第7話 立冬の邂逅
『この白い髪、紅い目。
間違いない、この子は我々に破滅をもたらすだろう』
『その目でこっちを見ないで。あなたに見られると呪われるみたいな気がして、気分が悪いのよ』
『また、村の女がオーク共に攫われた………。
これもあの子の呪いのせいか』
『プリムラ、何度言ったらわかるんだ。
小屋の外に出るなといつも言っているだろう! まったく、お前のせいで私の家族は村の爪弾き者だ。
何でお前のような奴が………私の妻から生まれてきたのだ』
『忌み子め………お前さえ、生まれてこなければ………』
沢山の言葉がプリムラのまわりをグルグルと回る。
プリムラは必死で耳を抑えるが、その言葉は彼女を突き刺すように、心の中でザワザワと喚きたてる。
「…………?」
ふと、プリムラが顔を上げると、そこは一面の白い花畑。
プリムラ・シネンシス、雪桜とも呼ばれる多年草。
彼女の名前となった花。
そして、彼女が大嫌いな白い花。
「いやだ………」
一面の白色の中を、プリムラは駆け出す。
「いやだ、いやだ、いやだ!」
花畑から逃げ出すように、プリムラは必死で走り続けるが、白色は永遠に続くかのようだ。
「いやだ………いやだよっ、誰か………誰か、助けて………!」
プリムラは走りながら必死になって手を伸ばす。
この白色から掬いだしてもらいたくて
突き刺すような言葉の群れから守ってもらいたくて
空を掴むように、必死で手を伸ばす。
次の瞬間、その手を硬くて、ザラついていて
………温かい何かに握られる。
そして同時に、愛しいケダモノの声がプリムラの世界に響き渡った。
「母さん!」
プリムラはハッと目を開く。
目に映るのは見慣れた天井、そして自分を心配そうに覗き込むオークの顔。
「白毛………?」
「母さん、すごいうなされていたよ。何か怖い夢でも見たの?」
白毛は真紅の瞳を心配そうに光らせ、プリムラの枕元に屈んでいる。
純白のオークの両手には彼女の左手が握られていた。
「白毛………」
「母さん………?」
プリムラは上半身だけを起こすと、白毛の厳つい胸板へ顔を埋めるように抱きつく。
普段見せない母の姿に、白毛ははじめ困惑していたようであったが、微かに震えながら自分の胸に抱きつく彼女を見て、何かを悟ったようだ。
白毛は黙ったまま、そっとプリムラの白い髪を撫でる。
何だか懐かしいな………と白毛は独りごちる。
自分が幼かった頃、闇の中で眠るのが怖くて、よく群れの仲間の目を盗んでは母の元へと足を運んだのだ。
そんな自分を、母は胸元に抱きしめ、頭を撫でながら一緒に眠ってくれた。
今となっては照れくさい思い出であるが、同時に懐かしい思い出でもある。
しばらくして、プリムラは無言のまま、白毛の胸から顔を離した。
「大丈夫? もう落ち着いた母さん?」
「うん………」
明後日の方向に目を向けたまま、プリムラはぽそりと答える。
「ごめんね………白毛。
お母さん、ちょっと怖い夢見ちゃったの。嫌な嫌な、昔の夢」
「昔の夢? どんな?」
「……………」
白毛の言葉に対して、プリムラは黙り込んでしまう。
白毛は、しまったと思い、慌てて取り成すように言葉を続けた。
「あっ、ごめん。言いたくないなら言わなくていいよ」
オークに攫われたときのこと。
オークに強姦されたときのこと。
そして、自分のような醜いオークを産んでしまったときのこと。
母にとって、トラウマとなるような記憶は無数にあるだろう。
浅慮に立ち入ったことを訊いてしまったと、白毛は後悔する。
「ごめん………あんまり言いたくないの。
だけど―――」
悔やむような顔を浮かべる白毛に、プリムラはやんわりと微笑んで言う。
「だけど、目を覚ましたとき、側に白毛が居てくれて、うれしかったよ」
「うん………」
―――やはり母さんには敵わないな、等と独りごちながら白毛は照れたように頭を掻く。
「あ、そうだ、今日はこれを渡しに来たんだった」
白毛が思い出したように腰袋から木の実を取り出す。
今朝は母にこれを渡すため、少し立ち寄るだけのつもりで家畜小屋に来たのだ。
「最近は本当に食料事情が悪くてさ、こんな物しか持ってこれないんだけど………受け取ってよ」
「いいの? ありがとう、白毛」
白毛がジャラジャラと数十粒の木の実をプリムラの手に乗せる。
「それじゃあ母さん、俺、もう行くから」
「えっ、もう行っちゃうの………?」
「ごめん! 今日は群れのみんなに投石訓練をする予定なんだ。
また、来るから!」
「う、うん………頑張ってね、白毛………」
溌剌とした様子で部屋を出て行く白毛を、プリムラは引き止めることなど出来ない。
彼は最近、本当に楽しそうだ。
ふうっと、プリムラは1人きりになった部屋の中でため息をつく。
嫌な夢を、見てしまった。
まだ自分がオークに攫われる前、エルフの村に居た頃の夢だ。
ずっと忘れていたのに、何で今ごろ思い出してしまったのだろう?
