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ヘリオスフィア・クロニクル  作者: 氷山 玲士
第3章・契約履行から始まる奴隷契約
32/77

帝都シュロスブルク

 夜は味噌や醤油の製法を書き写したり、料理のレシピと現物の用意に必需品の購入なんかで時間を潰し、全員で宝瓶温泉に入った。

 水着着用ではあったが、アリスとエレナ以外の3人は俺の奴隷じゃないから、これは仕方がない。

 寝る前にアリスとエレナをたっぷりと堪能させてもらったから、こっちも問題ないかな。


 準備を整えてからサダルメリクに乗り込んで発進させ、アクエリアスを送還してから周囲に人目がないことを入念に確認し、それからサダルメリクにカモフラージュフィールドを使ってハイディングフィールドを解除する。

 シュロスブルクはフロイントシャフト帝国の帝都だから、朝からでも人の出入りは多い。

 だから街道以外の平原から魔導車が来たりなんかしたら怪しまれるだろうが、この辺りは魔物も少ないし、いても弱いのばかりだと聞いている。

 ナハトシュタットからマスターを告発する奴隷を連れてきたため、街道を使うより早く、追手も撒けるからっていう理由も考えているから、多分大丈夫なんじゃないかと思う。


 サダルメリクはルストブルクで見た簡易魔導車に近い外観に偽装しているが、全長は簡易魔導車の1,5倍ぐらいあるし、乗員も3倍だから、どこまで誤魔化せるかとか、手に入れようと躍起になる貴族、商人が出てくるだろうことが問題か。


 シュロスブルクの門に近付くにつれて、サダルメリクに驚く人が増えていく。

 中には露骨なまでに欲しそうな顔をしている商人もいるが、声を掛けてくる者はいない。

 いや、1人来たな。


「失礼。私はヴォルケシュトローム侯爵家に仕えているのですが、こちらの魔導車は素晴らしいですな。主が是非とも招待したいと申しております。よろしければ、同行していただけませんかな?」


 丁寧な対応をする壮年の執事っぽいエルフだが、侯爵の使いってことは要請という名の命令だろう。

 屋敷に招待してから、サダルメリクを買うための交渉をするか、最悪の場合は無理やり取り上げようとしているに決まってる。


「申し訳ないですが、俺達は奴隷契約違反の告発のために来ているんです。たとえ皇帝陛下であろうと、告発を妨げることは許されないと聞いています。ヴォルケシュトローム侯爵がそれでも構わないというのであればご招待に応じますが、どうなんでしょうか?」


 俺がそう伝えると、さすがに執事エルフの顔色が変わった。

 正当な理由も無しに告発を妨害した場合、契約違反の片棒を担いでいると判断されてしまうから、普通であれば接触してこようと考える者はいない。

 さすがに内容までは教えないが、俺達の告発内容は神罰によって国が滅亡する可能性も含んでいるから、たとえヴォルケシュトローム侯爵とやらがフロイントシャフト帝国の重鎮であっても、告発の妨害をしてしまったら処罰は免れないだろう。


「そ、それは失礼致しました。差し支えなければ、マスターの名前を教えていただいてもよろしいですか?」


 少しでも情報を得たいんだろうが、名前だけ先に教えても構わないんだろうか?


「大丈夫よ。内容まではさすがに問題だけど、誰の奴隷が訴えに来たのかは、すぐに広まるの。今回は事情があって知られていないけど、本来なら数日もすれば国中に広まる話でもあるわ」


 アリスの顔を見たらすぐに察してくれたようで、大丈夫だと教えてくれた。

 ありがとう。


「問題ないみたいなんで、お教えします。告発するマスターは、ナハトシュトローマン男爵です」

「ナハトシュトローマン男爵?それでしたら、ナハトシュタットで訴えるのが筋なのでは?」

「理由があるんですよ。トレーダーズマスターが奴隷の訴えを握り潰して、後にその奴隷は処分されたそうですから」

「なるほど、それでは確かに、ナハトシュタットのトレーダーズギルドでは告発出来ませんな。いえ、ありがとうございます。では主に伝えねばなりませんので、これで失礼致します」


