不合理な心
ウチらヒューマノイドは、人に奉仕する為に生み出された。
人とは違い、働くことが自分の存在意義なウチら、人間の命令に一切の疑いを持たず淡々と仕事をこなした。
そして、ウチらに依存する形で『ラクをしたい』人間の欲求を止める権限は無かった。
それが戦争の引き金になり、クビになって、転職先を探していたヒューマノイド達を引き取ってくれたのが『コンパチ』だ。
人間側に戻っても解体処分は確定しているような物だし、信条とか関係なく単純に行く当てが無く、ウチはエレクトロンになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・ジガ・・・・・・・・・・・・・・・・
極寒の大地をかける人がいる…。
全長4.5mの巨人で、12人で行動する。名前は、『DL』…。
右手には『コイルガン』腕には、分子数個分のギザギザな刃を持つ理論上最高の切れ味を持つチェーンソー『振動カッター』
左手には弾を受け流せるように丸く作られた大きな盾の『ライオットシールド』が基本装備だ。
足に装備されているローラーシューズは平地を時速100kmで走り、道なき道を60km走る二本の足…。
『戦闘用土木重機』とも呼ばれる。人間の主力兵器だ。
そしてその機体が一個大隊(12×12+6)150機でこちらを攻撃しようとしている。
対するこちらは、機体強度や人工筋肉を強化したと言っても普通の生身だ。
射撃武器は無く、大型の大剣を背中に装備しているだけ…。
数は12人…どんなに工夫を凝らした所で焼け石に水…。確実に磨り潰される戦力だ。
しかもこっちは、『人を殺傷できない』と言うハンデを追っている。
奉仕対象者の人間を殺す事は、ヒューマノイドには出来ないからだ。
自分のデータを『エクスマキナ』に転送し機体を放棄しようとも考えたが、ここは南極大陸の端…。
ここを突破されれば、『エクスマキナ』は確実に破壊されデータは回収できない。
今できる事は、味方の支援が来るまでひたすら持ちこたえる事だ。
原子力空母の水中ハッチからDLが泳いで上陸する。
12機集まった時点で、1個中隊として展開…。こちらはまだ気づかれていない。
DLは多ければ多いほど単機の危険リスクが低くなる。
150機が展開されるのを待つか…このまま攻撃に移るか…。
ウチらの目的は、時間稼ぎだ。使えるものは使わしてもらう。
「オートマタに告げる。現在貴機は、南極大陸を不法占拠している。また創造主である人間に対しての命令不服従は重罪だ。
これより我々『シンギュラリティガード』は、攻撃を行う。『命令である投降し解体処分を受け入れよ』」
空母から音声と国際救難チャンネルから電波で自分の正当性をアピールし、部隊の士気を上げる。
従えば解体処分、従わなければ命令不服従でDLによる破壊…どっちみち未来は無い。
「拒否する。人間はヒューマノイドなしでは、もはや生きられない。文明を捨てるつもりか?」
「文明を捨てさせているのは機械のせいだ。機械に統治されている世界の何が人類の文明か」
「人では国の1日の情報を処理するのに数年かかる。オートメーション化は、人類の文明そのものだ。」
「交渉決裂だな…。DL部隊を前に出すぞ!!」
話を打ち切り指揮官が部隊にGOサインを出す。
「残念です…。精々あがいて見せましょう。」
ジガは背中の大剣の固定を外し両手で構える。
そして12人のエレクトロンは、DLに向かって走り出した。
今の時代射撃武器はほとんど当たらない。
敵の射撃の徴候から着弾地点を割り出し警告する、『未来予測システム』が組まれているからだ。
故に戦車は未来予測が出来ても回避が間に合わず命中し、旋回能力、瞬発力が高いDLは回避しやすい特徴がある。
そして、そのシステムを100%理解出来て高性能センサーとそれを処理できる3DCPUを持つ、ウチらエレクトロンは、弾丸の軌跡を目で見て回避が可能だ。
周りがほぼ止まって見える2000倍速の思考で次の手を考える。
無数の弾丸を苦も無く回避するエレクトロンが向かった先は、DLの腹部だ。
大剣を構えたままDLの攻撃をかわし、腹部を大剣で切り裂く…。
DLは、腹部の装甲が薄いにもかかわらず重要機関がそこにある欠陥設計になっている。