これのせいかな? とプリムラは白毛が摘んできたプリムラ・シネンシスの花に手を触れる。
エルフ族は伝統的に花や草、植物の名称を子供の名前につける。
そしてプリムラは自分の名前であるこの白い花が大嫌いだった。
プリムラは自らの白い髪を一房摘むと、真紅の瞳でじっと見つめる。
先天性白皮症。
俗にアルビノと呼ばれる自分の体をプリムラは嫌悪していた。
プリムラが自らの白髪を眺める真紅の瞳。
それは、この世界で『破滅を招く紅眼』と呼ばれていた。
―――破滅を招く紅眼
この世界には、一つの伝説がある。
いや、それは伝説と呼ぶにはあまりにも新しく、歴史にも刻まれた事実の物語であった。
世界の破滅を願った、一人の男の物語。
後世の人々は、その男を『魔王』と呼ぶ。
その男は、白い髪に紅い瞳を持った異形の姿で、
超常的な力を有していた。
その白髪に触れたものは、心が狂い、怪物となる。
その紅眼に映ったものは、運命が狂い、破滅を招く。
その男は、2人の英雄に滅ぼされるまで、
願うがまま、望むがままに世界を絶望に導いたと言われている。
『ゴルトー叙事詩』と呼ばれるそれは、人間も、エルフも、ドワーフや妖精ですらも知っている、この世界で最も新しく、影響力を持った伝説であった。
故に、この世界に生きる知的種族はみな、白い髪を嫌悪する。
紅い瞳に恐怖する。
それはまさに、破滅を象徴する呪いの印であったのだ。
プリムラが生まれた時、村の祈祷師は彼女を破滅を呼ぶ忌み子であると告げた。
エルフ族は原始宗教を崇拝しており、その信仰心はとても強い。
エルフたちにとって祈祷師の言葉は絶対であり、誰もがプリムラを忌避していた。
また当時、オークによるエルフたちへの襲撃が活発化していたことも、プリムラの迫害に拍車をかけた。
プリムラには誰かから笑いかけられた記憶が無い。
両親ですら、自分を見つめる瞳には嫌悪と侮蔑が篭っていたのだ。
「はあ………どうしようかな、これ」
プリムラはため息と共に、プリムラ・シネンシスの花を弄くる。
彼女にとって、この花は忌み子の烙印であると同義であった。
本来なら視界に入るのも嫌な花なのだが、これは彼女の息子が見つけ出して摘んできてくれた花でもある。
通常、エルフ族は自分の由来となった植物を「名付け花」と呼び、好んで手元に置くものなのだ。
白毛はそれを知っていたからこそ、危険な狩りの中、わざわざこの花を見つけ出して摘んできてくれたのだろう。
自分は息子にそんなエルフの伝統を教えた記憶は無いのだが………聡明な彼のことだ、何かの書物を読んで、「名付け花」のことを知り、私を喜ばせようとしてくれたのだろう……とプリムラは考える。
「本当………どうしたらいいんだろ? これ………」
プリムラはその白い花を弄びながら、答えの出ない独口を続けるのだった。
◇
「うおらぁ!!」
激しい咆哮と共にギザ耳の手から、一個の石が投げ放たれる。
その石は目標の大木に衝突すると、大きな炸裂音とともに粉々に砕け散った。
おお~、とギザ耳の周囲に居たオークたちからどよめきが漏れる。
「………こんなモンでいいのか? 白毛」
「相変わらず凄まじいな、お前は」
事何気に尋ねるギザ耳に対し、白毛は驚いた表情で答える。
いま白毛は群れのオークたちを集めて、投石訓練を行っていた。
器用さと繊細さに欠けるオークたちに弓矢を習得されるのは不可能だが、投石であれば通用すると考えたのだ。
実際、彼らの投石は命中率こそ低いものの、威力は凄まじいもので十分に武器の一つして運用出来そうである。
その中でもギザ耳の投石は凄まじく、威力も去ることながら、飛距離、命中率、速度、どれをとっても申し分の無いものであった。
しかし―――
「ギザ耳、投石自体はいいんだけど、その掛け声どうにかならないか? 一発で位置がバレちゃうだろ」
