16K:月と約束……そしてこれから
最初は、トーマ視点ではありません
□-257℃□
トーマが王都内で、呪いを解くのに尽力している時、城に着いたアマネとジオは、国王であるガルロア、王妃のレミーネと話し合っていた。
状況はかなり悪く、半数以上の兵が王を捕縛し、新たな獣人族の国を作ると宣言。王になる者の存在は明かされていないが、第二王子が補佐に着くと言っているらしい。
「あの、バカ息子がっ!」
「とにかく、今は耐え忍ぶ時だ、トーマが上手くやってくれれば、後は黒幕をなんとかするだけだ」
「そうね、それにしても、いったい誰が……」
「考えられるとすれば、人に対してかなりの恨みを抱いてる人物………」
四人が話し合っていると、突如として部屋に笑い声が響き渡った。
即座に臨戦体勢を取り、周囲を見回す四人に、どこからか声が聞こえてきた。
「ハハハハハハ! 流石は、リュコスと共に国を守ってきた者達だな」
「っ!? その声はっ!」
謎の声を聞いた瞬間、ジオが驚きの声を上げ、他の三人も驚愕の表情を浮かべた。
「ほぅ。覚えていてくれたのか」
「当たり前だ! どれだけお前を探したと思っている! 早く出てこい!」
ガルロアが声をあげると、天井からフードつきのマントして、顔と身体を隠した人物が現れた。暫し、部屋の中が沈黙に包まれた後、その人物はフードをとった。
フードの下には、右目に縦の傷痕がある、黒い狼の耳をした男、その瞳は爛々と輝き四人を睨み付けていた。
「ヴォルフ。今回のことは、お前の仕業か!?」
「あぁそうさ、全ては、彼女の復讐のため、英雄リュコスの無念を晴らすため…………だというのに、お前らは」
肩を震わせ、怒りに燃えた瞳で四人を睨むヴォルフは、激情のままに叫ぶ。
「人族と融和の道を歩むだと!? 恥を知れ! お前達は、彼女を………獣人族を裏切ったんだ! しかし、殺しはしない。仲間だったのだからな」
「待て! リュコスは最後に━━━」
「言い訳など、戯れ言など聞きたくない!」
ヴォルフの言葉に、四人は必死になってリュコスの最後の言葉を伝える。
四人にとって、ヴォルフは敵ではなく仲間、かつてリュコスを含めた六人で武者修行の旅をした仲間なのだ。
リュコスの死に一番怒ったのは、恋人であったヴォルフであった。人の国を攻めようと四人に言ったが、四人はリュコスの意思を尊重、当時国王だったガルロアの父も、リュコスの意思を尊重した。
その後、ヴォルフは行方不明となり、四人は必死に探し続けていたのだ。
そして、再会したヴォルフは、いっそう人族への恨みを強くしていた。
「腑抜けたお前らも、直ぐに俺の意見に賛同するようになる。俺が、本当の獣人族の王国を作る。さぁ、思い出せ、憎しみを、恨みを、怒りを!」
ヴォルフが手を高く上げると、部屋の中が一瞬紫色の光に包まれた。
「ぐっ」
「ぅあ」
「な、なんだ!?」
「これは、呪言か!?」
頭の中に突然聞こえてきた声は、対象の深層心理、心に閉じ込めた特定の思いを呼び起こし、増幅させる。
対処のために、アマネが懐から符を取りだし、術を発動させようとすると、符が突然燃え始めた。
「なにっ!?」
「どれだけ一緒に旅をしたと思ってるんだ? 対策ぐらいとっている」
なすすべもなく、人族への憎しみ、恨み、怒りを増幅させられていく四人。
もはやこれまでかと思ったその時、外から力強い声が聞こえてきた。
『【月之御鏡】最大展開、“月映し”』
◇
■トーマ視点■
「いい感じだね」
「そうだな」
能力を駆使して、屋根を登ったりしつつ逃げ回り、十分が経過したので、さっそく発動させた。
”月映し“
上空に飛ばした【月之御鏡】を、時間をかけて巨大化させ、月の光を増幅、浄化効果を乗せて広範囲に行き渡らせるという技だ。
今眼下には、頭を抱えてうずくまった獣人の皆さんがいる。なんでも、解呪の時の反動で苦しんでいるだけなので、時間が経てば元通りになるらしい。
「さて、逃げ回ってる間に何故か神牙様からことのあらましを聞けたんだが………」
「ボクが中継役になったからね」
ツクヨミ凄すぎませんかねぇ
つまり、今目の前で憎悪の籠った瞳で見つめてきているのが、例のヴォルフって人なのかな?
