魔導水上艇での初戦闘
昼食後、俺はアクエリアスに展開させているハイディングフィールドを解除した。
すぐに魔物が来るわけじゃないが、いつ来てもおかしくない状況になったから、アンカとシトゥラもすぐに使えるようアンダーデッキに移動させておく。
昨日説明しているが、もう一度改めて説明しておこう。
「右のフットペダルがアクセル、左がブレーキで、動かすときはアクセル、止まる時はブレーキだ」
「分かってる。一気にアクセルを踏むと、振り落とされる可能性があるのよね?」
「ブレーキも同様で、思いっ切り踏むと危険だというお話でしたね」
2人とも、俺の注意は覚えているな。
急発進も急停止も、シートベルトをしてないと体が放り出されるぐらいの勢いが出るし、シートベルトを締めてても体が締め付けられるから、よっぽどの緊急時以外は使わない方が安全だ。
「シートベルトは、振り落とされないためにも必須だけど、過信して調子に乗ると危険。あたし達に自動操縦は使えないから、浩哉が危険だと判断したら、すぐにアクエリアスまで戻すのよね?」
「ああ。よっぽどのことがあっても大丈夫だと思うが、波の影響は受けるし、2人も初めて乗るから、流される可能性は否定できない。アクエリアスが見える距離ならともかく、見えないところまで流されると帰って来れなくなるかもしれないから、その場合も自動操縦で戻す」
アンカとシトゥラは小型魔導水上艇だから、波の影響はモロに受ける。
壊れない倒れない沈まないというアビリティがあるとはいえ、アクエリアスの姿が見えなくなってしまったら戻ってこれなくなる。
その前に戻すつもりだが、魔物と戦ってる最中だと余裕がないこともあるかもしれないから、2人の位置はしっかりと把握できるように気を配っておこう。
「昨日も思っていましたが、あなた方はマスターの事を名前で呼んでいるのですね」
「アリスさんなんて、呼び捨てだよ。それ、いいの?」
「俺が頼んだんだ。アクエリアスやサダルメリクの中だけになるけど、友人のように接してほしいってね」
マスター呼ばわりされても違和感しかないからな。
そもそも2人を買った動機だって、日本でも友達がいなかったし、家族も既にいないから、寂しかったっていう理由だし。
ちなみにエリアリアさん、ルージュ、エリザベッタ王女は俺の奴隷じゃないから、俺をマスターと呼ぶ必要もない。
「場合によっては俺もスカトで出るけど、アクエリアスに乗ってれば安全です」
アリスはともかく、エレナはまだ戦闘に慣れてないから、フォローの必要があるかもしれないから、スカトも用意しておかないとな。
パーキングエリアに停めてあるが、俺が召喚すればすぐに近くに現れるから、よほどの事態でもすぐに対処できるだろう。
「浩哉、来たわよ」
まだ注意事項があったんだが、ここで魔物が来てしまったか。
魔物からしたら俺達の都合なんて関係ないから、文句を言っても仕方ない。
「分かった。じゃあアリス、エレナ。無理はしないようにね」
「ええ」
「はい、行ってきます」
アリスはアンカに、エレナはシトゥラに跨り、湖に乗り出した。
「シャープネス・フィンか」
アクエリアスの前に姿を見せたのはシャープネス・フィンという、浅瀬にも入り込むことのある魚型の魔物だった。
ジャイアント・フィンの下位種になり、大きさは1メートル前後、ジャイアント・フィン同様ヒレが鋭い刃になっているから、水棲の魔物の中では討伐数も多い。
ヒレはショートソード程度の長さしかないから、武器としては双剣か短剣ぐらいしか用途がないんだが、性能的には鉄製の物より上で、鉄やミスリルに混ぜ合わせれば飛躍的に強度が増すから、双剣士にとっては珠玉の逸品となっている。
「こ、浩哉さん……すごい数ですけど、本当に大丈夫なんですか?」
鋭いヒレを持っていながらも、シャープネス・フィンの攻撃力は高くないし、討伐数が多い方ってこともあって、水辺での戦いに慣れているハンターなら倒すのは難しくない。
だがシャープネス・フィンで最も厄介な点は、数匹単位の群れで襲い掛かってくることだ。
今回もその例に漏れず、姿を見せたシャープネス・フィンは、見る限りだと7匹はいるな。
しかもここは浅瀬じゃなく湖のど真ん中だから、シャープネス・フィンにとっては能力を最大限活かせるフィールドでもある。
