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扉の向こう側

作者: 牧田紗矢乃

 ――侵入者アリ。


 一報を受けたカグラは鎮守の森へ至る道を駆け抜けていく。真夜中だというのに、彼女たちが手にする提灯が辺りを昼間のように照らしていた。

 彼女に与えられた侵入者の位置情報は「鎮守の森」という漠然としたものだけだった。


「なんでウチが……!」


 つり目がちな瞳が固く結ばれる。背後に付き従っていた上忍たちが身体を強張らせた。

 六忍衆のうちカグラのみが今回の探索に抜擢された。他の六忍衆は忍頭領であるウロガミの護衛や、今後に向けた緊急会議などめいめいに役割を与えられている。

 

 格下の上忍たちに混じって出立の命を受けた時には、屈辱で肩が震えた。万一戦闘になった際、牽制を掛けるのに最も有用な特技を持っているためというのがその名目であったが腹に据えかねる部分も多い。


 そもそも鎮守の森に外部の者が侵入することが考えられない。獣人たちの住まう国であるからこそ、上空からも地下からも攻め込まれぬように対策がなされている。

 森は国土の中心にあり、そこに至るまでに敵は完璧に排除されるはずなのだ。


 もしこれが誤報だったとしたら、とんだ笑い者だ。


「相変わらずオトガミ様はウロガミに付きっきりやし。こんな時こそアイツの出番やろ」


 頭領を呼び捨てにするのを聞いて、上忍の一人が苦言を呈した。その部下をねめつけると、カグラの耳がピクリと揺れた。形の良い鼻梁がヒクリと動く。

 狐族のカグラは、遠戚である犬族に負けず劣らず嗅覚が鋭い。彼女が足を止める時は重大な手掛かりを見つけた時だった。


「なんや……この臭い」

「臭いますね」


 狼族の上忍も相槌を打つ。

 二人が見つめる先には淡い光があった。


「おかしい」


 カグラがぽつりと零した。

 森の中には彼女たちの提灯以外に光を放つものなどないはずなのだ。合点がいかないまま、慎重に光源に向かって歩みを進める。


「……扉?」


 普段は豪放磊落といったカグラも、思わず息を飲む。彼女の背丈の軽く二倍はあろうという観音開きの大きな扉が目の前にそびえ立っていた。

 扉はゆっくりと閉まっていく途中で、隙間からかろうじて向こう側の景色を伺うことが出来た。

 そこにあるのは、森ではない。見たこともない風景だった。

 どこか巨大な建物の内部のようなその場所は、近づくことを憚られる雰囲気を放っている。


「ああっ!」


 扉の向こう側で声がした。


「まずい。撤収や」


 カグラの合図で全員が大扉から散り散りに離れた。全体を仕切る役目を負ったカグラは、手近な草むらの中に身をひそめて全員が撤退するのを見届けなければいけない。

 その間にも扉は閉まっていく。


「わあああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあっ!」


 絶叫しながら、見たこともない恰好の男が大扉に飛びついた。

 奇妙なことに彼には獣人の証である耳も尻尾も鱗もない。純血の人間など絶えて久しいというのに、どこから湧いて出たのだろう。


 辛うじて指先が掛かるほどの隙間しかなくなった扉をこじ開けようともがくその男の背後に、一つの影が迫った。

 先ほどの狼族の青年だ。狼族特有の鋭い爪と牙をもって謎の男の首筋を狙う。

 柔らかい皮膚に爪が食い込んだ。


「待ちや」


 カグラが制止を掛けると、青年は不服そうな顔で振り向いた。その指はいまだ首筋を捕らえたままで、力を込めれば簡単に引き裂いてしまえそうだ。


「そいつが何者なにもんかもわからんのやから、生け捕りにした方がええやろ」


 な? とカグラが男の顔を覗き込む。扉に挟まれた指の痛みに、顔をしかめていた。

 歯を食いしばって痛みに耐えるばかりの男に舌打ちをすると、彼女の尻尾が普段の倍ほどの太さに膨らんだ。

 怒りの兆候をつぶさに捉えた狼族の青年は男の首に掛けた手を緩める。


「悪いな」


 扉の向こうから声がして、杖の先が隙間から覗いた。

 男が悲鳴を上げて仰け反り、よろよろと扉から離れる。救いを求めて伸ばした手が杖によって打ち払われたのだ。


 扉はぴたりと閉じると、上部から順に光の粒となって溶けるように消え始めた。

 男は声にならない声を漏らして震えながらその光景を見つめている。


「なんやったんや、今のは……」


 目の前で起きたことが信じられず、怒りに膨らんでいた尾がしぼむ。

 この一連の出来事を他の六忍衆にどう伝えたものか。一瞬にしてその命題が彼女の思考を支配した。

 自分ですら信じられないのだから、他人に信用させるのは非常に難しいことだろう。


 ――それこそ、ウロガミの言葉を使わない限り。


 彼女の狼言を使えば、扉を再び出現させることができるかもしれない。

 けれど、扉を呼び戻してからどうしたものか。向うには未知の存在がいることは明白で、その証拠として一人の男が残された。


「この男、おかしな耳をしていますね」

「ヒッ……」


 狼族の青年が男の耳を摘み上げる。

 ほとんど人間のそれと変わらないが、上部がツンと尖っていた。純粋な人間ではなく、何か特殊な獣の血が混じっているということだろうか。


「まぁええ。ウチらも撤収や」


 検分ならそれに長けた六忍衆がいる。彼に任せるのが最適だろう。

 こうして、《ネヴァーグリム》と《忍の国》の最初の(●●●)邂逅は幕を閉じた。

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