ハンターズギルドでのやり取り
「ハンターズギルドは……ああ、あれだな」
剣が交差している看板を見つけた俺は、その建物に入る事にした。
中に入るとかなり閑散とした様子で驚いたが、よく考えるとハンターは狩りが生業だから、夕方にもなってないこの時間だと、まだ狩りの最中か。
幸いにもカウンターは空いてるから、ここも並ばずに済んだな。
「すいません、登録をお願いしたいんですが」
「はい、分かりました。では奥へどうぞ」
「はい」
申込用紙とかがあるかと思ってたんだが、違うらしい。
エルフの受付嬢さんに案内されて、俺は一室に通された。
その部屋には、中央に水晶が置かれている。
「ギルドへの登録は、この水晶を使用します。手をかざしてから名前を言って下さい。しばらくすると水晶が青く光りますので、それで登録完了です」
思ってたより簡単に登録出来るんだな。
確か身分証としても使えるから、名前だけじゃなくレベルや年齢なんかも表示されるんだろうが、スキルはどうなるんだ?
「すいません、スキルってどうなるんですか?」
「ライセンスで確認出来るのは、名前、年齢、ハンターズランクのみです。スキルに関してはステータスをご覧いただくしかありません」
なるほど、ライセンスとやらには転写?されないのか。
迂闊に掲示してバレたりしたら面倒だと思ってたし、レベルもステータスでないと確認できないっていうのは、いつの間にかレベル53になってた俺にとっては助かるぞ。
「分かりました」
俺は早速水晶に手をかざし、自分の名前を口にした。
「コウヤ・ミナセ」
名前を口にした瞬間、水晶が少し光った気がする。
特に何も感じないが、登録するだけだし、こんなもんか。
「はい、結構です。こちらが浩哉さんのハンターズライセンスです」
「ありがとうございます」
1分近くして、ようやく水晶が青く光った。
後はライセンスを貰うだけだと思ってたら、受付嬢さんが水晶の台座から取り出して手渡してくれた。
もう出来たのかよ。
「結構早く出来るんですね」
「この水晶は、神々から賜った神具のレプリカですから。ですから登録情報は、世界中で共有されるんです。万が一犯罪行為を働けば、この水晶を通じて世界中で一斉に指名手配される事もありますね」
ネットで情報共有してるようなもんか。
砕けばいいような気もするが、レプリカって事は本物もあるって事だし、神具でもある訳だから壊せるかどうかも分からないな。
まあ、犯罪行為を働くつもりはないが。
「そのつもりはないですね。というか、そんな馬鹿な事するぐらいなら、普通に魔物を狩りますよ」
魔物を狩るのがハンターなんだし、弱い魔物を狩っても日々の生活ぐらいは何とかなるだろうしな。
まあ、俺がそう思ってても、タチの悪いハンターはいるだろうから、過剰防衛で前科が付く、なんて事はあるかもしれないが。
「正当防衛なら、問題は無いですよ」
受付嬢さんのありがたいお言葉を頂けた。
万が一の話だが、俺がガラの悪いハンターに絡まれて死傷させてしまっても、正当防衛かどうかはこの水晶に手をかざすか、騎士の鑑定魔法を使えばすぐに分かるそうだ。
どちらも偽証は不可能だから、たとえ貴族が文句を言ってきても、結果が覆る事はない。
それどころか偽証した場合、神罰が下る。
もちろん鑑定者が偽証しても同じく神罰が下るし、ギルドや騎士が鑑定を拒否しても神罰が下る。
なので一般人が貴族を訴える、なんて事もあり得るそうだ。
まあ、貴族の方が立場は上だから、その後で逆襲される事もよくあるらしいが。
「なかなか面倒ですね」
「面倒なのは確かですね。高レベルの人なら、どうとでも出来るんですけど」
それはそれで、問題な気もするけどな。
「ランクですけど、どこのギルドも共通です。ランクアップのシステムが、ギルドによって異なるぐらいですね」
ギルドランクは10段階で、下からティン(T)、アイアン(I)、カッパー(C)、ブロンズ(B)、シルバー(S)、ゴールド(G)、プラチナ(P)、ミスリル(M)、アダマン(A)、オリハルコン(O)と、鉱物の名が付けられている。
