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アルトルイン・オンライン  作者: 宇月 桜
1/1

邂逅の世界

「ッ…! くっ、はぁあああっ!!」


「ぬぐっ!? あがッ、はっ… …」


 「うそっ… …そんな、勝てるはず…」


――ドサッ、ズドン――



 そんな少女の呟きで糸が切れたように盛大な地響きをたて、崩れ落ちる山の様な巨体。

 その後ろから初期の冒険者の装備を黒に塗っただけのプレイヤーが現れる。

 

 「…ふぅ… …しょうりッ」

 

 黒のプレイヤーは振り向き、この世界で唯一のフレンドの少女に親指を立てて、にぃと悪戯っぽい顔で嘯く。

 それを合図に、場を支配していた緊張の糸が切れる。

 怒涛の一言。割れんばかりの歓声の中で黒い初心者(ニュービー)は、この世界で初めての勝利の高揚感を感じながら、未だにぽかんと口を開けたまま、絶句している少女を真っ直ぐに瞳に捉えていた。




――2039/1/23 PM 1:30――


 「いよいよサービス開始かぁ… …楽しみすぎて逆に入りづらい」

 

 某所、某室――一人の青年が一つのゲームをはじめようとしていた。


『アルトルイン・オンライン』


 はじまったばかりの始動日には流石に入れなかったが、世界がはじまってから数日、十分早い部類に入るだろう。しかし青年としてはもっと早く入りたかったようだ、そう思う時点で重度の廃ゲーマーである。

 

 「えっと、バッテリーは…おっけ、インストールも…もちろんしてある、あとは…」

 

 そして、青年はまあまあの天邪鬼であった。いざプレイ出来るとなると、要らない事を始めたり、同じチェックを何度もしたりと妙なヘタれでもある。

 

 「うしっ、何も不安要素はないよな。この後予定も全部切ったし…」

 

 もちろん予定など入れてない。この日を夢にまで見て待ちわびていたのだ。何も青年の新しい世界への旅立ちを邪魔するものはない。

 

 「すぅ… …はぁ、いくぞ…」

 

 ベッドに体を預け、一つ深呼吸をして青年は目を閉じる。




――2039/1/23 PM 1:50――


 人の… …話し声が聞こえる。売り子の呼び込むかけ声、靴が地面を叩く音。

 ゆっくり瞼を上げ、視界いっぱいに街の風景を眼に吸い込む。

 

 「ここが… …アルトルインの世界」

 

 初心者まるだしの感想と共に黒い服装の少女は見回す。

 ここは広場、噴水があり、水が噴き出している上には荘厳な扉の様なオブジェクトが据えられている。

 それを囲むように沢山も人が四方に歩き、また違う人は道端で露店を出してお客と揉めている。さっき聞こえたのはあのお店の呼び込みだろうか。そんな些細な事さえ気になって仕方がないくらい気分が高揚している。


 (ふ、ふっふふ… …ついにきたぁっ! ここが『アルトルイン』第一の街『シロルード』べったべたの初期チュート街だけどそれがいい!)


 全力でガッツポーズをしたい気持ちを必死に内に押し込む、もし声でも漏れていたらものすごく気持ちの悪い声が出ていたことだろう。


 (さぁて、何からしようかな…王道で行けばチュートリアル、確かアルトルイン・オンラインでは、一気に世界観から戦闘まで『初心の箱』ってところで学ぶんだけっけ、何処にあんだろうな)


 初心者は初心者らしく一からシステムにレクチャーして貰おうと目的の物を探そうと歩き出そうとした瞬間…。


「なぁ…お嬢ちゃん。いま入ってきたばっかりだろ?」


「にっ!! はっ、はいッ!?」

 

 突然の訪問者にわけの分からない声が漏れ、咄嗟に肯定の返事をしてしまった。もちろん声のする方を咄嗟に振り向いてしまうのは仕方がないだろう。

 そこには、いかにも中級剣士という感じ装備をした男二人組が居た。

 

(なっ、お…おれっ? 確かにインしたばっかりだけどそれにしても『お嬢ちゃん』? いやいやいや… …なら違うな。俺、男だし。でもこいつどうみてもこっち見て話してるよな。えっ…?)


