戦後の話
レジーナジャルディーノを目視出来ない距離まで来てから、俺達はアクエリアスに乗り換えた。
狩りが目的ではあるがリスティヒ王国最大の軍港であるロイバーの偵察も行う予定だし、アクエリアスの方が施設も充実しているから、ゆっくりと過ごせる。
周囲には船影も見えないが、念のためアクエリアスにはハイディングフィールドを展開させてあるから、見つかる事もないだろう。
「今日はもう少し沖に出て少し狩りをしてから、夜のうちにロイバーの近くまで行く事にしよう」
兵士を集めるのもそうだが、食料とか生活必需品なんかも用意する必要があるから、さすがに今日明日でリスティヒ王国が攻めてくるって事は無いだろう。
リスティヒ王国に派遣されてる諜報員からの報告にも、人の流れが集まりだしたとか、出入りする商人の数が増えたとかっていうのは無かったし。
収納魔法を使える商人とか、収納魔法を付与させた魔導具を使ってたりしたら分かりにくいが、人の出入りが制限されているのはロイバーをはじめとした軍施設のある町ぐらいだし、本当にカルディナーレ妖王国を攻めるつもりなら、近隣の町とかでも噂になるだろうからな。
それにいくらリスティヒ王国が半島国家といっても、内陸部にだって街はあるんだから、兵士を集めたら絶対に分かるはずだ。
「そうね。それでも1週間ぐらいしたら、一度レジーナジャルディーノに戻るんでしょう?」
「特には決めてなかったけど、それぐらいかな。場合によっては10日とか2週間とか空くかもしれないけど、開戦直前に戻るっていうのも都合が良すぎる話だから、2,3日で戻ることも考えてる」
何日かに一度はレジーナジャルディーノに戻るつもりでいるが、どれぐらいの間隔にするかは決めかねている。
週に一度っていうのが無難ではあるんだがアリバイも考える必要があるし、なるべく不規則にしておくべきだろうな。
「面倒ではあるけど、そうしておくべきでしょうね」
「アクエリアスもアクアベアリも、カルディナーレやフロイントシャフトの新造船以上の性能だもんね」
「魔導水上艇もありますしね。そういえば戦争で、魔導水上艇を使うんですか?」
「いや、さすがに使うつもりはないな。使えば有利になるだろうけど、その後でフロイントシャフトやカルディナーレに目を付けられるに決まってる。皇帝や女王様はそんな事言ってこないだろうけど、軍とか騎士団とかは別だし」
今の魔導船技術でも十分作れると思うが、性能的な面じゃブルースフィア・クロニクルの魔導水上艇の方が断然上だしな。
それに魔導水上艇を使うって事は、アクアベアリに残るエレナ、エリア、ルージュ達が無防備になる。
侵入不可や不倒、不沈があるから攻め込まれる事も沈められる事もないけど、だからといって感じる恐怖はどうにもできないから、俺達もアクアベアリから降りない方がいい。
「神罰の可能性があるから、フロイントシャフトが無理を言ってくるとは思えないけど、馬鹿はどこにでもいるし、否定はできないか」
「カルディナーレの場合、もっと直接的に来るでしょう。お母様やお姉様はそんな事はしませんが、軍には考えるであろう者は複数存在しています」
どれだけ清廉潔白な組織であろうと、そんな奴は1人ぐらいはいるもんだしな。
軍なんて敵と戦うための組織でもあるんだから、勝つためなら何をやってもいいって考えるクズがいないわけがない。
まあ、最悪の場合は力尽くで潰すけどな。
「とはいえ、さすがにハイクラスにケンカを売る人なんていないんじゃありませんか?」
「あ、そっか。確かハイクラスって、国ぐらいなら滅ぼせるって言われてたもんね」
実際にどうかはわからないけど、昔は数人のハイクラスが小国を滅ぼしたなんて話は沢山あるし、その上のエンシェントクラスに至ってはたった1人で大国の軍を壊滅させて王都を落とし、その後は自らが王になった。
エンシェントクラスの話は南大陸だけど、ハイクラスならこの北大陸でもそこそこある。
さすがにそこまでやろうとは思わないが、万が一俺達に脅しをかけてきたり、無茶苦茶な事を言ってくるバカがいたら、そいつらぐらいなら迎撃するのも厭わないつもりだ。
「その時はその時に考えるよ」
「今から考えても仕方ないしね」
「そういうこと」
