新たな奴隷契約
翌日、皇太子は少し眠そうな顔をしてトレーダーズギルドにやってきた。
どうやらエリザベッタ王女をどうするかで、遅くまで議論が交わされていたようだ。
最終的にはエリザベッタ王女の希望に沿うことを皇帝が決めたんだが、最後まで送り届けて国のメンツを取り戻すべきだと喚いてた貴族も少なくなかったらしい。
既にメンツは丸潰れ状態だから、これ以上潰れることはないと思うが、その貴族達にとってはエリザベッタ王女を無事に送り届けることができれば、フロイントシャフト帝国の偉大さを示せると考えていたようだ。
頭悪いとしか思えないし、できればエリザベッタ王女を、自分か息子に娶らせて発言力を高めようとも考えてた節もあるって、疲れた声で口に出す皇太子が哀れだった。
無理矢理送り届けたところで、エリザベッタ王女が感謝することはないだろうし、それどころか潰れたメンツが修復不能になる未来しか見えないもんな。
なのでエリザベッタ王女は、俺が責任をもってカルディナーレ妖王国まで連れていくことになった。
必要なら護衛を出すとも言われたが、そっちは丁重にお断りさせてもらっている。
移動速度が違い過ぎるし、旅の途中でもあるから、どこからカルディナーレ妖王国に向かうか決まってないから、護衛を出されても困るしな。
カルディナーレ妖王国に送る援軍は、昨日皇太子が宣言したように、カルディナーレ妖王国に兵を送っている国なら十分滅ぼせるほどの質と量を送ることに決まったそうだ。
カルディナーレ妖王国に兵を送っている国は3つで、いずれも小国になる。
1国だけならカルディナーレ妖王国でも十分滅ぼせるし、2国でも防衛ぐらいは可能なんだが、さすがに3国となると兵が分散されすぎるため、対応に苦慮している。
フロイントシャフト帝国が送る援軍は、小国にとっては過剰とも言える戦力になるらしく、人数はフロイントシャフト帝国軍の3割となる4万、装備も自国で産出するミスリルを使っているから、この機会に3国とも滅ぼし、その国土をカルディナーレ妖王国と分け合おうと考えたんだそうだ。
女王への挨拶もあるし、皇族が直々に説明しなければならない問題でもあるから、皇太子が総指揮官として同行することも決まっている。
総指揮官といっても、皇太子は戦場に出た経験はないから、実際は副将が指揮を執り、皇太子は経験を積むことを優先するらしい。
あと皇太子の説明だけでは信じられないだろうから、エリザベッタ王女直筆の書状も持参したいそうだ。
皇家や王家には、それぞれにしか分からない符号も同時に書くことは公然の秘密となっているから、無理矢理書かされた手紙かどうかの判断は難しくない。
エリザベッタ王女も理解しているから、後で書状を用意することを確約していた。
それから皇帝への謁見だが、俺はできれば遠慮したいと口にしたら、それでも構わないという答えが返って来たから驚いた。
理由は教えてもらえなかったが、あとでエリザベッタ王女に聞いたら、これ以上自分の不興を買ってメンツが潰れるのを恐れたんじゃないかって事みたいだ。
これ以上潰れそうもないぐらい潰れているメンツだが、それでも国にとっては大切なことらしいし、奴隷から解放されない以上は城に招くことも出来ないからっていう理由もあるようだ。
後半の理由は後付けも後付けだが、エリザベッタ王女も下手に顔を合わせなくて済むならそれに越した事は無いって言ってるし、俺も遠慮したかったから、素直に助かる。
あとはエリアリアさん、ルージュ、エリザベッタ王女と奴隷契約を結べば、告発は終了だ。
「浩哉様、ご決断、ありがとうございます。ですが申し訳ありませんが、もう1つだけ条件を付け加えさせてください」
ところがエリザベッタ王女が、契約条件を1つ付け加えたいとか言い出した。
カルディナーレ妖王国まで送り届けて、女王と謁見できた後、エリザベッタ王女は俺の旅に同行することになってるが、いったいどんな条件を付け加えるつもりなんだ?
「付け加える条件は、わたくしの純潔を奪っていただくことです」
予想外過ぎる条件を付け加えられた!