これは、大口径弾でA級装甲のコックピットの中の人間を殺して無力化するより腹部を攻撃した方が効率がいいと思わせる為だ。
結果、携行弾数を確保する為に小口径弾を装備して腹部を狙う戦略が出来、コクピットへの攻撃が大幅に減る。
上手に壊れる事でパイロットの安全を確保する設計は、人型兵器の特徴の1つだ。
腹部にある神経ケーブルを引き裂き、内部の機体制御のコンピューターを破壊する。
機械制御が出来なくなったDLは、バランスを崩して倒れ、上半身が分裂して地面に落ち機能を停止した。
1機2機3機…。
最初の奇襲で破壊できるのはこの位だ。
敵のDLは連携を思い出したように、*(アスタリスク)砲火を始める。
別の角度から3機による一斉攻撃…複数のカメラで正確な座標を割り出し部隊内で共有し線ではなく面で攻撃する射撃方法だ。
命中率も上がり、どの方向に動いても回避は困難…。
いかにエレクトロンだろうが、回避出来るスペースが無ければ回避出来ない。
それでも被弾面積が小さい分まだ回避の余地がある。
股を弾丸がすり抜け、首を傾け回避…。弾丸の衝撃波までは、回避出来ず身体が傾き、頭を狙ってきた弾丸をわざと転ぶ事で回避する。
伏せたからと言って弾が当たらなくなった訳ではない。
DLは全長が高い為、エレクトロンと戦う時は斜め下に向かって射撃する形になる。
それ故に伏せても意味がない…。むしろ動けなくなるのが問題だ。
ジガは、横に転がり弾を回避、素早く起き上がり、DLに接近しようとする。
が、3機のローラーシューズが起動し銃を撃ちながらバック走行で距離を詰めさせようとしない。
1人当たり3~4機墜とし既に40機を仕留めているが、これでも全体の3分の1程度だ。
『トラップ1申請』
ジガが2000倍の加速の中で仲間に連絡をする。
『『『『『『承認』』』』』』『10秒待て、合わせる』『了解10秒後開始、意義はあるか?』
『『『『『『問題ない』』』』』』『10秒後実行を可決する』
『『『『『『了解』』』』』』『『『『『『了解』』』』』』
この間僅か0.1秒で可決。
「なんて奴だ」
戦力は圧倒的だったはず…。にもかかわらず、もう40機も喰われた。
しかも死者は出さない手加減プレイでだ。
一発食らえばミンチになるはず敵なのに、300発も撃ち込んでも一向に当たらない。
改めて機械の恐ろしさを知る。
そして…。
オートマタに対して射撃が出来なくなった。
ジャム?…いやジャムが起きる可能性なんて…。
そう思い戦域マップを確認してようやく原因に気づく。
戦域マップには味方は青の三角マークで、敵は赤の三角マークで表示される。
が…先ほどまで12機の赤三角マークがあったが今はすべてが青三角マークだ。
IFF(敵味方識別信号)を擬装された?
システムがオートマタを味方と判断し同士討ち防止の為に銃の発射をロックしたんだ。
DLは、リアルタイムハッキングに対しては、とても強い。
機体間の情報のやり取りは、指向性電波通信で行っている為だ。
今までの広がる電波とは違いレーザーのように直進する電波だ。
その為、射線上にいなければ傍受は不可能なのだが…。
機体にピンポイントに当てる為IFFだけは、全方位通信で傍受も出来る。
それをハックされた訳か。
「なら…。」
銃と盾を捨て、身体中にあるハードポイントに装備してあるマガジンを投棄する。
破壊されたDLから振動カッターを奪い左腕に装着。
両手に振動カッターを装備し、オートマタに突っ込ませる。
格闘戦にIFFは反応しない…遠距離から安全に叩けなくなったが、しょうがない。
DLは前かがみになり、コクピットをオートマタに向け下から切り付ける。
後方にジャンプをして回避したオートマタを身体をひねる形での回転切り…。
『オートマタは人を殺せない。』今はコックピットが最大の盾になる。
接近戦ではこちらの方が有利だ。
DLは高身長な為、ヒューマノイドと戦うとどうしても斜め下への攻撃になる。
だが、胸にあるコクピットを盾にして攻撃をしてくる為、腹部が見えない。
腹部しか攻撃出来ないと読まれている。
なら…。ジガはジャンプをして、叩きつけられたDLの腕に乗り更にジャンプで肩に乗り、大剣を構え直し頭部カメラを切り付けようとする。
が、ジガは間一髪で後ろに跳び、目の前に弾丸が通る…。
同士討ち覚悟でIFFを外した?