 頭が混乱する中で必死に絞り出した声は


 「ひ、ひとちがいじゃないですか…?」


(ってちがーうッ! 人違いってなんだよ! 初心者誘うのに人違いも何もあるかーっ!)

 

 「ぶはっ、おいお前避けられてるぞ? それにしても『お嬢ちゃん』の方も断るのにそんなベタな言い方久々に聞いたわ。」

 

 もう一人の剣士が茶化しながら言う。

 

 「あ、あはは…っ」


 (そうだよなぁ…俺もそう思うよ)

 

 内心もう一人の剣士に強く同感しながら、自分の発言に頭を抱えたくなりながら苦笑する。

 

 (って言うかやっぱり俺に話しかけてる… …バグか? 俺がホントに少女見えてんのか? そんな珍妙なバグ聞いたことないけど。そのせいでこんな勘違いされてんなら始めたばかりから運営に問い合わせしないとかな。萎えるなぁ…)

 

 そんな若干のがっかりを感じながらも話は進む。


 「うっせ、こういうのは声かけたもん勝ちなんだよ。最初はこんなでも結果的に仲良くなれればおっけーなんだって」

 

 「そうかよ。まあがんばれ…俺は間近でお前の勇姿を観賞しながら、生暖かい目で応援してるからさ」


 「ちっ、見てろよ。見事誘ってパーティ組んでやるからな。お前は入れねーけど」


誘われて困惑している当人を目の前にして剣士達はお互いに茶化し合っている。


 (そういうのは本人の前で言うのはNGだと思うけどなぁ…流石にそんな事言ったらに組んでくれる人いないだろ)

 

 声を掛けられた驚きから、段々と呆れに少女(?)の心情が変わってくる。


 「それでな…結局ニュービーなのは分かったんだし俺たちとパーティ組んでこれからレベル上げに行かね? これでも俺たちアルトルイン始まってから結構やってるし、手取り足取り教えられるぜ。」

 

 あんな事を言っておきながら、誘える神経にある意味賞賛を送りながら少女は答える。


 「えっと…初心者って言うのは合ってますけど、これからチュート行こうと思ってたので…」

 

 「それなら初心の箱にも案内するしさ。その後でフィールド行って狩ろうぜ」

 

 (本人の前であんな発言するだけあって神経図太いな。正直面倒くさいしどうにかして丁重にお断りしたいところだけど…)

 

 今までの男の発言と行動を見て分かるとおり、いまどき絶滅しそうなくらいのナンパ野郎である。しかし、持ち前の独尊な神経と馴れ馴れしさで相手をぐいぐい押していくタイプのようだ。普通の女性なら言い回しの上手さで、さらりといなして断れるのだろうが、今現在餌食になっている犠牲者は積極的な好意には中々に弱かった。


 「それは…実にありがたいお誘いなのですが、えっと…」


 (どーしよ… …断りきれそうにない。こんな強引な誘い方するプレイヤーいまだにいるんだな)


 などと現実逃避気味に的外れな感想を抱きながら少女は苦笑するしかなかった。


 「だろ。このゲーム自動的にチュートリアルが始まる訳じゃないし、初心の箱を探すのも結構苦労するぜ? 初日くらい誰か知らないプレイヤーを頼ってもいいだろ。そういうのもゲームの楽しみなんだしさ」


 確かにもっともである。知り合ったばかりのプレイヤーと意気投合し、長い時間を共にするという事例はネトゲーマーならほとんどが経験した事のあることだろう。


 「うーん、そうですね…」


 と考え込み始めてしまった少女はもう男の策中にはまったと言っても過言ではない。

 「それじゃあ…」と軽い気持ちで答えようとした瞬間。


 「あっ、いたいたーっ。『ハル』やっとみつけたよー。」


 「へっ?」とまたもや情けない声をあげ、少女ハルは本日、二度目となる突然の訪問者に発言を阻まれた。そして、恐る恐るもゆっくりと振り返る。

 その女の子はスカイブルーの髪を腰までたらし、ちょこんと突き出ている若干とがった耳が特徴的な美少女であった。整った顔立ちと持ち前の明るさから出る笑顔によって更に可愛さに拍車がかかり、周りに元気をふりまいているようだ。例によって服装は冒険者という出立ちだが初期装備からは細かなところが変わっているようだ。

