12K:イナリ家にて
□-261℃□
「申し遅れましたな。私はイナリ家に仕える執事長、灰鼠のセルバです」
「あぁ、どうも、トーマ=アタガワです。こっちはフェルゥ」
「ルゥ!」
「ボクはツクヨミだよ」
屋敷の前で軽く挨拶を済ませ、さっそく中に入る。
中は普通の屋敷………いや、ちょっと和風が入ってる。
応接室に案内され、そこで暫く待つ。ネズミ耳のメイドさんに淹れてもらった紅茶を飲んだり、茶菓子を食べたり、ツクヨミとフェルゥと談笑しながらいると、扉が勢いよく開かれて、飛び込んで来た人物が
「トーマさん! 大丈夫ですか!? 怪我とかしてませんか!?」
「してないから、服を捲るのは止めようか」
ほんの少し涙を流し、青い顔をしたティオが俺に抱きつくと、身体をペタペタ触ったり、服を捲り上げようとして来たので、やんわりと止める。
「…………どこも異常は無いみたいね」
「分かったなら、顔を触るの止めてくれない?」
ルルーのほうは、真剣な表情で俺の顔を触ったり、首の裏や耳の裏を確認しだした。口の中も確認しそうになったので、こちらもやんわりと止める。
「ごめんなさい、トーマさん」
「ん? なんでだ?」
「まさかあそこまで過敏に反応するとは思わなかったのよ」
耳をペタんとさせて、「牙選者だったのに………」と呟く二人に、別段気にしてないし、人間側が悪いから気にしなくていいと笑う。
話をよく聞くと、あの場にいた犬さん以外の三人は、この獣人の国の中でも特に人を嫌っているらしく、人だと分かったら問答無用で攻撃してしまうらしい。
「まぁ、牙選者や翼選者は関連している種族に対しては強いけど、それ以外は効くといっても限界がある。とくにこの王都ではね」
続いて入って来たのは、ティオと同じく銀色の狐耳と尻尾をした、糸のように細い目をした男性だった。
これは、ティオのお父さんの流れかな?
「トーマさん、此方は私のお父様です。胡散臭い見た目ですけど、いい人ですよ」
「ティオ、本人が目の前にっていうか、父さんそんなに胡散臭く見えるかな?」
若干傷ついたかんじのティオのお父さん━━ジオさん━━が、話を続ける。
なんでも、アルスラの軍に身を置く者は、例え牙選者や翼選者、体選者といえども人間を本当の意味では信用出来ないらしい。それほどまでに、溝が深いということだ。
まぁ、人間側が全面的に悪いのかどうかは置いといて、そうなるとアルスラで活動するのは大変そうだな。
ま、深くは考えないでもいいかな。暫くしたら、人間の国にも行く予定だし
「ああそうだ、ティオとルルーを助けてくれてありがとう。どちらも大切な娘だからね」
「ルルーも?」
種族が違うのに………と思ったが、種族間の関係とかはあんまり関係なく、人間と他種族の場合はハーフ、それ以外だとどちらか一方の、もしくは、滅多にないが両者の種族の特徴が子供に現れるらしい。
ま、ルルーの場合は、希少な種族であるルルーが孤児だったのを、ジオさんが保護して、ティオの姉妹兼、友達兼、護衛役にしただけらしいので、種族違いの両親の子供の件は関係ないハズなのだが………
「だから、トーマくんがティオやルルーと結婚しても、子供の心配はしなくていいからね」
「「お父様!!!!」」
別に二人と結婚する予定はないのだが…………
と、ティオとルルーに詰め寄られ色々言われているジオさんを見ていたら、また誰か入って来た。
金色の長い髪と狐の耳と尻尾、切れ長の美しい黒い瞳、巫女服の似合う綺麗な女の人だった。
流れから行くと、ティオのお母さんかな?
「ほぅ。お主がトーマかぇ?」
「あ、はい」
「そうか、そうか。わっちはティオの母で、アマナという。よろしくのぅ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
クックッと笑うアマナさんと少し話す。
ティオとルルーのことをどう思っているか。恋人はいるのか。好きな女性はいるのか等々………
「ふむふむ。微妙だのぅ」
「何がですか?」
「いやなんでもない。まぁ、ゆっくりするといい、王家のほうにはわっちから事情を話しておいた。だが、最近どうも反人族の傾向が大きくなっておる。犬族や狼族はともかく、他の種族はお主が我が物顔で王都を歩くのはよしとせんだろう。なるべく、この屋敷の中にいることだ」
「分かりました」
それにしても、反人族か…………どうにも、嫌な予感がする。
イナリ家の屋敷で暫く暮らすことになったのだが、何故か盛大な歓迎会━━といっても、俺達とイナリ家の人達、使用人の人達だけだが━━が行われることになった。
「へぇー。君がトーマくん? ティオが手紙で書いた通りだね」
「あらぁ? 中々いい男じゃない。後でお姉さんとイイコト━━」
「シュロ姉様! スイウ姉様!!」
ティオのお姉さんは二人、金色の髪をしたボーイッシュな感じのシュロさん。そして、ティオと同じ銀色の髪をした妖艶なスイウさん。
使用人の皆さんは、皆が皆ネズミ耳の鼠族で、セルバさんの娘さんやお孫さんばかりらしい。なんというか、大家族みたいだ、うん。
「トーマさん、家の料理はお口に合いますか?」
「ん? 普通に美味しいよ」
「そうですか? 来る人の中には戸惑う人もたまにいるんですけど………」
ティオが見ているのは刺身だ。
そう、和風が混じった屋敷だと思っていたら、料理も和風な感じだった。
刺身に加え、豆腐とワカメの味噌汁、エビやら野菜やらの天麩羅、秋刀魚の塩焼き等々。勿論ご飯もあり、日本人としては嬉しい限りの食事だ。
「ふむ。異世界人はトウワの地の料理を好むと噂で聞いたが、真であったか」
トウワの地が気になったので聞いてみると、なんでも戦国時代と江戸時代を合わせたような日本っぽい島で、ここの料理はそこから伝わったものらしい。
「初代がトウワの血を持つものだったのだ」
成る程、それにしても美味しい。
最初に襲われたので少し心配だったが、なんとか楽しくやっていけそうだな。特に、食事に関してはかなり楽しめそうだ。
◇
「クククク。もっと恨め、もっと憎め」
トーマが王都に到着した少し後
「もうすぐだ。もうすぐこの国は我が物になる」
王都の一角で、黒紫色に光る禍々しい魔法陣を前にして、一人の人物が笑っていた。
「クククク。このタイミングで人間が来るとは………実に運がいい!」
その人物は、お人好しそうな人間の男━━トーマ━━のことを思い浮かべつつ、邪悪に嗤った。
「全ては順調だ━━」
トーマの知らない所で、アルスラに悪意が迫っていた。