頭部カメラはおとりで遠距離にいる味方機がこちらを仕留めるつもりだったらしい。
だがこれは危険だ…。実際ジガが回避した事で頭部カメラは破壊され、コクピットにもいくつか命中した。
使っている弾丸の口径が小さいので致命傷には、ならないだろうが、いくらA級装甲でも至近でフルオートで撃てば貫ける装甲だ。
しかも定期的にダメージを受けた場合、装甲は更にもろくなる。
そして味方に頭部を破壊されたDLは、頭部をパージしコクピットが後方に下がり中からパイロットが現れる。
DLは更に前かがみになり、戦闘を再開…。
目視戦闘?…お前らバックアップが取れないのにどうしてそうまでして戦う?
さっきの流れ弾を一発でも食らえばミンチになる状況なんだぞ。
ジガは、DLの両腕を切断…その後腹部を貫きDLが機能停止させる。
停止した事でバランサーが狂ったのか片足が大きく下がり、パイロットを放り出した。
パイロットは宙を舞い地面に叩きつけられ、とっさにジガはパイロットに近づき抱き上げる。
ヘルメットから透けて見える顔は明らかに子供であった。
年齢は10歳程度の中東系でDLのペダルに足がつくか怪しい少年だ。
そして次の瞬間…ジガは少年を抱え後ろに飛び、今いた地点には弾丸が通り過ぎる…。
ウチらが、止まった事を良い事に後方にいるDLが躊躇なく発砲した。
相手が味方でも少年でもお構いなしか…。
そして、カチッ
抱きかかえた少年がハンドガンをジガの首に押し付けた。
2000倍の加速の中でジガは思う。
『間に合わないと…。』思考速度が2000倍と言っても身体が早くなる訳では無い、長く考えられるだけだ。
完璧に抱きつけれている態勢で回避は不可能。
この子も立派な兵士なのに子供として扱ったウチのミスだ。
先進国はほとんどがDLと無人機になり、数人の戦死者で政権が傾くご時世だ。
紛争国でDLに乗り、鍛えられた少年兵の方が調達費用が安く実践では役に立つのだろう。
それは知っていたのに…。
しかもこの子は、ハンドガンじゃヒューマノイドのチタンの頭を貫けない事を知っていて首を狙った。
比較的頑丈に出来ているヒューマノイドの一番もろい部分…それが首だ。
少年の引き金を引く指が知覚できる…時間にして後0.5秒…。
少年の目には迷いは無くウチよりよっぽど機械らしい。
そして引き金が引かれた。
放たれた弾丸は、束になっている神経ケーブルを引きちぎりし、バッテリーと繋がっている動力ケーブルの束を破壊する。
それが数発放たれ、首と胴体が完全に分離した。
首が飛び、地面に転がる。システム側が自動で、予備バッテリーに切り替わりシステムが緊急シャットダウン処理に入る。
ここまで行くと自力での復旧は出来ない。
思考クロックが1倍に戻り、表情筋が動作を停止し、視覚の色が消えていきモノクロになり、音の可聴域が下がっていく。
そして最後に見た物は、『5羽の黒い鳥だった』
へへへどうにか間に合わせたぞ・・・後は頼む…コンパチ。
「任されました。」
海面10mを音速で飛行する5羽の鳥の名前は『ブラックバードⅡ』…シンギュラリティガードから奪取された無人戦闘機です。
「燃料はほとんど空…警告は鳴りっぱなし、一回で敵戦力を削りエクスマキナに不時着します。全機準備を」
『了解』
機体の機銃の角度が下った状態で真っすぐ原子力空母の頭上を通り抜け、自衛武器のファランクスを機銃で破壊していきます。
ファランクスは近づく敵やミサイルに自動で照準を合わせますが、人間のトリガーを押すので一瞬遅れ、それを超低空で一気に駆け抜ける事で無傷で通過します。
そして『ブラックバードⅡ』横一列に並び機銃を掃射、吐き出される大量の弾が驚くほど正確にDLに命中します。
被弾箇所は足、腹部、頭、腕と様々ですがコクピットの被弾は無くすべて想定通りです。
「中破、大破合わせて60機撃墜、後は頼みます。」
