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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第十一話 屠伯

 「敵の右翼が膨らんでいく……まずい。謀られましたぞ、これは」


孔萇(こうちょう)は丸まっちい顔を青くして呟き、背後の石勒を振り向いた。

石勒(せきろく)もまた、言われるまでもなく、事態の深刻さを感じ取ったらしい。

石勒たち公師藩(こうしはん)軍と丁紹(ていしょう)軍は(ぎょう)の南に位置する安陽(あんよう)の目前の平原で対峙していた。

丁紹の率いる敵軍は一見して平板な配置であった。

しかし、戦況の推移に従って徐々に右翼の圧力が増していき、公師藩軍は徐々に左翼から切り崩されつつあった。


「正面からぶつかっていると勘違いしていたかい? 戦は水物。兵もまた流れるように扱わなければ、将とは呼べないね」


丁紹の高笑いが軍中に響く。

丁紹の作戦は開戦当初の配置から徐々に部隊を移動させ、敵の目を欺いたまま右翼の厚みを増し、一挙に切り崩すというものであった。

今のところ、その作戦は大当たりであった。

いち早くその絡繰に気づいた石勒達は桃豹(とうひょう)を公師藩のもとに送ってこの事を報せるとともに、十八騎を中核に騎兵で敵右翼の撹乱を試みた。

しかし、石勒の行く手に二本角の兜を被った将軍が立ち塞がる。


「この趙驤(ちょうじょう)ある限り、鄴は不滅である!」


「どけ、このクワガタ野郎!」


打ち合うこと十数号、遂に趙驤の肩口を石勒の名剣が切り裂いた。

しかし、横合いから今一人の騎馬武者が飛び出して、趙驤に止めを刺そうとする石勒の一撃をすんでのところで弾いた。

今度の武者は一本角の兜が特徴的だ。


「貴様が巷で話題の“胡蝗(ここう)”だな?この馮嵩(ふうこう)が佃煮にしてやろう」


「カブトムシにバッタ呼ばわりされるとはねぇ!樹液でもすすってろ!」


馮嵩は中々の剣客で、彼の大刀は石氏昌を的確に押さえ、一歩も引かない。


「大将、まずい!本隊が挟み撃ちにされている」


石勒が夔安(きあん)の声に振り向くと、何処から現れたのか、黒ずくめの弩弓手の一隊が公師藩軍本隊の背後に屹立していた。


 「新手だと!いったい……」


石勒が言うや否や、弩弓手は一斉に矢を放った。

公師藩軍の後衛がばたばたと倒れる。

打ち止めか、と思うと再び二の矢が飛んでくる。

弩弓手は再び矢を番えるでもなく、そのまま続け様に数発の矢を放ち、ようやく前列と後列の兵を素早く入れ替えると、またしても射撃してきた。


「おい!弩がなんで連射できるんだよ!」


仰天する石勒の声に、感嘆を含んだ声で孔萇が答える。


「あれは“元戎(げんじゅう)”、かの諸葛亮(しょかつりょう)が発明したとされる連射の出来る弩です。蜀が滅ぼされてのち、晋王朝に引き継がれていたのですなぁ」


しかし、感心してる場合ではない。

味方は総崩れとなり、石勒達を敵中に残したまま壊乱して逃走を始めていた。

石勒や十八騎もまた、追いすがる騎兵達を打ち払いながら落ち延びるほかなかった。

勝利を手にした丁紹は、黒ずくめの援軍に馬を寄せた。


「ふん、助太刀してくれたことには感謝する。しかし、この戦の勲一等は私だということ、異論はないだろうね?“屠伯(とはく)”」


屠伯と呼ばれた男は、青白い顔に暗い目を瞬かせた。

鎧具足は丁紹のものと比べると簡素であったが、黒烏(からす)をあしらった兜を被っている。


「私はそんなものに興味はない。一等でも十等でも好きに持っていかれるがよかろう。それと……私の名前は苟晞(こうき)です。屠伯というのはなんのことですか」


苟晞はそう言いながら、捕虜と何故か縛られている幾人かの味方の兵士を一列に並べさせた。


「こいつら、何かやったのかい」


「忙しいのでまた後にしてください。これより、無用の乱をなした賊兵と、怠慢により元戎の整備不良を起こし味方を危険に晒した弱兵に対し、刑を執行する。構え、撃て!」


元戎で一斉に射られた捕虜や兵士は、針鼠のようになって崩れ落ちた。

敵だけでなく味方も屠殺するように殺していく恐ろしい男、苟晞。

その殺戮により、ついたあだ名が“屠伯”であった。

だが、その恐ろしい評判と裏腹に、苟晞本人は処刑した人々を見て悲痛な面持ちであった。

快楽殺人者でもなく、激高して殺すわけでもなく、彼自身の感覚としてはただただ厳格に軍法を適用しているだけなのであった。

丁紹はこの有様を見て、呆れたような顔で口笛をピイと吹いた。

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