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ヘリオスフィア・クロニクル  作者: 氷山 玲士
第1章・転移から始まるプロローグ
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魔導三輪の技術

 トレーダーズギルドで教えてもらったシュラーク商会は、トレーダーズギルドから歩いて20分ほどの距離にあった。

 本店は帝都にあり、ルストブルクを含めたいくつかの町に支店を展開している大商会で、騎獣や馬車、魔導車に魔導船を主に取り扱っている。

 馬具のような道具も店内に見受けられるし、魔導車の模型も飾られているから、なんていうかカーショップっていう印象を受けるな。

 あ、ヘリオスフィアで馬車を引くのは魔物だから、馬車じゃ意味が通じず、獣車って呼ばれているらしいぞ。


「いらっしゃいませ、ようこそシュラーク商会へ」

「すいません、ちょっと聞きたい事があって来ました。トレーダーズギルドで聞いたんですが、シュラーク商会って乗物を扱ってるんですよね」

「ええ、その通りです。何かご入用ですか?」


 20代半ばぐらいのリクシーの女性店員さんは丁寧に対応してくれているが、成人したばかりの若造が1人で訪ねてくるようなとこじゃないから、ちょっと訝し気な表情をしている。


「買いに来たんじゃなく、聞きたい事があって来たんです」

「聞きたい事、ですか?」


 首を傾げられた。

 まあ、それも普通の反応か。


「はい。簡易魔導車なんですけど、販売額が最低100万オールでしたよね?」

「ええ、そうです。魔物に引かせる必要もありませんし、獣車よりスピードを出す事も可能ですから、ハンターの方からは人気があります」


 鑑定した魔導車は、いずれも最高時速30キロで2人乗りだったが、獣車は引く魔物によって速度が左右されるし、魔物が疲れる事もあるから、安定した速度を出せるという点が魅力なんだろうな。

 無理をすれば3人か4人は乗れそうだったから、それも人気が出る理由かもしれない。


「希少な素材も使ってるそうですけど、例えば前輪を1つ減らすだけでも、コストが抑えられたりしませんか?」

「仰ってる意味が分かりませんね。前輪を1つ減らしてしまったら、バランスが取れなくなりますよ」


 呆れたようにそう言われてしまった。

 確かに4輪車から車輪を1つ減らしたらバランスもくそも無くなるが、車輪の位置をずらすとか考えたりはしないんだろうか?

 文明が停滞してるとは言われてたが、発想まで停滞してるとは思わなかったぞ。


「実際に見てもらった方が早いか」

「見てもらうって、もしかして持ってるんですか?」


 呆れた顔が驚いた顔に変わった。

 魔導車は高価だし、それを改造したと思える物を持ってたらそれも仕方ないか。


「ええ、ありますよ。ただあんまり人目にさらしたくはないんで、どこか場所を貸してもらえますか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。それが本当なら、シュラーク商会にも大きな利益があります。支店長を呼んできますから、ここでお待ちください」


 なんか支店長がどうとかって話になってきたが、確かに話は早くなるか。

 場所を貸してもらう必要もあるから、ここは素直に待たせてもらおう。


「分かりました」

「ごめん!誰か彼を、奥の車場まで案内お願い!」


 そう思ってたら、その店員さんが別の従業員に、俺を車場に案内するよう指示してくれた。

 指示を受けた店員さんに案内されて、俺は店舗の裏、というか中庭に通された。

 裏側かと思ってたんだが、魔導車を作ってる工房も目に入るから、防犯や技術流出防止っていう意味もあるんだろう。

 シュラーク商会は3階建ての建物で、俺が入った店舗部分を含めてもかなり大きい。

 中庭があることを考えれば、本店と言われても納得できる。

 聞けばその建物は、支店長はもちろん、従業員や職人の寮も兼ねてるらしい。

 部屋にはトイレやキッチンも備え付けられているから、アパートやマンションって感じがするが、機密保持という意味では合理的だと思う。

 家族も一緒に暮らしているし、トイレやキッチンに使う魔石は支給品らしいから、待遇も良いんだろう。


「お待たせしました、支店長をお連れしました」


 おっと、どうやら支店長さんも来たらしい。

 支店長さんはヒューマンの男性で、40代ぐらいに見えるな。


「お待たせしました、支店長のクラークと申します。なんでも車輪が3つしかない魔導車をお持ちとのことですが、それをお売りいただけるのでしょうか?」


 なんか売るって話になってるが、俺にそんなつもりは一切ないぞ。


「ハンターの浩哉と言います。すいませんが、これは売るつもりはないですね。ただ車輪を1つでも減らせばコストも落とせるだろうから、今より安く魔導車を売れるんじゃないかと思ったんです」