 そんな女の子が親しそうに手を振りながらこちらに向かってくるとなれば呆けタイムに入ってしまうのも、仕方がないのだ。


 そんな中、女の子は男たちが何かを言いだす前にしっかりとハルの手首を掴む。


 「ほら、そんな嬉しさで呆けてないでいこうよ。待ち合わせの場所で待ってたんだけどさ。全然来ないから迷ってるんじゃないかって心配したよ」


 此処にはハルと女の子しかいない様な雰囲気で強引に話を進め、手を引き立ち去ろうとするが…。


 「おいおい、お連れさんいたのか。そうなら言ってくれれば良かったのに… …ちょうどいい、そっちの青髪のお嬢ちゃんも一緒に…」


 「結構です」


 男が言い切る前に、取り付く暇もない拒絶。流石の男も、誘いの言葉さえ遮られるとは思っていなかったようで一瞬口が止まる。

 その隙を逃す女の子ではない。

 渦中の当人の同意は聞くまでもないと、強引にハルを連れ去って走り出した。


 「わっ、ちょ… …いきなりっ!」

 「あっ、こらお前!」


 当惑の男たちを残しつつ、女の子とハルは人ごみの中に飛び込んだ。




――2039/1/23 PM 2:10――


 「ま、待って…せめてスピードをゆるめ…っ」


 「そうだね、このくらい来れば諦めたかな」


 「わっ、ぷ…あぶなっ、はぁ、ふぅ…なにがなにやら分からないけど取りあえず助けてくれたんですよね。ありが… …あっ」


 「どうしたの? また呆けてまさかあの男たち実は知り合いでした、なんてことないよね」


 少女の急ブレーキに危うくぶつかりそうになり、ハルはつんのめる。そうなれば必然的に女の子との距離が近くなる。間近で見れば予想以上の美少女であった。口は小さく、ツンととがった鼻に優しそうな印象を与える目元、青い髪色は本物の青空の様にグラデーションがかかっていて凄く綺麗だ。


 「いやいや… …えっとミア、さん? ありがとおかげで助かりました。」


 「どういたしまして。知ってるだろうけど、この『アルトルイン・オンライン』もサービス始まったばかりだから、ああいう輩も今は結構いるのよ。」


 「あはは、だね。思えばかなり強引なお誘いだった。」


 「うん、私まで誘いだしてたもん。きっとあなたや私以外にも何人も声をかけてる。」


 (俺もそう思います。典型的な人だったし、ナンパも数撃ってなんぼなんて思ってるんだろうな)


 心の中で全面的な同意をしながらやっぱりハルは苦笑するのだった。


 「それで、改めて自己紹介。私は『ミア』一応、開始日からやってるから少しは先輩だと思う。よろしくね。」

 

 「あっ、はい… …私は『ハル』。ついさきっき始めたばかりの初心者で… …あ…」


 と言いかけハルはおもむろに空中で手を動かし始めた。

 別に幻が見え始めた訳では無い、これは『ウィンドウ』を操作しているのだ。初心者とは思えない慣れた手つきで自らの身体能力を閲覧できる『ステータスウィンドウ』を開き食い入るように見る。

 さまざまな事が激流の如く押し寄せたせいで忘れそうになっていたが、ハルは男たちに『お嬢ちゃん』と呼ばれていたのだ。いままではその余裕すらなかったが、このステータスを見れば嫌でも自分がどっちなのか分かるのだ。不思議そうな顔で見守るミアを視界の端に、嫌な予感を抱きながらハルは確認する。



 キャラクターのシルエットの右端にある文字

――F――つまりfemale、女である


 (あーっ、あああぁっ!? ナンデッ!)