 俺と執事エルフの話は、周囲の人達の耳にも届いていたようで、以後俺達に接触しようとしてくる人がいなくなったから楽になった。

 執事エルフは顔を青くしながら、ヴォルケシュトローム侯爵とやらが乗っている獣車に戻っていったが、男爵ばかりかナハトシュタットのトレーダーズギルドまで絡んでいるから、大変な事になると理解しているんだろう。

 これでしばらくは、ヴォルケシュトローム侯爵から招待を受けることもないんじゃないかと思う。


「面倒だと思ってたけど、俺達が告発に来たと分かると誰も近付いてこないんだな」

「そりゃ告発に来るってことは、マスターが明確な契約違反をしてるってことだしね。下手に関わったら自分も巻き込まれるかもしれないんだから、誰だって近寄りたくないわよ」


 もっともな話だ。

 誰だって神罰なんか受けたくないに決まってるからな。


 誰も近付いてこないばかりか、ヴォルケシュトローム侯爵が手を回してくれたおかげで、俺達は優先的にシュロスブルクに入る事が出来てしまった。

 巷のゴロツキや盗賊でさえ、告発に来た奴隷だと分かれば一目散に逃げ出すぐらいだ。

 これも神罰から逃れるためなんだろうが、ここまでスムーズに入れてしまうと、逆に怖くなる。

 門兵さんも事前に聞いていたようで、エリアリアさんが直接ナハトシュトローマン男爵を告発に来たと告げると、すぐにトレーダーズギルドに伝令を送ってくれたぐらいだ。

 規則だから身分証の確認はされたが、入場税も免除になったしな。

 入場税は国によって異なるが、フロイントシャフト帝国だとどこの街でも一律1,000オールとなっている。

 俺達は6人だから6,000オールになるんだが、告発に来た奴隷が金なんて持ってる訳がないし、金が無いからってことで入場を断ったりなんかしたら、自分達ばかりか街そのものも関係有りと見なされてしまうから、告発に来た奴隷の入場税が免除されることは当然の話か。


