7話「岩場での遭遇」
「もう、限界だ」
そう呟き、直也はその場に倒れた。
集落を脱出して2日。
未だ3人は森を抜けられないでいた。
「空腹が、極まった」
「かなりピンチだよね・・・」
「なんで水の竜は突然消えたのよ!」
「寝たら消えるとは思わなくて」
あの竜でどこまでも行けると確信していた。
もう安心だと思っていた。
そんな思いを乗せた水の竜は、祐介が眠りに落ちると同時にあっさりと消えて無くなってしまった。
「まぁ、あの高さから落下して命があったんだから喜ぼうよ」
「下が岩場だったら死んでいたところよ」
「ほんと、木の枝で落下の衝撃って消せるものなんだね。漫画の中だけかと思ってたよ」
「そんなことは良いから飯~」
どこまで言っても道らしきものは見当たらない。
それどころか霧が段々と深くなり、ちゃんと進んでいるのかも時折分からなくなる。
「もう一回、あの力使えないの?」
「試してはいるけど上手くいかないね」
「あーもー、私もお腹空いたぁ」
ついに彩花までもが駄々っ子モードに入ってしまう。
祐介も動く気力など既になく、その場に座り込む。
「なんか、こっちの世界に来てから常にピンチって感じ」
「彩花はずっと命の危機だよね」
「今が一番死を間際に感じているわ」
そんな気力のない話をしていると、どこからともなく地響きが聞こえた。
3人が無い力を振り絞って起き上がる。
「何の音?」
「天からのお迎えじゃねぇか?」
「ずいぶんとダイナミックなお迎えだね・・・」
と、音はどんどん近づいてきた。
霧でよく見えないが、大きな影が見える。
「ちょ、これ」
その大きな影がもの凄いスピードで近づいてくる。
急いで逃げようとしたが間に合わない。
その霧の向こうから現れたのは
「馬っ!?」
「うおぉお!?」
馬が前足で急ブレーキをかけ、3人の目の前ギリギリで止まる。
それは、身の丈は2メートルくらいの立派な白馬だった。
いや、ただの馬ではない。
馬であるならばあり得ないパーツが付いていた。
「・・・翼?」
馬の双肩からは巨大な翼が生えていた。
そのフォルムは幻の生き物、ペガサスを連想させる。
そんな奇妙な馬の背中に、1人の男が乗っていた。
「だ、誰ですか?」
「あぁん?超絶的に知らねぇやつらだな」
その男は見た目は20代くらいで背中に2メートルはありそうな長い槍を背負い、上半身は黒いフサフサの毛で出来た暖かそうな服を着こなしている。
馬にまたがるその足の筋肉の凄さは白いズボンの上からでもよく分かる。
「魔術師どもかぁ?」
男がそんな質問を投げかけてくる。
この世界には魔術があるのか。そんな疑問が3人の頭をよぎるが、今はそれどころではない。
「俺達は遭難してるんだ。食べ物が欲しい」
「・・・」
男は直也の顔を見る。
その視線は鋭く、まるで心の中を覗かれているようで直也はつい後ずさりをする。
「お前、名前は?」
「・・・菅原直也」
「なるほどな」
今度は祐介と彩花の方に視線を向ける。
「再度問うが、魔術師どもではないんだな?」
「う、うん」
空気が張り詰められる。
男に睨まれると、それだけで心臓の鼓動が早くなった。
背負っている長い槍。
ナーヤルの時みたいに、いつそれで攻撃されるか分からない。
「ふ、」
と、男は急に笑みをこぼす。
それと同時に周囲にまとわりついていた嫌な空気が一瞬で消え失せる。
緊張の糸が切れるというのを、肌で感じた。
「いいぜ、付いてこい。超絶的に上手い飯を食わせてやる」
「あ、ありがとう、ございます」
さっきの一瞬の間に3人は疲弊しきってしまった。
祐介は自分の手が震えているのにようやく気づく。
「乗れ」
その言葉と共に馬がしゃがむ。
ギリギリであったが3人は馬に乗ることが出来た。
「あの、あなたのお名前は?」
「アッシュ。超絶的にかっこいい名前だろ」
それから、どれくらい経ったのか。
元々霧の中で太陽など見えなかったが、目的地に着いた時には空は暗闇に覆われていた。
ここは、もう森ではない。