アルファベットや数字じゃないことに驚いたが、昔からこうだと言われてしまうと納得するしかない。
あとミスリルやアダマン、オリハルコンがランクにあるって事は、鉱物として実在してるって事なんだろうな。
「ハンターズランクのランクアップについては、Sランク辺りまでは依頼をこなしていただければ、自然と上がりますし、レベルも考慮されますから、浩哉さんならすぐにランクアップできると思います」
Gランク以上は、ギルドから試験となる依頼をこなさないといけないし、Mランク以上は国の推薦も必要になるんだそうだ。
これは素行の悪いハンターを弾くための措置でもあるみたいだが、素行が悪いだけで高ランクハンターに匹敵する実力者がいない訳じゃない。
Mランク以上のハンターは国に囲われている事も多いから、あえてランクアップしないっていうハンターもいるみたいだしな。
俺も国に囲われたくはないから、試験の必要ないSランクか、試験を受けてもPランク辺りで止めておこう。
「あと、魔物を売りたいんですけど、どこに行けばいいですか?」
「買取カウンターがあるので、そちらでライセンスを掲示して下さい」
買取は、専用のカウンターで対応なのか。
って、よく考えたらストレージングがあるから、魔物の死体丸ごと持ち込みなんて、普通の事になるだろう。
解体作業もあるんだから、そりゃ専用カウンターぐらいあるよな。
「ありがとうございます」
「ちなみにですが、何を狩ってきたんですか?」
「名前は分かりませんが、熊と鹿が数匹ずつですね」
俺がそう口にした途端、受付嬢さんの顔が強張った。
「熊に鹿?まさか、マーダー・グリズリーとジェダイト・ディアーですか!」
鹿はともかく、熊は物騒な名前だな。
俺は名前を知らないが、倒した場所や特徴を伝えれば、はっきりするか?
「デカい灰色の熊に、青緑色をした鹿の事ですか?」
「それです!」
「ええ。確か熊が3匹、鹿は5匹ありますね」
うん、間違いなく狩ったな。
「それは素晴らしいです!最近入荷が無かった魔物ですから、高値が付きますよ!」
おお、それはありがたい。
依頼も出てるって言われたし、受付嬢さんに案内をお願いして、買取カウンターに向かおう。
受付嬢さんに連れられて、買取カウンターにやってきた。
受け付けはカウンターでだが、魔物の査定は奥にある鑑定室で行われる。
鑑定室と言っても、買取カウンターの奥は丸見えだから、どんな魔物を狩ったのかは誰でも見る事が出来るな。
地下にはさらに広い鑑定室があるそうだが、こっちはヤバ気な魔物や特殊な依頼の場合しか使わず、外から見る事も出来ないらしい。
「では、奥の鑑定室にお願いします」
「分かりました」
案内してくれた受付嬢さんが、そのまま鑑定室にもついてきてくれた。
普通なら担当とやり取りするんだが、今回は初の買取でもあるし、俺が狩ったらしいマーダー・グリズリーとジェダイト・ディアーは何年も入荷が無かった魔物だから、受付嬢さんも確認したいんだそうだ。
「それじゃあ出してくれ」
買取の担当をしているオーガの男性にそう言われて、俺はステータリングからストレージを開き、熊と鹿を取り出した。
「おお、マジでマーダー・グリズリーとジェダイト・ディアーじゃねえか!しかも傷も少ねえ。これはかなり上質な素材になるぞ!」
「ですね!まだ若いのに、素晴らしい腕です!」
担当者と受付嬢さんが、べた褒めしてくれる。
マーダー・グリズリーもジェダイト・ディアーも、レベル50オーバーのハンターなら単独でも倒せるそうだが、何度も攻撃する事にもなるから、素材として使える部位が少なくなるみたいだ。
安全に倒そうと思ったら、数人がかりっていうのが一般的らしい。
だけど俺は、単独で、しかも傷もあまり付けずに倒しているから、素材としてはかなり上質になるんだとか。
確かに俺もレベル50オーバーだが、他のハンターと違いがあるとは……あった!
