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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第十八話 口八丁

 「アニキィ! 今日も大成功だ! 宴と洒落込もうぜ」


狩衣に身を包んだ石勒(せきろく)(パオ)――胡人の用いる移動式の住居――に駆け込んできた。

続いて指を鳴らすと、同じく弓矢や山刀を身につけた石勒十八騎が鹿や兎を運び込んでくる。

上座に座る二人の胡人は満面の笑みを浮かべる。


「うははは、弟よ! お前がおれば、今後も腹を空かせることはないであろうな」


「素晴らしい。その雄鹿は炙ろうか。兎は煮込みだな」


包の奥には幾重にも毛皮が敷かれ、声の主が二人、でんと腰をおろしている。

鳥獣の刺繍が施された上物を羽織り、獣の骨を削って作った盃を手にしていた。

宴を言い出すまでもなく既に出来上がっているようだった。


汲桑(きゅうそう)と別れ、上党(じょうとう)郡にたどり着いた石勒達は、そこで急拵えの塢壁(うへき)、つまり外敵を遮るための防塁のようなものであるが、それに出くわした。

しかし、その中にいたのは晋人ではなく、張㔨督(ちょうべいとく)馮莫突(ふうばくとつ)が率いる数千人の胡人の集団だった。

彼らは混乱に乗じて中原に侵入したものの晋に撃退され、慌てて塢壁を築いて閉じこもっていたのである。

塢壁の内側に移動式の包がある。

塢壁があるから包など移動できないと言うのに。

何とも珍妙な有り様であった。

石勒が晋を相手の武勇伝を語って聞かせると、この二人の部大(ぶだい)――胡人の族長ないし指導者のこと――は大層気に入って弟分として重遇するようになった。

塢壁から出て、近隣の山々で狩りをしては世話になっている部大達に獲物を届ける。

そんな日々の生活は、石勒にとって表向きのことでしかない。

本当の目的はこの取り残された部落を離れ、情報収集をすることだった。

孔豚がずんぐりとした愛馬を寄せて耳打ちする。


「重遇はいいですが、ここに来てからはや一ヶ月。いつまでも飲めや歌えでもないでしょう。そろそろ、理由をつけて漢の地に逃れましょう」


情報収集をして耳に入るのは、相次ぐ晋の敗報と、漢の勝報ばかりである。

匈奴の王子であるところの劉元海(りゅうげんかい)こと劉淵(りゅうえん)が打ち立てた(かん)はその勢力を増している。

乗り遅れてはいけない。


「俺に考えがある。漢に身を寄せるにも、手土産が必要だからな……まあ、見ていろ」


石勒は孔豚の肩をぽんと打った。


 「どうした、酒が進んでいないぞ、弟よ。腹でも痛いのか?」


馬乳酒を注ごうとした張㔨督は、石勒の浮かない顔に気づいた。歯に鹿肉が挟まって四苦八苦していた馮莫突も、口から指を抜いて敷物で拭うと、心配そうに石勒の顔を覗き込む。

悪い人達ではないのだがな、と石勒は思った。出来得るかぎりの深刻そうな顔を作って、石勒は切り出した。


「劉単于は挙兵して晋を討伐しようとしていますが、お二人は単于を拒んで従っていません。……このまま独立を保てるとお思いですか」


「それは……」


出来ないという答えがありありとその表情に浮かんでいた。

二人の首領は、それをわかっていながらダラダラと時を過ごしていたのである。

悪い人達ではなかったが、頭の悪い人達であった。


「出来ないのであれば、帰属する先を求めるべきでした。部落の者達は、劉単于の庇護を受けたいと不満を募らせています。そして、今日。ついに俺は恐ろしい噂を耳にしたんです。劉単于がお二人に懸賞金をかけたため、この部落の者達は、密かにお二人を捕らえ、その首を手土産に劉単于に降ろうとしている」


張㔨督は驚きのあまり盃を取り落とした。馬乳酒が床に飛び散り、甘い香りが室内に広がった。


「俺は兄貴達を救いたい。考えがあるのです。聞いてくれますか?」


「も、もちろんだ。ぜひ聞かせてくれ」


石勒は身を乗り出した。


「まず、部落の者達はもはや信用できません。お二人と我々十八騎だけで、先んじて劉単于に降るのです。そして、部落の者達も服すると伝える。そうしてから部落の者達に伝えれば、彼らは元々から劉単于に降ろうと考えていたのですから、暗殺の件も沙汰止みになって、お二人に危害が加わることはないでしょう」


馮莫突は手を打った。


「非の打ち所がない作戦だ! すごいぞ、弟よ!」


張㔨督は石勒に抱きついた。


「お前は命の恩人だ! おお、心の友よ!」


「ちょ……」


「ちょ?なんだ」


「超嬉しい! そんなに褒めてくれて嬉しいよ、兄貴」


……ちょろすぎる、石勒は心の中でつぶやいた。

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