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第6話 小さな村での、大きな決意

 王都から南西、遥か遠く離れた場所に所在する、ひなびた村。

 シルバー村と呼ばれる、その小さな村に、現在「比類なき勇気の騎士団」は駐留していた。


「ちっ、予定より時間を食っちまったな」

「街道があんなに荒れているとは、予想外でしたからね」

「しかし、目標の街道まではもう少し。

 明日の早朝にこの村を発てば、明日中に到着出来るでしょう」


 日差しが茜色に染まった夕暮れの中、村の外れに設置した宿営地で、ヴァイスたち「比類なき勇気の騎士団」の幹部3人とブラウンが会議を行っていた。


 王都を出立してから十数日、予定ではすでに目的地へ到着している筈であったが、街道の路面状況が予想以上に悪かったこと、天候に恵まれなかったことなど、想定外の自体がいくつか重なり、遠征の計画はやや遅滞していた。


 ブラウンは会議に列席している幹部たちに最終確認を取る。


「チェスナット、兵糧状況はどうだ?」

「この村の食料で余剰分の備蓄を買い取ることが出来ました。

 一ヶ月は持たせることが出来るでしょう」


「ブルー、団員たちの様子はどうだ?」

「健康面、精神面、どちらも問題無し。

 全員早く暴れたいってウズウズしてるぜ!」


「ヴァイス、村民からオークについて何か情報を得ることは出来たか?」

「いえ………、多数の村民と接触しましたがオークについての情報はありませんでした。

 エルフたちとの交流は無かったものの、十数年前までは目撃することは何度かあったようです。

 現在はプッツリとその姿を見る機会も無くなったようですか………」

「ふむ、やはりエルフの集落は壊滅したと見るべきか………何とか生き残りと接触したかったんだがな」


 ヴァイスの報告を受け、ブラウンが首を捻る。

 目的地は地図にも記載されてないような、人里離れた深い森の中である。

 土地勘の無い自分たちが闇雲に入り込むのは自殺行為に近い。

 だからこそ、その土地に詳しく、現地のオークたちの規模を把握しているエルフと接触をしたかったのだ。

 もっとも、ヴァイスの報告を聞く限り、エルフたちが生き残っている可能性は皆無に近いようであった。


「それと………これは、今回の遠征と直接の関係は無いのですが………」

「何だ? 言ってみろ」


 躊躇いがちに口を開くヴァイスに対し、ブラウンが促す。


「このシルバー村には目立った防衛施設、組織が存在しません。

 もしオークたちがこの村に目をつければ、ひとたまりも無いでしょう」


 無用な混乱を避けるため、村民にオークのことは伝えていませんが………とヴァイスは口添える。


「ふむ、エルフが壊滅したと思慮される今、オーク族が人間に目をつける可能性は大いにありますね」

「事は一刻を争うってやつか………急がねぇとな」


 ヴァイスの言葉にブルーとチェスナットが頷く。


「よし!」


 ブラウンが手をパンと叩くと、会議を締めるように言葉を放つ。


「明日の早朝、この村を出立する。

 明日からは本格的に戦闘行動へ移るからな、今日が最後の休日だ。

 各員に対して、十分に休息を取るように伝えておけ」


「承知しました」

「おうよ!」

「了解!」


 ブラウンの指示に騎士団の3幹部が思い思いの言葉で応える。

 その時、


「ブラウン団長、少しよろしいでしょうか?」


と、会議を行っていたテントの幕間から騎士団員の呼びかけが届く。


「なんだ?」

「シルバー村の方々が、我々をもてなしたいと、食事を持ってきました。

 いかが致しましょうか?」

「ちょっと待ってろ、今から出向く」


 ブラウンはそう応えると、テントから出て行く、ヴァイスたちもまた団長の後に続いていった。



 宿営地の入り口付近、ここにシルバー村の住民たちが手に沢山の料理を抱えて集まっていた。

 その中で柔和な笑顔を浮かべた、村長と思われる老人が口を開く。


「騎士様方が明日にはこの村を発つと伺いましてな。

 激励を兼ねて、食事を振る舞いたいと思ったのですが………よろしいですかな?」


「これは願っても無いことです。

 我々も味気ない携帯食には些か飽き飽きしていた所でして………ご好意に甘えさせて頂きます」


 ブラウンもまた笑顔を浮かべ、村長の言葉に応えると、団員たちに声を掛ける。


「シルバー村の方々が食事を供して下さるそうだ!