起こり得る可能性だからって、その事ばかり考えてても仕方ないしな。
そんなことよりそろそろレジーナジャルディーノも見えなくなるし、周辺に船影もないから、アクエリアスに乗り換えよう。
「ふう。シュロスブルクを発った後も思ったけど、やっぱりアクエリアスに乗ると帰ってきたって気がするな」
「本当にね。あたし達は今回ロクに下船も出来なかったから、尚更そう思うわ」
「アクアベアリやブルースフィアのおかげで退屈はしなかったけど、海軍の監視はあったものね」
アクエリアスのメインデッキにあるリビングのソファに腰掛けると、俺だけじゃなくみんながようやく落ち着けたっていう顔をした。
既にアクエリアスは、俺達の家と化してるっていう理由もあるんだろうな。
「わたくしにとっても、既に妖王城よりアクエリアスの方が落ち着けます。アンダーデッキの客室をわたくし達の部屋として改装までしてくださっているのですから、執務や王族としての義務が無い分、はるかに寛げますから」
「あ、やっぱり王女様にも執務ってあるんだ?」
「ええ、ありますよ。他国はどうか分かりませんが、カルディナーレですと王女のほとんどはいずれ王位を継ぎますから、担当部署の仮決済や仮承認を行い、女王が最終採決を下します」
王女様って言ったら豪華なドレスを着てお茶会とか夜会とかに出席してるっていうイメージの方が強いけど、実際には書類仕事も多いのか。
しかも担当する部署まで決められてるなんて、なかなかにハードだな。
いずれ即位した時に備えてって事だけど、聞くだけで面倒くさいぞ。
「お姫様だから優雅に過ごしてたんだろうなって思ってたけど、実際はそんな事無いのね」
「常に優雅な振る舞いをするよう教育はされていますよ。執務が終わった後でも、だらしのない姿を見せる訳にはいきませんから、どれだけ体が疲れていても、自室に戻りメイドやバトラーが退室するまでは油断できませんでしたね」
「うわあ……」
聞くだけでハードだって分かるな。
疲れたような態度も見せられないって、確かに王女様だから分からなくもないけど、実際にやれって言われたらマジでたまったもんじゃないぞ。
「王女様って憧れがあったけど、エリザお姉ちゃんの話を聞くと自分がなりたいとは思わなくなるなぁ」
「中には執務などは一切行わず、お茶会や夜会にだけ参加する王女もいますけどね。他国の場合ですと、王妃様もですが」
ああ、そうか。
カルディナーレ妖王国は女王国でもあるから、王妃なんてものは存在しない。
王配っていう女王の配偶者ならいるが、女王は必ずしも結婚している訳じゃないから、いない代も珍しくないそうだ。
実際カタリーナ女王にシャルロット王女は結婚しておらず、キアラ王女も結婚するかは分からないって聞いている。
そんな王妃、王配であっても、それなりに仕事はあるそうだ。
王の許可を得て事業を行う場合、大抵は最高責任者になるらしいし、数も多くはないから力も入れやすい。
王妃の場合は側妃や側妃の産んだ王子、王女の教育なんかも含まれているし、女性だから着飾って夜会やお茶会に出席し、情報交換なんかも公務に含まれるんだそうだ。
夜会やお茶会も公務とは思わなかったが、社交の場だけじゃなく情報交換の場でもあるし、場合によっては情報収集のためでもあるから、王妃の仕事ってのも思ってた以上にハードだと思う。
ところが他国には、そういった場である夜会やお茶会を単なる道楽だと勘違いしている王妃や王女がいたりする。
有名どころではエーデルスト王国の王太子妃で、自らが主催するのはもちろん、頻繁に貴族の夜会に出席してヒューマン至上主義を広め、エーデルスト王国を乗っ取りつつある状態だ。
王太子妃の出身国もヒューマン至上主義国だが、その王太子妃がいるために貿易なんかは増え続けているし、間接的にエーデルスト王国を支配出来ている状況でもあるから、笑いが止まらない状況でもあるみたいだな。
フロイントシャフト帝国がカルディナーレ妖王国に援軍を派遣した事で、エーデルスト王国上層部もかなり慌てて軍を集めてるし、先日フロイントシャフト帝国に宣戦布告もしてるから、その国もエーデルスト王国と共倒れっていう未来しか見えないが。
「聞くと、王家って四六時中仕事をしてる感じがするわね」