さすがに数が多いから、俺もここから援護しておこう。
「数は多いけど、シャープネス・フィンの攻撃はこっちに届かないから大丈夫ですよ」
それでも心配だろうから、エリアリアさんを安心させるようにユグドラシル・ピアッサーを構え、一番手前のシャープネス・フィンに向かってアタックスキル:ピアシング・ストームを放つ。
☆6装備でブーストされた俺のSTRとAGIの合計値の5倍補正を受け、放たれた魔力の矢が10本以上に分裂してシャープネス・フィンを貫く。
というか、ステータス補正のせいで攻撃力がアホみたいに強化されてるから、貫くというより消し飛ばしてるといった方がいいかもしれない。
なにせ命中した端から、シャープネス・フィンの体の一部が消えていき、水面に浮かんで完全に動かなくなってからようやく周囲が血で染まったぐらいだ。
ヒレも消し飛んでるから、あれは使い物にならないな。
ピアシング・ストームだけじゃなく、☆6武器のアタックスキルは全て単体攻撃だから、数を相手にすると微妙に使いにくい。
魔法も重ねて、範囲攻撃できるように考えないといけないな。
アタックスキルの再使用は5分のクールタイムがあるから、その間はピアシング・ストームは使えない。
だけど援護はしないとだから、ユグドラシル・ピアッサーを構え、魔力の矢を連射し、3匹のシャープネス・フィンを射抜く。
ステータス補正で通常攻撃も過剰な数値になってるの忘れてた。
4匹は俺が倒してしまったから、残ってる3匹はアリスとエレナに任せよう。
「操縦するのは初めてだから、さすがに手間取ってるな。それでもアリスは1匹倒してるから、慣れればもう少し早く倒せそうだ」
そのアリスとエレナは、慣れない魔導水上艇の操縦に戸惑っているが、元ハンターのアリスはディバイン・ジェミナスと魔法を上手く使って1匹倒している。
アリスの魔法スキルは火属性しかなかったが、俺と契約してから風属性と雷属性の魔法スキルを会得した。
スキルレベルはまだ2だから、シャープネス・フィンに効果的な魔法は放てないが、雷魔法は水棲の魔物にとって弱点でもあるから、上手く使えば牽制には十分有効だ。
今は2匹目のシャープネス・フィンの攻撃を避けているところだから、こっちもそのうち倒せそうだ。
逆にエレナは、操縦に手間取ってる上に武器が槍だから、上手く扱えていない。
サブウェポンは短杖だから、直接攻撃には向いてないしリーチも短い上に、エレナの魔法スキルは水属性だけだから、相性的にもよろしくないな。
シトゥラのアビリティがあるから倒される心配はないけど、このままじゃジリ貧な気がする。
「アリスさんは戦い慣れているように見受けられますが、エレナさんはそのような雰囲気が感じられませんね」
「元々普通の村娘だったからね。戦ってもらう必要はないんだけど、強くなって困ることはないし、契約にも無関係じゃないから、大変だと思うけど頑張ってもらってるんだ」
エリザベッタ王女の言う通り、アリスは元Bランクハンターだから魔物とは戦い慣れている。
手間取ってるように見えるのは、初めて操縦しているアンカに戸惑っているからだから、慣れてくればこっちも問題なくなるだろう。
そしてエレナは、戦いとは無縁な村娘だったから、操縦だけじゃなく戦いぶりも見ていて不安定だ。
無理に戦ってもらう必要はないんだが、エレナとの契約はエレナの村から亜人と蔑まれている村人を連れ出すことだから、俺やアリスだけじゃ護衛としては不足している。
だからエレナにも戦ってもらう必要が出てくるだろうから、大変だとは思うが頑張ってもらわないといけない。
レベルが上がれば強くなるし、寿命も延びるから、そっちの意味でも無駄にはならないと思う。
「浩哉さん、本当に奴隷のことを大切にしてるんですね」
「契約して買い取ったのは間違いないけど、俺にとっては奴隷じゃなくて友人だからね」
ルージュが羨ましそうな顔をしている。
ルージュ達のマスターはナハトシュトローマン男爵で、扱いも規約違反としか言えない過酷な環境だったから、奴隷と友人のように接してる俺と比べてるんだろう。
だけどナハトシュトローマン男爵の悪事が証明されて天罰が下れば、ルージュ達も奴隷から解放されるし、故郷まではトレーダーズギルドが無事に送り届けてくれて、さらには1ヶ月分の生活費まで持たせてもらえるんじゃなかったか?
