ヒューマン至上主義の正体
俺の前には、ヒューマンの男が5人程転がっている。
夜中のうちにフェイカーのハイディングフィールドを解除し、アクエリアスをフェイカーに並べて夜を明かした俺達は、朝になるとフェイカーに乗り移り、そこから下船した。
エレナの姿を見て村の人達は驚いていたが、俺がエレナと奴隷契約を結び、亜人と蔑まれている村の人達を連れていくことを告げると、村長をはじめとしたヒューマン達が怒りだし、村長の息子と取り巻き達が俺に殴り掛かってきたから、返り討ちにしている。
「この程度で、よくデカい口を叩けたな」
「ヒューマン至上主義というのは、特に理由も無く、ヒューマンが優れていると喧伝しているだけですから」
「ヒューマンが優れてるのって、人口が多いことぐらいだろ。その程度は理由にもならないし、頭悪いとしか思えないな」
「マスターにとってはそうでしょうし、スフェール教にとってもそうなのですが、オルドロワ教の信者にとってはそうではありません」
エリザと話してても、オルドロワ教やヒューマン至上主義がいかに頭の悪い教義かってのがよく分かる。
「村長、あんたがエレナの身請け額を奪い取ったことは、この際不問にしてやる。だがな、あんたらが亜人と称している人達は、俺達が連れていく。まあ、その後でこの村がどうなろうと、知った事じゃないが」
「だ、黙れ!貴様ごとき、すぐに男爵様の手勢に捕まるに決まっておる!その船や亜人どもをこちらに渡すなら、命だけは助けてやってもよいぞ!」
話が通じないな。
まあ、そうなるだろうとは思ってたから構わないんだが、それでも今のセリフは聞き捨てならない。
「ガレー船ごときでどうにかできると思ってるんなら、本当におめでたいな。というかな、彼女達は俺の大切な仲間だし、船も同様だ。お前らごときにくれてやるものなんて、何一つないんだよ!」
「ひっ!」
怒りで魔力が漏れてしまったが、村人達は当てられてしまったようで、気を失う者も続出していた。
やりすぎたっていう自覚はあるが、これ以上話してても不愉快になるだけだから、このまま威圧を続けさせてもらおう。
「エレナ、家族への説明は頼む。アリスは護衛を」
「ありがとうございます、マスター」
「分かりました」
「エリアとルージュはフェイカーの準備を任せる。エリザは俺と、村長やそこで倒れてる馬鹿どもの監視だ」
「はい」
「分かりました!」
「畏まりました」
アリスを護衛につけて、エレナに家族や亜人と称されてる人達への説明を任せる。
俺よりエレナの口の方が理解してもらいやすいだろうし、アルディリーのアリスもいるから、納得も出来ると思う。
エリアとルージュは荒事向きじゃないから、フェイカーの船室やキッチンの最終確認に、不審人物が侵入を試みないように見張りをしてもらう。
侵入不可の効果があるから不要といえば不要なんだが、見張りを付けてることに意味がある。
そしてエリザは、俺と一緒にヒューマンの村人達の監視だ。
少なくとも村長や村長の息子達を抑えておけば、エレナ達も動きやすくなるだろう。
「動いてはいけませんよ?」
「女、しかもガキの分際で!亜人は黙って、ヒューマンに従えばいいんだよ!」
「はあ……。王太子が妃を迎えるまでは、あなた方も意識した事は無かったでしょうに。まあ、言っても分からないでしょうし、理解できるとも思えませんが」
そう言ってエリザは、罵倒してきた男に一撃を食らわせ、昏倒させる。
うん、怒ってるね。
「そもそもヒューマンが優れてるんなら、今いるハイクラスは、全員ヒューマンのはずだよな?聞くが、ハイヒューマンは何人いるんだ?」
「そ、それは……!」
レベル100になるとハイクラスに進化するため、どこの国でも最高戦力の1つとして数えられている。
過去グレートクロス帝国は20人を超えるハイクラスを有していたが、ヴェルトハイリヒ聖教国の世界樹に剣を突き立てたってことで、ほとんどが命を落としているから、現在は5人ぐらいしかいなかったはずだ。
フロイントシャフト帝国でさえ4人みたいだし、カルディナーレ妖王国は2人だったか。
そしてエーデルスト王国には、そもそもハイクラスが存在していない。
内訳は忘れたが、それでもハイヒューマンが1人もいなかったのは覚えてる。
ヒューマン至上主義が罷り通るんなら、現在のハイクラスが全員ハイヒューマンでもない限り説得力がないんだが、ヒューマン至上主義者は誰もそのことに触れようともしない。
