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ヘリオスフィア・クロニクル  作者: 氷山 玲士
第6章・奴隷悶着からの神殿訪問
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アリスの仲間

 何とかみんなでエレナを思いとどまらせてから3日経った。

 エレナも落ち着いてきたし、お母さん達も立ち直ってくれたが、それでもお父さんが神罰を下された事実は広まってるから、お母さん達だけじゃなく妹のアンジェリーナ夫妻も肩身の狭い思いをしてるようだ。

 幸いにも勤め先になってるシュラーク商会やギルドは事情を知ってるから、仕事が減ったりとか、そういうことはないらしい。

 正式に離婚が成立してることもあるから、逆にフォルトハーフェンの人達も同情的らしいし、しばらくしたら落ち着くんじゃないだろうか?

 あと何日かはフォルトハーフェンに留まって、ヴェルトハイリヒ聖教国に行くのはそれからにしよう。


 今日は久しぶりに海に出て、少し狩りをしようと思う。

 宿はアクアベアリを使ってるからすぐに出航してもいいんだが、経済的に見ても金を溜め込むのは問題だから、ついでって訳じゃないが食材の買い出しに矢の補充はしたい。

 特に矢は、ブルースフィアじゃ購入できないから、少し多めに確保しておきたい。

 そのためにハンターズギルドに来たんだが、そこでトラブルに巻き込まれるとは思わなかった。


「すいません、ミスリルの矢を200本貰えますか?」

「200本、ですか?在庫を確認するので、ちょっと待ってください」


 さすがに200本は多かったか。

 外海なら人目もないし、弓矢以外の攻撃手段も使いやすい。

 ヘリオスフィアでも矢は魔法で代用できるから、矢は魔法が効きにくい魔物に使われるぐらいで、需要も多くない。

 それでも矢に魔法を使うことで攻撃力を上げることができるから、弓術士にとって矢は奥の手でもある。


「200本って、もしかしなくても多かったかな?」

「多いわね。普通なら矢は10本から20本ぐらいで、使いまわすことも多いわ。高いっていう理由もあるけどね」


 ああ、そういえば矢は使い捨てになりやすいのに、けっこう値が張ってたな。

 確かミスリルの矢だと、1本1,000オールだったか?


「アリス?」

「はい?」


 俺達が売店の人を待ってると、突然アリスに声を掛けてきた男がいた。

 しっかりと装備を整えてるし、それなりのランクでもありそうだな。


「やっぱりアリスか!探したぞ!」

「ダン……。こんなところで会うなんて……」

「アリス、誰なの?」

「話したことあるでしょ?前にパーティー組んでたハンターよ」


 ああ、そういえばそんな話聞いた覚えがあるな。

 というか、アリスが奴隷になった一因じゃなかったか?


「それでダン、あたしを探してたって言ったけど、どういう事?」

「それは決まってるだろ。お前を解放するためだ」


 ダンっていう男がそのセリフを発すると、俺の頭には警報が鳴り響いた。

 つい最近も、似たようなセリフを聞いたばかりなんだが?


「解放するため?面白いこと言うわね。そもそもあたしが奴隷になったのは、いったい誰のせいだったかしらね?」


 アリスからわずかに怒気が漏れたが、それも無理もない。

 アリスが奴隷になってしまった理由は、重傷を負った仲間の治療費を返済することができなかったためだ。

 だがそれも、アリスを奴隷にしようと企んでいたナハトシュトローマン男爵が権力を利用し、ケガを治療するヒーラーと金を貸したトレーダーを買収したことが原因だから、本来なら奴隷になってしまうような金額でもなかったと聞いている。

 しかも当時のアリスはパーティーを組んでいたんだから、アリスだけが借金して奴隷になるなんて不自然極まりない話でもあるんだが、ナハトシュトローマン男爵はその仲間達にも圧力をかけていたため、アリスは仲間達にも見捨てられた形になる。


「そ、それは……いや、あれは仕方なかったんだ!だから俺は、みんなが止めるのも聞かずに狩りに精を出して、やっとアリスを解放できるだけの金も稼げた!だからアリス!俺と一緒に行こう!」


 それはすごいと思うが、俺から言わせればナハトシュトローマン男爵ごときの圧力に屈した時点で、お話にならないんだが。


「お断りよ。そもそもあの時あんたがケガをしたのは、あんたが実力に見合わない魔物を狙ったことが原因でしょう?それなのに治療費は一切出さず、それでいてあたしのことを見捨てたんだから、今更何をどうしても信用なんてできるはずがないわ」


