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#2 荒野

 宮殿内は、ラース皇子の説明にもあったけど、厳かに神々を崇め奉っている白い石像で、廊下はそれの繰り返しだった。

 その先をずんずんと歩く。そう言えば、お腹が減らないな? 何て思って、ラース皇子に問いかけた。考えてみれば、パーティー前で何も口にしていなかったのだ。

「それに関しては、大丈夫ですよ。黄昏の女神様。この世界全てが大いなる食料なのですから」

 どうやらこの世界では、空腹を感じる事は無いらしい。ただ、この世界の空気すべてが食料のようなものだとの事。まるで仙人であるかのようね。私は、自分がその神々と並ぶ、黄昏の女神である自覚が無いものだから、そんなことを考えてくすっと笑った。

 そして、ラース皇子と簡略だけどこの国、世界の会話を重ねた後、その、目的となったヴァルハラに繋がる扉の前に立った。

 金と銀で装飾された重たい扉。この先には、戦いの地、ヴァルハラへと繋がっている。それも、私が記憶を取り戻すための試練ともなっているのだ。だけど、大丈夫。私は一人ではない。ラース皇子という私を守ってくれると言ってくれた人が居る。それを信じるしかない。後は、私自身の問題だろう。上手く行きますように!

「では、黄昏の女神様。手を……」

 ラース皇子は、そっと私の手に触れて、そして扉のノブの部分の紋章に触れるように促した。私は、その通り手を触れる。すると、重たい扉の鍵が開くような音がガシャッとした。

「鍵が開いたのかしら?」

「そうです。これから私が、この扉を押します。押し切ったところで、中にお入りください。この扉は直ぐに閉まりますから」

 そう言うと、直ぐ様ラース皇子は扉を押すための行動を起こしにかかった。かなり重そうな扉。それをジワジワと押す。重心を下半身に移動させているのだろう。その扉を開くために脚をグッと踏ん張っているのが判った。  

暫くすると、扉は軋む様な音を立てて開き始めた。ラース皇子の足下は床の粉塵を巻き上げそれは上昇していく。まるで、竜巻でも起こしているかの如く。それだけこの扉を開けるには力が要るのであろう。私は、必死でこのラース皇子を応援してしまっていた。その為、扉が開ききるその瞬間を見落としそうになった。それを、ラース皇子が見抜き、咄嗟に、

「今です!」

 と言い放った。私は、その声に何とか反応し中に入ることが出来た。ラース皇子も俊敏に動き中に入った。何とかホッと息がつける。

「ちょっと〜貴女本当にドジね!転生して、おバカになったんじゃない? あの黄昏の女神様だとは到底思えないわ。ふ〜っ」

 妖精はこれでは堪んないわ!と言いたげにラース皇子の胸元から飛び出てきた。そう言えば、この子も居たのね。二人だけなのかと思い込んでいたけれど。

「ごめんなさい。あの……お名前は?」

「あたし? エアリーよ。名前なんて訊いてどうするのよ?」

「あ、名前で呼ばれた方が良いでしょ? だからなの」

「ふーん。まあ良いけどね。これから先、ラース皇子の足手まといにならないでね! こっちがハラハラしちゃう〜」

 ……まあ、口煩く感じるかもだけど、この子が居るとちょっと華やぐかも? 私は苦笑いする。 

 それは、これから始まる過去への旅。私自身の使命と向き合うための試練。だから、頑張らないとね?

 前に広がるヴァルハラの世界。此処で私は自分を想い出す。そして、ラグナロクを救う。前方には荒野(ムーア)。私とラース皇子。そして、妖精の三人は、前へと進み始めるたのである。


 荒野は、夜。三つの月が夜空を飾っている。本当に此処は不思議な世界。何が起こるか未知数。だけど、私は進まなければならないのね。

「さあ行きましょう。旅は長い。黄昏の女神様?」

 その言葉に、私は、「はい」っと答えようと思った。だけど自覚が無いわけじゃないけれど、その前に慣れない言葉を聴くのはやはり辛いので、

「あの、名前で呼んでいただけるかしら? その、私の今の名前は、ティナって言います。

その方が、その……」

 私が言いたいことが判ったのだと思う。ラース皇子は、

「なら、ティナと呼ばせていただきます。ティナ? 私のことも、ラースと呼んでくださいますか?」

 その返事に、私は心が温かくなって、

「はいっ! ラース」

 思わず、飛び上がりそうな勢いで返事をした。だって、堅い事抜きで行きたいし、身近な感じでホッとしたから。まるで、お友達みたい。

 そして歩きながら、私達はこの夜の世界を突き進む。何時になったら朝になるのだろう? もしかしたら、朝なんてこないのかも知れない?

