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ヘリオスフィア・クロニクル  作者: 氷山 玲士
第3章・契約履行から始まる奴隷契約
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予期せぬ奴隷

 アクエリアスに乗り込んだ俺達は、まずは無事にアリスのお姉さんを含む3人の奴隷を連れ出せたことに安堵した。

 すぐに出航し、ナハトシュタットから離れたが、既に暗くなっているし、ハイディングフィールドも展開したままだから、誰にも気付かれていない。

 3人の奴隷はメインデッキにあるリビングで、俺が購入した夕食を食べてもらっているから、それが終わったら自己紹介タイムだな。


「マスター、改めてお礼を言わせて。本当にありがとう」

「まだシュロスブルクで証言してもらったわけじゃないから、お礼はそれからでいいよ」

「いいえ、姉さんまで助けてもらったんだから、お礼を言うのは当然よ」


 アリスのお姉さんまで奴隷になり、しかもナハトシュトローマン男爵に買われてたのは、俺達にとっても予想の埒外だった。

 なんで奴隷になったのかはまだ聞いてないが、契約で話せないってこともあるから、シュロスブルクで聞いた方がいいだろう。

 ただアリスと同じように、お姉さんも嵌められてる気がするし、ラビトリーとヴァンパイアの子達もそうなんじゃないかと思えるから、ナハトシュトローマン男爵が破滅するのは確実で、家族にも類が及ぶんだろうな。

 まあ、知った事じゃないが。


「少し早いけど、あたしとしては契約を達成してもらったと判断できるの。だから今からあたしは、身も心もマスターの、浩哉のものになるわ」

「いや、それは気が早いだろ」


 確かにシュロスブルクで証言してもらえれば、その時点でナハトシュトローマン男爵には神罰が下ることになる。

 だけどアリスとの契約条件は、そのナハトシュトローマン男爵への復讐だから、実際に神罰が下るか、フロイントシャフト帝国が処罰を科すまで達成されたとは判断されないだろ?


「確かにそうかもしれないけど、姉さん達の扱いを見てれば、神罰が下るのは決まっているわ。それにあたしばかりか、姉さんまで救ってもらったんだから、少し早いぐらいなら大丈夫よ。それとも浩哉は、あたしがイヤなの?」