 アリスの言い分は当然だと思うが、奴隷になったパーティーメンバーのケガって、このダンって男のだったのか。


「そ、それはわかってる!だから俺はみんなの反対を押し切って、こうして金を集めたんだ!」

「だから言ったでしょう?信用できないって。特にダン、あんたのことはね」


 冷たい視線を向けるアリスだが、それにはしっかりとした理由がある。

 アリスのパーティーは全部で7人いたんだが、あの後解散している。

 だけどその中の3人は夫婦だったこともあって、拠点をフォルトハーフェンに移していた。

 その人達とは何度か会ったことがあって、その時にアリスには謝罪していて、アリスの借金も全て手渡そうとしてくれたんだよ。

 アリスの境遇については思う所があるようだが、自分達が原因だっていう自覚もあるし、俺の扱いもこれ以上ないほどだってことは理解してくれたから、今でも顔を合わせれば挨拶はするし、狩場で会うこともあったな。


 ところがこのダンという男は、謝罪の言葉すら一切ない。

 それどころか自分の非も認めてない上に、俺を無視してアリスを連れていこうとまでしていやがる。

 多分フォルトハーフェンを拠点にしている夫婦を頼ってきたんだろうが、その点から見ても信じられないぞ。


「な、なんでだよ!俺はアリスを解放するために、今まで頑張ってきたってのに!」

「あんたの頑張りなんて、知ったことじゃないわ。そもそもあたしは今の生活に満足してるんだから、解放も望んでいない。あたしの出した、無茶な条件まで達成してくれたしね」

「ふざけるなよ!俺は……俺はアリスを助けるために、仲間も作らずに魔物を狩ってたんだ!なのにその俺には見向きもせず、奴隷としての生き方を受け入れるってのか!?」

「そう言ってるじゃない。そもそもパーティーを組んでた時から、あんたは鬱陶しかったのよ。思い込みも激しかったし、あたしにしつこいぐらい付きまとってきたわよね?あの事がなければ、あたしはあの後パーティーを抜ける予定でもあったのよ」


 謝罪もない、協調性もない、ストーカー並みの執着心なんて、普通にお付き合いは遠慮したいよな。

 実際に会ったことで、本当に酷い奴だってのがよくわかるよ。


「そ、そんな……。そうか、お前だな!俺のアリスを奴隷にして、心にもないことを言わせてる違法マスターは!」


 ここで矛先が俺に向いてきた。

 今のセリフにいくつものツッコミどころがあるぞ、コラ。


「アリス、もしかしてこいつ、頭悪いのか?」

「その上話も通じないのよ。解散してからも付きまとわれてるんだから、あの人達も災難ね」


 だろうな。

 人の話を聞かなさそうだし、元パーティーが頼ってきたんだから面倒見て当然とでも思ってる気がする。

 迷惑でしかないし、それ以前に人として終わってると言わざるを得ないぞ。


「で、俺を違法マスターだなんて言い切る以上、証拠はあるんだろうな?」

「俺が解放しろと言ってるのにしないんだ、それ以上の証拠なんてあるか!」

「……は?」


 一瞬何を言われたのか、マジでわからなかった。

 そんなもん、何の証拠にもならないし、それ以前に言いがかりでしかないだろ。

 俺だけじゃなく、みんなも何を言われたのか、マジでわからんって顔してるぞ。


「ほら見ろ。言い淀むってことは、俺が正しいって証拠だ!さあ、告発されたくなければ、アリスを解放しろ!」


 言葉も出ないほど驚いてた俺達に畳みかけるかのように、言葉を続ける馬鹿。

 いや、あまりにもバカ過ぎる理由だから、本気で言葉が出なかっただけなんだが?


