アクエリアス案内
「そういえばマスター」
「なに?」
装備を決め終えると、アリスフィアさんに声を掛けられた。
「あたし達に丁寧な言葉を使ってるけど、あたし達はマスターの奴隷なんだから、そんな必要は無いわよ?」
「むしろ丁寧に接されてしまうと、私達も恐縮してしまいます」
なんてことを言われてしまった。
確かにそうかもしれないが、ほぼ初対面の人達だったし、バイト先でも年上しかいなかったから、ほとんど癖に近いんだよな。
だけど外聞が悪いらしいし、調子に乗る奴隷もいるって言われてしまったから、アリスフィアさんのことはアリス、エレオノーラさんのことはエレナと呼び、なるべく丁寧な言葉遣いも改めることを約束する。
「それと、俺が主人だからマスターって呼んでるんだろうけど、呼び方を変えてもらうことって出来るかな?」
「それは出来るけど、外だと侮られるし、お互いの立ち位置をはっきりさせておく必要もあるから、変えるとしてもプライベートが精々よ?」
「どれほどレベルが高くても、奴隷では立ち入る事の出来ない施設もありますから」
王城なんかが、その代表格なんだそうだ。
いや、そんなとこに行く予定は無いし、行くつもりも無いんだが。
「あとは国ごとに違いがあるわね」
「そうですね。フロイントシャフト帝国はトレーダーズギルドの規則を順守していますが、ヒューマン至上主義国だと奴隷の扱いは過酷だと聞きます」
雑用はもちろん愛玩奴隷もいるし、奴隷同士を殺し合わせて楽しむクズも少なくないって話だな。
しかもその奴隷のほとんどが、亜人と蔑まれているヒューマン以外の種族だから、2人にとっても他人事じゃない。
そういった国で奴隷がマスターを名前で読んだり、アリスみたいに親し気に話しかけたりすると、処分されてしまっても文句は言えないんだそうだ。
「俺にその気はないし、友人みたいに接してくれるとありがたい。元々奴隷を買おうと思ったのも、それが目的だったから」
地球でも親しい友達がいなかったし、ヘリオスフィアには家族もいないから、寂しさに耐えられなくなってきた気がしていたからな。
特にアクエリアスは広いから、1人だと孤独感に苛まれていたかもしれない。
「そんな理由で、あたし達を買ったの?物好きというか、可愛いところもあるのね」
「失礼よ、アリス。だけど可愛いのは本当ね」
慈愛に満ちた笑みを向けられてしまって、ドキドキしてしまった。
女々しいのは自分でも理解してるから、その目を止めて下さい。
「ま、まあ、そういう訳だから、外では仕方ないにしても、せめてアクエリアスの中では名前で呼んで欲しいかな。あと敬語も無しでいいよ」
「そういう事なら、遠慮なく」
「努力しますけど、すぐには難しいですよ?」
「それで十分だよ」
エレナは難しそうな雰囲気が漂ってるが、アリスは元々ため口だったから、外でちゃんとできるかの方が問題な気がする。
別に俺は気にしないんだが、国によって対応が違うってことなら、万が一の事態を防ぐためにも徹底しておいた方がいい。
「それじゃあ装備も決まったし、アクエリアスを案内するよ」
「楽しみだわ」
「すごく豪華な船ですしね」
豪華っていうのは、間違ってはいない。
ブルースフィア・クロニクルの船舶品評会のために、高い調度品はもちろん、珍しい調度品も手に入れて改装まで行ったからな。