結局はヒューマンの人口が一番多く、国の中枢や要職にも多く付いてるってだけで、理由なんてあってないようなもんだ。
その程度の理屈だから、フロイントシャフト帝国やカルディナーレ妖王国みたいな多種族国家じゃ逆に笑われることも多いし、教義の変わってしまった過去のスフェール教を廃したグレートクロス帝国でさえ種族差別は行われていない。
ただ他人より優れてると思いたいだけの、子供以下の理屈がヒューマン至上主義の正体なんだろう。
「そういやエリザ、確かヒューマン至上主義者って、死後は地より深い地獄に落とされるって話じゃなかったか?」
「スフェール教の教義によれば、神々はどの種族も等しく祝福されています。ですがヒューマン至上主義は、神々の教えに真っ向から反していますし、神々にとっても敵対されていると判断しますから、以後の魂の輪廻には不要として、死後も地より深い地獄で永遠の責め苦を味わうとありましたね」
俺とエリザの話を聞いて、何人かの顔色が真っ青になった。
スフェール教の教義はよく知らないが、俺は創造神様から直接、どの種族も等しく祝福し、見守っているっていう話は聞いている。
なんで20近い数の種族を作ったのかまでは聞いてないが、多分差別を極力無くそうとして、あえて種族の数を増やしたんじゃないだろうか。
最も人口が多いヒューマンでさえ、総人口の2割に届くかどうかだから、国が大きくなればなるほどヒューマンだけじゃ国政を担えなくなるし、どの種族とでも子供は作れるから、あながち間違ってはいないと思う。
「そ、そんなはずはない!アバリシア様こそが、ヒューマンを導く絶対神なのじゃ!偽りの神ごときが何を言おうと、最後は必ずアバリシア様が我らヒューマンを救って下さるはずじゃ!」
村長が喚くが、そのアバリシアっていう神こそが、創造神様が最初に作った箱庭世界に現れた魔神で、ヘリオスフィアでもお伽噺として伝わっている邪神だ。
自分勝手な神で、自分が想像した世界がすぐに滅びてしまったから、創造神様の世界を奪おうとしたって話だったな。
既に消滅してるって聞いてるし、所詮はお伽噺の架空の神だから、そんな力なんぞある訳がない。
信仰の話とはいえ、俺からすれば業腹だが、勝手にすればとしか言えないな。
「勝手にそう思っとけ。死んだ後で後悔するだろうが、そこまでは知った事か」
「マスター、魔力が漏れています。抑えて下さい」
「おっと、悪い」
俺にとって、創造神様は新たな命を与え、二度目の人生を謳歌させてくれている大恩人とでも言うべき神だ。
その創造神様を偽物と断じられると、さすがに腹が立つ。
だから自分でも気が付かない内に魔力が漏れて、さっきより強く威圧してしまったみたいだ。
その証拠に、連中は息をするのも辛そうなぐらい当てられている。
エリザが言ってくれなかったら、何人かは窒息してたかもしれない。
まあ、これでこいつらも大人しくなるだろうから、結果オーライってことにしておこう。
「マスター、よろしいですか?」
俺が魔力を抑えたタイミングで、エレナが声を掛けてきた。
いや、多分話しかけようとしてたんだろうけど、突然俺の魔力が漏れたから、俺が落ち着くまで待ってたんだろうな。
悪いことをした。
「エレナ、そっちはもういいのか?」
「はい。3人ほど村を出ていましたが、他のみんなは全員、マスターの船で移住することを決意しました」
既に3人、村を出ていたのか。
その3人は、男性ダークエルフと女性ヒューマン、ウンディーネで、結婚の約束をしていたそうだ。
だけど村にいたら男性ダークエルフは奴隷同然の扱いを受けるし、ウンディーネも慰み者になるかもしれないから、4日ほど前に決心して、村を出てしまっていた。
家族が言うには、どうやらフロイントシャフト帝国に向かったらしい。
まだフロイントシャフト帝国には入ってないし、多分男爵領を出るかどうかってとこだろうから、途中まで追いかけてみてもいいかもしれない。
「分かった。徒歩なんだよな?」
「従魔を買う余裕もありませんから、そのはずです」
徒歩で4日、しかも旅慣れてない3人となると、多分200キロも進んでないと思う。
領都の近くに上陸してサダルメリクを使えば、多分1日もかからずに追いつけるだろうし、フロイントシャフト帝国までの最短ルートは1つしかないから、見つけられないって事もないだろう。