 ゲームにまで女認定され、思わず頭を抱えて打ちひしがれるハル。男たちが愉快な幻を目の前にナンパをしていた訳では無くハルが女の子だったのだ。


 (うっそだろ。何で女性キャラなんだよ… …確かに楽しみにはしてたけどそんなサプライズいらないって)


 「あの… …ねえハル。どうかしたの? ウィンドウ開いてたみたいだけど何かあったの。」

 

 「いや、あの…ですね。衝撃的な現実を突き付けられまして、少し心を落ち着けるのでちょっと待って貰えますか?」

 

 「う、うん… …いいけど…」


 明らかにミアの目が疑問から疑惑に変わっている。目の前の人が唐突に身悶えだしたら当たり前である。


 (そんな目で見ないで! 仕方ないんだって!)


 そんなハルの願いも届く訳もなく、おかしい人を見るミアの大きな瞳が突き刺さる。


 「こ、こほん…失礼しました。改めて私は『ハル』と言います。初心者でこれからチュートリアルが出来る初心の箱に向かうところでした」


 「そっか、うん大体予想通り。」


 ハルの奇行は気にならなくなったのか満足そうな笑みを浮かべ、ミアが答える。

 

 (良かったとりあえずあからさまな引かれ方はしてない。でも正直に言っても信じてくれないよなぁ)


 「なら初心の箱の場所くらいまでは案内しようか? もちろんあのナンパ男達の様な下心がある訳じゃないけどね。」

 

 「そうですね。良かったらお願いしたいです。噴水広場に無いみたいでしたし、自分で探してもいいですけど時間かかりそうですから。」

 

 「決定。実は私、この町を拠点に活動してるからかなり詳しい自信があるんだよ」

 

 「それは頼もしい。是非、色々教えて欲しいです」

 

 「もちろんそのつもり。これも何かの縁だし色々穴場を教えてあげる」

 

 予想はしていたがミアは結構な世話好きであるらしい。見ず知らずの初心者を助ける行動も中々出来るものではないし、この街についてもレクチャーしてくれるらしい。

 

 (それにしても妙に話しやすいな。姉御肌って奴かな? この人にならお世話になってもいいかなって不思議と思っちゃうよ。最初はどうなるかと思ったけど楽しくなりそうだ)

 

 それはミアの話し方だったり雰囲気だったりからくる、人を自然と引き付けるカリスマ。話したことも無い人に対しても明るく、天性の花が咲くような笑顔で人の心を掴んでしまうのだ。そんなミアの性質にハルも引き寄せられ、ついて行く。



――2039/1/23 PM 2:25――


 「そして此処がお待ちかねの『初心の箱』。お待たせしましたー…どうだった?」

 

 「ありがとうございました。もう目からうろこの役立つ情報ばっかりだったよ。何処もこれからお世話になるところばかりでホントに助かった。」

 

 「それなら良かった。私の独自のリサーチだからね。自信はあるけど案内したのは初めてだったし」

 

 (へぇ、初めてであの手際と情報量。すごいな… …案内人とか、かなり向いてるんじゃないだろうか)

 

 実際、ミアの説明とガイドは本職顔負けのレベルだった。たった十数分くらいで初期での街の要所は網羅してしまったのだ。更に抜け道や必需品の相場など役立つものばかりでもっと知りたいと思うほどである。


 「私から何もお礼出来ないけど、良かったらフレンド登録しない? 今は出来なくてもこれから恩返しできるかもしれないからさ」

 

 「えっ… …ふ、フレンド?」

 

 最初はどんな出会い方でも、親しくなった相手にフレンドを送るのは自然なことである。しかし、ミアは予想もしていなかったようでかなり驚いた顔をしている。


 「あっ… …ダメ、だったかな。私としてはこれからもミアとプレイしたいなって思ったんだけど、ミアの方は嫌だった?」

 

 「ちがッ! 違うのっ! いきなりでびっくりしただけで… …ハルがそういうのならその… …フレンド登録しようっ!」

 

 そんなに取り乱すことかなと思いつつも、ハルは許可が出たことに嬉しく思い、ウィンドウを開いてミアにフレンド申請を飛ばした。


 「… …えいっ」

 

 神妙な面持ちで数秒間止まったあと、意を決したように人差し指を突出して『OK』のアイコンを押したようだ。


 「よし、これで登録出来たからいつでもフレメ送れるから、やりとり出来るようになったね」

 