「んなこと言っても、声出さなきゃ、力が入んねぇーだろ?」
「力はもう十分に入っているよ………それより、相手に位置を悟られない事を念頭に置いてくれ」
「隠れながら戦えってことか………? つまんねーな、俺は真っ向から戦いてーよ」
「戦争だから仕方ないだろ」
「そーなのか? 戦争ってのはつまんねーな」
ギザ耳が言葉通り、つまらなそうな表情で石を弄くって文句を言う。
「なに、いざと言うときはお前に真っ向勝負を頼むことになるさ」
「おう、期待してるぜ!」
白毛の言葉にギザ耳が笑顔を浮かべる。
実際のところ、ギザ耳はこの戦争において切り札となる存在である。
ギザ耳の戦闘力が「オークとしては強い」というレベルを遥かに超えていることを白毛は知っていた。
「それじゃあ、次の奴………」
「おっし、俺だな。
お前ら、俺様の華麗な投石を目に焼き付けとけよ!」
群れ一番のお調子者である鼻欠が気取った仕草で石を手にした時、緊迫した大声が辺りに響き渡った。
「白毛! 白毛はいるか!?」
その場にいた一同が声の方へ目をやると、見張り台で街道の監視をしていた筈の牙折が激しく息を切らせて立っている。
「牙折………? どうした?」
「人間だ! 人間族の大集団がやって来やがった! とんでもない数だ!」
「何だって!?」
その場に居たオークたちがざわつく。
普段は気怠る気な牙折の真剣な表情が、事態の深刻さを物語っていた。
白毛はそんな中で一気に頭を巡らせる。
「牙折! 走ってきたばかりですまないが、人間たちを見つけた見張り台まで俺を案内してくれ! ギザ耳、お前もついてこい!」
「ああ!」
「おうよ!」
「鼻欠!」
「はい!?」
「片目へ人間たちが来たことを知らせるんだ! 急げ!」
「わ、わかった!」
「他のみんなは森の中に作った投石台へ行け! 人間たちがもし森に入ってきたら石を投げつけるんだ! いいな!?」
「お、おう!」
白毛はいつになく激しい口調で仲間たちに指示を出すと、牙折を促す。
「さあ、牙折!」
「わかった、こっちだ! 白毛、ギザ耳!」
白毛たち3匹のオークが森の入り口付近に設置した見張り台へと急ぎ向かう。
「よし、俺たちも行くぞ!」
「投石台ってどこに作ったんだっけ………」
「馬鹿! 白毛にもらった地図があったろ、あれを見て適当にばらけるんだ!」
また、その場に残ったオークたちも、森の各所に作った投石台へ向かいばらばらに散っていくのを尻目に白毛は一路、見張り台を目指す。
とうとう、この時が来てしまったか………白毛は走りながら1人考える。
『そうだな……恐らく、今度は徒党を組んでやってくるだろうな。
積荷の護衛じゃなくて、俺たちを殺すために』
以前、片目に対して自分が言った言葉だ。
人間たちが自分たちを討伐しに来ることなどわかっていた。
そのための準備も油断なくしたつもりだ。
まだ完全ではないものの、森の要塞化はほとんど終了している。
仲間たちへの訓練も進んでいる。
万端とはいかないまでも、戦争への準備は出来ているのだ。
しかし、実際に人間たちが来た今、白毛は自分が予想していた以上に動揺していることに気付いていた。
「これだ! この見張り台から人間たちの群れが見えたんだ………!」
牙折が疲れ果てた様子で、白毛へ大木の上に設置された見張り台を指示する。
「わかった。俺とギザ耳が見に行くから、牙折は休んでて」
「わ、悪ぃ……」
急な山道を全力で往復し、疲労困憊の牙折を木の根元で休ませ、白毛はギザ耳と共に木を登り、見張り台に付く。
「すげえ………」
「……………」
街道全体を一望できる見張り台の上、白毛とギザ耳の眼下には、想像もしたくないような光景が広がっていた。
◇
大きな深い森に沿って敷設された街道。
その付近で「比類なき勇気の騎士団」が待機している。