「それじゃあ村の人を乗せたら、フェイカーは湾内に停泊させておいて、俺とエレナ、エリザの3人で追いかけよう」
「よろしんですか?」
「多分だけど、エレナの身内か友達なんだろ?」
「……はい。ウンディーネの子が妹になります」
妹か。
エレナとの契約内容は家族の移住だから、その子も対象になる。
村を出たってことだけど、短縮しようと思えばそのぐらいの日数は短縮出来たから、俺の見通しが甘かったのも原因か。
「それなら尚更、妹さん達も迎えにいかないとな」
契約達成っていう下心が無い訳じゃないが、徒歩で4日なんだから、十分に追いつける。
それに魔物が襲ってくることもあり得るんだから、なるべく早く迎えに行こう。
「ありがとうございます、マスター」
ドキッとする笑顔を向けられてしまった。
とびっきりって訳じゃないけど、エレナは間違いなく美人って言ってもいい容姿をしている。
そのエレナが期待してくれてるんだから、頑張って応えよう。
「それじゃあ準備が出来たら、フェイカーに案内してくれ」
「分かりました。あ、家族にヒューマンもいるのですが、連れていっても構いませんか?」
そりゃヒューマンと結婚してる人もいるだろうし、子供だっているだろうな。
さすがに家族を引き離すつもりはないし、そうなる可能性も考慮して話し合ってたんだから、ヒューマン至上主義に傾倒してなければ構わない。
「ヒューマン至上主義に傾倒したりは?」
「2人ほど怪しいですが、まだ子供ですから、しっかりと教育すれば大丈夫かと」
子供か。
親はヒューマン至上主義にならないように教育してたんだろうが、村全体が傾倒しつつあった、というか完全に傾倒してるっぽいから、引きずられてたってことか。
ベイル村から引き離せば、いかに間違った考えかってのも理解できるだろうから、そこは親御さん達に任せよう。
「そっちは任せるって伝えてくれ」
「分かりました」
「それと、家財道具なんかはどうする?」
「アリスがいますから、必要な物はインベントリに収納してくれる手筈になっています。幸い、というのも変ですが、全員そこまでの大荷物にはならないみたいですから」
それも気になる話だが、アリスだけで十分なら任せておこう。
「分かった。俺とエリザはこいつらを見張っておくから、準備が出来た人からフェイカーに案内してくれ」
「はい」
どれぐらい時間が掛かるか分からないが、それでも村長達はしっかりと見張っておかないとな。
全員がフェイカーに乗り込むまで、3時間程掛かった。
人数はヒューマン4人を含めて、全部で48人か。
あと3人増えるが、フォルトハーフェンまでは2週間ぐらいだろうから、少し不自由だが何とかなるだろう。
村長達ヒューマンはフェイカーに攻撃を加えてきてたが、当たり前のように無傷で済んでる。
無駄な努力、ご苦労様。
全員が乗り込んだのを確認してから、ロープで繋いでいるアクアベアリを発進させ、湾内ギリギリで停泊させる。
ベイル村からは結構距離があるから、手漕ぎの漁船じゃここまでは来れないだろう。
そこでフェイカーに乗り移り、改めて自己紹介と説明を行う。
海路でフォルトハーフェンまでっていうのは驚かれたが、陸に近い海上を行くから、魔物に襲われる危険性も高くないし、フェイカーには魔物除けの結界を張ってあると伝えている。
実際に遭遇したらパニックになるかもしれないが、侵入不可の説明をする訳にはいかないから、こればっかりはその時になってみないと分からないな。
あと4日前に村を出た3人も迎えに行くと伝えたら、すごく喜ばれた。
エレナの家族はもちろん、ダークエルフ君の両親からも頭を下げられたから、絶対に見つけないといけないと思ってしまったよ。
あ、エレナの家族は、お父さんはウルフィーだったが、実のお母さんももう1人のお母さんもウンディーネだった。
遠回しに奴隷からの解放を口にしていたが、エレナ本人がそのつもりはないって断言してたから、その話はそこまでになっている。
というか、エレナはかなり怒ってたから、ご両親も何も言えなくなったって言う方が正確か。
ブルースフィアの魅力に取りつかれてるから、奴隷から解放されたいとは思ってないんだよな。
それに解放したとしても、ご両親と一緒に暮らすかどうかは別問題だし。
先の事は分からないが、今すぐは無理ってことで納得してもらうしかないですよ。