「そうですか。確かに仰る通り、車輪を1つ減らす事が出来れば、2割はコストを削減できます。そうなれば現行の魔導車よりお安く提供できますし、顧客も増えるでしょう」


 残念そうな支店長さんだが、スカトは俺の愛車でもあるんだから、いくら積まれても売りませんよ。

 あと2割もコストカットできるんなら、魔導三輪も同じぐらい落とせるか、薄利で行けばもうちょっと安くなるかもしれない。

 乗員は2名から3名で考えれば、現行の魔導車より需要は多くなる事もありそうだな。


「ですが車輪を1つ減らすと言われても、どうすればいいのか見当もつきませんぞ?」


 俺からしたら疑問でしかないが、実際に見た事がなければそんなもんかもしれないな。


「それについては、俺の魔導車を見ていただければ、構造は参考になると思います」


 そう言ってからブルースフィアを開き、小声でスカトを召喚した。

 ステータスもだが、ブルースフィアも他人には見えないから、手を動かしてもステータリングをいじってると思ってもらえる。

 実際スカトぐらいの大きさはもちろん、サダルメリクもストレージに収納出来るだろうから、ストレージに収納してたって言えば納得してもらえるだろう。


「これが……。確かに車輪は3つですが、なんと洗練された意匠……」

「後部に座席が2つありますね。これは3人乗りなんですか?」

「3人乗りですね。見ての通り剥き出しですから、雨が降ったりしたらずぶ濡れになりますが」


 日本のトライクには車みたいなデザインもあったが、スカトはバイクに近いから、雨が降ったりしたらずぶ濡れになるのは避けられない。

 まあ、結界があるから、濡れなくて済む可能性もあるが。


「実物を見ると、何故誰もこの構造を思いつかなかったのかと思ってしまいますな」

「軽く動かしてみましょう。よければ後ろに乗ってみますか?」

「是非お願いします」


 見るだけでも参考にはなるだろうが、乗り心地を確かめるのも必要だろう。

 スカトは後部座席が2つ並んでるから、支店長と受付のお姉さんに乗ってもらおう。


「す、すごく座り心地が良いですね」

「素晴らしいですな」

「ありがとうございます。では動かしますね」


 中庭は魔導車の起動テストも出来るように、しっかりと整備されている。

 とはいえそんなに広い訳じゃないから、時速10キロも出せない気がする。

 少し動かすだけでも安定性とかは分かるだろうから、それでよしとしておこう。


「おお、静かですな」

「揺れも少ないですね」

「スピードが出てませんからね。曲がりますよ」


 ハンドルを切って、カーブを進む。

 急ハンドルを切ったら危ないが、シートベルトはしてもらってるから、放り出されるような事はないと思う。

 そのまま中庭を一周してから下ろして、感想を聞いてみよう。


「どうでしたか?」

「素晴らしい魔導車ですな。この魔導車でしたら、金に糸目を付けません。是非ともお売りいただきたいですよ」

「さっきも言いましたけど、これを売るつもりはありません。俺はこの魔導三輪が、世間に出回ればいいと思って話を持ってきたんですから」

「分かっています。ですが本心でもありますよ。ですが魔導三輪、ですか。確かに魔導車とは少し異なりますし、実際に車輪は3つですから、魔導車と区別する意味でもいい呼び方ですな」


 商人だからなのか、本心かどうかがわかりにくい。

 迂闊に売りましょう、なんていったら、あっという間に話が進んで、スカトを買い取る手続きが進められそうだから、言質を取られないようにしっかりと拒絶の姿勢を見せておこう。


