父の末路
フォルトハーフェンに入港した俺達は、真っ先にシュラーク商会に向かった。
現在シュラーク商会では、俺が提供した魔導船、魔導三輪を量産しており、どこの支部も人手不足に陥っているぐらいらしいが、それでも過去最高の黒字を叩きだしていると、ネージュ支店長が満面の笑みで教えてくれた。
そんな忙しい中、時間を割いてもらって申し訳ないと思ったが、ベイル村の人達はほとんどがシュラーク商会に雇われていて、エレナのお母さん達も同様だから、話を聞くならシュラーク商会が一番手っ取り早い。
「ああ、あの人ね。2週間前に、今度は奥さん達の名前で魔導船を発注したわ」
ところがネージュ支店長からそう聞いた俺達は、既に事が終わっていたことを悟った。
「ということは?」
「ご想像の通りよ。エレナさんには言い難いけど、既に離婚も成立していて、ご主人は賠償金を支払う充てもない無いってことで、身請奴隷としてトレーダーズギルドで手続きも終わっているわ」
やっぱりか。
ただお父さんには財産どころか手持ちの金もゼロに近かったってことで、身請け額も最低保証額にしかならなかったらしい。
しかもお父さんのレベルは22で、年齢も40を超えてることもあって、買い手が付くかも微妙なんだそうだ。
買い手が付かなかった身請奴隷はトレーダーズギルドが面倒を見るんだが、全員がトレーダーズギルドで働ける訳じゃない。
身請奴隷にもランクがあり、今回の場合は身内相手への未遂とはいえ詐欺行為が直接的な理由になるため、限りなく犯罪奴隷に近い扱いになるらしく、数年経っても買い手が付かなければ、鉱山か開拓地なんかに送られることもあるらしい。
犯罪奴隷じゃないから規定額を稼げば解放されるらしいが、10年や20年じゃ不可能に近い額だし、年齢的にそのままってことも十分あり得るとネージュ支店長は口にした。
「自業自得です。まさかお母さん達を、勝手に保証人に仕立て上げようとするなんて……」
エレナは目に涙を浮かべている。
詳しい話を聞くと、どうやらお父さんは、お母さん達が寝てる間に勝手にお母さん達のライブラリーを契約書に写して、それを持ってシュラーク商会で船を発注したんだそうだ。
ライブラリーはライブラリングという魔法を使うことで確認できるが、身分証にもなるから誰でも使える。
だから借用書や契約書なんかにもライブラリーを写すことが主流なんだが、だからこそ悪用されてしまうことも少なくない。
それを防ぐためにも、そういった書類はトレーダーズギルドがしっかりと管理しているんだが、お父さんはアンジェリーナの旦那さんを保証人にするために契約書を1枚トレーダーズギルドから貰っていた。
今回はそれを使って、寝ているお母さん達のライブラリーを勝手に写して、それを持ち込んだそうだ。
普通ならシュラーク商会も受け付けるんだが、エレナのお父さんは要注意人物としてマークされてたし、何より契約書にお父さん本人の名前が無かったことから、担当者が疑問を持って問い詰めた。
最初はシラを切ってたんだが、おかしいと感じた職員がお母さん達を呼び出して事情を聴いたところ、ものすごく驚かれてしまったらしい。
完全な詐欺行為だが犯罪奴隷にならなかった理由は、未遂だったこと、犯罪奴隷だと身請け額が一切ないこと、そして何より離婚が成立しない可能性があることから、最低ランクの身請奴隷ってことになったみたいだ。
ここまでされて離婚が成立しないっていうのは疑問だが、奥さんが保証人になることは珍しくないし、犯罪奴隷はその名の通り犯罪者だから、家族も責任ありと判断されてしまう事があるらしい。
フォルトハーフェンに来て数ヶ月だってのにお父さんの醜態は広まってたから、シュラーク商会だけじゃなくトレーダーズギルドに警備隊、神殿までもが手を尽くしてくれた結果だ。
「申し訳ありません、支店長。ご迷惑をお掛けしました」
「気にしないで、とは言わないけど、移住者にはこういった人も少なからずいるから」
深々と頭を下げるエレナに、優しい笑みを浮かべるネージュ支店長。
実際ベイル村から連れてきた人達の中で、エレナのお父さん以外にも2人が仕事をせず、それどころか援助が少ないと文句を言ってるのがいるらしい。
実際援助は生活できる最低限しか支給されてないし、うち1人は既に恐喝と強盗で捕まって犯罪奴隷になってるらしいから、残ってる1人にも監視がついてるそうだが。
「あなたのお父さんは、3日後にフォルトハーフェンを発つそうよ。希望すれば面会はできるけど、私はあまりお勧めしないわ」
「いえ、それでも最後に会っておこうと思います」