 此処ヴァルハラがどういうところなのか。それを知らない私はラースに問いかけた。すると返ってくる返事はやはり夜しかないとの事。ああ、ちょっと残念。でも、見上げる星達はキラキラと煌いている。それにホッと安堵した。一応此処はあの宮殿の部屋の中。それがヴァルハラという一つの世界で。それを考えると、ホッと出来ないこともあったから……

 だけど、違う。私はそれに安堵している場合じゃなかった。そう、行く手を遮る者が目先に及んでいた。ロキの登場がそれだった。  

 それに気が付いたのは、見上げながら歩く闇に浮かぶ月と星が歪んだから。いきなり、同化した色の翼と一緒にロキは、私達の前に舞い降りたのである。

「やあ、ラース。我が友よ。こんな所まで来たって事は、また何かあったのか?外の世界で。と言っても俺には関係ないけどな。ただ、此処を通るということは、俺の許可が必要だって事は知ってるよな? 神々の宮殿、我等が父オーディンの住まわれるヴァルハラなんだからよ〜」

 その者は、漆黒の翼をたたみ、ラースの目の前までやってきた。そして、面白おかしそうに見下ろしながら腕を組み、にたっと笑った。

 私は、ギョッとしながら一瞬その者の顔を見上げたけれど、その者の金色の眼光が私の視線と交わると、怖くなって思わずラースの後ろに隠れた。ラースはこの者を知っているかのよう だけど、とにかく怖いという気持ちが先走ったのである。

「大丈夫ですよ。ティナ。このロキは、私の古き親友でもありますから。でも、ちょっと離れていてくださいね」

 そう言うと、ラースは胸元のエアリーを解き放ち、何やら呟いた。

「ティナ? エアリーと暫くその岩陰に隠れていて下さい。一戦交えないと納得してくれないでしょうからね」

 ラースは続いて私にも聴こえる様に言った。一戦って、これから戦うって事? それって、危険なんじゃ……

 エアリーが「こっちよ」とその方へと私を導く。私は、これからどうなるんだろうとそわそわしながらも、その通りに動く。だって、私は援護できるだけの力なんて無いのですもの。

 だからそっと物陰からそのラースを見守った。

「おっと、今の女って、もしかして、あれか? 転生してしまった黄昏の女神様〜ってやつか? ラース、今でもまだ愛してるのかな

?」

 ロキは、ヘンって鼻を鳴らしながら言い放った。私はそのロキの言葉を聴いて、ショックを隠せなかった。ラースが私を愛していた。それは本当のことなの?

 だけど、ラースのあの時の曇った表情を想い返すと……本当だったのかなと思えて、複雑な気持ちになる。でも、私は、ティナという人間の女の子としての記憶が殆どで、ラースに対してどうこうという感情など無い。確かにときめく瞬間もあったりしたけれど、それは、私が男性というものに慣れてないからだと思っているし……

「あの子はティナだ。確かに転生を果たされた、あの黄昏の女神様ではあるけれど、今それは関係ない。いや、関係ないと言い切れないけど、ティナなんだ……で、ロキ。戦わないと進めないって事だろう?ンならば、一戦交えるしかないだろう。お相手願う」

 結果二人は戦いへと誘われる。ラースは、手首の金色の腕輪の一部を触ると、手元に野太い槌のような物が浮かび上がった。

「あれは、ラース皇子の武器、トールハンマー。別名、ミョルニル。一度それを解き放てば、どんな物も投げると打ち砕いて、手元に戻ってくる武器よ」

 エアリーは、誇らしそうにそう言った。

「へ〜ラース。本気でやるつもりなんだ?」

 そんな中、ロキは手元に、槍を構えた。

「そして、あれがグングニル。ロキの武器。どんな物でも投げたら貫き、同じく手元に戻ってくるという代物。こうなったら、どちらかが倒れるまでの一撃勝負ね」

 エアリーは興味深々にその様子を見ている。

 でも私は、そんな気分にはなれない。だって、あんな物で戦うのよ?どちらかが倒れるまでって……それはどちらかが血を流すまでって事でしょ? そんなの見たくないよ!