「な、なんでっ!?」
「奴隷契約を結ぶ以上、カルディナーレも無理に解除することは出来ません。ですが浩哉様が望めば、契約の途中であっても解放することは可能です。ですから場合によっては、浩哉様に圧力をかけてでも、わたくしを解放させようとするでしょう」
まあ、一国の王女様が不当に奴隷に落とされたんだから、それぐらいはしてくるだろうな。
「万が一にも解放されてしまえば、先日も申しましたように、よくて一生飼い殺し、悪ければ命を奪われますが、他にも奴隷に落ちた王女として、元奴隷でも構わないという物好きに嫁がされる可能性もあるのです。そのような者は大抵ロクでもない男ですが、わたくしを差し出すことで恩を売れます」
完璧な政略結婚か。
それが悪いとは思わないが、だからといって奴隷に落ちた王女っていう理由でそんな連中に嫁がされるなんて、それじゃあ奴隷以下の扱いになるに決まってる。
「そうなるでしょう。ですがカルディナーレとしては、わたくしが嫁いだという事実が残ります。嫁ぎ先でわたくしがどう扱われようと、不自然に命を落とさない限りは、妖王家も干渉できませんし、するつもりもないでしょう」
万が一エリザベッタ王女が不審死でもしようものなら、大手を振って調査を行えるし、不審死の疑いがもたれただけでもその貴族の権勢を削げるから、どう扱われようと構わない、むしろ不審死をしてくれた方が助かるってか。
気分悪くなる話だな。
「ですがその場合、大前提として、わたくしの体が純潔を保っていなければなりません。純潔であるからこそ妖王家の威厳も保たれ、だからこそ代々女王が治めることが出来ていたのです」
女性比が高いため結婚しない女性貴族もいるが、その場合でも特定の相手にしか身を委ねないし、その相手が死んだりしたら、そのことを正直に告白した上で別の相手を探すっていうのが、カルディナーレの女性貴族の伝統なんだそうだ。
だからエリザベッタ王女は、その伝統を利用することで、自分がそんな相手に嫁がないように先手を打ちたいらしい。
「言いたい事は分かるけど、カルディナーレに行ったら俺がヤバいことにならない?」
「申し訳ありませんが、確実になります。奴隷に落ちたとはいえ、一国の王女が手籠めにされたなど、とてもではありませんが表に出せる話ではありません」
だよね。
「ですが同時に、わたくしも無価値な存在となりますから、浩哉様の奴隷として生きていくことに不都合はありません。臣下の者が浩哉様の命を狙うことはあるでしょうが、その場合は二度とカルディナーレに関わらなければよいだけの話です」
あっさりと故国を捨てる発言をしなさるのね。
いや、俺としてもそんなことしてくる国なんて、二度と行きたくないけどさ。
「別に良いんじゃない?マスターがあたし達に、平等に接してくれるんなら」
「私とアリスの負担は減りますが、同時にお情けを頂く回数も減りますからね」
だから生々しいよ、君達。
まあ、カルディナーレ妖王家がどう出てくるか分からないが、エリザベッタ王女も俺の奴隷として生きていくっていう決意を固めてしまってるから、引き取るしかないんだが。
「分かった。だけどカルディナーレに行くのは、エレナの契約を達成してからになる。それは構わないか?」
「事前にそう伺っていますから、大丈夫です。あまり早くても問題ですから、フロイントシャフトの援軍が到着してからの方がいいでしょう」
シュロスブルクからカルディナーレ妖王国妖都レジーナジャルディーノまでは、陸路だと獣車で3ヶ月ほど掛かるが、フロイントシャフト帝国との間にある2つの小国のうちカルディナーレ妖王国寄りの国はヒューマン至上主義国家でもあるため、陸路はかなり険しい道のりとなる。
かといって定期便が就航していない海路も問題があるんだよな。
エリザベッタ王女はフロイントシャフト帝国の隣国の様子も見るために、レジーナジャルディーノからワイバーンの運ぶ獣車に乗って隣国を抜け、その隣の国の様子を見ながらフロイントシャフトに入ったんだが、そのルートだとナハトシュトローマン男爵領を通過することになるため、それを嗅ぎ付けた男爵に狙われてしまった。
通常通りワイバーンでシュロスブルクまで来れば奴隷に落とされる事も無かったんだが、そんなことは今更言っても始まらないな。
ちなみにワイバーンを使えば、レジーナジャルディーノからシュロスブルクまでは、1週間ほどで着けるらしい。
フロイントシャフト帝国が送る援軍は、先触れをレジーナジャルディーノに飛ばしてから進軍させ、まずはそのカルディナーレ妖王国側の隣国から落とすことになるだろう。
その国を落とせば、陸路が使えるようになるから、軍も派遣しやすくなるし、カルディナーレ妖王国も警戒を解除できるから、他の2国への対処がしやすくなる。
最初の国を落とすのも、だいたい3ヶ月から半年は掛かるんじゃないかとエリザベッタ王女は言ってたから、それだけあればエレナの依頼も何とかなるんじゃないかと思う。
「それじゃあ話を纏めましょう。姉さんとルージュは、今までの生活の継続が条件、エリザベッタ殿下はカルディナーレ妖王国までの帰還と、その間にマスターに抱いてもらうことが条件。間違いはありませんか?」
アリスが纏めた内容に、3人とも頷く。