エレナのお父さんは、フロイントシャフト帝国の中央にある、ミスリル鉱山がある町に移送され、そこのトレーダーズギルドで奴隷として登録されるそうだ。
トレーダーズギルド側も買い手がつかないと予想してるし、何よりその町への移送は神々が決めたことだから、誰が何を言っても覆ることはない。
移送前に誰かが買うことも不可能じゃないが、完全に自業自得の結果だし、俺にも買う理由が見つけられないし、何よりエレナもそのつもりはないと断言していたな。
「そう。浩哉君、彼女をしっかりと労わってあげてね?」
「もちろんです」
ネージュ支店長に礼を言ってからシュラーク商会を出て、俺達はトレーダーズギルドに向かうことにした。
俺は会うつもりはなかったんだが、エレナは今後二度と会うこともないだろうから、最後に会っておきたいって言ってたからな。
まあ、何を言われるかは予想付くが。
「おお、エレナ!父さんを助けに来てくれたんだな!」
ほらな。
自分がやったことを一切反省せず、それどころか助けて当然みたいな態度をしているお父さんは、俺から見ても最低だと思える。
ネージュ支店長も言ってたが、俺は既に軽く後悔しているぞ。
エレナも何も言えなくなってるし。
「どうしたんだ?そっちのマスターがいるんだから、父さんを解放するぐらいはできるだろう?」
悪びれもせず、それどころか自分が解放されて当然っていう態度もいただけない。
エレナは恥ずかしいのか、真っ赤になって震えてしまった。
「……ふざけないで」
「うん?」
「ふざけないで!そもそも私が奴隷になったのは、お父さんが無駄な買い物をしたせいでしょう!?私はこんなことのために、マスターと契約したんじゃない!」
エレナが声を荒げるが、それも無理もない。
エレナとの契約内容は、亜人と蔑まれていたベイル村の人達を連れ出すことで、それも既に達成されている。
だからエレナもハンターズギルドに登録しているし、今までの狩りの成果もあるから、もし解放を望むならとっくに解放されているだけの額も稼げている。
にも関わらず、エレナは解放を望まず、俺の奴隷のままでいてくれている。
これはエレナだけじゃなく、他のみんなにも言えることだ。
だから俺がエレナのお父さんと契約して、さらに解放までする義理は一切ない。
「何?まさかエレナ、父さんを見捨てるんじゃないだろうな?」
「そのつもりよ!アンジェ達ばかりかお母さん達まで勝手に保証人にしようとしてたなんて、信じられないわ!それも仕事のためじゃなく、自分が欲しいからっていう理由だけでしょう!」
睨みつけるお父さんだが、エレナは意にも返さない。
無駄遣いの悪癖があるお父さんは、ベイル村に来る商人から必要ない買い物をしてしまい、その結果がエレナの奴隷落ちだ。
だというのに全く懲りず、それどころか娘の夫に妻まで犠牲にしてしまうところだったんだから、誰だって怒るだろう。
しかも今回買おうとしていた船は、ウォータージェット推進搭載の最新型だ。
その上漁船でもないから、欲しいから買うっていう以外の理由が見つけられない。
「買うお金は無いけど船は欲しい。だからお母さん達を勝手に保証人にして買って、支払いはお母さん達の身請け額でってことか。どうしようもないわね」
「エレナには悪いが、クズっていう言葉が相応しいな」
俺もアリスも、既に言葉を選んではいないし、そのつもりもない。
「まさか貴様!エレナだけじゃなく俺まで奴隷にしようっていうのか!?どっちがクズだ!」
「頭悪いことこの上ないが、完全に自業自得じゃないか。エレナのこともそうだけど、今回自分が奴隷になったのは、奥さん達への詐欺行為が理由だろ?犯罪奴隷にならなかっただけマシだと思うけどな」
身内相手じゃなかったら、完全に犯罪奴隷落ち案件だからな。
「黙っていればつけあがるな!これだけはすまいと思っていたが、この場でお前を告発してもいいんだぞ!?それが嫌なら、俺を解放しろ!」
顔を真っ赤にして、怒りを滲ませながらそんなことを言うお父さんだが、はっきり言って頭悪いとかいう以前の問題だ。
「別に構わないけど、それが何を意味するのか、本当に分かってるのか?」
「完全な脅迫、いえ、それにすらなってない、ただの自滅行為ですね」
エリザも呆れているが、俺も怒る気にもなれない。
「良い度胸だ!そこの担当者!聞いていただろう?今からこのクズを告発する!」
「はいはい。それじゃあ司教様を呼んでくるから、一度退室しなさい」
女性フォクシーの担当者さんが面倒臭そうにそう言って、お父さんを部屋から連れ出す。
告発すると口にされた以上、司教の同席も必要になるから、これから呼びに行ってだし、次に会うのは2時間後ぐらいか?