「これは商会長にも話を通さなければなりませんから、実際に制作を始めるのは先になります。ですが商会長も、多くの利益が見込める話なのですから、断る事はないでしょう」

「はい。車輪のみならず、車体を廃している事でさらにコストは落とせます。雨が降ると使いにくくなりますが、獣車にも使っている幌を用意すれば解決するでしょうし、そもそも雨の中では魔導車も使いにくいですから、大きな問題にはならないでしょう」


 魔導車って、雨の中じゃ使いにくいのか。

 ああ、道路の問題があったな。

 地球と違って舗装されてる訳じゃないから、雨が降ったら地面が濡れてグシャグシャになるし、車輪が泥にとられて動けなくなる事もある。

 道路を舗装するという手もあるが、町中ならともかく街道なんかは魔物が襲ってくる事もよくあるから、工事も簡単にはいかない。

 それに舗装の仕方は知らないから、これは諦めよう。


「そっちはシュラーク商会にお任せします。俺はこんなのもあるって提案しにきただけなんで」

「よろしいのですか?」

「ええ。俺にも目的があるんで」


 シュラーク商会が魔導三輪の量産に成功してくれたら、俺もスカトを使いやすくなるからな。

 今でも使えなくないが、魔導車の価格がべらぼうに高額だし、サダルメリクも同様の理由で使いにくい。

 アクエリアスなんて、使った瞬間に拘束されそうな危険性まである。

 少しでもその危険性を減らすために、シュラーク商会には是非とも魔導三輪の量産を成功させてもらいたい。


「では浩哉さんの目的達成を、少しでもお手伝いするために、この話は必ず商会長に通しましょう」

「お願いします」

「お任せください。それと、これほど素晴らしいお話を持ち込んで下さったのですから、謝礼をお支払いさせていただきたいと思います」


 謝礼とな?

 え?マジでいいの?


「謝礼、ですか?」

「はい。というより、先にトレーダーズギルドに持ちかけていただいていれば、生産が開始された暁には、10年間という期限はありますが、売り上げの1割が支払われるのですよ」

「そ、そうなんですか?」


 マジか、知らんかったぞ。

 魔導車が100万オールからで、魔導三輪にする事で2割安くなったと仮定すると、1割が俺に支払われるとしても、1台あたり8万オールになる。

 けっこうな大金じゃないか。


「あー、確かに魅力ではあるんですが、そうなるとトレーダーズギルドでもこれを見せないといけませんよね?」

「そうですな。実物を見せた方が、トレーダーズギルドも納得出来ます」

「あまり目立ちたくはないんで、残念ですがそれは諦めますよ。幸い、今は金に困ってる訳じゃないんで」


 後で後悔するかもしれんが、あんまり目立ちたくはないからな。

 レベル53のハンターって事で目立つ可能性はあるし、スカトやサダルメリク、アクエリアスもあるからいずれは避けられないかもしれないが、ヘリオスフィアに来てまだ3日目だし、避けられるようなら避けたい。


「勿体ない気もしますが、無理強いはできませんか」

「すいません。ああ、あと何日かしたら、フォルトハーフェンに行くつもりなんですが、そこにもシュラーク商会ってありますよね?」

「ええ、ございます。フォルトハーフェンは港町ですし、南の島には迷宮ダンジョンもありますから、魔導車より魔導船の方が主流だったはずですな」


 よし、フォルトハーフェンにもシュラーク商会があるなら、ちょっと無理を聞いてもらう事も出来るかもしれない。


「実は魔導船に興味があるんですが、魔導車以上に高価だって聞いてます。なので、できたらでいいんですが、フォルトハーフェンの支店が所有してる魔導船を見せてもらえないでしょうか?」

「それぐらいでしたら問題ないでしょう。私が紹介状をご用意しますから、フォルトハーフェン支店でお見せいただければ、ご希望に添えると思います」


 見るだけだから大丈夫だと思ったが、クラーク支店長の紹介状まで貰えるんなら、少なくとも門前払いされる事はなさそうだな。

 ヘリオスフィアの魔導船は是非とも見たいから、紹介状はありがたく頂戴しよう。

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