それでもありふれたデザインにまとまってしまったから、評価が高かったのは宇宙戦艦の格納庫を模したパーキングエリアぐらいだったのは残念だ。
個室を大量に用意した人もいたし、逆にアンダーデッキの壁を全部ぶち抜いて雑魚寝部屋にしてた人もいた。
ルーフデッキを大浴場にしてた人もいたし、庭園風にした人に神殿風に整えた人、何を思ったのか密林を作ってた人もいたな。
品評会で高評価を得ようと思ったら、それぐらい奇抜な発想が必要だったんだが、俺の頭じゃそこまで思いつけなかったのが悔しい。
「それじゃあ案内するよ」
「お願いします」
メインデッキに上がってきているが、やっぱりアンダーデッキから案内した方が手間がかからない気がするな。
アクエリアスは下から、アンダーデッキ、メインデッキ、マスターズデッキ、ルーフデッキという4層構造になっている。
今回は俺も初めてスロープを使ったからすぐアンダーデッキに設けたパーキングエリアに入れたが、ブルースフィア・クロニクルでは接岸すれば魔導車を出す事は出来ていた。
スロープを設けた理由は、陸上でアクエリアスを召喚できると分かったからだ。
アクエリアスは喫水が2メートル半ほどあるから、スロープを設けないとスカトやサダルメリクを直接動かす事ができなかった。
幸いにもブルースフィア・クロニクルには飛空艇もあり、魔導船を改造する事で魔導飛空艇として使う事が出来たから、カスタムショップに売ってたし、無ければオーダーメイドで作る事も可能だった。
俺が日本でやってた時のデータがそのまま移植されてたから、資金もバッチリだったのが嬉しかったな。
そのハッチは、転落防止のためにデッキから1メートル近い高さになっていて、徒歩で乗り込む場合は側面が開いてステップが現れ、スカトやサダルメリクで乗り込む場合は後方が船外に倒れてスロープが伸びる仕組みになっている。
パーキングエリアはアクエリアスで最も広くとってあるから、サダルメリクと同じ魔導車でもあと1台は搭載できるし、スカトと同じ魔導三輪なら3台はいける。
さらにどこに何を駐車するかが決められており、指定位置に停めると床が180度回転するようになっている。
アクエリアスは広いが、さすがにサダルメリクの進行方向を変えられるような広さはないから、この仕掛けを用意しておかないと大変な事になってしまう。
まあ、最大の理由は、格好良いからだったんだが。
もともとは客室だったんだが、2部屋減らしているから、アンダーデッキにある客室は3部屋しかない。
それぞれ2人部屋だが、ベッドは大きめなのを用意してあるから、頑張れば3人か4人は寝られると思う。
ちなみにブルースフィア・クロニクルでは、最大搭乗数を超えて乗る事は出来なかったから、全長50メートル近いというのに10人までしか乗れなかった。
パーキングエリアは乗り込んだ時に見ているから簡単にして、ゲストルームとバスルーム、トイレを案内する。
ゲストルームはどれも同じ内装で、大きめのベッドが2つ、椅子とテーブルが置かれているだけだ。
アリスとエレナに使ってもらってもらおうと思ってるから、2人の好みに合わせて改装していこうと思っている。
いや、メインデッキにあるデラックスルームを2部屋に別けて、そこを改装して使ってもらう方がいいか?