 節度を持って馳走になれ」


「おおっ」


 騎士団員たちから歓喜の声が漏れる。

 その日、宿営地ではささやかな宴会が饗されることとなった。



「もし違ってたら悪いんだけど、あなた………ヴァイス・ゴルトーさんかい?」


 宴会の中、ヴァイスが宿営地のベンチに腰掛けていたところ、中年の女性が声を掛けてきた。


「いかにも、ヴァイスは私ですが………私をご存知なのですか?」


 ヴァイスの言葉を受け、女性はうれしそうに手を合わせてみせる。


「やっぱりあなたがヴァイスさんかい。

 『比類なき勇気の騎士団』には優美華麗な女騎士様がいるって、こんな田舎にも噂が流れるくらい有名な話だよ。

 いやあ、それにしても―――」


 女性がマジマジとヴァイスを見つめる。


「ご婦人、どうかされましたか?」

「実物は噂以上の別嬪さんだね、それに凛々しくある。

 オバちゃん、なんかドキドキしてしまったよ」

「ご、ご冗談を………」


 思わぬ言葉にヴァイスは薄っすらと赤面してしまう。

 そんなヴァイスの様子を気にせず、女性は思い出したように背後へ目を向ける。


「ああ、こんな話をするために声を掛けたんじゃなかった。

 ほら、恥ずかしがってないでさっさと出ておいで」


 女性の言葉を受けて、物影からひょこりと少女が顔を覗かせる。


「ほらチェレン、ヴァイスさんに渡したい物があるんだろ?」

「う、うん!」


 チェレンと呼ばれた少女は緊張した面持ちでギクシャクと近寄ってくると、勢い良くヴァイスへ両手を差し出す。

 その手には黒い紐で結ばれた銀色の金属片が握られていた。


「こ、この村に伝わるお守りです! そ、その、もしよろしかったら………受け取って下さい!」


 あまりに必死なチェレンの様子に、ヴァイスがやや面を食らっていると、女性が横から取り成すように口を挟む。


「それはこの村で取れた銀で出来ていてね、幸運をもたらすって伝えられているお守りなんだよ。

 もし邪魔にならなければ受け取ってやってくれないかねぇ?」


 なるほど、この少女は自分にお守りを渡してくれているのだ、とヴァイスは合点がいった。


「ありがとうチェレンさん、貴女の気持ちがきっと私に勇気を与えてくれるだろう。

 お守りは大切に持たせてもらうよ」


 ヴァイスは穏やかに微笑むと、チェレンの両手を包み込むようにお守りを受け取った。

 ヴァイスが手が触れると同時にチェレンが勢いよく顔を上げる。

 その顔は激しく紅潮し真っ赤だ。


「きゃー! ヴァイス様に触っちゃった!」


 チェレンが感極まったように黄色い歓声を上げながら、興奮して何処かへと走り去っていく。


「……………」

「全く、年頃の娘ってのは、何でこう………」


 呆気に取られるヴァイスを尻目に、やれやれといった調子で、女性が肩を竦めて見せる。


「とりあえず、このお守りは頂いておきますね。

 ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうね」


 女性とヴァイスがお互いに苦笑を浮かべる。


「あんたらが何の目的でここに来たのかは知らないけど、オバちゃんも陰ながら無事を祈らせてもらうよ」

「かたじけない」

「ふふふ、本当、絵に描いたように優美な騎士さまだね。

 それじゃあ御武運を祈って、オバちゃんは退散するよ」


 女性は手をひらひらと振りながら、ヴァイスの元を離れる。

 その去り際、思い出したように一言


「それとオバちゃんの倅が1人、王都の魔術学校で学生をやっているんだよ。

 もし何かの機会が合った時はよろしくねー」


と口添えて、宿営地から姿を消していった。



「………」


 女性たちが去っていったあと、ヴァイスはチェレンからもらったお守りをしげしげと見つめていた。

 銀細工で出来た首飾り。さして目を引くような装飾品ではない。

 しかし、何故だろう?

 ヴァイスはこれに見覚えがある気がするのだ。


「見てたぞ」


 ヴァイスがそんな思索に耽っていたところ、ブラウンが悪ガキのような悪戯っぽい笑顔を浮かべてヴァイスの背後から姿を現した。

 ヴァイスはそんなブラウンをジロリと睨みつける。


「盗み見とは感心しませんね、団長」


 ヴァイスが不機嫌な調子でそう言うも、ブラウンはニヤニヤとした顔を崩さず、どかりと彼女の隣に腰を下ろす。


「全く、お前は騎士団一の女たらしだからな」

「人聞きの悪い言い方はやめて頂きたい」

「遠征の度に現地妻を作りやがって、今回で何人目だ?」

「………怒りますよ?」


 ヴァイスの眉間にシワが寄るのを確認し、ブラウンは慌てて降参する。

 

「わかったわかった、悪かった。ちょっとした冗談だよ」


 こんな所で部下の信頼を失っては、任務どころではなくなってしまう。


「まったく………団長は戯れに過ぎるところがあります」

「悪かったって、そう責めてくれるな」

「ふんっ」


 そっぽを向いてしまったヴァイスに対して苦笑を浮かべつつ、ブラウンはそっと呟く。


「しかし………いい村だな。

 村民は素朴で、おまけに飯もうまい」

「…………はい」


 ブラウンの声音が真剣味を帯びたことに気付き、ヴァイスが振り返って返事をする。


「ヴァイス………夕方の会議でも話したことだが、ここは馬車群がオークに襲われた場所からもっとも近い場所に所在する村だ。

 この意味がわかるか?」


「エルフたちを壊滅させた彼らは、次にこの村へ目をつける………と?」


「ああ、本来オークってのはそんなに活動範囲が広い訳じゃない、奴らは基本的に自分たちの集落近辺でしか活動しないものなんだ。しかし―――」


「しかし?」


「しかし、目標のオーク共はどうも解せないところがある。

 通常のオーク族と同じように考えない方がいいだろうな。

 連中がこの村に目をつける可能性も大いにあり得る」


「たしかに………そうですね」


 ヴァイスの脳裏に先程のチェレンたちの顔が浮かぶ。

 それだけではない。

 オークの情報を収集するため声を掛けた多くの村人たち。

 皆が自分たちのために力になってくれた。

 

 この村がオーク共に蹂躙される?

 そんなことは考えたくもない。


「ヴァイス、この任務………絶対に失敗は許されねえ。

 オーク共を一匹残らず殲滅するぞ」


 ヴァイスの表情が硬く引き締ることに気付いた、ブラウンが決意の篭った口調で言う。


「はい!」


 ヴァイスもまた決意を込めて応える。


 王都の遥か南西に所在するシルバー村。

 白毛たちの集落からわずか十数キロメートルの地点に位置する、小さな村での決意であった。


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