初の海戦
リスティヒ海軍本部のあるロイバーからこっそり出航した翌日、俺達の前にはカルディナーレ妖王国妖都レジーナジャルディーノが映った。
あ、船はアクエリアスからアクアベアリに乗り換えてるぞ。
だが俺達の目に映ったのはレジーナジャルディーノだけではなく、ロイバーで見た魔導船も15隻ほど見える。
小型船の方だから、全部で50人ぐらいの偵察部隊って事なんだろうが、それでもカルディナーレ海軍相手にヒット&アウェイを繰り返しながら魔法を撃ってるな。
「先行偵察……いや、フロイントシャフトが加わるまでに、少しでもカルディナーレの戦力を削っておこうって考えか」
「おそらくは。あちらにフロイントシャフトの新造船も見えますが、リスティヒ側は1隻につき2隻で当たる事で動きを抑えていますし、あわよくばフロイントシャフトの新造船の拿捕も考えているかもしれません」
鉄の船体とウォータージェット推進を持つフロイントシャフト帝国の新造船は、アクエリアスより一回り大きい。
そのため小回りが利かず、アクアベアリと同サイズのリスティヒ海軍の魔導船に翻弄されている。
速度はフロイントシャフト側の方があるんだが、魔法が届く距離だと小回りの方が重要だから、宝の持ち腐れになってしまってるな。
「よし、介入しよう」
俺は即断した。
「よろしいのですか?」
「ああ。リスティヒに金属船やウォータージェット推進の技術が流れたら、面倒な事になる。フロイントシャフトの船はミスリル製っぽいから、少々の魔法じゃ沈む事は無いだろうけど、食らい続けてたらいくらミスリルでも持たないしな。何よりリスティヒはヒューマン至上主義国なんだから、俺としても明確な敵だよ」
心配そうに驚くエリザに、介入する理由を告げる。
俺の契約奴隷はアルディリー、ウンディーネ、エルフ、ラビトリー、そしてヴァンパイアと、ヒューマンはいない。
だけど俺にとっては奴隷じゃなく、大切な仲間であり友人だ。
ヒューマン至上主義は、特に理由も無くヒューマンが優れていると喧伝し、他の種族を貶しているが、俺は友人を貶されて黙ってるつもりはない。
さすがに船を沈める事は人の命を奪う事になるから、そこだけが問題になるんだが、いずれ人を殺める事もあるだろうと思ってたから、ここで覚悟を決めよう。
「ありがとうございます、浩哉様」
深々と頭を下げるエリザ。
人を殺める覚悟ももちろんだが、俺にとってもヒューマン至上主義を認める理由は無いし、妖王家への心証を少しでも良くするためっていう下心もある。
だから気にしないでほしい。
「今回は俺の独断だから、みんなは覚悟なんて出来てないと思う。だから無理に戦う必要はないよ」
というより、目の前のリスティヒ海軍は、俺一人で殲滅するつもりでいる。
カルディナーレ妖王国に来たのはエリザとの契約を履行するためだから、俺がやるべきことでもあるし。
「あたしはやるわよ。ヒューマン至上主義は、あたしにとっても大敵だからね」
「わたくしも、故国のためなのですから、当然戦います」
だけどアリスとエリザは、戦う事を選んだ。
エレナ、エリア、ルージュは戸惑ってるが、3人にとってもヒューマン至上主義は他人事じゃないから、覚悟が決まったら参戦してきそうな気がする。
できればみんなには手を汚してほしくないが、それこそ俺の我儘か。
「分かった。だけど今回は、魔導水上艇は使わない。下手に使うと、カルディナーレが接収してくるかもしれないから、面倒ではあるけど攻撃はアクアベアリからになる」
「ええ!」
「分かりました」
俺がハイヒューマンだって知ればそんな無茶は言ってこないだろうが、それでもスカトを始めとした魔導水上艇を、俺達は個人で所有している。
みんなのは俺が貸してる形になってるが、実質的に譲渡してるようなものだ。
ミラクがエリザの物と知れば、カルディナーレ妖王国も手を回せば手に入れられると考えるかもしれないしな。
「よし、やるぞ!」
