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最初で最後の恋~叶わなくても愛してる~

作者: 森本美夜

君が生まれた時、僕はすぐそばにいたんだ。

その小さな小さな身体を震わせて大きな声で泣く君が僕の宝物になった。

どんな時もいつも一緒だったね。

まだ言葉もわからない頃から、僕の後ろをついてきた。

どんなに大泣きしても、僕が抱っこすれば泣き止んで、それがどれだけ嬉しかったか君は知らないだろうに。

「男の子にいじめられた」

そう泣いて帰ってきた日。僕は腸が煮えくり返る思いだったよ。君を泣かせた男をこの世界から抹殺したかった。大袈裟かもしれないけど、本当にそう思ったんだ。

でも君は、優しいから。

「怒らないで」

って今度はその男のために泣いた。

それはそれで、ほかの人間が君に思われて泣くなんて悔しかったし、胸がいたんだけれど、君のことはもう泣かせたくなかった。どんなことも君が笑って喜んでくれないと意味が無かったから、僕はその男を許した。春に桜を見れば

「綺麗だけど儚く散ってしまう」

って涙ぐんで呟く君。

桜なんかより、儚く、美しく可憐だった。

折角の卒業式や、入学式の度に泣いていて、君の心がいかに純粋か思い知らされたよ。

夏の暑い日。頭を割るような蝉の声に、

「一緒に歌うんだ」

と声を合わせる君。

澄んだ声が青い空どこまでも響いて、時が止まるようだった。

僕と君の時間が止まればいいのにと、僕はその時初めて思ったんだ。

秋の紅葉にドングリ。

沢山拾い集めたね。

君が

「プレゼント」

って葉っぱの栞をくれた時、君は知らないだろうけど、少し泣いてしまったんだ。

君が僕を思って作ってくれた。

君が僕を喜ばせようとしてくれた。

君が僕を大切だと言ってくれた。

君が僕を大好きだと言ってくれた。

君が……、君が僕のためにしてくれた事が、嬉しくて涙が止まらなかった。

冬に見た雪。

真っ白い景色の中、やさしく無邪気に笑う君が、僕には天使に見えた。……いや、この世界の光そのものだと思った。

だから強く手を握った。

雪のように、儚く溶けて消えてしまわないように。強く、ただ強く。

中学に入学して、少し隠し事が増えたね。

君が大人になっていくことが嬉しいと思う反面、寂しくも感じられた。

それでも、君が成長していくことを僕は止めることは出来ないから。

ただ静かに見守った。

高校生になって、世の中でいう反抗期に君はなった。周りに必要以上に反抗し、夜遅くまで出歩き、僕や母さんや、父さんを汚い言葉で罵る君。

君がどれだけ僕のことを罵っても、殴っても、僕は構わなかった。君が僕を嫌いでも、僕が君を嫌いになることはないから。

でも、君が自分を嫌いになることは、許せなかった。

僕ら家族を罵るたび君が一番傷ついた顔をしていた。

僕は大馬鹿者だ。

君が人を傷つけることなんてするはずないのに。

どうしてすぐに気づいてあげられなかったのだろう。

「大切な友達だからこそ、時に諦めることも必要なんだよ」

そう君を抱き寄せて囁くと、君は小さな子供のように僕の腕の中で泣いたね。震える君の細いからだを抱きしめて改めて、僕が君を守らないといけないと思い知らされた。

君が傷つく原因になった友達には、もう会わなくて大丈夫だよ。

いや、もう会えないかな。

それ以来、一層僕は君から目を離さなかった。

君を二度と泣かせない。傷つけさせない。

全てのものから守って、笑顔でいられるようにした。

それが僕の存在する意味なのだから。


こんな生活が続くとは思っていなかった。

もちろん、時が止まれと何度も何度も願った。

でもどこかで期待しながら、君はいつかどこかに行ってしまうと分かっていた。

僕の想いが実ることは無い。

僕の想いが報われることは無い。

僕の想いが叶うことは無い。

僕は、穢れている。

真っ白な君と違って、僕は真っ黒だ。

どれだけ洗っても落ちることは無い。

そんな僕が、君に何かを望むなんてお門違いだ。

それでも君が僕の一番であることは変わらない。

せいぜい僕は、この穢らわしい心の奥底を君に見せないように今日も笑いかけるんだ。


君が家を出てから、僕の世界は暗い闇に閉ざされた。君がたった一人で、この汚れた世界に出ていくなんて許せなかった。でも止めることも出来なかった。

君を守ると自分に誓ったのに、僕は君のそばにいることが出来なくなった。

苦しくて苦しくてたまらなかった。

これが穢れた僕に与えられた罰なのかと思った。

だからこそ、その痛みを抱えて僕が君に出来る精一杯のことを今以上にするんだと、頭がいっぱいになった。

君が離れていっても、僕の世界は変わるどころか、一層君だけになった。


「ありがとう」

その一言は、僕の心を抉った。

素晴らしい日のはずなのに、

人生でたった一回の大切な日なのに、

笑って送り出そうと決めたはずなのに、

僕は君を、

今日の君を、

大切にできない。

守ると誓ったのに、

守れない。

ひきつった笑すら、浮かべられない。

純白のレースが憎らしく揺れる。

慌てた君が、手袋に包まれた手を差し出す。

こんなに大きくなったんだ。

小さくて、僕の指を掴むのがやっとだったのに、今は僕の手を握ることが出来るくらい大きくなったんだ。

もう僕は君を守れない。

それはもう僕の役目じゃない。

今世界一幸せそうな顔をした奴だけが出来ることだ。

分かっていたけれど、苦しくてたまらない。


僕は君のものなのに。

君は僕のものなのに。


結局、僕の穢れた欲望は抑えられなかった。


この世界で一番君を傷つけるのは僕なんだ。


君の手を掴み抱き寄せる。

そして、君の紅い唇に僕の唇を合わせた。


目の前で君が驚き、瞳を大きく開く。


それでいい。

この一瞬だけは、僕のことだけを考えればいい。


「お兄ちゃん」


そうだよ。

僕は何があっても、君の兄だ。

だから

「結婚おめでとう」


これが最後だね。


「愛しているよ。幸せになってね」


たった一人の、大切な僕の妹。

ずっとずっと愛していたよ。

きっとこれからも変わらない。


叶わない恋でも、君のことを愛し続けるよ。





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