表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘリオスフィア・クロニクル  作者: 氷山 玲士
第3章・契約履行から始まる奴隷契約
34/77

帝国の皇太子

 シュロスブルクでナハトシュトローマン男爵を告発した翌日、俺はトレーダーズギルドが用意してくれた貴賓室の寝室で目を覚ました。

 一晩経って、アリスも表面上は落ち着いてきたから、少しは安心できる。


 用意された朝食を食べ終わると、トレーダーズマスターがやってきた。


「おはよう。よく眠れたかい?」

「あんな話を聞かされたばかりですから、それは何とも」


 なんて言ってる俺だが、実はぐっすりだったんだよな。

 アリスも少し落ち着けたからなのか、よく眠っていたし、エリアリアさんやルージュ、エリザベッタ王女も無事に告発できたことで力が抜けたのか、いつもより遅く起きてきたぐらいだ。


「そうだろうね。昨日、大司教と陛下にお会いしてきたよ。今頃は城もパニックになってるだろうけど、あんた達の話を聞かないわけにはいかない。だから昼過ぎに告発を再開するけど、皇太子殿下と大司教も臨席されることになった。エリザベッタ殿下のこともあるから、陛下も近いうちに謁見を希望されているよ」


 皇太子と大司教が臨席するって話は、昨日も出てたからまだいい。

 だけど皇帝と謁見って、マジで?


「本当さ。本来奴隷は皇城に立ち入れないんだけど、今回は事情が事情だし、陛下も気軽に城下に足を運ぶことは出来ないからね。あんたの奴隷も含めて、全員が呼ばれることになると思うよ」

「えーっと、断る事って無理、ですよね?」


 皇帝と謁見なんて、息が詰まるに決まってるんだから、無理だと分かっていても抵抗ぐらいはしたい。


「無理だね。あんた達の告発は、仮にエリザベッタ殿下がおられなくても、フロイントシャフトにも神罰が下るかもしれない内容なんだ。それに加えてエリザベッタ殿下までおられるんだから、神罰に加えてカルディナーレからの報復も加わるだろう。それは隣国のヒューマン至上主義国家に付け入る隙を与えることになるから、亡国とまではいかずとも、国内が大きく荒れることになるのは間違いない。フロイントシャフトに出来る事は、カルディナーレまで無事にエリザベッタ殿下を送り届け、少々の無茶でも聞き届ける事ぐらいだよ」


 なんて話は、シュロスブルクに来るまでに俺達も議論していたから、特に目新しくは感じない。

 フロイントシャフト帝国は北大陸でも上から数えた方が早い強国で、ヒューマン至上主義に傾倒している隣国が束になっても迎撃できると言われている。

 というより、帝国と名乗る国は北大陸には2国しかなく、王国以上の領土に戦力を有しているからこそ帝国となり、君主は王を超える皇帝として君臨しているんだそうだ。


 だけどそれは万全の状態ならっていう注釈が付くし、ナハトシュトローマン男爵以外にもヒューマン至上主義に傾倒している貴族はいるみたいだから、今回の告発で国内が荒れてくるのは間違いない。

 隣国にとってみれば、これは千載一遇のチャンスでもあるから、フロイントシャフト帝国に攻め込んで亜人を奴隷に、ぐらいは考えるだろう。

 その結果フロイントシャフト帝国の国力はさらに落ち、下手をすれば亡国に繋がりかねないとトレーダーズマスターは危惧しているみたいだ。


「カルディナーレからの報復ということは、陛下はエリザベッタ殿下のことを認めたんですか?」

「さすがにね。ここで突っぱねたりなんかしても、殿下が行方不明になった事実は伝わるんだ。魔物もいるから王族でも珍しい話じゃないけど、エリザベッタ殿下が無事で奴隷に落とされていたことは、神託が下るから隠しようがない。それなら先に認めておいて、可能な限りの便宜を図るのは当然だよ」


 神託なんてのも下るのか。

 確かにそれなら隠す事は不可能だろうが、同時にフロイントシャフト帝国が混乱してることも喧伝することにならないか?