「……分かってはいたけど、本当にバカだわ。いえ、ここまでだとは、さすがに思ってなかったわね」


 アリスのセリフが、俺達の心情を正確に代弁していた。

 そもそも自分が原因でアリスは奴隷になってしまったっていうのに、そのことについては一切触れてないし、もしかしたら自分が助けるのは当然だって思ってる可能性もある。

 それでいてアリスを解放するための金は溜めたって言ってるが、おそらく解放じゃなくて買うための金だと思う。

 だからアリスを買って、そのまま自分の女にしようとでも考えてるんだろう。

 多分奴隷契約についても、何も知らないだろうな。


 まあ、今となっちゃ、そんなことはどうでもいいんだが。


「面白いことを言うな。自分の非も認めず謝罪もせず、それでいて人の女を奪おうだなんて、命がいらないのか?」

「な、なんだと?お前の女?」

「そうだよ。そもそもアリスは、とっくに解放されるぐらいの金は稼いでる。それでも解放されてないってことは、アリス自身が解放を望んでないってことだ。なのに告発をちらつかせて脅すなんて、どっちが違法行為を働いてるのかなんて一目瞭然だろうに」


 ストーカーに理屈は通用しないが、それでもこれは脅迫以外のなにものでもない。

 告発されても俺にやましいことは一切ないから、別にされても構わないんだが、3日前に俺を告発した人が神罰を下されたばかりだから、そこがちょっと気になるところか。


「う、うるさいっ!俺は間違ってなんかいない!間違ってるのはお前だ!俺の言うことは、何より正しいんだ!俺はここで、お前を告発す……ぎゃあああああああああああああっ!!」


 うお、ビックリしたっ!

 って、告発の場でもないのに、いきなり神雷かよ!


「バカだバカだとは思ってたけど、本当に救いようのないバカだったわね」

「仕方ありません。自分の理屈で動いていたのですから、遅かれ早かれこうなったでしょう」

「稀に神罰が下されてるって話は聞くけど、大抵はこういった勝手な人らしいですからね」


 アリス、エリザ、エリアは、一切の同情なくそう告げ、何の感慨もない瞳で見つめていた。

 俺も驚きはしたけど、こうなるんじゃないかと思ってはいたし、こいつの身勝手な言い分に腹が立ってたのは間違いないから、気の毒だとか残念だとか、そういった感情は一切ない。


「い、いったい何が……」

「あれが……神罰なのか……」

「いったい誰が……って、あいつは!」

「ああ、なるほどな」


 目撃していたハンターズギルドの職員やハンターも驚いていたが、神罰を下された人物が誰なのかを理解すると、途端に納得の表情を浮かべた。


「もしかして、あいつのこと知ってます?」

「ああ。2度ほど臨時で組んだことがある。だけど勝手に動くのはもちろん、報酬の取り分も最後の最後で喚き散らしてごねやがるから、俺達はもちろん誰も組もうなんて思う奴はいなかった」

「だからソロでやってたんだけど、それでも人の狩りを邪魔したり、獲物の横取りも日常茶飯事だったわね。何度も警告されてるのに改善する気配が無かったから、ライセンス剥奪も時間の問題だったはずよ」


 気になって近くのハンターに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

 本当に人の迷惑になるようなことしかしてなかったんだな。

 それで金を稼いだとか言ってたけど、非合法スレスレじゃないか。


「こんなとこで神罰が下されるとは思ってなかったが、俺達からしたら祝杯ものだな」

「本当にね。言い寄られてた女も多いし、清々したわ」


 祝杯ものとか清々したとか、見事なまでの嫌われ者っぷりだな。


「自業自得よ。正当な手続きで契約まで達成している奴隷を横取りしようなんて、神罰が下るに決まってるのに、それすら理解できなかったバカなんだから。一時とはいえ、こんなのとパーティーを組んでたなんて、一生の汚点だわ」


 アリスも辛辣だが、こいつのせいで奴隷になったんだから、そう思うのも仕方ない話か。


「だけどね、1つだけ感謝しといてあげるわ。あたしにとって無二のマスター、そして最愛の人にめぐり合わせてくれたことはね」

「え?」

「なんでもありませんよ、マスター。さあ、買い物を済ませたら、狩りに行きましょう」


 小さく呟いたアリスだが、その言葉はしっかりと俺の耳にも届いた。

 アリスも恥ずかしいのか、少し顔が赤くなってるけど、俺もそうなってる気がする。

 だけどすごく嬉しい言葉だった。


「ほらマスター、早くしないと置いていきますよ」

「そうですね。行きましょう、マスター」

「ああ、わかった」


 アリスの気持ちは嬉しいけど、それに胡坐をかいてるだけじゃダメだっていうのは分かる。

 だからアリス、エレナ、エリア、ルージュ、エリザの気持ちにしっかりと応えられるように、しっかりと努力しよう。

 今回のフォルトハーフェン訪問で、2回も神罰を下されたところを見るとは思わなかったけど、しっかりと心に留め置いて、戒めにしないとな。

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