「唯一気の休める時間は、自室にいる時ぐらいですか」
「実際、わたくしはそんな感じでしたね。どれ程先になるかは分かりませんでしたが、いずれは王位に就くと思っていましたから、特に疑問は感じていませんでしたが」
「それもそれですごい話よね」
ホントにな。
さすがに王族が城で贅沢な暮らしをしてるだけじゃないとは思ってたけど、想像以上の激務みたいだから、王になりたいとかぬかす奴の気が知れない。
そんな事を考えてる奴は、きっと政治っていうのを何も分かってなくて、その上で贅沢な暮らしをしたいって考えてるバカでしかないんだろうな。
「ねえ浩哉、戦争の後の話になるんだけど、ヴェルトハイリヒに行くのは確定なのよね?」
おっと、ここでアリスが戦争が終わってからの話を持ち出してきた。
「そのつもりだよ。第二の人生を満喫させてもらってるし、直接お礼を言いたいんだ」
日本で命を落とした俺は、創造神様に能力値を上げてもらい、スキルまで頂いている。
そのおかげで第二の人生を満喫させてもらっているんだから、お礼ぐらい言いたいぞ。
さすがに創造神様ご本人にっていうのは無理でしかないから、神像の前で祈りを捧げる事で代えさせてもらいたい。
「それでしたら、私達も恩恵をいただいているんですから、お祈りを捧げておかないといけませんね」
「ええ、そうね」
パッシブスキルだけでも恩恵は大きいが、限定的とはいえブルースフィアまで使えるようになってるから、みんなも祈りを捧げるつもりか。
悪い事じゃないし、俺もそうした方がいいんじゃないかと思う。
「その後は、前から言ってるけど、東大陸に向かおうと思ってるんだ」
「南大陸は治安が悪そうだし、人族や竜族至上主義が蔓延ってるから、あたし達とは相性も悪そうだしね」
「ですが、いずれは行くんですよね?」
「行くよ。さすがに国をどうこうするつもりはないけど、種族至上主義は少しでも改善しておきたい。出来るかどうかは分からないけど」
ヴェルトハイリヒ聖教国を発った後向かう予定の東大陸は、ここ数百年戦争も無く、種族差別も無い平和な大陸のようだ。
反面南大陸は種族主義が蔓延しているため戦争は頻繁に起こっているし、最大国家でもある2つの帝国がそれぞれ人族、竜族至上主義でもあるから、獣族や妖族にとっては非常に暮らしにくい環境でもある。
俺はハイヒューマンに進化しているが、アリスはアルディリー、エレナはウンディーネ、エリアはライトエルフ、ルージュはラビトリー、そしてエリザはヴァンパイアだから、南大陸だとエリア以外のメンバーは肩身が狭い事になりかねない。
ハイクラスは厚遇されているそうだし、アリスはレベル的にも進化出来る可能性があるから、南大陸に行く前にアリスにハイアルディリーに進化してもらった方がいいと思っている。
「あまり行きたいとは思わないけど、北大陸からだと南大陸の方が近いから、先に交流が始まるとしたら南大陸の方なんでしょうね」
「しかも地形的に、カルディナーレやフロイントシャフトになります。確か南大陸で最も北大陸に面しているのは、あのノウム・インフィニタス帝国ですから、下手をしたら交流から戦争へと発展しかねません」
その問題もあるんだよな。
ノウム・インフィニタス帝国は人族至上主義国だが、カルディナーレ妖王国は妖族が国主の国だし、フロイントシャフト帝国に至っては種族差別関係で神罰を受けたばかりだ。
どちらもノウム・インフィニタス帝国の言い分を聞く事は無いだろうし、当然それはノウム・インフィニタス帝国も同じだろう。
となるとせっかくの交流も決裂って事になるし、そのまま戦争に発展してもおかしくはない。
「頭の痛い問題だけど、まだまだ先の話だろうし、戦争になるかどうかは国の判断次第でもあるから、あたし達が考えても仕方なくない?」
アリスの言う通りではあるんだが、それでも南大陸の現状は不安要素でしかないから、頭の片隅にでも留めておく必要があると思う。
出来れば南大陸には行きたくないんだが、文化拡散っていう役目もあるから、いつかは行かないといけない。
不安もあるから、行くとしたらもう少し力を付けてからが無難な気がする。
まあ、行くとしても数年は先になると思うけどな。




