8話「宴での質疑応答」
「つまり、僕たちの言語は自動翻訳されているってことでいいかな」
バイキング形式なのか適当に並べられている料理から、祐介は骨付き肉みたいなのを取って頬張る。
「アンには僕の言葉が英語に聞こえるんでしょ?」
「そうですね。しかも方言まで一緒です」
「どういうことだ祐介?」
「僕にも分からないよ。でもこの世界に来た時に何らかの魔術をかけられたんだろうね」
「魔術?そんなのがあるのかよ」
「アッシュが僕たちを見たときに言ってたことを思い出してみなよ」
直也は目をつぶって先刻のことを思い出す。
確かにあの男は言っていた。
「魔術師どもかぁ?」
それはこの世界に魔術があると考えるには十分な材料だった。
「もし、そうだと仮定するとこの世界の人の言葉が全部日本語なのも説明がつく」
「待ってください。確かにこの世界には魔術がありますが、それだけでは会話はできませんよ」
「どういうこと?」
「だって、それだけではこの世界の人達は私たちの言葉を理解できないじゃないですか」
確かにそうである。
異民にだけその翻訳魔術がかけられていたとしたら、異民の言葉をこの世界の住民はどう理解するのか。
そこから考えられる答えは1つ。
「つまり、この世界の人類、全てにこの翻訳魔術がかけられていることになるね」
一同が一斉に沈黙する。
誰が、何のためにそんな壮大な魔術をかけたのか。
それを知るにはこの世界のことをもっと知らなければならない。
祐介の好奇心がそこで爆発した。
「ねぇ、もっとこの世界について教えてよ」
「うわ、出たわ。祐介のキラキラした目」
「こりゃぁ一晩は質問攻めだぞ」
2人がこっそりその場から離れようとしたが、祐介に「君達も知っとかなきゃ」と説得され大人しくご飯を食べながら聞き流すことにした。
「アン、断ってもいいんだぞ」
「いえ、私は構いませんよ。ちゃんと教えられるか分かりませんけど」
なんて良い子なんだ。
直也はその優しさに感動するも、今はやめてくれと心から願う。
「まず、魔術って何?」
「この世界の三大汎用術の1つです。この世界の空気には見えない術素というものがあり、それを体の中で練り、術を発動させるんです」
「術素って何?」
「この世界の空気中にある見えないエネルギーみたいなものです」
「じゃぁ三台汎用術って何?魔術以外にもあるの?」
怒濤の質問攻めである。
質問に答える前に次の質問が来て対処が間に合わない。
テトリスで例えるならいつもの十倍の速度でブロックが落ちてくる感覚だ。
「三大汎用術というのは、魔術、錬金術、気術で構成されておりまして、この世界の人達は基本的にそのどれかを使います」
「気術・・・」
彩花はその言葉を聞いたことがある。
マーミヤがナーヤルは気術の使い手だと言っていた。
彩花も少し話に興味が沸いてきた。
「三大汎用術についてもっと詳しく」
「あぅ」
祐介の好奇心モードにアンの脳が追いつかない。
文章を必死にくみ上げて何とか説明しようと試みる。
「まず魔術」
アンは一差し指を立てる。
「これは術素を体の中で練り、そのエネルギーを炎に変換したり水に変換したりして放出しますね。次は錬金術」
アンは中指も立ててピースする。
「これは術素を操り、物質の形を変換する技です。刀を鎧に、樹木を柱に。まぁ物の精製に便利です」
最後に気術、とアンは薬指も立てる。
「気術は術素を体の中で練るところは魔術と同じなんですけど、そのエネルギーを外に放出せずに中に留めて身体能力を強化させます。ここの住民はほとんどがこれを使います」
「なるほど、それで」
彩花は今更ながらナーヤルの強さの秘密を知る。
つまり、ナーヤルは気術によって体を強化していたからあんな化け物みたいな強さを誇っていたのだ。
「じゃぁ全部極めれば最強だね」
「いえ、それは出来ないそうなんです」
アンは立てていた指を下げ、首を横に振る。
「一回術素を使うと、体の中の術素回路がそれに合ったように変形するので以後はそれ以外の術は使えないんですよ」
「???」
なにやら専門用語がたくさん出てきて頭が混乱する。
「まぁ簡単に言いますと、最初に魔術を使えば魔術師に。錬金術を使えば錬金術師になり、以後ジョブチェンジは不可能ということです」
「そ、それは最初の選択が重要だね」
