4話「草むらでの潜伏」
我ながら上手くいったと祐介は思う。
「ここまで来たら大丈夫だよね」
「たぶんな」
2人は集落を抜け、その周りに広がる森の中に身を隠していた。
空には黒煙が立ちこめている。
その黒煙の発生源は先程2人がいた小さな家だ。
「それにしても急に祐介があの男に火を投げつけた時は驚いたぜ」
直也は声を殺しながら笑う。
「だって、ああでもしなければナーヤルからは逃げられないよ。直也こそよく瞬時に僕の考えが読めたね」
「まぁ、ほとんどお前に付いていったようなもんだ」
彩花を生け贄にする。
その言葉を聞いた直後、祐介は先程燃やしておいた草布団をナーヤルに向かって投げつけたのだ。
一瞬でも怯んだナーヤルの隙をつき扉から出たは良いものの、まだ関門は残っていた。
「でも、分かってはいたけどナーヤルの足は速いね。次に見つかったらもう終わりだと思う」
ナーヤルの足の速さは常人の域を出ている。
普通に逃げていたら追いつかれていただろう。
「ま、幸運だったってことで」
これは本当に偶然だったのだが、投げつけた草から出ていた煙がナーヤルの目に直撃したのだ。
それによりナーヤルの目は一時ではあるが開けられないほどの激痛に襲われた。
いくら足が速いとはいえ、まともに目が見えなければ追いかけるのは困難である。
「これからどうする?」
「とりあえず彩花の救出が最優先で」
集落は小さな窪地に出来ていた。
2人が逃げ込んだ森は集落より高台にあり、集落の様子が一望できた。
「それより、消火を手伝った方がいいのかな」
「元はあいつ達のせいだろ、ほっとけよ」
ここまで大きな火事になるとは思っていなかった祐介はかなり罪悪感に駆られていた。
小さな集落だし、きちんと水資源があるのか分からない。
「まぁ一応水で消火してるように見えるし、近くに川とかあるんじゃね?」
「ならいいんだけど・・・いや、良くはないけど」
「とりあえず彩花の居場所を探さないとな」
「そうだね。いつ生け贄にされるのかも分からないし」
しかし、2人とも具体的な行動をとることが出来ないでいた。
集落に戻ればナーヤルか、または他の住人に見つかり捕まるだろう。
だからと言って森に隠れていても彩花を見つけることは出来ない。
「直也、何か案はない?」
「そうだなぁ、他の住民の服を借りて変装するとか」
「誰が貸してくれるんだよ」
「力尽くで奪うとか?」
「蛮族かよ君は。どちらにしてもナーヤルに見つかれば終わりだね」
「じゃぁ大声で彩花を呼ぶしか」
「当たり前だけど却下」
全ての案を否定され、直也がムッとする。
「じゃぁ祐介は何か案あるのかよ?」
「そうだね、直也を囮にしてナーヤルを引きつけて・・・」
「おい」
「冗談だってば」
しかし、いくら考えてもナーヤルに見つかるリスクを伴う。
祐介が本気で住民の服を頂戴することを考えていると、直也が急に大きな声を出す。
「あれ、彩花じゃねぇか!?」
「え?」
直也が指し示す方向を見てみると、真っ白な着物を着た少女が走っているのが見えた。
「よく見えないな」
「いや彩花だぜ!俺、視力には自信あるんだ」
「そうだとすると、僕たちも早く合流した方が良さそうだね」
木々の間をあまり音を立てないように慎重に走る。
出来ることなら全力で走りたい気持ちを抑え、ナーヤルに見つからないように彩花が向かっている方向に先回りする。
が、森を抜ける直前にまたしても直也が慌てたように声を出す。
「待て、他に誰か来た」
斜面を下り、既に彩花の姿を捕らえてはいなかったが、最後に彩花を見た場所の付近に紫の着物を着た女性が立っていた。
「集落の住民か?」
「それより、このままじゃ彩花を見失うよ。こっちに来なかったってことは引き返したってことだ」
2人は再び集落を見渡すために斜面を登る。
急いで登らなければならないので足音を消すことは諦めた。
「いるか?」
「どうだろ」
走りっぱなしのせいで息が苦しいが、今は休んでいる暇はない。
「駄目だ、見当たらない」
「いや、あれ見てみろよ」
直也が指さす方向を見てみると、そこには先程の女性が歩いていた。
「あの抱えられてるの、彩花じゃないか?」
よく目を凝らしてみると、紫の着物を着た女性は、確かに何かを抱えていた。
「あの白い着物、間違いない。さっき彩花が着ていたやつだ」
直也の言葉を信じ、祐介は女性の後を目で追った。
