#5 断罪
「あ〜ん。久しぶり〜スクルド!」
何て言葉が、ハッと気が付いた時に耳に入った。そして、ギュッと抱きしめられた。
「まあ〜ウルズお姉様ったら、フフフ」
私は、そんな事を喋ったつもりなど無いのに勝手に口は動く。
周りは、緑溢れる綺麗な森。そして、射し込む陽の光はさんさんと降り注がれてくる。
此処は、世界樹である、ユグドラシルの生えている、ウルザルブルンと言う泉のほとり。
私は、この場所をちゃんと知っている。そう、私達ノルニルの居場所。此処で、世界樹に泉の水を汲んでは掛けて育てていたのだから。しかし、私は、ワルキューレであるために、そう、ヴァルハラを守る役目を担っていた。
「あら、スクルドお帰りなさい。少しは休んで下さいね?」
泉の水を汲みながら、ヴェルザンディお姉様は、私に微笑みかけてくれた。そう、私は、仕事の合間をぬぐっては、此処に帰ってきていた。
「で、どう?ヴァルハラの方は!」
ウルズお姉様は、私に泉の辺に座るように促しながら問いかける。私は、その通り座った。そして、話をする前に、顔を洗おうとそっと泉の水を汲もうと泉を覗き込むように見る。そこで凍りついた。その泉に映っている私の髪の毛は、金髪だった。そして、ワルキューレの武具を身につけているその姿は、あの時、ウルズお姉さまのいる下層部へと移動している時、ラース皇子の背中を守っているあのワルキューレと全く同じ姿であった。但し銀髪という事以外は。
心の中で、慌てふためいている自分。でも、此処では、それを表に出す事が適わない。だって、これは、スクルド自身の過去なのだから……
「あら、何も変わらなくてよ? ただ、その……私、婚約することになるかも……なのですよ。お姉様方!」
私の口は勝手に動く。一体誰と? 私は、言葉に驚きながらも、頬を染めた。
「えー!おめでとう〜!スクルドが一番乗りか〜姉のあたしは、未だなのにね? ちょっと悔しいわね〜」
ウルズお姉様は、冗談交じりに肘でつつく。
「あら、お姉様だって、よく戦士達とお話してらっしゃるじゃない。チャンスくらいあるわ!」
「あんなの、あたしの好みじゃないわよ〜」
ウルズお姉様は、ハーッとため息をつく。
「ウルズお姉様に関してはともかく。スクルド。それは、おめでたいわ。で、お相手はどなたなの? やはり、ヴァルハラの方?」
ヴェルザンディお姉様は、それはおめでたいと水汲みの手を止めて、私の座っている隣へと座った。
「ええ。そうなんです。お名前は、トール神ですの」
私は、そこでトール神。ラースの名前を言った。確かに言ったのである。
そこで、画像が波を打った。私の記憶。ラースは、私の婚約者だった。そう、婚約者だったのよ!
戦があれば、戦うワルキューレ。ヴァルハラのため、オーディンのため、そして、この世界を守るために私は働いた。そして、心穏やかで、強くあり、主を尊敬する頼もしいラースを愛した。
そんなラースの背中を守るのは私の役目だった。そう、私達はちゃんと愛し合っていた。
その記憶がドンドンと心に滲んで来る。
でも、何故彼の記憶だけ封印されてたの?判らない……懐かしさも感じなかった。まるで、赤の他人のように、彼への記憶だけ封印されていた。それは、私が封じたの? 判らない……どんなに考えても判らないのである。まるで、そこだけ白紙状態。
でも、この募る想いは、ラースとの絆は、今ここにちゃんとある。
そんな事を虚ろな空間で考えていた。が次の瞬間、場面はヴァルハラのオーディンの広間に変わった。それは、私とラースの結婚式を執り行う場所。私は、その前に身だしなみをもう一度確かめに行く。そんな、幸せな時だった。
私は、大きな鏡の前で、白いウェディングドレスを纏い、紫水晶のティアラを頭に飾っているその姿を確かめた。これは、この世界に来る時に見たその女性。ああ、あの懐かしさは私自身だったんだと思うと、心が苦しくなる。こんな幸せな時を得て、笑顔を絶やしていない自分。ティナとしても幸せだった。
でも、今、この記憶を取り戻した自分にとって幸せの絶頂なのだ。懐かしいと言うより、もう、自分は完全にスクルドになっている。
そして、広間に出て、式は執り行われた。
オーディンの言葉が心に響く。そして、ラースとの誓いのキス……そう、そのキスをしようとした瞬間に、来たのである。そう、終焉を迎えるヘイムダルの最期の角笛の音が鳴り響くその瞬間が!