トイレは2ヶ所あり、水洗ではなく浄化分解式だ。
ヘリオスフィアのトイレも同じような感じらしいから、詳しく説明しなくても済んで助かった。
女性にトイレを説明するなんて、罰ゲームでしかないからな。
浴室は大人2人だと少し手狭に感じるが、1人なら足を伸ばして入れる広さの浴槽、同じ広さの洗い場と脱衣所になる。
もちろん2人にも使ってもらうつもりだが、少し狭いように感じるから、アクエリアスの大改装も考えておこう。
アンダーデッキの次は、さっきまで俺の身の上話や装備を選んでいたメインデッキだ。
メインデッキには前方のフロントデッキ、後方のリアデッキもあり、後方のリアデッキがアクエリアスの出入口だ。
メインデッキは喫水線から3メートル近く上になるから、最初にアンダーデッキから乗り込んで、リアデッキに繋がっている階段を上る形になる。
リアデッキにはマスターズデッキへ上がるための階段やフロントデッキへ行くための通路もあり、船内を移動するための起点にもなっている。
当然ベンチソファーにテーブルもあるから、プチガーデンパーティーなんかも催せるぐらいの広さがあるぞ。
側面の通路を伝っていくと、フロントデッキに出る。
フロントデッキはマスターズデッキとメインデッキの中間ぐらいの高さになっていて、進行方向に向けた大きなベンチソファーと床に収納出来るテーブルが設置されている。
寝転ぶこともできる大きさだが、寝転びながら見る前方の風景は悪くないと思う。
慣れてくると、退屈でしかなくなるのが難点か。
リアデッキのドアを開けてキャビンに入ると、さっきまで俺達が話をしていたリビングになり、その少し奥にダイニングキッチンがある。
その奥にはアンダーデッキへ下りるための階段があり、さらにその先に特別なゲストのための部屋、デラックスルームを用意している。
デラックスルームはアンダーデッキの客室の3倍ぐらい広く、風呂にトイレも備え付けてある。
しかも風呂は、アンダーデッキのバスルームより広いから、大人4人でもゆったりと入れるだろう。
リアデッキに戻って階段を上ると、マスターズデッキに出る。
メインデッキよりも大きなソファーとテーブルが置かれており、さらに船尾側にもベンチソファーが並んでいる。
ドアを開けてマスターズルームに入ると、広々としたリビングが広がっており、バーカウンターも設置されている。
なんとなく格好いいと思って設置してみただけで、まだ酒を飲んだことは無いんだが。
奥に進むとベッドルームと書斎、トイレとバスルームがあり、更にその先にアクエリアスのコックピットがある。
基本自動操縦で動かしてたから、俺もあまり入った事は無いんだが、アクエリアスを手に入れたばかりの頃は、ほとんど毎日入り浸っていたな。
ブルースフィア・クロニクルのシステムの関係上、操縦方法はスカトやサダルメリクと同じだから、特に目新しさは感じなかったが、これだけ大きな船を操縦できるって事で、テンション爆上がりだったのを覚えてる。
ベッドルームはアンダーデッキの客室より広い程度だが、本当に寝るだけの部屋だから、これでも十分だ。
書斎にはブルースフィア・クロニクルで手に入れた本が300冊ぐらいあり、驚いたことに手に取って読むことが出来た。
ブルースフィア・クロニクルで買った本は、当然のようにブルースフィア・クロニクル関係の本ばかりなんだが、ヘリオスフィアで召喚した影響なのか、ヘリオスフィア関係の内容に変わってたからな。
多分だが、創造神様が手を入れてくれたんだろう。
ありがとうございます、創造神様。
マスターズデッキに戻り、さらに階段を上ると、ルーフデッキになる。
広さはパーキングエリアより少し狭いぐらいだが、屋根やキャビンはなく、360度を見通す事が出来る。
後方はベンチソファーにテーブル、グリルが備え付けられているが、最大の目玉は前方に備え付けた大型ジャグジーだろう。
もっともジャグジーを体感できるのは一度に3人までだから、大人6人が余裕を持って入れる大きさの浴槽と言った方がいいかもしれない。
ルーフデッキにはこれだけしかないのがちょっと寂しいから、近いうちに庭園風に改装しようと考えている。
アクエリアスの見た目や雰囲気から、日本風庭園は合わないだろうし、植物を飾るのも難しいから、大理石の庭園系になると思うが。