アクアベアリに乗り換えた時点で、ハイディング・フィールドは解除している。
だから俺達がこのまま参戦しても、怪しまれる事は無い。
エレナ、エリア、ルージュをキャビンに退避させ、手近なリスティヒ海軍の魔導船に全速で突っ込む。
そして俺は、第7階梯雷魔法サンダー・ボルトを放った。
サンダー・ボルトは対象の頭上に展開した魔法陣から、雷を雨のように落とす魔法だ。
雷一発一発が、アリスが好んで使う第3階梯雷魔法サンダー・ジャベリン以上の速度と威力を持ち、それが雨のように降り注ぐ上に範囲も広いから、到底逃げられるものじゃない。
その証拠にリスティヒ海軍の小型魔導船は、船体全てを雷に貫かれ、粉々に砕けた。
人を殺したのは初めてだが、いまいち実感が無い。
これは後からくるのかもしれないが、今は考えないようにしよう。
「『ブレイズ・ブラスト』!」
「『ヘビー・プレス』!」
アリスも第7階梯火魔法ブレイズ・ブラストを、エリザも第7階梯闇魔法ヘビー・プレスを放ち、リスティヒ海軍の魔導船を沈めた。
ブレイズ・ブラストは第4階梯火魔法ファイア・ストームに似ているが、青い炎という明確な違いが存在している。
普通の炎より温度が高く、状態も安定しているため、ファイア・ストームとは比べ物にならない威力となり、対象となった魔導船は瞬時に燃え尽きた。
そしてヘビー・プレスは、対象を重力で押し潰す魔法だ。
押し潰すといってもバリエーションはあり、上から押さえつけるだけじゃなく、全周囲から握り潰すみたいな使い方も出来る。
ここは海上という事もあって、エリザはそちらの使い方を選んだようだ。
エリザが狙った魔導船は、見えない何かに握り潰されるかのように圧壊し、そのまま沈んでいった。
「なかなかエグイわね」
「ですね」
俺もそう思う。
ヘリオスフィアの魔法は体系化されていて、多くの人が第2階梯までは普段の生活でも使う事がある。
ハンターや騎士、軍人みたいな戦闘職は第3階梯魔法を使えるようになる必要があるが、それでも第5階梯魔法まで使える者は少ない。
俺は第8階梯まで、アリスとエリザは第7階梯まで、エレナ、エリア、ルージュは第6階梯まで使えるようになっているが、第6階梯魔法以上を使える者はレベル60以上に限られるから、他に使えるのは各国でも数人から十数人ってところだろう。
俺達が全員第6階梯以上の魔法を使えるようになった理由は、やっぱり俺の成長速度向上スキルのせいだろうな。
俺は成長速度向上スキル レベル10だが、他のみんなもパーティー効果でレベル5を得られているから、そのおかげでレベルアップが早くなってるだけじゃなく、魔法や武器スキルのレベルアップも早くなっている。
その代わり戦闘経験が乏しいから、今度ちゃんとした魔物狩りをした方がいいかもしれない。
俺達が参戦し、一気に3隻も沈んだことで、リスティヒ海軍にも焦りが見えた。
だが俺達は、戦場海域を縦横無尽に駆け巡り、次々と船を沈めていく。
フロイントシャフト海軍もカルディナーレ海軍もその隙を逃さず、フロイントシャフト海軍が3隻、カルディナーレ海軍が2隻沈めた。
最後の魔導船に、巨大な風の槍を作り出して攻撃する俺の第6階梯風魔法ゲイル・ランスが命中し、粉々に砕け散った。
これで全滅か。
初めて海戦の様子を見たが、船の性能はけっこう重要みたいだな。
甲板上から魔法の打ち合いだって話は聞いてたが、魔法は避ける事も出来るから、速度があって小回りの利く船はかなり有効だ。
なにせこの場のカルディナーレ海軍の軍船は、魔導船が17隻、帆船が3隻だが、俺達が介入する直前に魔導船3隻と帆船2隻が沈められていた。
フロイントシャフト海軍の船は、ミスリルの船体にウォータージェット推進のおかげで致命傷ではないが、それでも小破判定になりそうな損害を受けている。
これ、リスティヒ王国が全軍をもって攻めてきたら、カルディナーレ妖王国の方が落ちるんじゃないか?