「本当に申し訳ありません、マスター」
怒りと羞恥で顔を真っ赤にしたエレナが、俺に向かって深々と頭を下げた。
あれは予想できないって。
「気にするなって。ただエレナのお父さんがどうなろうと、俺は一切関知しない。というより、関知できないけど」
「もちろんです。もうあの男は、父でも何でもありません」
正直俺も、あそこまで自己中だとは思わなかった。
まかり間違って解放したとしても、感謝されることは一切ないだろうし、そればかりかお母さん達のせいだと逆上して、何かとんでもないことを仕出かすんじゃないかって気もする。
それでいて俺を告発しやがったんだから、もう救いは無い。
ウルフィーだってのに、よくもまあヒューマン至上主義の村で、ここまで自己中な人間になったもんだよ。
だけどさすがに、これで終わりだ。
告発は違法行為を働くマスターを裁くためのものだが、これには神々も関与してくるため、不正は一切許されない。
だから、もし告発内容に偽りがあった場合、神罰が下るのは告発した側になる。
実際、奴隷を奪うためにマスターを告発した貴族が神罰を受けたって話も、昔はけっこう多かったそうだ。
俺は奴隷を不当に扱ったことなんてないし、正当な手続きをして購入してるから、誰が何を言おうと、神罰なんて下る理由はない。
となるとどうなるのかって話だが、エレナのお父さんに神罰が下るに決まっている。
「この男は俺の娘を奴隷に落とし、あまつさえ他の娘達まで不当に奴隷に落として弄んでいる極悪人だ!許されたければ娘達はもちろん、俺を解放しなければならない!ぎゃああああああああああああっ!!」
実際、その通りになったな。
告発内容を口にした瞬間、神雷に打たれたし。
「愚かな。いや、それだけでは足りぬか」
告発ってことで急いでトレーダーズギルドにやってきた男性ドラゴニュートの司教さんも、呆れることしかできないみたいだ。
まあ、俺も気持ちはわかるけど。
「確かそなたは、父の不徳によって自ら奴隷になったのであろう?それをこちらのマスターへ責任を転嫁し、あまつさえ他の者達まで貶め、挙句自らの解放まで謳うとは……神罰が下るのも当然というもの」
「申し訳ございません、司教様」
「よい。この者は今後二度と日の目を見ず、地の底で不眠不休で働くことになろう。そなたの母君達との離縁が成立していて、本当に良かったと思う」
実はこの司教さん、エレナのお母さん達の離婚にも奔走してくれた人で、俺達も何度か会ったことがあったりする。
離婚はよっぽどのことがなきゃできず、神殿で厳正な手続きが必要になるそうなんだが、それでもお母さんとの離婚が成立してるってことは、その手続きが全て終わっている。
神殿での手続きには神々の、特に結婚を司る女神の承認も必要だそうだから、離婚が成立してるってことは、神々の許可も下りているってことだ。
だから今回お父さんには神罰が下ったが、お母さん達に咎が及ぶことは無い。
エレナは俺の奴隷、アンジェリーナは既に結婚してるから、こちらも大丈夫だって聞いてるし、それでも念のためお母さんの方が引き取るっていう手続きもしたみたいだ。
後に聞いた話では、エレナのお父さんは神罰によって、ミスリル鉱山の最奥に送られ、そこで本当に不眠不休で働くことになったらしい。
奴隷契約は厳正な契約であり、結婚も神々に誓いを立てる。
その奴隷契約を無視し、離婚まで成立してしまったということは、神々をコケにしたと取られても仕方がない。
だからエレナのお父さんに下った神罰はかなり重く、食事も睡眠も魔力で無理やり代用させ、魔力も徐々に回復していく呪いがかけられることになった。
重すぎる気もするが、それだけ契約違反の罪は大きいってことなんだな。
だけど俺にとっては、エレナの方が大切だ。
お父さんのことを理由に俺との契約解除を望んだが、俺だけじゃなくみんなもそんなことは認めなかった。
最終的にお母さんも説得してくれたから、エレナは今も俺達と一緒にいる。
説得にけっこう時間かかったけど、思いとどまってくれて本当に良かった。