「おそらくだけど、それがフロイントシャフトへの神罰って事になると思う。ナハトシュトローマン男爵の悪行は、噂レベルでもかなりのものがあった。だけど貴族だからってことで、ロクに調査も出来なかったんだ。その結果が今回の告発だからね、神々に放置していたと判断されても仕方がないよ」


 国の事情は神々には関係ないし、貴族だからってことを理由に調査もしなかったんなら、俺だって放置してたって判断するな。


「陛下はこれを機に、法改正も視野に入れておられたよ。あとはおそらくだけど、皇太子殿下が成人されたら、責任を取って退位されるんじゃないかな」


 責任を取って退位も法改正も理解できるが、なんですぐに譲位しないのかと思ったら、皇太子はまだ未成年だったのか。

 フロイントシャフトの法では、皇帝が落命した場合のみ未成年の皇太子が即位を認められるが、それ以外だと成人しなければダメと決まっている。

 皇太子は16歳だそうだから、早ければ来年、遅くても3年以内じゃないかっていうのがトレーダーズマスターの予想だ。

 退位したとしても、数年は皇太子の相談役になるし、完全に落ち着いたら楽隠居ってことになるだろうから、責任を取ったとは言い難い気もするが、退位することに意味があるってことか。


「ともかく、今日は皇太子殿下、大司教様も臨席されるから、昨日の話をもう一度してもらう事になる。その後でこちらから質問をさせてもらうけど、多分2,3日は掛かるだろう」


 そりゃ質問も山ほどあるだろうから、時間が掛かるのは仕方がない。

 聞かれたくないことも突っ込まれるだろうが、昨日中に契約魔法を使えて良かったよ。

 トレーダーズマスターや司教さんだけなら、あとで2人にも契約を結んでもらえば済む話だったが、皇太子に大司教まで臨席されたら、それすら無理だったかもしれないからな。


「分かりました。その間、俺達はトレーダーズギルドから出ない方が良いんですよね?」

「そうしてくれ。大丈夫だとは思うが、何かあってしまってはそちらに人手が取られるし、さらに面倒なことになりかねない。その代わりと言っては何だが、君達には可能な限りの便宜を図る」


 告発が完全に終わるまで、トレーダーズギルドに缶詰め決定か。

 数日掛かるとはいえ、けっこうな時間を持て余すことになるから、時間を潰す方法が必要だな。

 レシピを用意しておいて良かった。


「それなら、フォルトハーフェンで広めようと思ってたレシピがあるんで、それを試してもいいですか?」

「レシピ?それぐらいなら構わないけど、なんでまたフォルトハーフェンに?」

「魔導船を見たくて、ですね。あとエレナとの契約もあるんで、フォルトハーフェンが一番都合が良いんです」


 アクエリアスだけじゃなくアクアベアリも使いやすいから、海に近い場所を拠点にするのは決めてたし、フォルトハーフェンから北上すればエレナの村に着けるから、俺にとっても都合が良い。


「契約のためか。アリスフィアの契約を達成するだけでも凄い話だが、さらにもう1人となると、君は相当優秀なハンターなんだね」


 いいえ、全てはブルースフィアのおかげです。

 移動手段ばかりか武器に防具まで頼ってますから、俺が凄い訳じゃないんです。

 ただでさえ面倒な話になってきてるのに、ブルースフィアのことまで話したら火に燃料投下なんてレベルの話じゃなくなるから、絶対に口にしないが。


「優秀かは分かりませんが、それなりの腕はあると思ってます。それでレシピですけど、構わないですか?」

「勿論さ。そのレシピ、うちにも公開してくれるんだろう?」


 さすがに試すだけ試させてもらって、公開しないなんて不義理なことをするつもりはないですよ。


「ええ。ただ料理の方は何とかなるんですけど、調味料は俺も試したことがないんです。なのでトレーダーズギルドに試行錯誤をしてもらうことになるかもしれません。ああ、現物は貰ったものが残ってるんで、それを提供しますよ」