フロイントシャフト帝国が援軍を派遣するとはいえ、新造船の建造だって間に合うか微妙なんだから、フロイントシャフト海軍にも被害が出るのは避けられないぞ。
「これ、本当にマズくない?」
アリスもリスティヒ海軍船の予想以上の性能に、万が一の事態を想定してしまったようだ。
フロイントシャフト帝国も小型船を建造すれば対抗は可能だと思うが、練度の問題もあるから、すぐに乗りこなせるかは微妙だろう。
カルディナーレ妖王国にも製法は伝えられていると思うが、どれだけ建造出来るかで戦況が変わりそうだ。
「今の海戦の結果を鑑みれば、小型船の重要性は海軍も理解したと思います。リスティヒがいつ攻めてくるかにもよりますが、カルディナーレも総力を挙げて建造するでしょう」
カルディナーレ妖王国にとっても、ある意味じゃ存亡の危機だからな。
もしこれで、小型船の重要性が理解出来てないんなら、リスティヒ王国の猛攻を凌げたとしても先は無いだろう。
現在のカルディナーレ妖王はエリザのお母さんだが、そこまで暗愚じゃない事を祈ろう。
リスティヒ王国の軍船について考えていると、カルディナーレ妖王国の魔導船が1隻近付いてきた。
「援護、感謝する」
魔導船のデッキから、ドラゴニュートの男性が声を掛けてきた。
壮年、とまではいかない感じだから、40代半ばぐらいだろうか。
「いえ、間に合ったとは言えませんが」
カルディナーレ妖王国の魔導船と帆船が沈められたのはほとんど同時で、丁度俺達がこの海域に差し掛かったぐらいだった。
もう少し早く到着してればとか、寄り道しなければとか、思わずにはいられない。
「いや、あのままでは、我々は全滅していたかもしれない。だが貴君らが介入してくれた事で、逆にリスティヒ海軍を殲滅する事が出来た。それに我々は、国を守るために軍に入ったのだ。命を落とした者も、無念ではあろうが、貴君が気にする事ではない」
「ありがとうございます」
隊長と思われるドラゴニュートのセリフで、少し気持ちが軽くなった気がする。
「ところで、貴君は何故この場に?」
「レジーナジャルディーノに行くためです。多分聞いてると思うけど、彼女を連れてくる事になっていたので」
「彼女?」
ここでキャビンの陰に隠れていたエリザを呼び出す。
「エリザベッタ殿下!?」
「久しぶりですね」
エリザが前に出たとたん、ドラゴニュート隊長が跪いた。
妖王家のお姫様だし、エリザは騎士としての鍛錬も積んでいた訳だから、軍にも顔を知られていてもおかしなことは無い。
「よくぞ、お戻り下さいました。陛下や殿下方も、お帰りを一日千秋の想いでお待ちです」
ヘリオスフィアにも一日千秋なんていう言い回しがある事に驚いたが、よくよく考えたら俺は全言語理解スキルのおかげでヘリオスフィアの言葉を喋ったりしてる訳だから、翻訳されたっていう可能性もあるか。
いや、言語理解だから、本当にあるのか?
どっちもでいいよな。
「もちろん母上や姉上方にはお会いします。ですがあなたも、わたくしの事は聞いているのですよね?」
「……はっ」
「ではこの方が、わたくしのマスターである事もご存知ですね?」
「……はっ!」
エリザがそこまで言うと、ドラゴニュート隊長は俺に怒りの籠った視線を向けてきた。
気持ちは分かるが、俺が望んで奴隷にした訳じゃないんだけどな。
「落ち着きなさい。わたくしが無理をお願いしたのですから」
「ですが……」
「わたくしが望んだ事です。それにこれを見れば、あなたも考えが変わるのではありませんか?マスター」
「ああ。どうぞ」
エリザに促されて、俺は自分のハンターズライセンスを手渡した。
ハンターズライセンスは身分証にもなっていて、名前と年齢、種族、ハンターズランクが表示されている。
レベルやスキルは表示されないから、下手にライブラリーを見せるより安全度は高い。
特に俺のスキルは、ヘリオスフィアには存在していない物が多いしな。
「なっ!?ハイヒューマンだと!」
種族が表示される以上、俺がハイヒューマンだという事も一目で分かる。
ハイクラスへの進化はレベル101だから、それだけでも俺のレベルが101を超えている事が確認出来るし、ライセンスの偽造は神罰ものの重罪だから、疑う余地はない。
「わたくしの身一つでハイヒューマンとの縁を紡げるのですから、悪い話ではないでしょう?」
「それは……確かに仰る通りですが……。いえ、失礼致しました。コウヤ・ミナセ殿、よくぞ無事に、エリザベッタ殿下をお連れ下さった。感謝します」
エリザが奴隷になってる事は、頭では理解出来てても感情では理解出来ないはずなのに、俺に不快な視線を向ける事もなく、ドラゴニュート隊長は深々と頭を下げてきた。
照れくさいが、同時に凄いと思う。
「殿下のご帰還は、大至急陛下にもご報告致します」
「お願いします。それまでわたくし達は、この船に留まっていますので」
「よろしいので?いえ、殿下の御身を考えれば、それもやむを得ませんか」
レジーナジャルディーノはカルディナーレ妖王国妖都だから、当然住民もエリザの顔を知っている。
だからこそ適当な宿屋に泊まることは出来ないし、貴族の屋敷に宿泊なんてどんな問題が降りかかってくるか分からないから論外だ。
だから宿泊はアクアベアリと、以前から決めていたぐらいだ。
「手間を掛けさせて悪いと思いますが、よろしくお願いします」
「はっ!」
レジーナジャルディーノは港町で、フォルトハーフェンよりも大きいから、港も相応に大きい。
情報漏洩の問題もあるから、俺達が案内されるのが軍港か民間港かは分からないが、どっちでも大差はないな。
カルディナーレ妖王国に到着してすぐ海戦を目にするとは思わなかったが、同時にリスティヒ海軍が厄介な相手だという事も分かったから、俺もどうするかはしっかりと考える必要がある。
今夜、みんなに相談しなきゃだな。