「そんなわけないだろ」


 少し悲しそうな顔をするアリスに、脊髄反射で答えてしまった。


 アリスがイヤだなんて思った事は、一度も無い。

 だけど身も心も捧げされてしまったら、今までの関係が崩れてしまうんじゃないかと思えて少し怖いのも事実だ。

 俺は包み隠さず、アリスに自分の気持ちを打ち明けた。


「浩哉が望むなら、今まで通りでもいいじゃない。あたしとしても、そっちの方がありがたいわ」


 だけどアリスは、あっけらかんとそう答えてくれた。

 身も心も捧げるとはいえ、俺に恋愛感情を抱いてるわけじゃないから、変に恋人扱いされても困るってことか。

 それはそれでどうかと思わなくもないが、俺の恋愛経験値はゼロどころかマイナスだから、今までの関係を続けられるんならそっちの方がありがたい。


「分かった。それじゃあシュロスブルクでお姉さん達の証言が終わったら、契約完了を報告するってことで」

「それでいいわ。ありがとう、浩哉」


 そのまま俺に抱き着いて、優しく唇を合わせてくる。

 と思ってたんだが、徐々に動きが激しくなってきたぞ。

 情熱的、とでも言えばいいのか、首に回す手にも力が入ってきてるな。

 こんなシチュエーションは初めてだから、かなりドキドキしてしまった。


「本当はこのまま2人きりで楽しみたかったんだけど、姉さん達を待たせるわけにはいかないから」


 名残惜しそうに離れるアリスだが、俺も同じことを考えていた。

 もしアリスのお姉さんがいなかったら、自己紹介は明日に回してたんじゃないかと思う。

 さすがに事後にお姉さんに挨拶するのは、心臓に毛でも生えてなければ無理だから、今回は残念だが諦めよう。


「じゃあリビングに下りて、自己紹介しよう。ああ、それからアリスの契約内容だけど、アリスが構わないんなら、話してもいいから」

「分かったわ。ありがとう、浩哉」


 アリスは嬉しそうに、俺の腕に抱き着いてくる。

 今度は離れようとしないから、このままメインデッキに行くか。

 お姉さんの前で見せつけるようで恥ずかしいが、シュロスブルクに辿り着くまではこんな感じになりそうな気がするから、今のうちから慣れてもらっておこう。


 メインデッキのリビングに入ると、お姉さん達は丁度食事を終えたところだった。


「浩哉さん、呼びに行こうと思っていましたから、丁度いいタイミングです」


 3人の世話を任せていたエレナが、俺とアリスにも飲み物を淹れてくれた。

 今日はハーブティーか。


「あ、浩哉様。この度は私達をナハトシュトローマン男爵のお屋敷から連れ出して下さり、ありがとうございます」


 堅い、堅いよ。

 そう思えて仕方ないが、お姉さんもラビトリーちゃん、ヴァンパイアちゃんも、まだナハトシュトローマン男爵の奴隷だし、助け出したばかりなんだから、こんな態度になるのも仕方ないのか。


「そんな堅苦しい挨拶はいらないですよ。改めて自己紹介します。アリス、エレナのマスターで、コウヤ・ミナセといいます。3人にはシュロスブルクのトレーダーズギルドで、ナハトシュトローマン男爵の悪行を証言してもらいますが、道中の安全は確約するので、短い間ですけどよろしくお願いします」

「ありがとうございます。私はアリスの姉で、エリアリアと申します」


 アリスのお姉さんって、エリアリアさんっていうのか。

 離れじゃ暗くてよく分からなかったが、ちょっとキツイ感じのする美人さんだな。

 だけど雰囲気とかはアリスそっくりだから、さすが姉妹ってことか。


「わ、私はルージュっていいます!助けてくれて、ありがとうございました!」

「エリザベッタ・ルーナ・ディ・カルディナーレと申します。あなた様に、最大限の感謝を」


 ラビトリーちゃんがルージュ、ヴァンパイアちゃんはエリザベッタか。

 だけどエリザベッタの方は家名まで名乗ったな。

 というか、やけに高貴そうな名前なんですけど?


 奴隷になると、出自の如何に関わらず、家名は剥奪される。

 たとえ王族であろうと、その例に漏れることはない。

 ただステータスに表示されなくなるだけだから、自称ってことで名乗るのは問題無いし、奴隷に落とされた貴族なんかは、見栄を張って名乗り続ける人もいるみたいだ。


「もしかしてエリザベッタって、貴族の出なの?」

「はい。わたくしはカルディナーレ妖王国の第三王女でした」


 貴族かもしれないとは思ってたけど、まさかの王女様なのかよ!


 カルディナーレ妖王国は、フロイントシャフト帝国から2つほど国を挟んで西にある。

 妖族の多い国だが、女性しかいない種族でもあるため、ヒューマンやエルフ、獣人も多く住んでいて、スフェール教を国教としている。

 ただ隣国の多くはヒューマン至上主義国でもあるため、頻繁に国土に攻め入られ、何人もの国民が奴隷として連れ出されているそうだから、国力の落ち込みも激しくなってきており、エリザベッタ王女はフロイントシャフト帝国に救援を求めるためにやってきたんだそうだ。

 自身の政略結婚も視野に入っているため、お相手となるであろう皇太子とも会う予定だったんだが、その前に盗賊に扮したナハトシュトローマン男爵の手勢に襲われて奴隷に落とされてしまった。

 ナハトシュトローマン男爵がエリザベッタ王女を狙った理由は、カルディナーレ妖王家は美女揃いと評判で、エリザベッタ王女もその例に漏れず美姫として名高い。

 だからエリザベッタ王女を手に入れるために手下に襲わせ、妖王家の王女と証明できなくしてから捕らえて、王女自らが奴隷に落ちるように手を回したんだそうだ。

 マジでナハトシュトローマン男爵って、クズの極みだな。

 というか、いくらなんでも男爵の手勢に後れを取るなんて、カルディナーレ妖王国の護衛もだが、フロイントシャフト帝国の警備もザル過ぎないか?