「エリアリアさんとルージュちゃんは、契約と同時に達成となるかと思いますが、その場合は私達と同様、マスターに身も心も捧げ、エリザベッタ殿下もレジーナジャルディーノに到着すれば、女王陛下との謁見が叶わなくとも達成となり、こちらも身も心も捧げるという事で、間違いはありませんか?」
達成条件についてはエレナが纏めて、こちらも3人とも頷く。
というか、エリアリアさんとルージュは、マジでそれでいいのかと思わずにいれられない。
「マスター、何かある?」
「特には無いけど……ああ、あった。俺は世界中を旅する予定だから、3人も戦闘技術を磨いてもらうことになる。それについては?」
今いる北大陸はもちろん、東大陸に南大陸にも行く予定だから、最低でも自分の身を守れるぐらいの強さは必要だ。
なのに3人とも、躊躇なく首を縦に振ったし、変にどこかに滞在するよりそっちの方がいいらしい。
湖に浮かぶアクエリアスで過ごしたこともあるから、海に出るのはむしろ望むところなんだとか。
それについては、俺も気持ちは分かる。
条件も纏まったから、トレーダーズマスターにお願いして、契約を結ぶ。
これでエリアリアさんとルージュ、エリザベッタ王女も俺の奴隷になった。
同時に呼び方も、ルージュはそのままだが、エリアリアさんとエリザベッタ王女は変えさせてもらう。
どっちも愛称はエリーになると思うんだが、さすがにそれじゃ区別がつかないから、エリアリアさんはエリア、エリザベッタ王女はエリザと呼ばせてもらうことになり、他のみんなもそう呼ぶことになった。
エリザについては、しばらくは難しいかもしれないが、エリザ本人がそう望んでいるから、アリス達も頑張って欲しい。
そして大司教からも、ナハトシュトローマン男爵に神罰が下るのは確定とのお言葉を貰ってるから、アリスとの契約完了の手続きも取らせてもらった。
契約が完了しても、マスターが解放しない限りは奴隷のままなんだが、契約が完了した奴隷はギルドへの登録が出来るようになる。
つまり元Bランクハンターだったアリスも、もう一度ハンターズギルドに登録出来るということだ。
ランクがどうなるかは分からないが、たとえTランクからだったとしても、もう一度登録出来るようになるのは大きい。
稼ぎの半分はマスターのものになるそうだが、残り半分は自分で貯めておけるし、資金が溜まったら自分を買い戻すことも出来るようになるそうだ。
契約を達成できたら、アリスはハンターズギルドに再登録したいと言っていたが、自分を買い戻すつもりはさらさらないとも言ってたが。
あと装備だが、明日もう一度皇太子と大司教がトレーダーズギルドに来て、ナハトシュトローマン男爵への神罰内容や処罰について説明してくれるそうだから、明後日まではシュロスブルクに滞在しないといけない。
明後日には出発できるだろうから、その時に決めよう。
エルフのエリアは、俺の独断と偏見で弓が良いんじゃないかと思ってるし、エリザは騎士としての訓練も積んだそうだから、盾を使ってもらおうと思ってる。
ルージュをどうするかが問題だが、ラビトリーにしては魔法適性が高く、魔法スキル(全)のレベル4を持ってるそうだから、杖っていうのが最有力か。
俺とエレナのサブウェポンを回すことになるが、サブウェポンはステータス補正がないから、☆5装備でも大きな問題はない。
この際だからアリスも含めて、サブウェポンは☆5装備に変更するか。
陸上ではともかく、水上だと闘器は使いにくいから、リーチぐらいなら補える装備の方がアリスも使いやすいだろうし。
おっと、その前に、ちゃんと3人の装備スロットも開放されたか、確認しないとな。
部屋に戻ってからブルースフィアを開くと、しっかりと開放されていただけじゃなく、ブルースフィアのレベルも5に上がっていた。
アリスとの契約が達成されたから、多分これが条件だろうな。
レベル5になったブルースフィアは、いつものように新しいアイテムが開放されたが、驚いたことに陸上拠点の家具が魔導船に設置できるようになっていた。
ブルースフィア・クロニクルは海が多いが、陸上拠点が無い訳じゃない。
むしろ陸上拠点がないと、探索が出来なかった。
全てのプレイヤーが寝泊まり可能な魔導船を所有してるわけじゃないし、序盤なんて手に入れるのは不可能だった。
だから基本的には宿屋が拠点で、中盤のイベントをクリアすることで、ブルースフィア・クロニクルの国々が認めた島の一部を与えられ、そこに拠点を築くことができるようになる。
初期設定は小型魔導船を停泊できる程度の停留所にワンルームの部屋だが、増築や改装を行うことで広く大きく出来るし、停留所も大型魔導船を停泊できるぐらいまで拡張できるから、船舶品評会とならんで拠点品評会も盛大に行われていた。
俺はアクエリアスに力を入れてたから、拠点は港を最優先で拡張して、その後は拠点に少し手を加えたぐらいしかやっていない。
家具とかもけっこうな種類があったし、調度品はもちろん建材なんかも選べたし、その島は温泉が湧いてたな。
無事に大学に合格したから、これから頑張って拠点も拡張しようと思ってたんだが、その前にヘリオスフィアに来てしまったから、拠点に関しては諦めていた。
だから拠点の設備をアクエリアスに設置できるようになったのは、素直に嬉しい。
ただ、最近けっこうなペースで改装とか購入もしてたから、しばらくは手を出すのは止めておこう。
心から残念だが、海に出れば人目を気にせずに魔物を狩ることも出来るようになるはずだから、改装はそれからだ。
早く海に出たいな。