「そうですね。基本的には所属している集団とかで決まるんですけど、私たちのような異民はなかなか決められませんよね」
祐介が振り返ると、直也はご飯を取りに立ち去っていた。
しかし今度は彩花が祐介の代わりに質問を始める。
「アンは決めたの?」
「私は気術にしました!ここの人達の力になるには、その方がよさそうだったので」
「力にって、戦争でもしてるの?」
「はい、してますよ」
半分冗談で聞いたのだが、以外と真剣に答えられて彩花は少したじろぐ。
「相手は森を挟んで隣の、魔術師で構成されている小さな村です。間にある森の所有権を巡って争っているそうなんです」
「僕たちがいた森か・・・」
祐介は知らない間にそんな場所に居たことに少し驚く。
ずっと同じ森かと思っていたが、森にも区画があり、その中にも所有権なるものがあるらしい。
「あなた達はどちらから?」
「よく分からないけど、滝があったよ」
「この辺りで滝と言いますと、2つ隣の区画の森ですね。結構離れてますけど」
「うん、だいぶ歩いたよ・・・」
言葉にすると、一気に疲労がこみ上げてきた。
その場に倒れたいのを我慢し、ぐっと足に力を込める。
「でも森の所有権なんているかい?」
「いりますよ!こんな岩場ではまともに食料も調達できません。安全な食糧供給、それには森の所有権が必要なんです」
「う、うんそうだね」
いきなりの熱弁に祐介の方が圧倒させられた。
そこで直也が何やら木の実を頬張って帰ってくる。
「じゃぁアッシュはその村と戦ってたのか」
「はい、3日ほど前から戦線に行ってました。アッシュさんは私たちの中で一番強いし慕われてますし、まさに英雄です」
そう言い、アンはアッシュの方を見つめる。
その視線を見て、彩花はあることを察する。
「アン、アッシュのこと好きなの?」
「い、いいいいえいえそんあことはありませんよ」
動揺しすぎで噛み噛み。
3人はそれ以上追求はしなかった。
ただ、暖かい目で見つめてあげた。
「何ですかその目は!」
祐介はもっと質問したかったが、アンがそろそろ疲れてきていたので次で最後にすることにした。
「ねぇ、帰り方、知らない?」
それは、この世界に来てからずっと探している答え。
期待と不安を胸に、尋ねてみる。
「すみません、私もまだ分からないんです」
予想はしていたが、思わず肩を落としてしまう。
「ですが、可能性があるとしたら南です」
「南?」
「はい、そこにはこの世界で一番大きな国である『グローリア』があります。そこでなら、何かが分かるかもしれません」
答えは分からなかったが、次の希望ができた。
それだけでも十分かと祐介は自分を納得させる。
「ありがと、助かった」
「いえいえ、お役に立てて光栄です」
そう笑顔を見せる、若干年下のように見えるアン。
(アンも戦ってるんだよな)
なんだかこの世界に来てから自分が小さく見えることがある。
祐介はそんな考えを胸に、夜空を見上げた。
「直也、途中居なかっただろ」
「ぅぐ。いやいや話はちゃんと聞いてたよ?」
「じゃぁ三大汎用術言ってみなよ」
「魔術と、忍術?」
「違うし、まず数が違うし」
呆れ顔で溜息をつき、祐介は騒いでいるアッシュの方に歩いて行く。
「僕たち、今日はここに泊ってもいいんですか?」
「あ?当たり前だろ。おいアン、案内してやれ」
「はい!」
アンに連れられ、3人は岩場の中に連れて行かれる。
入り口は岩と岩の間であるが、中はかなりの広さがあり、岩山をそのまま空洞にした感じだ。
明かりは松明のみというのが難点ではある。
「祐介と直也はここを使ってください。彩花は私の部屋で」
「おっけー」
部屋の中は窓こそないが、なかなかに綺麗だった。
「なぁアン、そういや聞き忘れてたけど刻印解放ってしてる?」
「話には聞いてますけど、私はまだなんです。けど、いつか絶対解放して皆の力になりたいです!」
そう笑い、アンは彩花を連れて去って行った。
その後ろ姿を、祐介はただ見ていた。
「なに?お前アンに惚れたの?」
直也がそう茶化してくる。
「違うよ。ただ、僕も負けてられないなって」
「・・・まぁ、そうだな」
直也も思うところはあった。
彩花が滝に落とされた時、自分は何もできなかった。
直也はそれを未だに悔やんでいる。
「強くなりてぇな。この世界では、特に」
直也がそう言った時には、祐介は布団に倒れて寝ていた。
「聞いてねぇのかよ恥ずかしい」