誰もが予期しなかった。その瞬間など。そう、ヴァルハラは光に満ちた世界。その世界が壊れようとしている。
「我が子らよ!終焉。ラグナロクの時が来た! こんな時だからこそ、慎重に戦うのだ! この世界を守る為にも我の後に続け!」
そう、オーディンは取り急ぎ言葉を発すると、戦準備に取り掛かる。回りもざわめいたが、その言葉で神々は個々の持ち場を確認した。そして、ヴァルハラを後にする。
「スクルド……この式は、この戦を乗り切ってからだな。お互い、生き延びよう」
そう言うと、ラースは、着替えると戦に出ようとした。しかし、私は自分の幸せの事しか考えずに、ラグナロクに備えるラースに、
「これを飲んで。そして、互いにラグナロクを乗り切りましょう。これはその前の祝杯」
薬を使って押し留めたのである。
身勝手だった。私のしたことはただの自己満足。そう、ラースは、そんな私の気持を曲げきれず、戦に出ずに……
ラグナロクは、トール神を欠いて本当に訪れた。そう、アース親族。そして、ヴァルハラの消滅……この世界の破滅に繋がったのである。燃え上がる炎の中で……
「想い出した? スクルド……」
目を覚ますと、目の前にウルズお姉様が居た。そして、絶えず過去の糸を紡いでいる。それは紡ぎ切れるはずがない物。私は、涙でそれが曇った。
「私は、皆を殺した……皆を見殺した。何て事を!」
涙声で叫んだ。私が、元凶だったなんて。じゃあ何故ヴァルハラはあるの? これは夢? それとも過去の業の後始末?
「これを編みなさい。貴女にしか編めないの。判るでしょう? 神々は、もう、貴女を許してる。あたしも勿論許してる。ただ、魂が止まったこの世界を、進めて頂戴! それが貴女のすべき事なの……」
ウルズお姉様は、そう言って微笑んでくれた。私の過ち。それを今この手で……
ルーン文字の網目は、途中で間違っている。私は、それを作り変える。
「希望よ。我が主と、この世界を導き給え。この過ちを、心の闇を導き給え!」
そう、私は編みこんだ。すると、この部屋は、世界樹のある木々の有る場所に変わった。
「行きなさい。貴女はまだする事があるでしょ? そう、まだルーンは完璧じゃない。ヴェルザンディの所にこの過去の編み棒を持って行き、貴方の今の役目を果たしなさい……スクルド、あなた自身でね?」
ウルドお姉様はそう言って、光の泡のように消えた。私は止め処ない涙で、それを見送った。そして、指笛を吹く。すると、ペガサスがこの場所にやってきた。
「ペガサス。ヴェルザンディお姉さまの所へ!」
「承知!」
ドンドンと上昇する。そう、あの場所へとたどり着くために。
「ヴェルザンディお姉様……戻りました。今からその糸を紡ぎ直します。私の過ちで終わり、そのまま止まった世界を開放するために!」
その言葉に、何も言わずにっこりとヴェルザンディお姉様は微笑まれた。それが私への労わりだと判り、また大粒の涙が零れた。
「未来よ! 今こそ開かれん! 我が名の下に、平和な世界の元に! いざ、魂よ解き放て!」
そうウルズお姉さまの編み棒で編みこんだ。それは、私の想い。そして、この世界の未来を開くための魔法。
すると、その糸紡ぎは七色の光を放ちあの頃のヴァルハラが再現された。
「これで後はあなた自身で、未来に魔法を掛けなさい。その鍵は、トール神自身が持っています。私が言えるのは此処まで。後は貴女がすべき事。じゃあ、また何処かでね。スクルド……」
そう言って、ヴェルザンディお姉様はウルズお姉さまのように光の泡となって消えた。
そう、後は、ラース。私が愛した、たった一人の神様。そして、過ちを犯してしまった自分を支えようとしてくれたその人の所に行かなければならない。でも、彼はこんな私を許してくれているの? 本当に……
主を大事とし、この世界を愛していた彼が、こんな事をしでかした自分を?