 「そ、そうだね… …私にしたら早速恩返しされたようなものだけど」

 

 「うん、何か言った…?」

 

 「何でもない。その… …ありがとね」

 

 「こちらこそ、レクチャーして貰った挙句フレ登録もして貰ったんだからこっちがお礼を言わなきゃだよ」

 

 「ふふっ、そう… …確かにそうだね」

 

 少し聞こえなかったけどミアもいまの表情を見る限り、悪い気分では無いようだ。ハルとしては結構内心ドキドキものだったのだが結果オーラいである。


 「さて、私はこのまま箱に入るけどミアはどうしてる?」

 

 「此処で待ってるよ。世界説明も入るけどそんなにかかるものでもないし、ハルならネットゲーム慣れてるみたいだし、戦闘チュートリアルもそれほどかからないと思う」

 

 (凄い観察眼してるなぁ。俺がアルトルイン初心者ではあってもネトゲ初心者ではない事はほぼ確信してるみたい)

 

 そんな感想を抱きながらハルは長方形な機械の箱に入っていく。



――『初心の箱』

この世界を訪れたものに最低限の知識を教え、送り出す機能だけを持った機械である。見た目は純ファンタジーの『シロルード』の街並みには場違いだが、この世界には古代文明の創った超機具、『イニシエイトパーツ』というものがあり、人々の役に立っている。これは武器、魔器に限らず、生活用具としても普及しており生活の一部になって、なくてはならない存在。アルトルインの世界は剣と魔導のファンタジー世界。『魔導』を機械に付与して創るイニシエイトパーツによってなりたっている。


 (ざっくりまとめる箱先生の世界観講座はとどうやらこんな感じだ)


 「なるほど。事前に調べて知ってたけど実に私好みの世界観だし、イニシエイトパーツか… …心が躍るな。次は戦闘チュートと…」


 自動的に出てきたウィンドウのOKアイコンを押し次に進む。すると目の前に丸太出来た案山子が出てきた。ベタである。


 「…ありきたりだなぁ。箱の見た目が機械なんだからもう少し機械的な見た目しててもいいだろうに… …うわっ!? っとと…」

 

 見た目を貶され、怒った案山子が襲ってきた… …わけではなく。システムに従ったゆったりとした動きで歩き、普通に木刀を振り下ろしてきただけだ。

 

 「通常攻撃は完全にプレイヤーの行動に依存するんだな。動きやすいけど最初は苦労しそうだな。そしてスキルは 『シャープネス』…っと発声認証か」

 

 ハルの声と共に木刀の刀身が赤っぽい光をぼんやりと放つ。プレイヤーが初期から覚えている武器の切れ味を増すだけの魔導スキル『シャープネス』である。


 「もちろん持続時間もあってスキルによって時間も違うと… …なるほどなるほど」


 アルトルイン・オンラインの戦闘は自由度がかなり高く、ゆえに自分の動き方を身に付けるまでが大変なのだ。そしてスキルも音声認証。相手にスキルの知識があれば看破されてしまうので、プレイヤーの立ち回り重視のシステムである。


 「よし、大体掴めた… …カカシ先生ありがといございましたッ、とっ!」

 

 カタカタと動く案山子にお礼を言いながら、容赦なく切り捨てるハル。カランコロンと音を立てて案山子は崩れ落ち、ポリゴンをまき散らし消え失せる。


 「次は… …ほぅ」

 

 視線を上げた先ハルの視線が少し細くなり、口元に笑みが浮かぶ。


 「グルルァア、フゥ…グゥッ」

 

 案山子とは比べ物にならない威圧感を纏い真っ黒い熊の様なモンスターが低いうなり声を上げ、赤い瞳をギラギラを輝かせこちらを見据えていた。




――2039/1/23 PM 2:38――


 「…遅いなハル。あの子ならあの熊も普通に倒せると思ったんだけど。もし負けても此処の箱がアンロックされるはずだからまだ中にいるんだよね。という事はかなり苦戦してる?」

 

 ハルが入ってからもすぐ十分。普通のプレイヤーなら普通にかかる時間だがミアの観察眼から見たハルは、あのくらいの敵ならば普通に倒してもう出てきてもおかしくなと感じていたのだ。

