精霊と経済についての小話
人気のない海岸線でアクエリアスを召喚し、サダルメリクを進めて乗り込む。
それから自動操縦を、迷宮のある諸島の先に向けてセットする。
諸島の先は外海になるから、滅多に船は出てこない。
だからそこまで行ったらハイディングフィールドを解除して、レベル上げに勤しもうと思う。
フォルトハーフェンまでの道すがら、魔物の討伐も行っていて、全員レベルは上がっているんだが、トドメを刺すとレベルが上がりやすいように感じた。
経験値という概念はヘリオスフィアにはないが、攻撃さえ当てることが出来れば魔物と戦ったことになり、レベルが上がったこともあるから、ステータスが数値で表されてることから考えても、隠しパラメーター扱いになっている可能性は捨てがたい。
王侯貴族もそんな感じでレベルを上げる者が多いらしい。
ただこの方法だと、レベル30~40辺りで頭打ちになるみたいだ。
魔物の強さも関係しているんじゃないかとは思うが、王侯貴族は護衛される側だから、護衛しつつ魔物を倒すのは、高レベルのハンターや騎士にとっても大きな負担になる。
結果、効率が悪くなってしまうため、レベルが上がりにくくなっているんじゃないだろうか?
翻って俺達の場合は、壊れない倒れない沈まないという乗物に乗っているから、魔物の攻撃どころか衝撃すら通らないため、これ以上ない程安全に魔物の相手が出来る。
ランクの高い魔物とは出くわさなかったが、パワーレベリングってことを考えたら十分だし、海に出たらイヤでも高ランクモンスターと戦うことになるんだから、慣れてもらうという意味でも問題を感じなかった。
なので外海に出たら、しっかりとパワーレベリングに勤しむ予定だ。
「これだけ大きな船だから、海を走ってると気持ちが良いわね」
「やっと本来の使い方が出来たよ。湖で使ったとはいえ、あっちはすぐに対岸に着いたから、少し物足りなかったし」
「そんな余裕もありませんでしたしね」
やっとアクエリアスを海で使う事が出来たし、アリスとエレナも感慨深いみたいだ。
俺としても自慢の船だから、そこまで気に入ってもらえて嬉しいな。
ナハトシュタットの南にある湖で3日程使ってはいるが、エリア、ルージュ、エリザを告発のために連れ出すという大仕事もあったし、アリスにもあまり余裕はなかった。
それに湖だと潮風を感じることはないから、感覚的にもやっと海を走らせることができたっていう気持ちでいっぱいだ。
「せっかくだし、宝瓶温泉に入りながら楽しみたいけど、今日はこれからレベル上げをするのよね?」
「ああ。みんなで宝瓶温泉っていうのも悪くないけど、この先も機会はあるし、海の魔物がどんなもんなのか見ておきたいんだ」
「あたしも見た事ないし、興味あるわね」
海の魔物は浮力の関係で大型化しやすいが、同時に対抗手段も乏しいため、専門に狩っているハンターが存在している。
オーシャン・ハンターと呼ばれているそうだが、主に狩っているのは小型の魚とか蛇とかになるらしい。
稀に大型の魔物を狩ることもあるが、入念な下準備が必要だし、それだけ準備をしても船ごと沈められて終わることも珍しくないから、大型海棲種は滅多に狩られない。
だからなのか、ハンターズギルドが確認している海の魔物は、有名どころ以外はそんなに数が多くないし、外海の魔物に至っては数種類しか確認できてなかったりする。
俺達は海が主戦場になるし、書斎にあった魔物図鑑・海洋編で情報を得ているから、バッチリと狩りまくる予定だ。
さすがに何回も売りにきたら怪しまれるから、ハンターズギルドで売るのは数ヶ月に一度ぐらいの頻度で、数も1匹か2匹ぐらいにしておいて、あとは全部ブルースフィアで換金する予定でもある。
換金はヘリオスフィアでの価値の半分になるし、海の魔物だろうとランクで判断されてるから、極端な高値が付きにくいのが難点だが、ストレージやインベントリに死蔵しなくて済むし、放置しなくてもいいから、使い道があるって考えたら悪くないと思う。
スキル・ブルースフィアはチートの塊だが、何気にアクエリアスの書斎にある本も情報量が多く、ヘリオスフィアの人が知らないような内容もゴロゴロあったりするんだよな。
各大陸の情報はもちろん、魔物や精霊なんかもあったし。
精霊はドラゴニアンと同じく12体の精霊王を最上位として、大精霊、上級精霊、中級精霊、下級精霊が存在している。
魔法の属性が火、土、風、水、雷、氷、光、闇の8つなのに精霊王が12体っていうのは数が合わないんだが、残り4つは樹、空、聖、冥となっているようだ。
樹属性はそのままの意味で、空属性は時空属性、聖と冥は、それぞれ光と闇に各属性効果を持つ複合属性のことを指していると精霊大全っていう本に載ってたな。
