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ヘリオスフィア・クロニクル  作者: 氷山 玲士
第3章・契約履行から始まる奴隷契約
26/77

男爵邸脱出

 アリスが離れの中で見たのは、1つ上のお姉さんだった。


 アリスのお姉さんはライトエルフだそうだが、家族でも種族が違うのはヘリオスフィアでは常識となっている。

 生まれてくる子供は両親のどちらかの種族となり、1,000人に1人という割合で両方の特徴を持つハーフが生まれる。

 妖族が産む子は、ハーフ以外は必ず母親と同じ種族となる。

 さらに女性比が高いため、一般でも一夫多妻が常識だから、アリスのお父さんも奥さんが2人いて、お父さんがライトエルフ、実のお母さんがアルディリー、もう1人のお母さんがヒューマンなんだそうだ。

 だからライトエルフがアリスのお姉さんでも、おかしなことは何もないことになる。

 違和感バリバリだが、これがヘリオスフィアの常識なんだから仕方がない。


 そのライトエルフのお姉さんが、この離れにいる?


「ここでこうしてても仕方がない。リスクはあるけど、中に入って話を聞こう」

「良いの?」

「良いも悪いもないだろ。幸いというか、離れの中には3人ぐらいしかいないだろ?」

「ええ。見る限りだと、3人だったわ」


 連れ出す奴隷は最低でも1人、出来れば2人だったが、その理由はサダルメリクの最大搭乗数だから、1人ぐらいなら増えても問題は無い。

 それにアリスのお姉さんまでいるなら、話次第じゃ絶対に連れ出さないとマズいことになりかねない。


「俺はこの格好だから、姿を見せるのは最後の方がいいと思う。だからアリスとエレナがマスクを外して、中の奴隷達を落ち着かせてくれ」

「分かりました」

「ありがとう、マスター」


 お礼を言われるほどの事じゃないけど、正面から素直にお礼を言われると照れてくる。

 離れの入口は1つしかないから、中に入るなら人目がない今がチャンスだ。

 元々離れには屋敷の目が向いてないみたいだが、こんな契約不履行を堂々とやってるんだから、油断は禁物だ。

 その前に、俺はインビジブル・マントを使いなおしておかないと。

 中に入ってすぐに効果が切れました、なんて、普通に叫ばれるに決まってるからな。

 あと離れの中は灯りも無いから、野営とか夜間行軍で使う魔導ランプも出しておこう。

 魔導ランプはエレナに手渡してから、使い方を説明しておく。

 スイッチを入れて魔力を流せば使えるから、使い方も簡単だ。


 脱出は、入って来た場所は少し距離があるから、この離れの先だな。

 少し道路が狭いが、この時間なら人通りもないだろうし、大通りまでは5分も掛からないだろうから、安全に脱出できるルートを使った方が良い。


「それじゃあ行こう」

「ええ」

「はい」


 ゆっくりと離れに近付いて、アリスがドアを開ける。

 建付けも悪いようで、今にも壊れそうな感じのドアだったが、特に大きな音を立てることもなく、簡単に開いた。

 奴隷を押し込んでるだけだから、カギなんかも必要ないってことか。


 離れは大部屋とトイレしかないため、俺達が入って来たことは中にいた3人の奴隷もすぐに気が付いた。

 だけど全く反応が無いな。


「姉さん」

「え?」


 アリスがお姉さんのライトエルフに声を掛ける。


「姉さん、あたしよ」

「その声……もしかして、アリスなの?」

「ええ、そうよ」


 アリスは仮面を外して、顔を晒す。

 目に涙が浮かんでいるが、まさかこんなとこで、しかも互いに奴隷となって再会することになるなんて思っても無かったことだし、お姉さんを助けられるかもしれないんだから、無理もないか。


「アリス……良かった、無事だったのね。男爵は、私の条件を履行してくれたのね……」


 お姉さんは、アリスに抱き着いて喜びの涙を流し、その後何かを諦めたようなセリフを吐いた。

 感動的な光景なんだが、お姉さんのセリフには聞き捨てならないものもある。

 お姉さんの条件?