 

 「まあ、いいか…用事もないんだし、それはそれで後で熊の効果的な倒し方とかもレクチャーしてあげられるしね。ふふっ…」

 

 ミアはウィンドウを開きながらフレンドリストの欄にあるハルの名前の見ながら微笑む。よっぽど嬉しかったようである。

 そんな幸せな雰囲気を野太い声がぶち壊す。


 「そこに居んのは前にパーティ組んだ、回復しか能のない魔導士じゃねぇかぁ?」

 

 「!?」

 

 後ろから不意にかけられた駄声にびくっと驚きミアが振り向く。


 「あ、あぁ…グリーズ、どうしたの。こんなところに…」

 

 「いやなぁ、久々に初期街歩いてたら、遠目にニュービーを引き連れて歩く使えねェ元パーティメンバーが見えたからな? ちょっと用事を済ませようと思ってよ」

 

 ハルとは違う、相手を見下したような見え見えの下衆の笑みを浮かべ、グリーズと呼ばれた山のような巨漢は続ける。


 「用といってもすぐ済むんだよォ。前回のダンジョンでな。分け前は均等に分配しただろ? あれな今思うとおかしいんだよ。仕事量に見合ってねェってな…?」

 

 「えっ? あ、あれは…行く前にきちんと報酬の件を話し合ったじゃない? グリーズもそれでいいって同意を…」

 

 「あ? 覚えてねェなァ。俺はそれでいいなんて言ってねェぞ」

 

 「うっ!?」


 事情を知らなくても分かるくらいのとぼけ方だ。明らかに、騒動を聞き横目でちらちら見ている野次馬でも、ミアがいちゃもんとつけられてるのは理解出来た。しかし、助け舟を出そうとする者は一人もいない。巻き込まれたくないと思う者も多いが、他の者さえ思い留まらせるのはグリーズの装備だ。知識のあるものならば一目で分かるが、レベル15以上の装備、そして話にダンジョンの件も出てきてる時点で、この街のプレイヤーにとっては間違いなく格上のプレイヤーなのだ。



 「おめぇさんのことだ。あの時の分くらい今だって持ってんだろォ」


 「それは… …」


 「それとも出すのはやだからって逃げるか? それならそれでこっちにも考えがあるけどなァ」

 

 「… …」

 

 アルトルインで初めてパーティを組んだ相手がこんな下衆だったこと、初めての世界に浮かれて繋がりを持つべき相手を見誤ってしまったこと、過去の自分を恨むミア。トレードという名のカツアゲを受けるため、悔しさに顔を歪めながらウィンドウを開こうとした。此処にミアの味方はいないのだ。少なくともミア自身はそう思っていた。

 その手に待ったをかける如く、プシューという機械音と共に一人の少女が舞い戻って来た。


 「いやー…あの熊結構硬かった。思ったよりも時間がかかってごめんミア… …うん?」


 流石のハルも出てきてすぐに空気の重さには察したようだ。ミアと対峙する山の様な大男。さっき倒してきた熊みたいだなぁなどと失礼な感想を持ちながらもミアに問いかける。


 「トラブル…?」

 

 「トラブルってほどじゃァねェよ。こいつが素直に正当な額を出すって事でいま話が付いたとこだよ」

 

 「私はミアに聞いたんですけどね。まあいいです。それで私の見る限り明らかに納得している雰囲気は感じられないのですけど勘違いですか?」

 

 「おめェさんには関係ねーよ。ひっこんでな」

 

 ミアの時の様に見下した笑みを浮かべ言うグリーズ。

 

 (この人もあからさまでわっかりやすいな。演技とかなら賞賛したいレベルだね)


 「いやいや、そうも行きません。ミアは私の恩人ですし困ってるなら恩を返さないとね」

 

 「あァー? なら代わりにおまえが払うっていうのかよ。チュートリアル終わったばっかりでそんな金ねェだろうが」

 

 ハルの目が若干細くなりグリーズを見る。

 

 「もちろん、お金はないですよ。ただ、状況から見る限り払う必要はないようですね」

 