すると女性は彩花を抱えたまま一際大きな建物の中に入ってしまう。
「とりあえず、場所は分かったね」
「あぁ、だが意識はないように見えた」
「・・・心配だ」
よもや生け贄をこんな場所で殺してはいないだろう。
しかし、先日ナーヤルに殴られた傷も癒えてないだろうに、また気絶するほどの攻撃を受けたのだ。
無事であるはずがない。
「すぐに助けに行こう」
「けどあの建物の中に何人いるか分からねぇぜ」
「そうだけど・・・」
と、その瞬間。
後ろの方から木々が揺れる音がする。
明らかに風ではない。
何か生き物が通った音だ。
「っ!」
2人は同時にその場に伏せた。
幸いにも地面は草むらに覆われているので、伏せることで見つかる確率は低くはなる。
が、それはまだ見つかっていなければの話だ。
「ばれたか!?」
直也が祐介の耳元で小さな声で叫ぶ。
「分からない・・・」
まずは音の正体を見なければいけない。
祐介は腕を使ってゆっくりと体を後ろに向ける。
「・・・ちっ」
祐介が静かに舌打ちをする。
「ナーヤルだ・・・」
その一言に直也もつい舌打ちをしたくなる。
「詰んだか?」
「いや、まだ見つかってはいないようだ」
しかし、動けなくなってしまった。
今すぐにでも彩花を助けに行きたい気持ちを抑え、静かに伏せ続ける。
「まだ探してるか?」
「念入りにね」
場所は離れているが、立ち上がったら見つかる距離だ。
悔しいが、ナーヤルが立ち去るまで動けない。
(すぐに立ち去ってくれよ)
しかし、そんな祐介の願いとは裏腹にナーヤルの捜索は想像以上に長引いた。
ナーヤルは野生の勘でもあるのかと疑うくらい2人の周囲を離れず、やっとその姿が見えなくなった時には陽が暮れかけていた。
「くっそ!ようやく消えたかよ」
「とにかく急ごう。慎重に」
空はオレンジ色から紫色に変わろうとしており、集落の中は既にかなり暗くなっていた。
彩花が連れ込まれた建物を見ると明かりがついている。
と言っても炎が揺れる小さな明かりではあるが。
2人は森を下り、建物を壁にしながら目的地に着々と近づく。
「ここか」
ついに2人は建物の目の前に到着する。
と言っても扉がある方ではなく完全に裏手ではあったが。
建物の裏には窓1つなく、代わりに地面すれすれの所に高さ15センチくらいの長方形の隙間ができていた。
恐らくは通気口だろうか。
鉄の柵こそしてあるものの、地に伏せれば中の様子を見ることが出来そうだ。
「直也、人が来ないか見張ってて」
「あぁ」
暗くなったおかげで逆に見つかる可能性は低くなっていた。
大胆な行動は昼よりしやすくなった。
「ん、見え、そう」
そう言い、顔を地面に押しつけて建物の中を伺う。
と、最初に祐介の目が捕らえたのはなんと彩花本人であった。
しかも彩花もこちらを見ており、目が合ってしまった。
さすがに予期していなかった事態であったが、この好機を逃さないためにも祐介は何かを言おうとする。
が、
「あそこの隙間、寒いわ。どうにかならないの?」
「でしたらこの板を置いて塞いで来ます」
「それくらい私がやるわよ」
そんな会話が祐介の言葉を遮る。
けれど彩花が近づいてくるので今度こそ何かを言おうとしたが、
「これで寒くなくなったわ」
何事もなかったかのように板で隙間を塞いで立ち去ってしまった。
「ちょっ!」
祐介は思わず叫ぼうとしてしまったが、直也が後ろから後頭部を叩いて黙らせる。
「何するんだよ」
「ばか、叫んだらばれるだろ」
「でも」
「少しは冷静になれ。これを見ろ」
直也が、先程隙間があった場所の近くに転がっていたある物を拾う。
それは、特別珍しい物ではなかった。
むしろ飽きるほど見て、使って、慣れ親しんだ物だった。
「スマホ・・・?」
「あぁ、彩花のな。さっき板を置いた時に落としていきやがった」
この世界はどこも圏外であり、祐介は使い道など無いと思い存在を忘れていた。
「画面には、メモが記されてんな」
彩花はその携帯をメモ帳として使い、2人に託したのだ。
「一瞬で打ったからか文字数はないが」
そこにはたった二文。
『明朝。助けて』
とだけ書かれてあった。
「分かりやすくていいな」
「本当は今すぐ助けてあげたい所なんだけどね」
改めて先程までいた森を見てみる。
至る所で明かりが揺れているのが見えた。
集落総出で2人を探しているのだ。
「さて、じゃぁ明朝までどこで寝ようか」