 シュロスブルクはフロイントシャフト帝国の帝都であり、もっとも栄えている都市でもある。

 皇帝が座す城を臨み、ギルド本部も有しているこの街は、石造りの建物が軒を連ね、朝から大通りは活気に満ちている。

 5階建ての建物もいくつか見られたし、北東には大きめの池も内包しているため、魚の養殖も行われているそうだ。

 簡易魔導車も走っているし、受注生産された本格的な魔導車も何台か見える。


 魔導車(受注生産型):☆☆

  最高速度:時速33キロ

  全長:5,6メートル

  全幅:2,2メートル

  最大搭乗数:4名


 魔導車(受注生産型):☆☆

  最高速度:時速29キロ

  全長:5,4メートル

  全幅:1,8メートル

  最大搭乗数:4名


 2台ほど鑑定してみたが、こんな感じだった。

 受注生産型ってことで、意匠はどちらも異なっていたが、基本性能はよく似ている。

 多分だが魔導車は、全長や全幅、最高速度に乗員数といったスペックは同じで、使用する魔物素材によって微妙に差が出るってことなんだろう。

 それでもサダルメリクより大きいとは思わなかったから、俺にとっては嬉しい誤算だ。

 数が少ないとはいえ全長はサダルメリクの方が短いから、悪目立ちすることはないだろう。

 乗員数は2人多いが、ミラーリングによる空間拡張は行われているだろうから、誤魔化しもきくと思うし。

 さすがに速度を出したらマズいから、時速30キロ程度に抑えておこう。


 そのまま1時間ほど進むと、門兵さんに教えてもらったトレーダーズギルドが見えてきた。

 さすが帝都だけあって、かなり広いな。

 まさか1時間も掛かるとは思わなかったぞ。


「着いたよ」

「ようやくね。こんな早く来れるなんて、思ってもいなかったわ」


 奴隷に落とされてからずっと、アリスはこの機会を待ち望んでいたからな。

 姉のエリアリアさんまで奴隷になってたんだから、アリスからしたら1秒でも早く告発したかっただろう。

 ようやく今日、ナハトシュトローマン男爵を告発できるんだから、俺としても喜びも一入だ。


「すいません、伝令が来たと思うんですけど……」

「!?う、伺っています!こちらへどうぞ!」


 来訪理由を最後まで口にさせてもらう前に、受付の女性オーガさんはすぐに俺達を奥の部屋に案内してくれた。

 話が早いのは助かるが、ここまで徹底しているとは思わなかったな。


「すぐに担当者を呼んできます。ご用の際は、そちらの奴隷に申し付けて下さい」


 通された部屋は、奴隷契約に使うための部屋だった。

 告発も奴隷契約に関係しているし、どこの支部でもこの部屋で話した内容は外には漏れないから、まずはここで担当者に話を通して、その後で個別にっていうのが流れだそうだ。


 オーガさんはトレーダーズギルドで契約している奴隷に指示を出し、すぐに担当者を呼びに行った。

 通常なら奴隷契約を担当している職員が来るんだが、今回はナハトシュトローマン男爵っていうフロイントシャフト帝国の貴族が相手だから、トレーダーズマスターが出てくる可能性もある。

 さらにエリザベッタ王女のこともあるから、たとえ来なくてもすぐに話は伝わるから、最終的には面会することになるだろう。


「お待たせしたわね」


 しばらく待っていると、30代半ばぐらいにみえるオーガの女性が、同年代っぽく見えるアフェリーの女性を伴って入って来た。


「私がシュロスブルクのトレーダーズマスターで、彼女が奴隷部門の主任になるわ」


 オーガの女性がトレーダーズマスターで、アフェリーの女性が奴隷担当の職員さんか。

 角があるから驚いたが、そういやアフェリーっていうのは鹿の獣人だったっけか。

 あれ?メスの鹿には角は無かったはずだが、アフェリーさんには小さい角が生えてるし、ヘリオスフィアだと違うのか?

 まあ、どうでもいい事か。


「間もなく教会から司教もお見えになるけど、先に簡単にで構わないから聞かせてもらえる?告発に来る奴隷は3人だと聞いていたから、あなた達の関係から」


 司教が来ないと正式な告発が出来ないし、契約内容の確認も出来ないから、まずは俺達の関係性をはっきりさせようってことか。


「勿論です。俺はコウヤ・ミナセ。こちらの2人のマスターです。告発に来たのは、この3人になります」


 アリス達の名前も含めて、俺が紹介する。

 ただアリスとエリアリアさんが姉妹だということ、エリザベッタ王女がカルディナーレ妖王国の王女だということは、まだ話していない。

 本人から口にしてもらう方がいいだろうし、契約の問題もあるから、どこまで話していいのかの判断ができないからな。

 エリザベッタ王女のことは、尚更俺が口にしていい問題でもないし。


「何故ナハトシュトローマン男爵の屋敷から連れ出したのかとか、聞きたいことは色々あるけど、詳しくは話せないのよね?」

「アリスフィアとの契約に関わる内容ですから、司教が来られるまでは無理です」

「予想は出来るけど、契約に関わっているなら無理に聞き出せないわね。それじゃあナハトシュタットで告発しなかったのは何故?」

「トレーダーズマスターがナハトシュトローマン男爵と繋がっていて、過去に告発した奴隷が訴えを退けられ、命まで奪われたことがあるからです」


 命を奪われた奴隷は、ルージュがナハトシュトローマン男爵と契約した数ヶ月後に告発を行い、そして命を奪われたそうだ。

 決死の覚悟でナハトシュトローマン男爵邸を脱出してトレーダーズギルドで告発したのに、まさかトレーダーズマスターがナハトシュトローマン男爵と繋がっていて、訴えに正当性がないと一蹴されてしまったんだから、どれほど無念だったのか想像もつかない。