「そんなことを言うって事は、姉さんがアイツの奴隷になるために出した条件は、あたしを見つける事?」


 うっかり漏らしてしまったが、奴隷の独白でもあるから、この場合は神罰が下るかどうかは微妙なところだ。

 幸いにも大丈夫だったが、お姉さんはしまったという顔をしていたから、危ないところだったな。


「言っておくけど、姉さんの条件が履行されたワケじゃないわ。あたしは別の人と契約を結んで、あたしの条件を履行してもらうためにここに来たの」

「え?あなたはルストブルクの北にある山脈で行方不明になったって聞いたけど、奴隷になってたの?」


 この時点で、ナハトシュトローマン男爵がお姉さんに嘘を吐いてることが確定したな。


「姉さん、この子達も連れて、トレーダーズギルドに行こう。そうすれば、アイツは破滅するわ」


 虚偽申告での契約に反故と、神罰が下るのは確定レベルだしな。


「……ダメよ。ナハトシュタットのトレーダーズマスターも、男爵にすり寄って甘い汁を吸っているから……。私が来る前だけど、駆け込んだ奴隷の訴えも聞き届けられず、逆に契約不履行と判断されて殺されたって聞いたわ……」


 その予想もしてはいたが、マジでナハトシュタットのトレーダーズマスターもグルだったのか。

 仮にそうでなくても、ナハトシュタットはナハトシュトローマン男爵のお膝元だから、俺達としても最初から行くつもりはなかったが。


「安心して。あたし達が向かうのは、シュロスブルクよ。帝都のトレーダーズギルドなら、アイツが何をどうしようと、言い包められることもないわ」


 俺達がシュロスブルクに向かったことに加えて、屋敷から奴隷を連れ出されたことも知る術がないから、気が付いた時には全てを失ってる状態だろうな。


「な、なんでシュロスブルクに?」

「これだけのことをしているナハトシュトローマン男爵は、訴えが聞き届けられれば確実に神罰が下ります。そればかりか、そのような無法者を野放しにしていたということで、フロイントシャフト帝国にも災禍が降りかかるかもしれません。私達はそんなことは望んでいませんから、すぐに皇帝陛下のお耳に入り、妨害も起こり得ないシュロスブルクで訴えて頂きたいんです」

「シュロスブルクまでは、マスターが連れていってくれるから、道中の安全は確保されているわ。だから安心して、姉さん」


 道中はサダルメリクで進むし、夜はアクエリアスに泊まるから、魔物だろうと追手だろうと、お姉さんたちを害することはできない。

 安全という意味じゃ、これ以上ないのは保証できる。


「あ、あなたは?」

「私はエレオノーラといいます。アリスフィアさんと同じマスターを仰ぐ奴隷です」

「エレナもマスターのおかげで、不可能だと思われた条件を達成できるかもしれないの。その人がいる以上、アイツの破滅は決まっているし、姉さん達も無事に解放されるわ。そのためには、シュロスブルクのトレーダーズギルドに行く必要があるの。お願い、姉さん」

「あなた達のマスターって……いったい何者……」

「ここを出たら、話せることは話すわ。あたし達の契約内容は、マスターの許可次第だけど」


 エレナはともかく、アリスの契約内容ぐらいは教えても構わないと思う。

 なにせアリスの契約条件は、ナハトシュトローマン男爵への復讐だからな。

 まさかアリスのお姉さんまでナハトシュトローマン男爵の奴隷になってるとは思わなかったが、復讐相手でもあるから、この際神罰だけじゃなくて家ごと徹底的に没落してもらおうか。


「本当に……本当に私達をここから連れ出せるの?」

「勿論よ。ただ全員は無理だから、ここにいる3人だけになる。他の奴隷には悪いと思うけど、あたし達もこれが限界なの」


 やろうと思えば連れ出せなくもないが、そのためにはバスとかトラックサイズの大型魔導車が必要になるし、そこまでデカいとアクエリアスに搭載できないから、港で乗り換える際に見つかる可能性もある。

