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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第三十一話 永嘉の乱

 石勒が皇族の多くを補え殺害していた頃、漢の将軍である劉曜りゅうよう王弥おうびは共に軍を集結させていた。

既に呼延晏こえんあんという将が洛陽に攻撃を加えていたが、名将と謳われた北宮純ほくきゅうじゅんが粘り強く抵抗を続け、決着をつけるには合流する必要があった。


「陛下からは石勒とも合流してから総攻撃せよ、との話だが」


 劉曜が佩用する剣を宙空に揺らめかせると、その剣身は怪しく五色に光る。


「あいつにまで手柄をわけてやる必要はないぜ。俺たち二人でやれるだろ? ボクはそれじゃあ不安かな?」


劉曜の五色の剣は王弥の首筋にびたりと突きつけられる。


「つぎにそういう舐めた口をきけば、その首が胴からおさらばすることになるぞ。やれるさ、あんなやついなくてもな」


「おうおう、血の気が多くて結構なことだ。でも、洛陽は伝統ある漢民族の都だということを忘れるなよ。やりすぎることのないようにな」


劉曜と王弥は示し合わせて、石勒の合流を待たずに洛陽への攻撃を開始することとなった。


 「劉曜さま! 王弥軍が、既に攻撃を始めています!」


まだ暗い天幕の中で、劉曜は部下の報告により跳ね起きた。


「夜明けと共に攻撃の手筈だぞ! 王弥おうびめ、謀ったな!」


劉曜軍が洛陽の城壁に達した時、既に王弥軍は市街に侵入、晋軍を粉砕して略奪を開始していた。

北宮純も再起に望みを託して、洛陽を脱出していた。

洛陽の中心、太極殿たいごくでんにいち早く登った王弥は天を仰ぐ。


元海げんかい、見ているか? この王弥おうびはついにやったぞ」


王弥の前に抵抗虚しく捕らえられた晋の皇帝、司馬熾しばしは後ろ手に縛られながら王弥を睨みつけた。


「王弥め! 名族の出でありながら夷狄と結び、朝廷に牙を剥くとは! 今に天帝は貴様を罰し、滅ぼすであろう」


「その前にお前が滅びそうだけどな。 ……牢にぶちこんでおけッ」


王弥は過去に想いを馳せる。

若い頃から素行の悪かった王弥は朝廷になじめなかった。

そんな居心地の悪い朝廷の中で、親しく接してくれたのは人質のような形で朝廷にいた匈奴の王子である劉元海だけだった。


「二人でいつかこんなところぶち壊してやろうねって言ったのによ。どうして俺を置いて逝ってしまったんだ、元海」


王弥の頬を涙が伝った。


「将軍? 将軍、王弥さま! 劉曜さま率いる部隊が我が部隊を攻撃しています」


「しゃらくせぇッ! 返り討ちにしてやる」


市街地では既に両軍がぶつかりあっていた。

陣頭に立って剣を振るう劉曜に、王弥配下の王延おうえんが肉薄する。


「牙門の王延がお相手いた、へばっ」


劉曜が五色の剣を振るうと王延の身体は胴から真っ二つになって地面に落ちた。

血飛沫の中に劉曜の赤い瞳が妖しく光る。

王弥は八尺の長弓を構えて引き絞り、劉曜の頭を目がけて放つ。

矢は劉曜の兜に当たったが、劉曜はふらついただけで再び馬に鞭を打ちかけてきた。

王弥は舌打ちして踵を返すと、宮殿に逃げ込んで固く門を閉じた。


 両軍の争いは千人を超える戦死者を出すもなお決着がつかなかった。

王弥お抱えの謀士である張嵩ちょうすうが進言する。


「将軍は国家の為に大事を行っているはずですのに、何故このような所でつまらぬ小競り合いをはじめたのですか。何の面目あって先帝に顔向けできましょう。洛陽平定の功は確かに将軍にありますが、劉曜は皇族ですから、ここは下手に出るべきです。孫呉を平定した際の二王の諍いは、決して遠い話ではありません。よくお考え下され。将軍が劉曜と袂を分かったならば、本国のご一族の身も危うくなりますぞ」


「耳元でまくしたてるなよ、わかった、わかった」


王弥と劉曜の間で和平の話し合いがもたれ、王弥が謝罪する事により内輪揉めは一応の終結をみた。

お互いの目は全く笑っていなかったが、顔は笑みを貼り付け、握手さえ交わした。

劉曜は張嵩を褒め称え、財宝を与えた。

王弥は劉曜へ宮殿を開け渡し、洛陽の城外へ出ることとなった。


「では、宮殿を明け渡しますぜ。それでな、劉曜殿。やはり洛陽は天下の中心、山河さんがの険があるよな。城郭や宮殿も新たに作る必要もないし、平陽からここに遷都するべきだと思うんだよ。劉曜殿から皇帝陛下にぜひ言っておいてほしいな」


「ああ……」


 劉曜は赤い瞳を光らせて、笑みをのぞかせた。


 王弥はへなへなとくずおれるように膝をついた。

王弥の目の前で、洛陽は炎上し、灰燼かいじんに帰そうとしていた。

劉曜がほぼ王弥への意趣返しのためだけに洛陽市街地全域へ火を放ったのである


「所詮は屠格きょうどのガキということか。こんなヤカラに帝王の意志がわかろうはずもない! いったい、天下をどうするつもりなんだ」


王弥が拳で地面を叩いて叫んでいる頃、劉曜軍は後宮に侵入していた。

そこここで女官達の悲鳴が響く。

暗がりで襲う者はまだ行儀の良い方で、後宮の廊下で妃嬪を組み敷くもの、女官に柱を抱かせて後ろから襲いかかる者などもおり、悲惨な光景が彼方此方にあらわれていた。

先の晋の皇帝であった恵帝の妃である羊献容ようけんようもまた、兵士たちの毒牙にかかろうとしていた。


「離してっ離しなさい! 不敬であるぞ!」


「黙れってんだよ、可愛がってやるってんだ」


二人の兵士が羊献容の衣を破くと白い肌が露わになった。


「ほう、美しいな」


兵士達が振り向くと銀髪、紅い瞳の美丈夫が立っている。


「劉曜さま……」


「どけ、その女は俺のものにする」


「え……」


劉曜はつかつかと歩み寄ると、二人の兵士の頭を掴む。

べきょっ、とも、ぐちゃっ、ともつかない湿った音とともに兵士たちの頭は砕け散った。


「我がきさきよ、名は何という」


 目の前でおきた凄惨な光景と、それを起こしたこの銀髪の巨人に、羊献容は圧倒されていた。


「まあ、いい」


劉曜は羊献容を片手でひょいと担ぎあげてしまった。


劉曜は晋の王公や百官を三万人殺戮し、その死体を洛水に積んで京観けいかんを築いた。

虜囚となった皇帝司馬熾は、伝国の玉璽ぎょくじとともに漢の都である平陽へと送られた。

また、恵帝の后であった羊献容は劉曜の后となった。


永嘉えいか年間に起きたこの事件、あるいはこの事件と先に起きた石勒による晋皇族の殺害事件を併せて、永嘉えいかの乱と呼ぶ。

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