「この船、凄いわね、浩哉」
「自慢の船だからね。ここまでするのに、苦労したよ」
アクエリアスの中では友人付き合いって事にしたから、さっそくアリスが俺を呼び捨てにしている。
だけどこれは、俺も望むところだ。
しかもアリスは同い年だから、尚更嬉しく感じる。
「こんなところでお風呂に入るなんて、きっと気持ち良いんでしょうね」
「海の上なら、なお良かったんだけどね」
初日にアクエリアスに泊まったが、誰か来るかもしれないと思っていたから、残念ながらジャグジーを使うのは断念した。
その後はルストブルクの宿、グリズリーの巣穴に泊まってたから、俺もルーフデッキのジャグジーは使った事がない。
今日は入るつもりだが、さすがに2人も一緒にっていうわけにはいかないから、この場で使い方を説明しておこう。
最悪、水着でも買えば、何とかなるだろうし。
「ジャグジーを動かすには、ここのスイッチを押すだけだ。1回押すと泡が、2回押すと水流が、3回押すと両方が出てくるよ。その後でスイッチを押すか10分経つと、自動で止まるようになってる」
使い方の説明って言っても、スイッチ1つで操作できるから、すぐに終わるんだよな。
スイッチは浴槽の縁にあるから、もたれかかっても間違えて押してしまう事もないし、10分経ったら自動で止まるから、操作方法を忘れてしまっても大きな問題はない。
「確か今って、ハイディングフィールドっていうのを張ってるから、誰かが近付いてきても、覗かれることは無いんだよね?」
「無いね。結界内の音も遮断してくれるから、騒いでも大丈夫だよ」
ハイディングフィールドは船体を周囲の風景に同化させるだけじゃなく、遮音効果に認識阻害効果まである。
もしハイディングフィールドが無かったら、今日もマスターズルームの浴室で済ませてたんじゃないかと思うから、マジでありがたいよ。
「それじゃあ浩哉、さっそく入りましょう」
「……はい?」
なのにアリスは、一緒に入ろうとかぬかしてきやがった。
いやいや、契約違反になるし、そもそも俺にそのつもりはなかったんですけど!?
「ちょ、ちょっとアリス!」
「エレナだって、一緒に入りたいでしょう?それにあたし達は浩哉の奴隷なんだから、お風呂に入ったら背中を流すぐらいはするわよ?」
「……それは確かに」
なんかエレナが、アリスに言いくるめられてないか?
「い、いや、俺も男だから、興味が無いとは言わないけど、いくらなんでもそれはマズいだろ。そもそもそれって、契約違反になるんじゃないのか?」
「一緒にお風呂に入るぐらいで、抵触なんてしないわよ」
「そうですね。それに私もアリスも、契約の条件を満たした後は、浩哉さんに身も心も捧げると誓っています。そもそも浩哉さんは、私達を買うために条件を受け入れて下さったんですから、せめてこれぐらいはさせて頂かないと、とてもじゃありませんが釣り合いません」
エレナの意見に、大きく首を縦に振るアリス。
2人とも俺と混浴がイヤってわけじゃなく、本当に楽しみにしてそうな感じがする。
「そ、それなら、ブルースフィアで水着を買うから、それを着て入ろうか」
「何言ってるのよ。お風呂に入るのに水着なんて、邪道でしかないわ」
「泳ぐわけではありませんから、水着は必要ありませんよ」
ところが俺の最後の砦は、あっさりと突破されてしまった。
「最後までするわけではありませんから、そこはご安心を」
「浩哉、男なんだから、覚悟を決めなさい。それとも女にここまで言わせたのに、恥をかかせるつもりなの?」
正直意味が分からないが、なんかとんでもなく悪い事をしてるんじゃないかって気持ちにさせられる。
俺としては役得だから、むしろ嬉しいんだが、本当に混浴とかは考えてなかったから、ちょっとビビってしまう。
だけど嬉しいのも間違いないから、ここは覚悟を決めて、混浴を楽しむことにしよう。
「わ、分かった。それじゃあお湯を張るから、沸いてから入ろう」
「それで良いのよ。ふふ、楽しみだわ」
「本当ね」
アリスもエレナも、とてもいい笑顔を浮かべている。
まさか出会って初日に混浴することになるとは思わなかったが、これからの生活が少し楽しみになって来たな。
明日からの生活を思い浮かべながら、俺はお湯を張るために魔導具を起動させることにした。