「そうなんですけど、あたしの家族はもういないから、解放されるよりも奴隷のままでいて、条件の良いところに行くことになると思います」
悲しそうな顔でそんなことを言うルージュに、心が締め付けられそうになる。
アリスはまだ13歳だから、どこかのギルドに登録したとしても1人で生活できるようになるまで時間が掛かるから、それならいっそのこと奴隷のままでいて、保証の意味も含めて条件の良い契約を結ぼうと考えているのか。
奴隷から解放されても元の生活に戻れるとは限らないから、トレーダーズギルドとしても最大限の配慮はするだろうが、そもそもナハトシュトローマン男爵がいなければ奴隷にはならなかったんだから、フロイントシャフト帝国も保証はしてくれるだろう。
それで幸せになれるとは限らないが、解放されてもそれは同じことだから、ルージュと同じ境遇になる奴隷は何人かいそうだな。
「あ、倒し終わったみたいですよ」
「ん?ああ、本当だ。回収もアリスがやってくれてるから、俺が行かなくても良さそうだ」
どうやらアリスが2匹目のシャープネス・フィンを倒してから、エレナの援護に入ったようだ。
そのおかげで落ち着いたエレナが、ミストラル・グレイブを突き刺す余裕が生まれたのか。
俺が倒したシャープネス・フィンも含めてアリスが回収してくれているから、あとでブルースフィアで換金しよう。
ストレージングが使える人限定だが、パーティーや契約を結べば、互いのストレージの半分を合わせた共用収納魔法インベントリングが使えるようになる。
契約は魔法の女神像があるところで祈りを捧げれば完了らしいが、単純に収納量が増えるから、ハンターにとっては垂涎の魔法でもある。
共用収納空間はインベントリと呼ばれていて、ストレージを経由しなければ収納できず、取り出すことしかできないが、人数が増えればインベントリの容量も増えるから、持ち帰れる魔物の数も増えるし、パーティー共用財産なんかも安心して入れておけるから、ある意味じゃストレージより使い勝手が良い。
当然俺とアリスも、ルストブルクの教会で契約を済ませてあるぞ。
「おかえり、お疲れ様。どうだった?」
戻ってきたアリスとエレナを労わり、初の魔導水上艇での戦闘の感想を聞いてみよう。
「浩哉が最初に数を減らしてくれたから、思ってたより楽に相手できたわ。操縦ももう少しでコツが掴めそうだから、次はもう少し早く倒せると思う」
「私はまだ上手く操縦できませんし、ここでは魔法も相性が悪いですから、アリスの援護がなければ倒せなかったです」
アリスはコツを掴むのも早そうだが、エレナはもうしばらく掛かりそうか。
となると、エレナには先に魔法スキルを習得してもらって、それを伸ばしていく方がいいかも知れない。
「アリスはともかく、エレナは魔法の相性もあるから、シトゥラに慣れるより先に何か覚えた方が良いか」
「海にも行くんだから、そうするべきね。水魔法でも有効なのはあるけど、確かスキルレベル5にならないと使えなかったはずだから、補助的な意味でもそうした方が良いわ」
アリスも同意見だから、エレナには何か魔法スキルを覚えてもらおう。
「そういう訳だけど、何か覚えたい魔法ってある?」
「ウンディーネは火魔法に致命的なまでに適性がありませんから、水場で使う事を前提に考えると、やはり雷魔法でしょうか」
確かに水は雷を通すから、スキルレベル1でも牽制として十分使える。
逆に土魔法は土そのものがないから、選択肢からは除外される。
あと候補に上がるのは、風魔法と氷魔法、光魔法もアリだな。
「風魔法はアリスが使えますから、私は氷魔法にしようと思います」
氷魔法は水魔法とも親和性が高いから、エレナとも相性が良いだろうし、妥当な選択か。
「分かった。じゃあ後で氷魔法スキルを習得できるか試そう」
「お願いします」
とはいえ、魔法も武器戦闘スキルと同じで、使おうと思えばレベル1を覚えるのは難しくないんだよな。
ウンディーネは適性が低い火魔法だって、覚えにくいっていうだけで使えない訳じゃないし、高レベルのウンディーネだと火魔法スキルレベル6とか持ってる人もいるって聞いた覚えがある。
魔法スキルの平均はレベル5だから、適性の低い魔法を平均以上にしたのはかなり凄い話だ。
魔法は基本的に戦闘用だから、レベルが上がると威力や消費MPが増えていく。
生活魔法みたいに誰にでも使えて消費MPの少ない魔法群もあるが、それは魔法スキルには含まれない。
だからどれだけ生活魔法を使おうと、魔法スキルは覚えられないし、スキルレベルも上がらないんだが、一度覚えてしまえばレベル2までなら簡単に上げられる。
レベル2までの魔法は、戦闘に使うには威力不足だから、多くのハンターはレベル3以上の魔法を使う事になるんだが、そのレベル3に上げるためには魔法を使う必要があり、しかも一朝一夕で上がるものでもないから、しばらくエレナは魔法メインで、魔法スキルを上げることを優先してもらおう。
「それじゃあ次からは、メインデッキから魔法を撃ち込んでくれ。アリスは出たければ出ても構わないけど、どうする?」
「次はあたしもメインデッキで魔法を撃って、その次はもう一度出たいわ」
次はアリスもメインデッキで、その次にアンカか。
俺も一度ぐらいはスカトを使いたいから、次は出てみるのもいいか。
「分かった。それじゃあエレナには悪いけど、シトゥラは下げるよ」
「はい」
少し残念そうなエレナだが、さっきのシャープネス・フィンもアリスの援護がなかったら倒せなかった感じだから、今はレベルやスキルレベルを上げてもらうことを優先させてもらうよ。
遊びで使う分には構わないから、操縦に関してはそっちで慣れてほしい。
「それじゃあ今日は、夕方までこのままで行こう。あ、疲れたらすぐに終えるから、無理はしないようにね」
まったりした船旅も悪くないが、することがないと暇だから、絶対に沈まない船だと魔物狩りも娯楽の一種に成り下がってしまう気がする。
危険を察知する能力なんかも退化しそうだから、フォルトハーフェンに向かう間に何度かちゃんとした戦闘もしておこう。