こっそり冷や汗をかきながら、俺は狩りをしていた際に装備していたセイクリッド・ブリンガーとマルス・ブレイブアーマーの性能を思い出した。
セイクリッド・ブリンガーは全ステータス2倍、マルス・ブレイブアーマーは各種ステータス補正に剣術スキル補正の効果まである。
つまり俺のステータスは、普通のレベル50オーバーのハンターより、圧倒的に上だったということだろう。
うん、完全にやっちまったな。
このことは、絶対誰にも言えない。
「運が良かったんですよ。それで、査定の方はどうですか?」
「運だけで、これだけの数を倒せるとは思えねえけどな。まあいい、状態が良いから、マーダー・グリズリーは25万オール、ジェダイト・ディアーは18万オールだな」
熊は3匹、鹿は5匹狩ってるから……えーっと、全部で165万オールか。
おお、いきなりすげえ稼げてしまったぞ!
「分かりました、それでお願いします」
顔がにやけてるのが分かるが、自分でも止められない。
「嬉しいのは分かるが、もちっと自制しとけよ?ここは外からも見えるんだから、ガラの悪い馬鹿どもに見られてたら、巻き上げられるぞ。まあ、兄ちゃんなら大丈夫だろうがな」
おおう、そういやそうだった。
確かヘリオスフィアの通貨は日本円換算でも同じぐらいだから、165万オールもあれば、普通に生活するだけなら1年近くは暮らせるんじゃないだろうか?
いや、宿代もあるから、半年が精々か。
それでも十分な稼ぎだが。
「用意してくるから、ちょっと待ってろ」
「分かりました」
担当者さんが奥に入っていったが、予想以上の稼ぎにテンションが上がったままだ。
受付嬢さんが生暖かい眼差しを向けてきているのがその証拠になる。
自制しろって言われても、けっこうキツいな、これは。
「浩哉さんは、ルストブルクで活動するんですか?」
突然、期待のこもった視線を向けられてしまった。
これは男としてなのか、ハンターとしてなのか、どっちなんだ?
いや、間違いなくハンターとしてなんだろうが、男として期待してしまうのは仕方ないんじゃないかと思うんですよ。
「い、いえ。船を見たいんで、港町を拠点にしようかと思ってます」
ルストブルクは山の中にあり、海どころか湖もない。
俺はアクエリアスを使いたいから、目的地は必然的に海か湖のある町になる。
いや、ヘリオスフィアの7割近くが海って事を考えると、そっちの方が選択肢としては最適だな。
「そうですか。残念ですが、目的があるんですから、仕方ありませんね」
すごく沈んだ表情をされてしまって胸が痛い。
ルストブルクではもう少し情報を集めるつもりだから、何日かは滞在する事になるだろう。
その間に、もうちょい熊と鹿を狩ってきた方がいいかもしれない。
「何日かは滞在しますから、その間に狩りには出ますよ。どんな町があるのかとか、どの町が良いのかとか、調べたいとも思ってますから」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
うん、予想通りではあるが、やっぱり受付嬢さんは、ハンターとしての俺に期待してたんだな。
ショックって訳じゃないが、ちょっとヘコむ……。
「待たせたな。165万オールだ。ライセンスに入金しとけよ」
紙切れを持って戻ってきた担当者さんが、そんな事を口にする。
いや、ライセンスに入金って、意味が分からないんですが?
それにそれって、金貨でも銀貨でもなく、ただの紙切れっすよね?