森を抜け、岩山を登り、その頂上。
辺り一面、岩と草しかない環境。
そこに多くの明かりが見えた。
「おーい!俺が帰還したぞー」
アッシュがそう叫ぶと、岩の隙間からたくさんの人がどんどん出てきた。
「アッシュさんお帰り!」
「アッシュ兄、無事だったんだね!」
「今晩は一緒に飯を食おうぜアッシュ」
その人の群れが馬の周りにワラワラと集まってくる。
で、当然ながら後ろに乗っている3人のことを奇妙な目で見てきた。
「アッシュ兄、後ろの人達誰?人質?」
「いや、こいつらは遭難者だ。リット、アンを呼んできてくれ」
「分かった!」
そう頷き、見た目10歳くらいの少年は岩と岩の間に走って行く。
どうやらここの人達は岩の中に居住しているらしい。
一体、岩の中はどうなっているのか。
祐介は好奇心を抑え、冷静に馬から降りる。
「ありがとうございました」
「まだ礼を言うには早いぜ」
「え?」
「言ったろ?超絶的に美味い飯を食わしてやるってな」
アッシュが手を掲げる。
「よっしゃぁ!今日は派手に騒ぐぞテメェら!!」
「「「おぉおおお!!!」」」
人々は呼応し、叫び、騒ぎ始めた。
いつの間にか周りには豪華な食事がたくさん並べられ、踊り出す人までいる始末。
「凄いですね・・・」
「アッシュさんが帰ってきたからですね」
答えたのはいつの間にか隣にいた金髪の女性だった。
首元がフワフワしたピンク色のブラウスを着ているその女性に祐介は違和感を抱く。
(似合わないな)
別に服が似合ってないわけではない。
ただ、今までこの世界で見てきた服と比べると、あまりにも浮いていた。
どちらかと言うと、それは元の世界での方が似合っている。
「初めまして。私はヴェルディ=アンと申します。気軽にアンと呼んでください」
「僕は八川祐介です。この男が菅原直也でこっちが篠田彩花」
「が、頑張って覚えます」
適当に自己紹介が終わった所でアッシュがやって来た。
馬を降りても、かなり背が高い。
2メートルはあるように思えた。
「もう知り合いになったのか?超絶的に早いな」
「アッシュさん、さっきリット君に呼ばれたんですけど何か用でしょうか?」
「あぁ、まぁ用事ってのはそいつらに会わせることだ。なんせ、そいつらは異民だからな」
「っ!」
アンが急に表情を変える。
3人も焦ったようにアッシュの方に顔を向ける。
なんせ、3人は言った覚えが無いのだ。
自分が異民であることを。
「そんな驚くな。名前を聞けば大体分かる。隠したいんなら今度から名前も変えとけ」
そうは言われても簡単に見破られたことに3人はショックを覚える。
先程の集落では異民であったが故に大変な目にあったのだ。
こうも簡単に見破られて平静ではいられない。
「超絶的に驚くのはこっからだ」
アッシュはアンの頭に手を置き、笑う。
「この女、ヴェルディ=アンも異民だ」
「えっ!?」
思わず声が漏れてしまう。
この世界では異民は伝説級の代物で、見たりする人もそうは居ないと聞いていた。
3人はそんな会える確率の低い人物にわずか数日で出会ってしまった。
一生分の運を使い果たした気さえする。
「よ、よろしくお願いします」
アンはそう言い、頭を下げた。
「じゃ、俺は皆と一緒に騒いで来るからあとは異民同士、仲良くやってろ」
アッシュは全速力で皆の輪の中に帰っていった。
無責任放置が過ぎる。
「・・・」
「・・・」
重い沈黙が続く。
それに耐えかねて最初に口火を切ったのは直也だった。
「あ、アンはいつからこっちの世界に?」
「3年前ですね」
「何でこの集落に?」
「昔助けて貰った恩を返したくて」
「出身は!?」
「イギリスです」
・・・会話が広がらない。
これではただの質疑応答だ。
その膠着状態を打破したのは他でもない祐介だった。
「アンは日本語上手なんだね」
「いえ、私日本語話せませんよ」
「え、でも今・・・」
「?」
アンは何を言われているのか分からないと言ったように首を傾げる。
そして当たり前のように言い放つ。
「3人の方こそ、英語がお上手ですね」