聖と冥を除く10属性は下級精霊から存在しているが、聖と冥の精霊は上級精霊以上に限られている。
というより、人間と精霊契約を結ばないと聖属性、もしくは冥属性の精霊として成長できないらしい。
精霊と契約すると、精霊とともに魔法を使うことが出来るようになり、威力も精度も段違いに跳ね上がる。
そういった人達は精霊魔法士と呼ばれるんだが、契約できる精霊は1人につき1体までだ。
性格はもちろん属性の相性もあるし、簡単に出会える存在でもないから、精霊魔法士の数は少なく、小国なら1人いるかどうかで、フロイントシャフト帝国でも10人もいないみたいだ。
ちなみに精霊は人語を話せるから、意思疎通は簡単だし、意識すれば接触も可能になる。
普段は姿を消しているし、人間が気付くのは無理らしいが、精霊同士なら簡単に気付けるそうだ。
ルストブルクやナハトシュタットはともかく、シュロスブルクじゃ皇太子が俺を取り込もうと考えてたから、もし精霊に尾行させてたりしたら、下手したらアクエリアスの存在までバレてるかもしれない。
だが確認するためには、俺達も精霊と契約しなきゃいけないから、それまでは今まで通りで行くしかないな。
まあ、精霊と契約できるかも分からないんだが。
話が精霊にまで飛んでしまったが、海の魔物に関しては、大部分をブルースフィアで変換することはみんなにも伝えてある。
最近の食事はエレナやエリアが作ってくれることも多いが、ブルースフィアから買うこともよくあるから、みんなもゴールドが大切だってことは理解している。
もちろんオールも大切なんだが、こっちはマジで使う機会が少ないから、みんなの中でも重要度が低くなっていた。
それはそれで問題だが、ブルースフィアで事足りてしまう現状も問題だな。
「お金って、使わなくても問題なのね」
「経済、つまりお金の流れが無くなって、結果的に物が売れなくなったり、買い渋ることになるからね」
「物が売れなければ、税収も無くなってしまいますから、国にとっても好ましくはありません。ですから現金を使わずとも決済が可能なライセンスチャージシステム、通称LCSがあり、多くの人々に活用されているのです」
さすがエリザは元王女様だけあって、経済についての知識もあるな。
王族は税収で生活してるわけだから、死活問題にもあるし、ある意味じゃ当然か。
「そうだったんですね」
「ただLCSでも、お金が集まることに違いはありません。中規模国家辺りまででしたらともかく、小国では未だ導入していない国もありますし、大国でもオルドロワ教を国教としている国では使われていませんから、貨幣はそちらに集まっているようですね」
ヘリオスフィアの通貨単位はオールで、貨幣は下から銅貨、大銅貨、青銅貨、銀貨、大銀貨、魔銀貨、金貨、大金貨、神金貨になっているそうだ。
銅貨が1オールで大銅貨は10オールだから、下の単位の貨幣10枚で両替が出来るらしい。
なので神金貨までいくと、1枚1億オールというとんでもない額になる。
滅多に出回らないが、高レベルハンターなら持っててもおかしくはないから、流通数はそこそこあるみたいだ。
フロイントシャフト帝国やカルディナーレ妖王国はLCSが主流だから、現金はほとんど使われない。
だが全く使わない訳じゃないし、王侯貴族や大商会は、神金貨であっても常に数枚は所有して、現金での取引などに使っていると聞く。
問題なのは、LCSが主流で現金のやり取りがほとんど無いため、貨幣の多くが予算の問題でLCSを導入していない小国、宗教の問題で導入出来ない大国に流れてしまうため、現金の備蓄が難しくなっていることだ。
予算の問題で導入できない小国に関しては、ある程度の援助や融資を行う事で対応できるが、宗教の問題が絡むとそれすら出来ない。
実際カルディナーレ妖王国に兵を送っている小国は導入出来ていないから、カルディナーレ妖王国側としても現金を用意しなきゃいけないため、小規模にならざるをえなくなっているんだそうだ。
経済を回すためのシステムのはずが、経済に制限を与えてしまっているな。
宗教問題は特に厄介で、ヒューマン至上主義国家っていうのは大抵がオルドロワ教信仰しているし、南大陸の人族至上主義や竜族至上主義なんかも根っこは同じくオルドロワ教か派生した宗教だったりする。
架空の神を信仰しているため、加護なんかはないし、生活魔法とかは使えなくなるっていうデメリットもあるのに、それでも信徒は増える一方だから面倒な話だ。
「難しくてわかんないよぉ……」
ルージュが音を上げたが、気持ちは分からなくもない。
「貨幣かLCS、どちらかだけを使うんならともかく、両方が混在していて、しかも使えない場所もあるから面倒だっていう話?」