「すいません、登録したばかりなんで分からないんですが、ライセンスに入金ってどういう事なんですか?」
「そうなのか?おい、説明してねえのか?」
「あ、すいません、忘れてました」
少し頬を染める受付嬢さん。
間違いなく年上なんだが、なんか可愛いな。
受付嬢さんの説明では、高レベルのハンターは収入は多いが、支出は少ないらしい。
だからハンターに金が集まり過ぎないように、ギルドで特殊な手続きを取る事で、ハンターズライセンスに電子マネーみたいな感じで入金出来るシステムがあるんだそうだ。
もちろん現金しか使えない店もあるが、大商会や商人の寄り合いになるトレーダーズギルドでは、ライセンスに入金してあればそこから直接引き落として使う事が出来る。
またトレーダーズギルドに行けば現金を下ろす事も出来るし、ハンターズライセンスは本人しか使えないから、たとえ盗まれたとしても再発行すれば残高はそのまま引き継がれる。
なるほど、かなり便利なシステムがあるんだな。
ただハンターズギルドでは、現金のやり取りは行ってないそうだから、現金が欲しければトレーダーズギルドに行くしかないのが面倒か。
ちなみにライセンスへの入金は、ハンターズギルド以外のギルドでも行っているから、フロイントシャフト帝国ではほとんどの人が、いずれかのギルドに登録しているんだそうだ。
ブルースフィアで使えるのが現金だけだったら、全額引き下ろす事も考えたが、狩った魔物を直接でも問題無かったから、これはこれで構わないか。
「じゃあこの証文に、ライセンスを近付ければいいんですね?」
「そうです。そうやって近付けると……こうなります」
ライセンスを近付けたら突然証文が消えたから、かなり焦った。
だけど受付嬢さんに促されてライセンスを見ると、ハンターズランクの下に残高が表示されているのが分かった。
これは便利な気がするな。
「なるほど、こうなるんですね」
「1,000年も前に開発された技術だからな。よっぽどの店じゃなきゃ、現金は必要ねえよ」
1,000年前か。
ここでそのワードが出てくるとは思わなかったな。
これはこれで便利なんだが、そのせいで貨幣の鋳造技術が落ち込みでもしてるのか?
そういや創造神様からも、貨幣の種類については説明されなかったな。
全く出回ってないって事はないだろうが、ちょっと気になるぞ。
「便利ですね」
「便利すぎて、他国から来た連中は戸惑うって話もあるな。まあ、ギルドは世界中にあるから、そこまでって訳でもねえだろうが」
ギルドって世界中にあるのか。
まあ、基本といえば基本か。
だけど便利だけど、ライセンスへの入金システムは気にしておこう。
気にしたところでどうなるもんでもないし、すぐに忘れそうな気もするが。
「そういえば、さっき巻き上げられるとか言ってましたけど、ライセンスに入金してるお金は本人しか使えないんですから、そんな事は出来ないんじゃないですか?」
「ああ、そのことか。簡単だ。そいつを物理的に脅してトレーダーズギルドで全額引き下ろさせるか、そいつも連れて豪遊するかだな。どっちも簡単に足が付くから、よっぽどの馬鹿でもなきゃそんな真似はしでかさねえが、年に何人かは出てくるから、兄ちゃんも気を付けておけよ?」
なんか日本でも、銀行で全額引き下ろさせて、それを奪うなんて事件があったような気がする。
俺も絡まれたりするんだろうから、気を付けておかないとな。
「そうなんですね。あ、色々ありがとうございました」
「おうよ。また良い獲物を持ってこいよ!」
「期待してますね」
「はは、分かりました」
担当者さんも受付嬢さんも悪い人じゃないんだろうが、明け透けに魔物を期待されるとちょっとな。
まあ俺もハンターになったんだから、ギルドの職員が期待するのは当然っちゃ当然か。
なんかヘコんできたから、門兵さんに勧められたグリズリーの巣穴っていう宿屋を探そう。