 サダルメリクのトランクルームを使えば、多分あと5人ぐらいはいけると思うが、迅速に行動する必要があるし、早ければ数日でナハトシュトローマン男爵に連絡がいってUターンしてくるかもしれないから、申し訳ないがここにいる3人だけにしておきたい。


「……分かった。この子達も、ナハトシュトローマン男爵に貶められて奴隷になり、そして買い集められたの。とくにこの子達は、ナハトシュトローマン男爵の嫡男に目を付けられているから、何があっても連れ出してくれる?」


 現在離れにいるのは、アリスのお姉さんのライトエルフと、15歳未満にしか見えないラビトリーとヴァンパイアの女の子だ。

 ヘリオスフィアの成人年齢は17歳らしいから、2人ともまだ未成年なんだが、ナハトシュトローマン男爵の長男もそれぐらいの年齢だから、2人の仕事はそいつの補佐をしている使用人の補佐の補佐で、顔を合わせるたびに体を触ったり、服を脱がせようとしてきているらしい。

 契約があるから最後まで手を出されたことはないが、2人を精神的に追い詰めだしているようで、このままではどちらかが先にお手付きになる可能性も高い。

 他の奴隷は、最初からそういった条件を出した奴隷以外は、お姉さんも含めてキッチリと断っているから、最後までいってしまった奴隷はいない。


 それでもアリスのことがあるから、一番危なかったのがアリスのお姉さんになる。

 さっきの呟きからの推測だが、アリスがナハトシュトローマン男爵に買われてしまい、お姉さんと再会してしまったら、お姉さんの奴隷契約が履行されてしまう。

 多分だが、お姉さんも含めた奴隷達は、契約履行を条件に体を捧げることを誓っていると思う。

 そうなるとお姉さんは、ナハトシュトローマン男爵の魔の手にかかってしまうことになる。

 俺がアリスと契約したのは偶然だが、契約出来て心から良かったな。


「この子達だけじゃなく、姉さんも必ず連れ出すわ。アイツが姉さんの契約を履行するのは絶対に不可能だけど、だからといってここにいる必要もない。それどころか、この手で縊り殺してやりたいぐらいだわ」


 ナハトシュトローマン男爵がお姉さんを奴隷にした理由は、確実にアリスを手に入れるために決まっている。

 いくら自分を奴隷に落とした張本人であっても、家族を人質に取られてしまえば頷くしかできないんだから、アリスの怒りはもっともだ。


「その気持ちだけで十分よ。それじゃあ悪いけど、私達をシュロスブルクのトレーダーズギルドまで連れていってくれる?」

「勿論よ。マスターもここに来てるから、紹介するわ」

「そ、そうなの?」

「ええ。だけど姿を見たら驚くと思うから、マスターから預かったこの指輪をしてもらえる?」


 アリスがストレージから取り出したのは、さっき俺が手渡しておいたサイレント・リングだ。

 お姉さん達は俺達が抱えて脱出することになるが、その際に声を上げられても困るから、サダルメリクに乗るまでは嵌めておいてもらうつもりでいる。

 俺が手渡してもよかったんだが、全身黄金ライオンな俺を見たら悲鳴を上げるに決まってるから、そっちの予防のためという意味もあるから、俺は3人がサイレント・リングを嵌めるまで、姿を見せられない。

 いや、なんか効果が切れ始めたっぽいから、早くしてくれない?


「嵌めればいいの?」

「ええ。声が出せなくなるけど、脱出の際に叫び声を上げないためだから」

「よく分からないけど、あなた達のマスターを信じるわ。さあ、2人も」


 お姉さんもラビトリーちゃんもヴァンパイアちゃんも、アリスに促されるままに指輪を嵌める。

 それを確認してから、俺はインビジブル・マントの効果を切って姿を見せた。

 マジで効果が切れる寸前だったから、ギリギリだったな


「「「!!!???」」」


 俺の姿を見て、3人が声にならない悲鳴を上げた。

 サイレント・リングを渡してなかったら、確実に屋敷にまで届いていたんじゃないか?