「ここで間違いないのか、チェスナット?」
「ええ、生き延びた傭兵の話では、この場所で間違いない筈です」
ブラウンとチェスナットが地図を片手に、馬車群がオークに襲われた場所を調べる。
「しかし、目印になるような建物も、何も無い場所だからな………ここで合ってるかどうか………」
「まあ……仕方ないでしょうね」
「団長!」
2人がため息をついた時、周囲を調べていたヴァイスの凛とした声が響き渡る。
見ると、ヴァイスが数人の騎士団員を連れて2人の元へやってくる。
騎士団員たちは大きな布袋を抱えていた。
「街道付近の草原に、土を掘り返したような場所があったので調べさせたところ、人間の遺体らしきものを見つけました!」
「なに!?」
「こちらです、腐敗は進んでいますが………遺体の衣服をご覧下さい」
ヴァイスが目配せすると、騎士団員たちが大きな袋を開き、中の遺体を白日の下に晒す。
ブラウンはその遺体の衣服に一つの紋章を見つけた。
「王都商人組合の紋章か………どうやら大当たりだな」
ブラウンは紋章を確認すると、辺りの騎士団員たちに大声で指揮を飛ばす。
「総員訊け! 現時刻を持って、ここをオーク討伐における、我々の拠点とする!
速やかに設営作業へ移れ!」
「了解!!」
「お前ら! いつオーク共が攻めてくるかわからねぇ! 周囲の警戒を怠るなよ!」
「はい!!」
ブルーが設営作業にあたる団員たちへ激を飛ばしつつ、拠点設営の指揮を執る。
「この周囲にオークたちの集落があるのでしょうか………?」
「ああ、奴らは基本的に山岳地帯や森林地帯に集落を作る。
件のオーク共は十中八九―――」
ヴァイスの言葉にブラウンが応えつつ、街道沿いの広大な森を指差す。
「―――あの森の中、だろうな」
「森………あの森の中にオークたちが………」
ヴァイスが街道沿いの森を凝視する、その時、彼女はふと違和感を感じた。
「何だか、森の中から何者かに、見られているような気がします」
「まさか! 例のオーク共がこちらを偵察しているとでも言うのですか?」
ヴァイスの言葉をチェスナットが否定する。
「しかし―――」
「ヴァイス殿、オーク族というのは愚鈍で本能のままに動く劣等種族ですよ?
もし奴らが我々を見つけたら、何も考えずに突撃してきますよ」
「はあ、そういうものですか」
チェスナットの言葉に対し、ヴァイスは訝しげな様子で頷くが、目は真っ直ぐに森へ向けたままだ。
「………………」
ブラウンもまた、そんな2人の様子を尻目に、森へ目を向ける。
森は深く、広大で木々が密集して薄暗い。
ここから中の様子を伺うことは出来そうにないものだった。
「この中からオーク共の集落を見つけ出すのか………こいつは骨が折れそうだ」
ブラウンが顎に手を当て、独り呟く。
今回の任務は予想以上に困難を極めそうだ。
「おーいお前ら! そこに団旗を掲げるから、どいてくれ!」
ブルーが騎士団員たちと大きな旗を携えて、ヴァイスたちへ呼びかける。
「これは失礼、私たちも手伝います」
ブルーたちが拠点の前に、森へ向けるような形で巨大な旗を設置する。
旗には、剣を口に咥えた白い狼のエンブレムが描かれていた。
これは―――
◇
「あれは『比類なき勇気の騎士団』の騎士団旗………?」
白毛が驚愕の表情を浮かべ、唖然と呟く。
「あん? ひるいなき………何だって?」
「比類なき勇気の騎士団………王国の歴史を書いた本で読んだことがある。
王国の剣と呼ばれる王都騎士団連合直属の精鋭騎士団。『比類なき勇気の騎士団』はその中の一つ。
その戦力は王国でも十本の指に入ると言われる………」
「あんま難しい言葉ばっか使うな、要するに強い奴らが来たってんだな?」
「ちょっと黙っててくれ!」
あまりにも自体を把握していないギザ耳をそう怒鳴りつけ、白毛は懸命に冷静さを保とうとする。