此処に来るまでに、色んな彼の側面を見てきたつもりだった。でも、その本心は本当に許してくれていると言うの?
心はくじける。でも、こんな自分をお姉様方は許してくださっていた。それだけが希望。
だから、その言葉を信じて、私はまたペガサスに乗り、上空へと昇っていった。
広間は閑散としていた。当たり前だ。皆、あの時と同じラグナロクが訪れ、ヴァルハラの外へと戦に出ているのだから。
私は、広間の外に出るように、ペガサスに命じる。そして、ヴァルハラの外へと目指した。
ヴァルハラの外は、火の海だった。あの時と同じ、炎の世界。スルト神の力は、絶大だった。
時は繰り返され、そして、今はまだその巻き戻された時間帯。
「ラグナロクという国は無かったのね……此処は、アースガルズ。神々だけでなく人も住む世界。そして、あの豊かだった平原は、イザヴェル。完全に想い出したわ。ラースはそれを、わざと私を傷つけないために嘘をついたのだわ……」
まだ、オーディンも、ラースも、ロキもその他の数々の神々も生きている。気配がある。
こんな世界で、彼らはまだ戦っている。
そう、ヴァルハラを守ろうとして。
だから、私はまず、オーディンの所に赴いた。
「我が主よ。この戦、私が止めます!そして、全てを終わらせます。それが私の定め。過去の事を許して欲しいとは言いません。だから今は、私にこの場を!」
オーディンは、愛馬である八本の脚のあるスネイプニルを操りながら、コクント頷いた。
そして、
「スクルドよ。お前の罪は重いかも知れない。だが、我も、あんな幸せな時をお前のために割いてやれなかった。その事はすまなかったと思っている。だから、そんな顔をするではない。もしあの時、トール神が出向かなくとも、アースガルズが消滅しなかったとは言い切れまい? 誰も、もう、恨んではおらんよ。ただ、この輪廻のような悪夢を断ち切ってくれ。それが願いだ……」
そう言って、オーディンはスネイプニルを操り果敢にスルト神へと向かっていった。
「ありがたきお言葉……スクルド、全身全霊を込めて、この輪廻を断ち切ります!」
そうして、私は、自分の愛したラースの元へとペガサスを飛ばせた。
ラースは、一人、楔帷子を身につけた胸から血を流しそして、ミョルニルをムスッペルに投げつけていた。
それも宙をきるだけで何の効力も無い。
そんな火の回った場所に、私はペガサスから飛び降り、剣を抜きラースの背後に立った。
「ごめんなさいね。ラース……私、間違っていたわ……死ぬ時は、私も一緒よ! 私は未来を司るワルキューレなんだから!」
そう、恥ずかしげも無くただ、罪を悔いた気持ちを大声で言った。
「もう良いですよ。ティナ。私こそ、貴女に嘘を言ってまで、この狂った世界をどうにかしたかったという気持ちが有りました。だから、貴女だけが転生したその運命が羨ましかった。いや、それだけじゃなかったかな? もう一度、貴女に会いたかった。それが本心なのかも知れません」
ラースは、戻ってきたミョルニルを掴むと、定めた敵に向かい雷をも込めてもう一度投げた。
「私が記憶をなくしていても? それでも会いたかった?」
私は、この炎が消えてしまえと思うくらいボロボロと涙を流しながら、剣を振る。
「ええ。勿論です。もし貴女が、ラグナロクを引き寄せても、貴女だけが、私の女神様なのですからね」
そう言って、振り返ると、ギュッと抱きしめて、軽く口づけをした。
「愛してます。ティナ。もし生まれ変わったなら、また貴女の傍に……私が居る事を心から願います」
これは、あの時の続き。私は、ギュッとラースの腰を抱き返す。そして、全てを終わらす為に、この狂った連鎖を断ち切るために、ラースを、自らの剣で貫く。
「我は、この呪縛を解かん! スクルドの名において、全てを無に! そして、皆に輝ける未来を!」
引き抜いた血の滴る剣を翳しルーンを唱えた。
もう涙で何もかもが曇って見える。愛する人を殺す事。これで、全てが終わる。そう、この悪夢を見る事はない。それが、このアース神族の終わり。ヴァルハラの消滅。
世界は、火の海から暗闇とオーロラを携えた空で広がった。
そして、私は、自らの命をその剣を持って断ったのである。