「安心して、この方があたし達のマスターだから」

「正体を隠すためにこのような鎧をお召しになられていますが、温厚でお優しい方ですから、皆さんも安心してください」


 ここで兜を脱いでもっていう考えが頭をよぎったが、何のために正体を隠してるのか分からなくなるから、サダルメリクに乗るまではこのままで行くしかない。


「STRの問題もあるし、ラビトリーの子はエレナが、ヴァンパイアの子はあたしが、姉さんはマスターにお願いするしかないわね」

「そうね。私達がおぶります。その後でこのマントを羽織り、魔力を流してください。姿が見えなくなりますけど、慌てないようにお願いしますね」


 俺が一番STRが高いから、アリスのお姉さんを抱えるのは当然の話だ。

 その上でインビジブル・マントを使ってもらえば、既に使っているサイレント・リングの効果も併せて、屋敷の人間に見つからずに脱出できる。

 出てすぐにサダルメリクを召喚するから、乗り込むことが出来ればこっちの勝ちだ。


「アリス、エレナ。姿を消したら行くぞ」

「分かりました」

「了解よ、マスター」


 お姉さん達3人をおぶり、インビジブル・マントを羽織ってもらってから、俺は簡単に命じた。

 初めて俺の声を聴いたからか、3人は驚いていたが、サイレント・リングのおかげで声は漏れていない。

 早く外してあげたいから、急いでナハトシュトローマン男爵邸から離れよう。


 3人をおぶったまま、俺達は可能な限り急ぎ、無事にナハトシュトローマン男爵邸から脱出することに成功した。

 そして俺はサダルメリクを召喚し、おぶっている3人を順番に乗せてから、インビジブル・マントとサイレント・リングを外してもらった。


「アリス、3人を頼む。エレナは助手席に」

「了解」

「分かりました」


 3人をアリスに任せて、俺は運転席に、エレナは助手席に乗り込んだ。

 全員が乗っていることをしっかりと確認してから、俺はサダルメリクを発進させ、ナハトシュトローマン男爵邸を後にした。


「ふう、やっと窮屈な兜から解放された」

「お疲れ様です、マスター」

「エレナもお疲れ様」


 兜を被ってても、視界は思いっきりクリアなんだが、正体を隠す意味もあったから、窮屈さは感じていた。

 サダルメリクに乗り込んだから正体を隠す必要もないし、やっと解放された気がする。

 あとはアクエリアスに乗り込んでナハトシュタットから離れてしまえば、追手も気にしないで済むから、シュロスブルクまでは急ぎつつものんびりと船旅を楽しめるな。


「マスター、サダルメリクに無事に乗れたから、3人とも少し落ち着いたわ。だけど夕食は硬いパンと具がほとんど入ってないスープだけだったから、できれば何か食べさせてあげたいんだけどいいかしら?」


 契約奴隷の食事は普通に暮らしてる人と同程度っていうのが決まりだが、たったそれだけしか食えてないのか。

 さすがに問題でしかないだろ、それは。


「分かった。じゃあ一度停車して、サンドイッチでも買おう」


 こんな時間に開いてる店はないが、ブルースフィアならすぐに買えるし、たったそれだけしか食ってないんなら、腹も減ってるだろう。

 一度サダルメリクを停車させて、ブルースフィアを開き、サンドイッチを3つ購入し、アリスに手渡す。


「ありがとう、マスター」

「アクエリアスに戻ったら、もう少し用意するよ。それまでは悪いけど、3人を頼むな」

「ええ、勿論よ」


 アクエリアスに戻ったら、ちゃんと自己紹介もしないとな。

 そんなことを考えながら、俺は再びサダルメリクを発進させた。

 あとはシュロスブルクでナハトシュトローマン男爵を訴えることが出来れば、アリスとの契約も無事に完了だな。

 身も心も捧げるっていう契約ではあるが、それはそれでどうかと思うから、できれば今の関係を続けていきたい。

 俺には結婚願望も無いし、気ままにヘリオスフィアを見て回りたいとも思ってるから、アリスが俺についてくる事を望むなら、その通りにしてあげよう。

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