「簡単に言うとね」
アリスやエレナ、エリアもよく分かってなさそうだが、とりあえずその認識で間違いはない。
「浩哉様は、お詳しいのですね」
「まあ、そこそこだけどね」
日本でも買い渋りとかはあったから、何とかってとこだけど。
「難しい話はこれぐらいにしよう。あと30分ぐらいで外海に出ると思うから、いつでも動けるように準備しといて」
「もう外海に出てしまうんですね」
「速いですねぇ」
アクエリアスやアクアベアリは最高40ノット、これは時速70キロちょいになるから、単純計算だと1時間半で100キロ以上進めることになる。
実際にはもう少し遅くなるが、2時間もかければそれぐらいの距離は進める。
じきに出航してから2時間経つし、1時間前に諸島も横切ったから、これだけ離れれば見られることもないんじゃないかと思う。
「腕が鳴るけど、海の魔物は大きくて手強いから、あたしも不安だわ」
この中で俺に次いでレベルの高いアリスでも、海や湖の魔物とは、俺と奴隷契約を結ぶまで戦った事が無かった。
先日の湖で何種類か狩ってはいるが、大きくても5メートル前後だったし、数も多くはない。
対して海の魔物は、小型種も存在しているが、外海に出ると大型種がアホかと思うぐらい増えるから、湖での経験が無かったら、アリスでも腰が引けてしまったかもしれない。
アクエリアスやアクアベアリには、アビリティ:侵入不可があるから攻撃を食らう心配はないが、海に落ちる危険性はあるから、そこだけは注意しないといけないな。
ブルースフィア・クロニクルでも船から落ちることはあったし、わざと落ちて岸まで泳ぐなんていう荒業も可能だったから、飛空艇でもない限り転落予防が出来ないんだよ。
……待てよ。
「浩哉さん、突然ブルースフィアを開いたりなんかして、どうかしたんですか?」
突然ブルースフィアの画面を開いた俺に、エレナが少し驚きながら声を掛けてきた。
どうかしたんですよ。
「あった!」
「何が?」
俺が見つけたのは、転落防止用の結界だ。
ブルースフィアのレベルが4になった段階で開放された魔導具屋に売っていて、効果も意識しない限り結界の外に出ることは出来ないってある。
飛空艇から転落なんていうイベントはなかったし、どうやっても落ちることはなかったから、飛空艇に改装すれば心配はいらないかもしれないが、ハイディングフィールドやカモフラージュフィールドなんていう結界があるから、もしかしてと思ってみてみたら、本当にありやがったよ。
その結界、セーフティーフィールドについて説明すると、特にエリザが喜んでいた。
エリザのみ金属鎧になるから、万が一海に落ちたりしたら危なかったからな。
「至れり尽くせりな気もするけど、やり過ぎな気もするわね」
「安全第一だ」
軽く引くアリスに、俺はそう力説する。
海に落ちてしまっても助けることは可能だが、魔物が近くにいたら危険だし、間に合わないっていう可能性もあるから、結界1つでみんなの安全が確保できるんなら、迷わず買いに決まってる。
アクエリアスだけじゃなく、アクアベアリにサダルメリク、スカト、アンカ、シトゥラにも搭載するから全部で6つ必要か。
これだけの性能で100万ゴールドはお買い得だと思う。
改装費も含めて900万ゴールド掛かったが、必要経費としても納得できる。
「止まったらアクアベアリに移って、その後で改装を済ませるよ」
改装は送還しないと行われないが、再召喚すれば終わってるから、手間ではあるが便利だし早くて助かる。
「船の改装なんて、普通なら何日もかかる大仕事ですからね?」
「それどころか、下手をすれば数ヶ月は掛かってしまいます。それが一瞬で終わるのですから、その程度は手間とも呼べません」
エリアとエリザに突っ込まれた。
うん、ごめんなさい、ブルースフィアに慣れ切ってしまった証拠ですね。
そういやこの改装で、残金が8,700万ゴールドになってしまった。
エレナの家族を含む亜人を乗せるために資材運搬船を買うつもりでいるが、少々の改装は必要だから、5,000万ゴールドは確実に使う。
事が終わったら売る予定ではあるが、それでも売値は基本額の半額にしかならないから、戻ってくるのは2,300ゴールドだから、それを含めて考えても残金は6,000万ゴールドか。
海の魔物がどれぐらいの金額で換金されるか分からないが、本腰を入れて狩りをした方がいいな。
ブルースフィア・レベル5でも飛空艇に必要なパーツやシステムは開放されなかったが、いずれはアクエリアスを飛空艇に改装したいから、今のうちからしっかりと貯めておく必要があるし、温泉も設置したい。
頑張って狩りまくろう。