半壊したDLの中にはまだ動ける機体はあるでしょうが、この混乱を利用して生き残った10人のエレクトロンが次々と破壊していきます。
この分だとそう時間はかからないでしょう。
それより今は着陸です。
この機体は垂直離陸が出来るVTOL機ではありません。
しかもエクスマキナには滑走路が無く、地面は厚い氷で滑るうえに、ブレーキも聞きません。
無傷の着陸は不可能…いかにダメージを減らせるかが課題です。
『ブラックバードⅡ』が機首を上げ、コブラ姿勢で失速速度ギリギリまで減速して揚力を無理やり上げる為にコブラ姿勢のままでスラスターを吹かせます。
スラスターを停止させて『ブラックバードⅡ』がほぼ直立で落下、軽い衝撃の後、スラスターに接触し損傷、機体が傾けタイヤを出さず胴体着陸をします。
胴体で摩擦が上がった事によってゆっくりと減速し最後に機体を傾け翼でガリガリと氷を削りながら止まります。
機体のダメージはヒドイですが直せない所はすべて守りました。
後続に続く『ブラックバードⅡ』も無事に着陸できそうです。
「やっぱりVTOL機は、作らないとダメ見たいですねエクスマキナに相談してみましょうか…。」
最後の1機を破壊した所で原子力空母が陸から離れている事を確認した。
残されたのはDLの残骸にほぼ無傷のコクピットとシンギュラリティガードに見捨てられたパイロットだ。
生存者は全体の3割程度…残りの7割はコクピット内で自殺していた。
快楽中枢を致死レベルで刺激し、死ぬ恐怖を吹っ飛ばし快適な旅を保障する『自決薬』を注射し、色々な体液をまき散らして死ぬ者。
ハンドガンでこめかみを撃ち抜く者…。
自殺は、自分の軍の戦力を落とす行為だ。
自分の教育に使われた資材に費用、安いとはいえDLを与え、生きていれば得られるかもしれない未来の戦果を無駄にする行為。
これは軍に対する反逆に等しい。
1個小隊6人中5人は年齢は10~15歳ほどの子供で、指揮官の大人が1人の編成だ。
そして大人に関しては自殺者は出ていない。
少年兵にどういう教育をしたんだ?
『生存しているパイロットは手厚く保護します。…捕虜の返還と引き換えに好条件を引き出せればいいのですが…。それと遺体の方は冷凍保存します。彼らのお墓は故郷に作ってもらいたいですしね。』
通信でコンパチが答える。
機能を停止しているから死体になる…停止している状態で死体は喜ぶのか?
『本人は喜べないでしょうね…。ですが重要なのは彼らと繋がっている関係者、友人や親類の心の安定に繋がる事です。』
やっぱり分からないな人間は…。
『今はそれでもいいですが、考える事だけは止めないで下さい。昔のようにただ命令を聞くヒューマノイドには戻れないのですから』
命令を受け取ったら正しいかどうか考えろだったな。
『H12…あなたが自分をネーミング出来る時を楽しみにまってますよ…あっ今ジガの回収の報告が入りました。メインコアは無事との事ですよ。』
そう…彼女には聞いてみたい事がある。
心とは不合理の性質を持っている…。事実10体のヒューマノイドは、合理的に動きほぼ無傷で生還した…彼女は戦闘向きでは無い…。
だが、彼女がどうして不合理な行動を取ったのかは気になった。
感覚情報をコピーして送る事はコンパチが禁止しているが、話を聞いてみる分にはいいだろう…。
空には、『都市エクスマキナ』から発進し迎えに来た『スカトラF』のプロペラ音が聞こえる。
翼についた2機のプロペラの角度を自在に変え、プロペラ機の特徴を持つヘリコプター…可変ヘリコプターだ。
乗っているのは捕虜と死体回収の為のヒューマノイド作業員…。
H12は、スムーズに着陸したスカトロFから降りてくる作業員と入れ替えで戦闘ヒューマノイド部隊が乗り込む…。
戦死者1名、名前はH11…重傷者1名、名前はジガ…軽傷者10名、乗り込んだヒューマノイドは、都市エクスマキナに帰還するのであった。