふん、騙されんぞ。この坫城に至る二本の道のうち、台上を通る道に敢えて集まるのを見せて、主攻撃の方向を見誤らせる策に違いあるまい」


姫澹は敵影のないもう一本の道に向けて進軍を開始した。

果たして平野の道には軽騎兵を中心とする石勒の精鋭部隊がおり、姫澹の軍と接触すると算を乱されたと見えて、狼狽しながら退却していった。

泡を食って逃げ出す中には石勒その人の姿もあった。


「ははは、私の読みが当たったようだな。石勒の参謀は、たしか張賓(ちょうひん)と言ったか。所詮は蛮族に寝返るような浅はかな男の出す、底の浅い策だ」


呵呵大笑する姫澹とその軍は勢いに乗って前進し、街道を抜けたところで孔萇(こうちょう)が指揮する大量の伏兵に両側面から圧殺され、消滅した。


 大勝利の後、石勒は再び軍議を開いた。

程遐(ていか)という謀臣が報告する。


「広牧に駐屯している劉琨は鮮卑(せんぴ)段部(だんぶ)の元へ逃げ込んだようです」


程遐(ていか)は石勒の妻の一人の兄であったが、張賓には及ばないものの頭のよく回る男であり、石勒の信任をしだいに受けつつあった。


「わかった。引き続き動向を注視してくれ。あれ、張越(ちょうえつ)はどうした」


「は、声はかけたのですが……」


石勒は目をいからせて天幕を出ると、張越を大声で呼び、探した。

張越は自身の天幕の前に毛皮を広げ、数人の同僚と樗蒲(ちょぼ)を打っていた。

樗蒲(ちょぼ)とは白黒の札を用いて行う双六のような遊戯であり、この時代は賭博として盛んに行われていた。


「張将軍、俺がこの前言ったことを覚えているか」


「え、なんです?いま、良いところなんだ」


石勒は剣を抜くと、張越を一刀のもとに斬り捨てた。

石勒が剣の血振りをして振り向くと程遐(ていか)が立っていた。


「ふん、こいつの席には明日からお前が座れ」


「ははっ、ありがたき幸せでございます」


石勒の後ろを颯爽と着いていく程遐の腕を掴む者がいた。

張賓であった。


「はて、右侯殿。どうされましたか」


張賓は石勒が十分遠ざかったのを見届けると、険しい顔で言った。


「張越を軍議に呼んだというのは、偽りだな」


程遐の顔から愛想笑いが消えた。


「……だったらどうしたというのです。いずれは処断せねばならぬ男だった」


「私が咎めているのは、閣下を欺いたことだ。そんなことをしていては、真の信頼を得られん」


張賓は咳き込んだ。

ぜろぜろという湿った音が喉奥から響く。


「ぐっ、私が……去ったなら……お前を後任にと考えていたのだ。……妙な振る舞いはよせ……がはっ……」


張賓はその場に膝をついた。


「わ、わかりました。おい。誰か、誰か医者を」


張賓はこの頃から頻繁に病に伏せるようになっていった。

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