帰郷
番外編です。美咲視点ではありません。
GWに久しぶりに田舎に帰省することになった。
高校を卒業して、東京の大学への進学のために実家を離れ、そのまま向こうで就職して、もう7、8年帰っていないことになる。
両親は僕が高校生の頃に他界し、家業の農家を継いだ10歳上の兄貴に僕は大学を出させてもらった。
親代わりになってくれた兄貴にはすごく 感謝しているし、尊敬もしているけど、正直頭が上がらない相手なので苦手意識もあるし、親ももういないし、ずっとなにかと理由をつけて帰ろうとしなかったのだ。
7歳年上の姉貴も名古屋でFMラジオの パーソナリティをしているので忙しくてもう何年も実家には帰ってないらしい。
でも、そんな姉貴が今年のゴールデンウィークに急に帰省するという話になり、兄貴から「たまには兄弟三人、顔を見せ合おうや」と言われて帰省することに決めた。
姉貴の声はスマホのラジオアプリでちょくちょく聞くけど、実際に会うのはこれまた数年ぶりだ。
物思いに耽っているうちに電車が故郷の駅に停車した。
ホームに降りて見渡した故郷の町は、僕が 家を出た時から時間が止まっていたかのように、記憶にあるまま全然変わっていなかった。
田植えの済んだばかりの田んぼ、水面にさざ波を立てて吹き抜ける涼風が土と水の匂いを運んできて、大きな鯉のぼりが何匹もゆったりと空を泳いでいる。
「……章二君?」
遠慮がちにかけられた声に振り向くと、義姉だった。
「あ、義姉さん、久しぶりです」
「よかったぁ! やっぱり章君やったんやね! すっかり変わってたから最初分からんかったわ」
「すんません。すっかりご無沙汰しちゃって」
「ほんまによぉ! 美咲ちゃんも章君も全然帰ってこぉへんから、うちの人も口には出さへんけど淋しがっとったんよ」
「兄ちゃんが?」
「当たり前やんか。さあ、乗って! 積もる話は家でしたらええ」
すっかり地元の言葉になってしまった義姉の運転する軽トラで実家に向かう途中、不意に義姉が言った。
「章君、今日はなんで美咲ちゃんが帰ってきたか知っとる?」
「や、知らんけど……もしかして姉ちゃん、結婚するん?」
そうだったらいいな、と淡い期待を抱いてみる。
姉は高校生の頃に子宮に腫瘍が見つかって子宮の全摘出手術を受け、子供が産めない体になった。それで本人も「結婚とか無理だろうなぁ」とか言っていたが、それを受け入れて姉と結婚したいと思う男がいないとは限らない。
義姉の反応は、当たらずとも遠からず的な曖昧な表情だった。
「ふふ。知らんのやったら黙っとこ。きっと驚くに」
思わせ振りな義姉の言葉に不安を覚えつつも僕は兄たちとの再会に心が躍るのを自覚していた。