「調味料を作るのか。その言い方だと、かなり時間が掛かりそうだけど?」

「絞った後、半年ぐらいは置いておかないといけないって聞きました」

「そんなにかい?それに置いておくって、腐るんじゃないのか?」


 当然の疑問だよな。

 だけど熟成させたワインは存在してるから、説明が楽なのはありがたい。


「ワインと一緒です。熟成がどうとかって言ってましたね」

「なるほど、熟成か。それなら分かるよ。それにしても、いったい誰から聞いたんだい?」


 そりゃ一番疑問に感じるところですよね。


「師匠です。だいぶ前に亡くなりましたけど、色々とやってましたね。人嫌いだから、町に行く事も無かったそうですけど」


 頑張って考えた設定だが、まだ生きてるなんて言ったら合わせろとか言われかねないから、既に死んだことにしてある。

 人嫌いだから町にも行かず、俺も魔物に襲われて生き残った子供ってことにしてるから、追及されてもなんとか逃げられるはずだ。


「そうかい。残念だけど、これ以上は聞けないね。ともかく、サンプルがあるってことだから、それを少しもらえれば、実験はしてみるよ」

「お願いします」


 ブルースフィアで買った味噌と醤油だから、サンプルじゃないんだけどな。

 なんにせよ、試してもらえるんなら俺としてもありがたい。

 味噌も醤油も作るのに時間が掛かるし、場所も食う。

 アクエリアスを常時召喚できるんならともかく、普段は送還してるから、その間は時間が進まないから、完成までどれだけ時間が掛かるか分かったもんじゃない。

 それならトレーダーズギルドに丸投げして、俺はレシピだけを提供しておいた方が楽だ。


 というわけで味噌と醤油の製法、いくつかの料理のレシピを提供し、試作を作ってたら、あっという間に昼になってしまった。

 試食って事で昼食代わりに食べることができたし、トレーダーズマスターも食べたらしいから、レシピを広めるための契約をしっかりと結び、10年間は俺のライセンスに自動で売り上げの1割が振り込まれることも決まった。

 世間に広めることが目的だから、レシピの販売額は一般でも求めやすいような価格に抑えてあるが、とりあえず5種類登録したし、他の町や村にも広めてもらうことにもなったから、これで少しは役目が果たせたんじゃないかと思う。

 北大陸だけでもかなりの国があるし、さらに南大陸や東大陸もあるから、ようやく第一歩ってとこだけどな。


 そしてその試食を終えてから1時間程して、皇太子と大司教が揃ってトレーダーズギルドに到着した。

 大司教は妙齢のフェアリー、皇太子は若いヒューマンの男だった。

 フロイントシャフト帝国は多種族国家で、差別なんかも無い国だから、皇位に就くのがヒューマンとは限らない。

 実際、現皇帝はオーガだし、先代はタイガリーだったそうだ。

 基本的に直系が優先されるが、男児の方が皇位継承権は高く、女児は低いんだが、女帝が即位した事も何度かあるみたいだな。

 公爵家も皇位継承権は有しているが、あくまでも傍流だから、直系が途絶えてしまわない限り、実際に皇位に就く事はないとも言われているらしい。


 皇太子は次期皇帝だから、当然のように護衛も同行している。

 近衛騎士なんだろうが、豪華な金属鎧を着ているな。

 重そうだし、動きも鈍くなりそうだが、そこんとこは大丈夫なんだろうか?

 まあ、街中で皇太子を狙う馬鹿もいないか。


「お待たせした。僕が皇太子のヴァイスリヒト・フォン・ズィークシュテルン・フロイントシャフトだ」


 皇族だけあって長ったらしい名前だが、名前、フォン、家名、国名っていう感じになっていて、建国以来ずっとズィークシュテルン家から皇帝が即位しているんだそうだ。

 貴族も似た感じだが、名前、フォン、家名までとなっていて、家名が領地名、領都は家名にちなんだ名称が付けられているらしい。

 皇太子は俺より2つ年下だが、帝王学を学んでる影響もあるのか、佇まいにも高貴な雰囲気が見え隠れしてるから、少し当てられた気がする。

 実際アリス達は、緊張でガチガチになってるし。


「臨席すると言っても、僕は傍観者だ。多少の質問はさせてもらうが、基本的にはトレーダーズマスターにお任せすることになっている」


 奴隷達の緊張を解すためか、ヴァイスリヒト皇太子が先に口を開いた。

 実際に答えるのはエレナ以外の奴隷達だから、皇太子から話しかけられなくて済むのは助かるか。

 多少の質問はするって言ってるから、その時はその時で噛みまくるんじゃないかとも思うが。


 続いて挨拶をしてくれた大司教に対しても、同じような感じだったな。

 俺は少し緊張したぐらいで済んだが、多分これは創造神様と直接会ったことがあるからだと思う。


「それにしても、君はあんまり緊張しているようには見えないな」

「緊張していますよ。さすがに皇家の方にお会いしたのは初めてですから」


 日本にも皇族はいたが、文字通り雲の上の存在だったから、テレビでぐらいしか見た事無かったしな。


「まあいい。では大司教殿、トレーダーズマスター、用意を頼む」

「かしこまりました」


 俺のことは気になってるようだが、告発より優先すべき話じゃない。

 だからヴァイスリヒト皇太子が大司教とトレーダーズマスターを促す形で、告発の場が整えられた。

 昨日の司教さんも来てるから、メインはその司教さんとトレーダーズマスターで、ヴァイスリヒト皇太子と大司教は、本当に傍観者ってことなんだろう。

 アリスとエリアリアさんが姉妹だということ、エリザベッタ王女が奴隷に落とされていたことは既に知られているが、2人が臨席するから、それも含めてもう一度最初からになる。

 面倒を感じるのは確かだが、必要なことだし、それが終わったらエリザベッタ王女の身柄をどうするのかという問題も控えてるから、ちゃんと順番に進めていこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