 契約条件は教えてもらえなかったが、そこまで聞けば予想は出来る。

 多分エリザベッタ王女の出した条件は、皇太子への面会だろう。

 だがナハトシュトローマン男爵が、そんな条件を守るはずがないから、口先三寸でエリザベッタ王女と契約を結び、離れに隔離して、いずれは自分か息子がと考えてたってとこか。


「これはまた、とんでもない大物が出てきたわね。姉さん、知ってた?」

「いえ……さすがに知らなかったわ」


 エリアリアさんもルージュも、エリザベッタ王女の思ってもみなかった出自に驚いて声も出ない。


「お話するような事でもありませんでしたし、ナハトシュトローマン男爵の屋敷に連れていかれてからは、安易に契約を結んでしまった事を後悔していましたから。皇太子殿下とお会いすることは勿論、国元へ帰ることも諦めていました。そこにあなた方が現れて、救って下さったのです」


 エリザベッタ王女が奴隷として契約したのは、わずか2日前らしい。


 奴隷がどこに連れていかれるかは、トレーダーズギルドでも決められない。

 専用の魔導具があり、それを使って行き先が決められる。

 アリスが奴隷になったのはナハトシュトローマン男爵領の南にある町だし、エレナなんて隣国のエーデルスト王国出身だから、なんでフロイントシャフト帝国でも辺境のルストブルクなんてとこで奴隷として売られてたのか、最初は分からなかったぐらいだ。

 出身地に送られることは100%無いんだが、それ以外だとどこになってもおかしくないからな。

 一応国内がほとんどで、希望すれば他国も可能なんだが、それも絶対っていう訳じゃない。


 エリザベッタ王女も同様のはずだったんだが、彼女の場合はナハトシュトローマン男爵の配下がナハトシュタットのトレーダーズギルドに連れ込み、そのままナハトシュトローマン男爵が契約してしまったそうだ。

 本来なら出来ないんだが、トレーダーズマスターが認めれば例外的に認められるらしいから、エリザベッタ王女は運が悪かったと肩を落とし、屋敷に連れていかれたことで人生を諦めたと口にした。


「自分が神罰を食らうだけならまだしも、これ以上ない程完璧な外交問題だしな。フロイントシャフトの皇帝も、さぞ頭を抱えるだろうよ」

「それだけで済めばいいけどね。だけどエリザベッタ殿下は、救援を求めるために遠路はるばる来られたんだから、フロイントシャフトとしてはお詫びの意味も込めて、援軍を出すしかないわ」


 だな。

 周囲の国から攻撃を受けているカルディナーレ妖王国が報復のために兵を出すことはないだろうが、だからといって何もしてこないわけがない。

 しかもナハトシュトローマン男爵が、自らの欲望を満たすためだけに行ったわけだから、何をどう言い繕っても説得力が無い。

 さらにエリザベッタ王女は、奴隷にされたことで家名が外れてしまっているから、援軍だけじゃ到底足りない事態だろう。


「そういや家名って、奴隷から解放されたら戻るのか?」

「無理よ。確かにアイツに神罰が下れば、所有している奴隷は全て解放されるけど、元の生活に戻れるとは限らない。トレーダーズギルドが最大限の援助をしてくれるけど、失った家名はどうしようもないの。ただ今回の場合だと、フロイントシャフトも責任を免れないから、皇帝陛下が元の家名を下賜するんじゃないかしら?それでもエリザベッタ殿下はカルディナーレの王女だから、そっちには手が出せないけど」


