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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第三十四話 王弥の最期

 張賓ちょうひん石勒せきろくに見せた書簡は、王弥おうびが半独立状態にあった配下の曹嶷そうぎょくに宛てたものだった。

張賓の放った遊騎が怪しい男を捕らえると、この書簡を持っていた。

男は拷問にかけられると王弥の密使、劉暾りゅうとんであることを吐いて間もなく死んだ。


「”……汝は手筈通り速やかに臨淄りんしを攻略し、ひとたび我が兵を発したならば、馳せ参じて大業を支えよ”ねえ」


「そして、先頃、王弥より閣下に届けられた書簡がこちらです」


手紙はたわいもない時候の挨拶にはじまり、最後はこう結ばれていた。


”公が苟晞こうきを捕えてこれをお赦しになったと聞きました。なんと神明なことでしょう。苟晞を公の左とし、この王弥を公の右とすれば、天下は定めるまでもありません。"


王弥おうびのやつは、俺より位が高いのに言葉は卑屈だ。おそらく、俺を油断させて前駆の狗になるつもりなのだろうな」


張賓は眉をしかめる。


「出し抜くというような、生ぬるいものではありません。王弥おうびは、故郷である青州に割拠することを志ざし、閣下を除こうと考えているのです。行動に移さないのは条件が整うのを待っているだけです。一つ目の書簡をもう一度お読みください」


「あっ!曹嶷そうぎょくが臨淄を押さえたら、俺を挟み撃ちにするつもりか!」


「その通り。王弥が曹嶷を羽翼となして襲ってくる前に、先んじて滅ぼさねばなりません」


こうして石勒は王弥との戦いを決意するところとなった。


 しばらくすると石勒の軍は陳午ちんごという塢主うしゅと交戦状態に陥った。

塢主とは塢壁――民衆が天険を利用して築いた山城――の指導者であり、その多くは豪族層であった。

時を同じくして、王弥もまた劉瑞りゅうずいなる塢主と戦端を開いた。


「王弥からの救援要請が来ただと? これからぶっ殺すつもりのやつに救援なんて意味なかろうよ。だいいち陳午も片付いていないのに」


声を荒げた石勒を、張賓が遮る。


「これは天が与えたもうた絶好の機会です」


「何の?」


「王弥を滅ぼす、その機会でございます。陳午のような小物は捨て置けばよろしい。対して王弥は傑物であり、いまこの機を逃すと倒されるのは我々です」


程なく、劉瑞と一進一退の攻防を繰り返していた王弥のもとに、石勒からの書簡が届いた。


「なになに。“尊敬する王公より過分なお褒めを頂き、身の引き締まる思いです。臣のような愚かなえびすが、誉れ高い名族の出身であり武も徳も兼ね備えた王公を傘下に加えるなどと思いもよらないことでございます。臣こそが王公の幕下に馳せ参じ、覇業の一助となることを望みます。まずは劉瑞を斬り伏せて、その首を王公への忠義の証といたします。王公の第一の忠臣、石勒より”」


読んでいる側から砂塵を巻き上げて石勒十八騎がやってきた。

慌てたのは塢主の劉瑞である。


「なにっ新手だと? 王弥だけでも手一杯だというのにか」


狼狽する劉瑞へ石勒が肉薄する。


「お前に何の恨みもないが、悪いな!」


名剣、石氏昌せきししょうが閃き、劉瑞の首は戦場を舞った。


 「石勒せきろくの小僧め、俺のために戦勝の宴を催すそうだ。思ったよりも、殊勝なやつじゃねえか。これなら殺す必要もなさそうだぜ」


そう言って笑う王弥おうびを、謀士の張嵩ちょうすうが諌める。


「気を許してはなりません。劉暾りゅうとんが戻らないのも気にかかります。呉王僚ごおうりょう専諸せんしょにされたようなわざわいがあるやもしれませんぞ」


呉王僚は刺客の専諸によって宴会の席で暗殺された。

一説によれば、専諸は魚料理の中に短刀を隠していたのだという。

暗殺を恐れるこの言を王弥は取り合わなかったが、追い縋る張嵩に妥協する形で数人の護衛を引き連れて酒宴へと向かった。

石勒は酒宴の場で、地に伏さんばかりに平身低頭して王弥を出迎えた。


「臣のような野良犬のごとき雑胡の催した宴に脚を運んでいただき、感激でふるえるばかりでございます」


「ははは、そう畏まるな。ざっくばらんに行こうや」


酒宴が進んでいくと、王弥の前に煌びやかに着飾った女人が現れて酒を注いだ。


「おい、石勒。今の女、なかなかの別嬪べっぴんだな」


「は、あれは私の妻の劉凛りゅうりんでございます」


「かー、お前も隅におけない男だなァ」


「ははは、それほどでも。妻は踊りも得手でして、ご披露いたしますよ」


石勒が手を叩くと、劉凛は楽人の弾く胡楽の調べに乗せて、艶かしく踊り出した。

踊りの最中に一枚ずつ衣を脱いで、段々と刺激的な装いになりながら、王弥に近づいてくる。

王弥は妖艶な踊りを目で追い、次々と昏倒していく護衛に気づかない。

薬が効き始めたのだ。

鯨も動けなくなるほどの薬を盛られても平然としていた王弥だったが、やがてとろんとした目つきになった。

ここらが効き目の限界らしい。

石勒は劉凛に向かって短く瞬きをした。

王弥は欠伸をしながら言った。


「石勒、よお、漢はつまらん国になったなあ。先帝が、元海げんかいが、生きていたらよう」


「ああ、俺とお前もこんなことにはならなかったかもな」


劉凛が胸の間から匕首を取り出すと、王弥の胸に差し込んだ。


「がっ、このアマっ、なんのつもりだッ」


王弥が劉凛の腕を掴む。


「あなたっ!」


「おうっ」


石勒が王弥に頭突きを見舞うと、劉凛はすかさずその手を振り解く。


「謀ったなッ、石勒ッ」


「ご明察だぜ。さっさと愛しい元海げんかいのところに行きなッ!」


石勒は王弥の胸に刺さった匕首を股のあたりまで一気に引き下げた。

分厚い脂肪の間から桃色の腸がまろび出て、鮮血がほとばしった。

石勒は王弥が動きを完全に止めるまで、何度も匕首を突き刺した。


石勒は、王弥の首を、皇帝である劉聡りゅうそうのもとに送った。

首桶には王弥が石勒や曹嶷に宛てた書簡を添え、謀反を企んでいたので誅殺した、と簡潔な弁明を書き入れていた。

劉聡は、朕に相談もなく大将軍を誅殺するなと叱責の書状を送ってきたが、それ以上の咎めはなかった。

王弥の残兵も吸収して侮れない勢力となった石勒のことを恐れたためであった。

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