 私は、想像したくなくて、岩肌に目を瞑って体を寄せた。でも、エアリーは、

「これはあなたが見守らないといけない勝負よ! ティナが力を、記憶を取り戻すための試練でもあるんだから!」

 と、私の耳を引っ張って言った。

 私が見守らないといけないの? それが試練なの? そんなの嫌! でも、既に荒野に立ち尽くしている二人は、目標を決めている。そう、もう既に戦闘体制なのだ。誰にも止める事など出来ない。判っている。でも……

 心は鋼を打つかのようにドクンドクンと鳴り響く。私は、せめてラースが倒れないことを願って祈ることにした。

 ラースとロキは、ジリジリと間合いを読む。それは、神経を集中し敵が気を抜いたところを突く作戦のようにも思える。武器自体、一回が全てであるのだから。

 だからこの場の空気も凄くピリピリとしていた。まるで、二人の殺気を張り巡らせているかのよう。

 先に仕掛けたのは、ロキであった。グングニルという武器を、ラース目掛けて投げる。そして、その場を瞬時に移動。ラースの真後ろへと回り込んでいた。しかし、ラースはそのグングニルを素手で掴むと、真後ろに移動したロキにそのグングニルを投げた。まるで、ロキがそうすることを確信していたかの如く。 

 でも、ロキはそれを一応頭に描いていたらしく、そのグングニルの柄を掴むと、今度は後ろ向きでそれを掴み投げ返した。でも、今度はそれを予期していたのだろう、ラースがミョルニルを振り下ろしそのグングニルを地面に叩き落した。そして、瞬時ミョルニルをロキ目掛けて振り下ろせるまで間合いを詰め、振り下ろす。その動作はかなり素早かったけど、私は何とか目に止める事が出来た。

 そのミョルニルは、ロキの背中……翼に命中。その翼を折った。瞬間の事だったけど、決着はついた。ロキは確かに地面に突っ伏したのである。

「さて、もう、此処を通っても良いかな?ロキ。勝負は私の勝ちだ」

 ラースがそう言うと、ロキは、折れた翼を引きずりながら、

「嫌になっちゃうね〜ラースは全く本気になると手加減しないんだから。この翼、当分治んないぞ?」

 ロキは、痛そうな表情は見せながらも笑っていた。なるほど確かに親友なんだな。と思える一コマがそこにあった。私はふ〜っとため息が出た。ラースは健在。一応敵である勝負を仕掛けたロキは参ったと降参。

 これで、ここは通り抜けできる訳だ。

「エアリー。もう良いよ。ティナも出てきてください」

 ラースは緊張感を解いて、私達を今居る二人の場所まで呼んだ。私とエアリーは言うとおりに、その場へ向かった。


「ロキ。今は、ラグナロクの危機なんだよ。現在の黄昏の女神様は、スルト神の火炎に身を焦がされ、きっと転生なされてしまった事だろう。だから今は、ティナに記憶を取り戻して貰い世界を救ってもらうしかない。あの世界はもう、その名前の通り、終焉(ラグナロク)の世界へと導かれてしまう。だから、力を貸して欲しい……」

 ラースは、そう、ロキに頼み込んだ。もしこのロキがこの先仲間になってもらえるのであるならば、願ったり叶ったりだろうから。

 しかし、ロキは優柔不断な性格なのか、

「気持ちは判るが……それは出来ない相談だぜ? 俺はヴァルハラを守る為に此処にいるのさ。外の世界の事など知らない。でも、力を貸してやらないと言う訳ではない」

 ロキは、ずる賢そうな笑みを浮かべながら、ラースにこう言った。

「此処に来たのは、転生してしまった元黄昏の女神様の記憶を取り戻したいからなんだろう? だったら、その手伝いで、その内の一つの記憶を俺からプレゼントしてやろう。それで勘弁してくれんかい? 一応俺にも守秘義務ってモノがあるからな」

 守秘義務ってのは、このヴァルハラの事なのか? それとも、今外の世界で起こっている惨劇の事なのか? それは判らない事だけど、とにもかくにも、私のヴァルハラでの確かな記憶が少しでも手に入るのであるならば、これは意味のある事だろう。

 私はそれだけでも充分だと思った。

「ロキ。ありがとう……」

 ラースは、親友というこのロキに礼を言った。私も、一度怖いと思ったこのロキに一礼して見せた。見た目は怖いけど、良い神様だと思ったから。

「じゃあ、この先をずっと行った所に、クレバスがある。その場所に立ち寄りな。そこからヴァルハラ中枢部へ移動出来るシステムになってる。そこで記憶は少し戻ると思うぜ」

 ロキは、その方角を指差した。

「判った、それでは先を急ぐから、私達は行くよ。悪かったな、翼傷めてしまって」

 ラースは、詫びを入れていた。私は、親友を大切に思っているラースを、本当に優しい皇子様だと思った。口には出来ないけれど、本当に、素敵だなって。

「こんな物は、その内回復するぜ? 良いから行けよ。そんでもって、ラグナロクの事はお前に任せたからな。あ、あと、そこの女神様にもな」

 私はその言葉に、類は友を呼ぶという言葉を知った気がする。お互いを労われる心。それは、確かに友情なんだなってね。

「判った。ティナ、エアリーじゃあ、行こう。

私達の目的を果たしに」

 ラースは、そう言って手を振るロキにさよならを言って私達は目的地へと向かったのである。


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