とりあえず、屋根の上から降りる。当然、ヴォルフって人も着いてきた。
「貴様、どうやって魔法陣を………」
「ちょうど、そういうのに有効な能力を持っててね」
「人族が………どこまで我らを苦しめれば気がすむんだ!」
「あんた、何時まで立ち止まってるんだ?」
「何? 何が言いたい!」
このヴォルフとかいう人は、まったく前に進んでいない。いや、進まないようにされているのかもしれない。誰かは分からないが、嫌な感じがするのがその証拠だろう。
しかし、まだやりようはある。
「月読様、もう一つのアレ、試していいか?」
「そうだね、それがいいかも」
上空にあった【月之御鏡】を、俺の後ろに移動させる。
「“月の囁き”…………『英雄リュコス』」
“月の囁き”
その地に縁のある魂を一時的に活性化させて、記憶を見たり、言葉を聞いたり出来る技。(なんでこんな技あるんだよ)
人物を指定していれば、その人物の魂のみを活性化でき、一つの魂に力を集中できるので、より鮮明に聞けるそうだ。
『呼んだかな?』
『ああ』
『状況は分かってるよ、ずっと見守っているから』
『…………』
『彼にはね、私にもしものことがあったら、私の意思を継いで欲しいってお願いしたの』
『………そうなんですか?』
『そう。なのに、いくら外部からの干渉があったからって忘れるなんて酷い。だから━━━』
『………だから?』
『一発殴って目を覚まさせて!』
成る程。それぐらい━━━
「お安いご用だ」
「何を無駄口を叩いている! 死ね!」
俺に向けて放たれた黒紫色の炎の球、とても禍々しく、嫌な感じがする。
時間が遅くなったかのような世界で、俺は立ち上がる獣人の皆さんを見た。
屋敷の方からやって来たティオとルルー、フェルゥを見た。
城のほうから、アマネさんとジルさん、王族の人達が来るのが見えた。
その全員が、俺の名前を呼んでいるのが分かった。
心配しなくていい。これぐらい、楽勝だ
「凍結縛」
黒紫色の炎の球を【月之御鏡】で、斜め上の方向に弾き返し、カッコいい方の名前を呟き、氷過ぎない程度で相手の動きを止める。
「なっ!?」
「意思を継ぐって約束したんならな、しっかり覚えておけ」
「っ!?」
『魔氷手甲』を右手に発動させながら、突撃する。
「憎んでもいいさ、恨んでもいいさ。けどなぁ、なんの罪の無い人を傷つけるな!」
「黙れ! それは貴様らも同じだろうが!」
再び飛んで来る炎の球を避ける。
「だから、同じことをしていいのか? 違うだろう!?」
「っ!? それは………」
動揺を浮かべるヴォルフ。
「歩もうと、分かりあおうと、前に進もうとしている人達がいる。あんたは、かつての仲間の邪魔をし、恋人を裏切ったんだ!」
「………俺は………」
今にも泣きそうなヴォルフ、しかし、多少なりとも俺もイラついている。だから、容赦はしない。
「しっかり目を覚まして、謝ってこい! バカ野郎!!!」
ヴォルフの顔面に、渾身の右ストレートを叩き込み、吹き飛ばす。
ヴォルフを縛っていた氷が砕け、辺りに散らばる。ヴォルフは暫く地面を滑った後、止まりそのまま立ち上がらない。
俺は誰も動かない中、無言で近づいた
「………俺は、約束も忘れて、彼女を裏切って………最低な男だな、それに、今回の件で死刑も確定だろう」
「約束破るのか?」
「え?」
「したんだろ、約束」
「だが━━」
「ご覧の通り、怪我人はあんただけ、計画は俺が完全に潰したし、あんたも正気に戻った」
俺は、笑ってヴォルフさんを見る。
「なんとかなるさ、きっとな」
なんの根拠もないが、きっとなんとかなる。そんな気がするんだ。
空に浮かぶ満月を見ながら、俺はそう思った。
とりあえず、次回でまとめて獣人国は終わり、人族の国の話になります