確かに、自分は人間たちが徒党を組んで攻めてくると予想はしていた。
しかし、それは傭兵団であるとか、冒険者集団であるとか、いわゆる「ちょっとした人間の集団」であると予想していたのだ。
言ってしまえば、自分たちは「たかがオーク如き」である。
オークに対する人間たちの油断、白毛の計画にとって、それが付け入るべき勝算であった。
それが―――
騎士団―――ましてや王都直属の精鋭騎士団がやってくるなど、完全に想定外の事態でである。
「ギザ耳………」
「何だよ?」
白毛に怒鳴られてムッとしていたギザ耳が返事をする。
「どうやら人間たちは、俺が予想していた以上に本気らしい………。
この戦争………とんでもなく厳しいものになるぞ」
白毛は呆然とした様子のまま、暗澹とした声で呟く。
その声音は絶望に満ちていた。
そんな白毛とは裏腹に、ギザ耳は気楽な様子で口を開く。
「なんだ白毛、ビビってんのか?」
「そりゃあ、ビビるさ………鳶を待ってたのに鷹がきた気分だよ」
「心配すんな」
「え?」
ギザ耳から発せられた言葉に、白毛は虚をつかれたような表情で隣の親友へ目を向ける。
対するギザ耳は真っ直ぐに白毛を見つめていた。その黄土色の瞳には絶望も恐怖もなく、ただ強い意志のみが宿っている。
「俺はお前と違って馬鹿だから、あの人間たちがどんなに強いのかは知らない。
だがな………俺たちは指揮官のお前を信じている、だからお前も俺たちを信じてくれ。
こちとら、恐れ知らずの無謀が自慢なオークだぜ!?
鷹だろうが鷲だろうが俺たちは恐れない。
『比類なきナントカ』だって一匹残らず、ぶち殺してやるよ!
だから迷うな、恐れるな。オークに恐怖は似合わねぇ!」
ギザ耳が白毛の肩に手を当てて、おどけたようにガッツポーズを取る。
あまりに暢気なその態度に、思わず白毛は苦笑を漏らしてしまった。
「ギザ耳………お前は本当に―――」
「何だ? 馬鹿だって言いたいのか?」
「いや、頼りになるなって言いたかったんだよ」
そうだ、ギザ耳の言うとおりだ。
今更、俺は何を迷っていたのだろう。
片目から指揮官の役を任されたとき、腹はくくった筈じゃないか。
どんな結果になっても、全力を尽くそうと誓ったじゃないか。
騎士団が何だ、精鋭だからどうした。
俺たちは無謀、蛮勇、向こう見ず。
神をも恐れぬオーク族だ。
「ギザ耳、これから地獄の戦争だぞ! ついてきてくれるな!?」
「あたりめーだ! 戦って戦って………そして勝つぜ! 相棒!!」
◇
「何だヴァイス、まだ森の方を見ているのか」
「はい、あの森の中にオーク共がいると思うと………どうしても落ち着かないのですよ」
ブラウンの言葉にヴァイスが答える。
「オーク族………殺戮と蹂躙、略奪と陵辱、人間の負の側面を混ぜ合わせたような邪悪な種族………負ける訳にはいかない」
◇
「『比類なき勇気の騎士団』あんたたちには、それこそ立派な大義名分があるのだろう、しかし俺だって負けられない理由がある」
◇
「騎士団の誇りと名誉にかけて、私はお前たちを一匹残らず殲滅してみせる、お前たちに殺されたエルフや戦士たちの無念は私が晴らす」
◇
「俺は仲間を守りたい、群れに未来をもたらしたい、たとえそれが他の種族から憎悪を受けるものであってもだ」
◇
「私はお前たちを否定する。他者を傷つけることしか出来ないお前たちの在り方は、決して許容できないものだ」
◇
「俺は未来を手に入れる!」
「私が破滅をくれてやる!」
◇
王都の遥か南西に位置する、街道沿いの深い森。
この名前すらない森の中で今、二つの種族が激突する。
片方は正義のため。
片方は存亡のため。
それぞれの思いを胸に、戦いの火蓋は切って落とされた。
―――それは、秋が終わり空に暗がりが目立つようになった、立冬のことであった。