 「んだとォ!?」

 

 存外不遜な態度を取る初心者にグリーズが声を荒げる。普通のプレイヤーなら腰を抜かすほどの威圧を放ち容赦なくハルにぶつける。

 しかし、ハルの側と言えば気にするそぶりも見せず、しきりにウィンドウを開き何かを操作している。


 「まあ、それじゃあグリズリーさんも納得いかないでしょうし? こういう場合は決闘で決めましょうよ。」


 「グリーズだッ! このニュービーが…勝てると思ってんのかよォ」


 「レベル的に見れば無理でしょうね。まず間違いなく負けるでしょう。」


 「ンなら…」


 「私はミアが断った時用にグリーズさんがしようとしていたであろう嫌がらせを受けるって言ってるんです。それなら文句ないでしょう?」


 「ぐっ… …おまえェ、この…」

 

 図星のようでグリーズが言う考えというのはフレンドリストからひたすら決闘申請をするというかなり陰湿な嫌がらせである。もちろん断ることは出来るがもし戦闘中などに目の前にいきなり決闘のウィンドウがポップすれば致命的であるし、何より精神的に辛い。

 

 「決闘には勝利報酬がお互いに決めて受けられるんですよね。なら私からはミアから借りてお金を、グリーズさんは何も賭けなくていいですから、その代り今フレンドリストからミアを消してください。これでどうです?」

 

 「ぬゥ、おめェホントに勝つ気でいるのかよ。」

 

 「やってみなきゃ分からないですよ。だけど負ける気もありません。」

 

 今度はハルが笑う番だった。にぃっと特徴的で誘うような笑みを浮かべ相手を挑発する。




――2039/1/23 PM 3:10――


 「ちょ、ちょっとハルッ! どうしてあんな約束したの!?」

 

 「えっ、お…おせっかいだった?」

 

 あのグリーズに一歩も引かずそれだけでなく決闘まで叩きつけたハルがあからさまに動揺している。

 

 「そうじゃないけど… …あいつレベル17だよ? どう考えたって今のハルが勝てる相手じゃない」

 

 「よ、よかったぁ…それはグリーズさんにも言ったけどやってみなきゃ分からないよ」

 

 決闘を提案した事ではなくミアに余計なおせっかいをかけてしまったのではないかという事を心配していたのだ。自分でも難かしい事をしている事は分かっているようだが撤回する気はさらさらなさそうだ。

 

 「あのままじゃ言われるままにミア、渡しちゃいそうだったんでつい口を出しちゃった。まあ見ててください。ミアが見抜いた私の実力もついでに見せてくるからさ」

 

 「見せてくるからって… …ハル、あのチュートリアルの熊にかなり時間かかってたじゃないそんな実力じゃ太刀打ち出来ないよ」

 

 「あー、あれはかなり硬かったですね。分析もしながらだったので結構時間かかっちゃったし…今度は武器使いますから、大丈夫です」

 

 どやっと聞こえそうなくらいのサムズアップしつつ、ハルは親指を立てる。

 

 「そりゃ、初心者殺しって言われるくらいの強敵だからね。運営の意地悪さが… …はぁ? 今度は武器を使うって、まるで素手で倒してきたような言いようじゃない…」

 

 「そうですけど? 木刀持ったままじゃすぐに倒しちゃいそうだったんで、素手で弱点部分を探しながら倒してきました」

 

 「… …うそでしょ?」


 ミアが言葉を失う。チュートリアルでは一様にして木刀が無料配布される。それを武器に最後の強敵『レッドベア』を苦労して倒し装備一式を手に入れるのだ。木刀といえ武器は武器、素のステータスとは比べ物にならないほど攻撃力が上がる。それを使っても初めてなら四割は負ける相手に、素手で攻略してきたと嘯くのだ。正気を疑わない方がおかしい。

 

 「さぁてと、アルトルイン初の対人戦。まだモンスターしか倒してないから若干不安だけど行こうか!」

 

 そんな独り言で自分の鼓舞しているのかそれとも高揚する気持ちを抑えていたタガを外したのか。




 一人の黒のニュービーは決闘のフィールドへと足を踏み入れた。


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