2話「集落での会談」
パチパチと炎の燃える音が聞こえる。
その音を聞きながら、祐介はキャンプファイヤーを連想する。
もしかしたら全て夢で、今頃皆は楽しく遊んでいるのかもしれない。
そんなことを期待してしまう。
「・・・」
祐介は目を開け、起き上がる。
隣を見ると、既に直也が立ち上がっていた。
「起きたか祐介」
「まぁね」
段々と意識がはっきりとして来た祐介は辺りを見渡す。
小さな部屋、ということは分かる。
その部屋はあのガラスのような木材で出来ていた。
視線を下に移すと、自分が草を編んで作られた布団で寝かされていたことに気づく。
「ここは?」
「分からねぇ、しかもこの部屋の扉開かねぇんだ」
扉に鍵などついていないように見えるが、恐らく外から何らかの重しをしているのだろう。
「俺が倒れた後に何があったんだ?」
「直也が倒れた、後」
そこで思い出す。
あの一瞬の悪夢を。
「彩花は!?」
「ここには居ないみたいだ、無事に逃げてたらいいんだが」
「いや、それはないよ」
祐介はその目ではっきりと彩花の倒れる姿を見ている。
ということは、彩花もここに運ばれているはずなのだ。
「とりあえず出よう」
「だから扉が開かないんだって」
「うーむ」
祐介は試しに適当な壁を殴ってみる。
しかしあの男のようにヒビを入れることはできず、むしろ手の骨にヒビが入ったんじゃないかと疑うくらいの衝撃を受ける。
「痛っつ~」
「祐介って、たまにバカだよな」
手の痛みは引かないが、うずくまっていても仕方ない。
祐介は次の手段を実行すべく立ち上がる。
「おい、次は何をする気だよ!」
「これさ」
そう言い、祐介は部屋にあった草布団を暖炉の中の炎に触れさせる。
当たり前だが、草は燃える。
「この部屋を燃やして出よう」
「狂気!!」
「さぁ行くよ」
燃え上がる草を放り投げようとした瞬間、ガチャリと呆気なく扉は開かれる。
開いた扉の先には、先刻の男と、同じような格好をした爺さんが並んで立っていた。
「ほぉ、元気じゃのう」
爺さんが口火を切る。
祐介は燃える草を暖炉の中に戻し、扉から距離をとる。
直也も同じように後ろに下がる。
「まぁそう警戒するでない。先程はナーヤルが失礼をしたと聞く。詫びよう」
ナーヤルというのは、あの筋肉隆々の男の名前だろう。
「異民に出会ったら連れてこいとは言っていたが、まさかこんな手荒とはのぉ」
「スマナイ」
ナーヤルはそう言い、頭を下げる。
だが祐介は頭を下げられたところで許す気などない。
「どうせ許さない、頭を上げてくれ」
「ワカッタ」
「まぁ落ち着いて話をしたいのぉ。どれ、座って話でも」
老人はそう言うと、部屋に入ってきてその場に胡坐をかく。
扉には未だナーヤルが立っており、出るに出られない。
仕方がないので老人から距離をとって座る。
「とりあえず自己紹介をしようかの。ワシの名前はユガーラ」
「僕は」
「あぁ、聞いておる。ユースケとナオヤじゃろ」
ユガーラはどこまでも明るく笑う。
その笑みが、2人の神経を逆なでる。
「とりあえず彩花をどこにやしたか教えやがれ!」
「まぁそれは追々話すとして」
「まずそれから話してください」
「2人とも忙しないのぉ。今一度、立場を考えろ」
ゾクッと2人の背筋に嫌な汗が流れる。
明らかに扉に立っているナーヤルの雰囲気が変わる。
いつでも臨戦態勢といった感じだ。
「どうやら、優しそうなのは笑顔だけのようだね」
「俺達なんかすぐに黙らせられるってことかよ」
会話の主導権はユガーラにある。
いや、ナーヤルがいる限りこれは会話ではなく脅迫だ。
「では話を続けよう。君達は、こっちの世界に来て何年じゃ?」
「・・・ナーヤルさんと出会ったのと、ほぼ同時刻です」
そこでユガーラはあからさまに肩を落とす。
「なんじゃ、ならばまだ刻印解放もしておらんのか」
「刻印、解放?」
「ユースケの手の甲にあるじゃろ、円い刻印が」
改めて手の甲を見る。
この世界に来た時に急に出来た紋様、いや刻印か。
「ナオヤには肩にあった」
「え?俺にもあんの?」
急いで腕をまくって確認する。
同じような大きさの青い円が直也の肩に浮かび上がっていた。
「これ、何なんですか?」
「別世界から来た者、異民には皆その刻印が刻まれておる」
「不思議な話ですね」
「あぁ、じゃがもっと不思議なのはその刻印の力を目覚めさせるとその者には最強の力が手に入ることじゃの」
最強の力。
言われてもピンと来ないし、ぼんやりとしすぎている。
「からかっているんですか?」
「いや、この世界では常識じゃよ」
祐介は改めて手の甲を見る。
いくら眺めても最強の力が発現する気がしない。
「どうやったら、その刻印解放ってやつ出来るんですか?」
「そんな詳しいことは分からん。ワシも異民に会うのは今日が初めてじゃ」
ユガーラも異民と刻印解放についてはあまり知識がないことが分かり、祐介はそれ以上の質問を諦めた。
「とりあえず、異民は最強の力を授かることしかワシには分からん」
「は、はぁ」
まるで小学生が考えたような設定に戸惑いを隠せない2人。
「で、ここからが本題じゃ」
ユガーラは声のトーンを1つ落とす。
「この集落に住んで、ワシ達の力になってくれんかの?」
「は?」
「刻印解放をして、その最強の力をワシ達のために使ってくれんか?」
そもそも、2人はここが集落だということさえ今知った。
それなのに力を貸せと言われても素直に返答できるわけがない。
「事情を説明してくれよ」
「おぉ、そうじゃな」
ユガーラは頭をポリポリとかいて話を始める。
「ここは昔はかなり大きな村じゃった」
ユガーラの話はそこから始まり、およそ15分くらい続いた。
かみ砕くと、ただの村と村の戦争であった。
村が村と争い、負けた村は衰退し、小さくなる。
それが長年続き、元は大きな村が今は小さな集落になった。
ただ、それだけの話だった。
「じゃからお主達の力をワシ達のために貢献してくれんかの?」
つまり、異民がもつ最強の力。
そんな胡散臭い物を貸して、この集落を再び復興させたいということであった。
「無理だと言ったら?」
「言わせる気はないがのぉ」
ユガーラはナーヤルの方を一瞥する。
断れば、最悪命はなさそうな雰囲気だ。
怒濤に襲う理不尽に祐介は混迷しそうになる。
「とりあえず、彩花の無事を確認したい」
「そうだぜ!彩花だって異民ってやつだ、なんでここに居ない?」
「あぁ、この集落には掟があってのぉ」
ユガーラは白く生えた髭を手でさすりながら語る。
「この集落で戦士として戦えるのは男のみなんじゃよ」
「な、じゃぁ彩花はどうなるんだよ」
「安心せい、女にもきちんと役割がある」
ユガーラは今までで一番の笑みを浮かべる。
「ちゃんと生け贄として使うわい」