 通常なら司教立ち合いの元で告発を行うんだが、司教は同席しなかったらしいからな。


「……そう。そういうことなら、ナハトシュタットで告発なんて自殺行為でしかないわね。司教を巻き込めば話は別だけど、司教まで繋がってる可能性は否定できないわ」


 ナハトシュタットの教会もスフェール教だから、大丈夫な気もするんだが、ナハトシュトローマン男爵はヒューマン至上主義者だから、万が一がないとは言い切れなかった。


「シュロスブルクを選んだ理由は、確実に告発が出来ること、ナハトシュタットから離れているため、男爵も情報を手を回すことができないだろうことが理由ですね。他にもありますが、これは契約に関係するようなので、俺も聞けていません」

「そういう事ね。確かにナハトシュタットのトレーダーズマスターが男爵と繋がっているなら、ナハトシュトローマン男爵領じゃ告発は無理。ルストシュタイン伯爵領なら出来ただろうけど、隣接している町なら男爵も手を回しやすいし、ルストブルクは辺境だから、情報の拡散に時間が掛かる。距離はあるけど、シュロスブルクっていうのは最適だったかもしれないわね」


 そこまで考えてた訳じゃないですけどね。

 エリザベッタ王女の身許を知ってからは、シュロスブルク以外の選択肢はなかったから、そっちの方が最大の理由かもしれない。

 エリザベッタ王女は身分を証明するような物を持っていないから、正式に告発の場が整ってから発言予定だし、告発の場は偽証が出来ないって聞いてるから、信じられなくても考慮はされるだろう。


 その前に、やっておくことがある。


「それから告発の前に、3人に契約魔法を使っておきたいんです」

「契約魔法?それは何故?」

「告発に関係してはいるんですが、俺の事に関してですね。特にナハトシュタットからシュロスブルクまでは、魔導車の中で過ごしました。シュロスブルクに入る前にもヴォルケシュトローム侯爵の使いって人が来ましたけど、手に入れようとする人は出てくるでしょう。なので俺が所有している魔導車のことを、口外しないように契約を結びたいんです」


 本当はアクエリアスもなんだが、サダルメリクはアクエリアスに搭載しているから、拡大解釈をすれば何とかなるんじゃないかと思ってる。

 まあ、契約魔法は条件が決まってから職員が掛ける事になってるから、トレーダーズギルドの職員にも漏れることはないんだが。


「ヴォルケシュトローム侯爵か。あの御仁は常識的な方ではあるんだが、魔導車には目が無いからな。無理やり手に入れようとはしないが、ナハトシュタットからシュロスブルクまでずっと車中で過ごしていたということなら、手に入れたいと思う貴族や商人は多いか。分かった、そういうことなら、先に契約魔法を使おう」


 後にしろって言われる可能性もあったが、その場合はトレーダーズマスターやアフェリーさんとも契約を結ばないといけなかったから、手間が1つ省けたな。

 実物を見せないと信じてもらえないと思うし、何よりアクエリアスのことも話さないといけないから、できればそれは止めておきたかった。

 だから先に契約魔法を使えるのは、素直に助かる。


 トレーダーズマスターとアフェリーさんが一度退室し、俺達だけで条件を纏める。

 事前に話していた内容だし、既に了解も得ているが、この場で口にする事が意味があるから、改めて俺がアクエリアスやアクアベアリ、サダルメリク、スカト、アンカ、シトゥラを召喚できること、性能が出回っている魔導車、魔導船とは一線を画していること、他にも聞いた事のない魔導具を複数所有していること、それらを一切口外しないことを宣言し、3人も受け入れる。

 その後でトレーダーズマスターが契約魔法を使ってくれたから、これで契約は完了だ。


 これで懸念事項が1つ減ったから、安心して告発に臨めるな。

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