 大問題だな。

 それに家名が剥奪されただけじゃなく、エリザベッタ王女は身分を示す物も全て手元から失われてしまっているから、本人の証言しか判断材料がない。

 皇太子はカルディナーレ妖王国に行った際にエリザベッタ王女と会ったことがあるそうだが、それも何年も前の話だから、本人だと断定できるかは微妙なところだ。


「わたくしのスキルは、母上どころか臣下も知っていますから、国元に帰る事が出来れば証明は可能だと思いますが、果たして陛下が信じて下さるか……」


 結局はそこか。

 フロイントシャフト帝国としても、エリザベッタ王女が来訪することは知っているが、奴隷に落とされたことは知らないだろう。

 そもそも盗賊に襲われたっていう話も、シュロスブルクに伝わっているか怪しい。

 襲われてから1週間も経っていないそうだから、最速で伝わるとしても、あと10日ぐらいは掛かりそうだ。

 ただナハトシュタットは、隣国からの来訪者が必ず立ち寄る町でもあるから、エリザベッタ王女が身を建てる証を持っていなくても、頭から嘘だと断定はできないはずだ。

 このままシュロスブルクに連れていってしまうと、時系列がおかしいってことが問題になるから、そっちの方が問題になるか。


「頭痛くなってきたな」

「手っ取り早いのは浩哉の能力を説明することだけど、それはそれで問題よね」


 アリスの言う通り、ブルースフィアの説明をするのが、一番手っ取り早い解決方法になる。

 だけどそんなことをすれば、フロイントシャフト帝国は必ず俺を取り込もうとするだろうし、最悪の場合はアリスやエレナ、エリアリアさんを人質に取られるかもしれない。

 そんなことをされたら、俺としてはフロイントシャフト帝国を潰す事も厭わないが、誰かが犠牲になる可能性も低くないから、出来ればその手は使いたくないし、ブルースフィアのこともバラしたくない。

 となると、どうするのが一番いいのやら……。


「そのことですが、ナハトシュトローマン男爵が神罰を下された後、わたくし達は解放されます。ですがわたくしの身分は奴隷のままとし、あなたと契約を結ばせていただきたいのです」

「俺と?」

「はい。わたくしを国元に、カルディナーレ妖王国まで送り届けて頂きたいのです。フロイントシャフト帝国には、その後母上から書状を送っていただき、改めて援軍を要請致します」


 奴隷から解放されてからまた奴隷になって、俺と契約を結ぶってか。

 既に奴隷に落とされてるから、家名の問題は発生しないだろうが、別に契約奴隷にならなくてもいいんじゃないか?


「契約を結ぶのは、あなたの能力を口外しないためです。契約魔法という方法もありますが、強制力は奴隷契約の方が強いですし、おそらく国元に帰れたとしても、奴隷に落ちた王女として、良くて一生飼い殺し、最悪の場合は病死、もしくは事故死ということになるでしょう。それでしたらあなたの奴隷として、この身を捧げた方が良いと考えています」


 それはそれで、重たい話なんだよな。

 それにナハトシュトローマン男爵の件が片付いたら、今度はエレナとの契約を果たすために、エーデルスト王国に行こうと思ってるし、その後はヴェルトハイリヒ聖教国にも行きたいと考えている。

 ここでカルディナーレ妖王国まで、しかもエリザベッタ王女を送り届けるとなると、優先事項が変わってしまう。


「急いで考えなくても構いませんし、拒否されても文句は言いません。ですがわたくしの心のうちも、一欠けらでも構いませんから覚えていて下さると助かります」


 そうは言われても、どうしたもんかね。

 カルディナーレ妖王国に送り届けるなら、フロイントシャフト帝国としてもメンツが掛かってるから、最精鋭を護衛に付けるのは間違いない。

 元々自国の貴族がやらかした極大問題だし、その貴族は神罰が下るのが確定しているから、火消しは出来ないまでも勢いを弱めるために必死になるだろう。

 それでも安全に移動するなら、俺が送った方が早いし安全だ。

 サダルメリクでナハトシュタットを抜け、アクエリアスに乗ったことで、それを実感していると思う。

 ナハトシュトローマン男爵の屋敷から連れ出したこともあるから、俺としても責任を感じるし、送り届けるだけなら構わないんだが、先にエレナの村に行きたいから、そこで折り合いがつくかどうかな気がする。


 とりあえず問題は、シュロスブルクに着くまで先送りにしよう。

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