第44話 最後の戦い
まだ、朝というには少し早い彼は誰時の時間帯。
集落の隅にある大きな倉庫の中、オークたちが身を寄せ合うようにして眠っている。
空は暗い雲に覆われ、昨夜から降り始めた雪が変わらずに降りつづけていた。
そんな中―――
「顎割」
「何だ、牙折?」
朝までまんじりともせず、窓の外を睨み続けていた顎割へ、小声で牙折が声掛ける。
「白毛は戻ってきたのか?」
「いや、あれからいなくなったままだ。探しに行きたい気持ちはあるが、当の白毛が倉庫から出るなと言っていたからな。
どうしたものか、と考えてはいるんだが………」
昨日、白毛はよろよろと顎割たちの前から姿を消したきり、倉庫に戻ることは無かった。
顎割は一度、白毛に言われたとおり倉庫に戻ったのであるが、日付が変わっても戻ってこない彼に、どうしたものかと気を揉んでいるところであった。
そんな顎割に、牙折は口を開く。
「そうか………なあ、顎割。
白毛の奴は、この倉庫から出るなと言っていたが………俺は見張り台に行こうと思うんだ」
「見張り台に?」
「ああ。結局、昨日は誰も騎士団共の様子を見張っていなかっただろ?
仮に、集落の側に騎士団共が隠れ潜んでいるというのなら、騎士団拠点にも何か動きがあるんじゃないかと思うんだ。
俺はそれを調べに行きたい」
「……………」
牙折の提案を、顎割は検討する。
白毛は単独行動を禁じていたが、騎士団拠点の様子が気になるというのも確かだ。
肝心の白毛がいない今、結論は自分が出さなければいけないだろう。
「そうだな………。
白毛が不在だからと言って、手をこまねいている理由もない。
牙折、お前に見張りを頼もう」
「おう」
牙折は軽く頷くと、プラプラとした適当な足取りで、倉庫の外へと向かっていく。
「それにしても、無精者のお前が自分から見張りに行くなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「その………顎割だって白毛に言っていただろう?
『何でもかんでも白毛に押し付けて悪かった』って。
俺も自分に出来ることくらいは、やろうと思っただけさ」
少し恥ずかしそうに、牙折は視線をずらしてそう嘯く。
そんな牙折の背中を顎割は力一杯、バシンと叩く。
「ははは、皮肉屋のお前が随分と殊勝なことを言うようになったじゃねえか!」
「痛ぇな、馬鹿野朗。
そもそも俺は産まれた時から、謙虚がウリのオークだ」
「よく言うぜ!」
そう言って、豪快に笑う顎割を牙折が叩かれた背中を摩る。
顎割はひとしきり笑うと、不意に真剣な表情となって牙折の目を真っ直ぐに見つめた。
「危険な役目を押し付けて悪いな。頼む、牙折。
絶対に、無理は絶対にするなよ」
対する牙折も皮肉気な笑みを浮かべる。
「ばーか。俺は群れ一番の怠け者だぜ?
頼まれたって無理なんかしてやるもんか」
そう言うと、牙折は倉庫の外へ――――騎士団拠点が一望できる見張り台へと向かっていった。
◇
空から漂う雪は、昨夜よりも大粒になり、その激しさを増している。
それは最早、吹雪と呼んでもいい物へと変わっており、早朝の微かな日差しは暗褐色の雲に覆われ、彼らに届くことは無い。
朝と呼ぶにはあまりにも薄暗い騎士団拠点。
その前に、再び『比類なき勇気の騎士団』の団員たちが集結していた。
ビュウビュウと絶え間なく吹き続ける木枯らしが、冷気を彼らに送り続けるが、闘志と高揚に燃える騎士たちにその冷たさは届かない。
「特攻部隊、遊撃部隊、工兵部隊。そして騎士団本隊。
総員の再編成及び、本作戦の説明は終了しております」
「わかった」
ヴァイスの言葉に、ブラウンは短く頷く。
昨日から駆け抜けるように行った団員たちの再編成。
あまり時間を掛けることは出来なかったが、ブルーとロッセはなかなか良くやってくれたようだ。
団員たちは秩序だって隊列を作り、いつでも出撃できる様子であった。
「お前らぁ、前回の偵察任務じゃとんだ恥を晒しちまった!
汚名返上、名誉挽回だ!
特攻部隊の喧嘩強さ、今度こそ証明してやるぞ!!」
「おおぉ!!」
ブルーの鼓舞に、特攻部隊員たちが雄叫びを上げる。
「今回、臨時として自分が工兵部隊長の任をまかされた。
チェスナット隊長のようにはいかないが………みなの力、貸してもらいたい」
「ああ!」
ロッセの言葉に新たに編成された工兵部隊員たちが力強く頷いてみせる。
そんな彼らの様子を横目に、ブラウンが歩を進めていると、不意にヴェールから声を掛けられた。
「カスタード騎士団長」
「何か?」
「微々たるものですが、我々修道魔術師8名も今回の出撃に参加させてください。
我々がいることで、死なずに済む方もいるかもしれません」
「しかし………」
ヴェールの申し出に対し、ブラウンは少し言葉を詰まらせる。
女性である魔術師たちをオークの巣窟に進ませるのは、少し気乗りしない思いがあるのだ。
「どちらにしろ、騎士様たちは総出撃されるのでしょう?
拠点に残っていたところで、危険に変わりはありません。
それに―――」
「それに?」
ヴェールは力強く微笑むと、ブラウンへ言葉を放つ。
「私たちは『比類なき勇気の騎士団』の勝利を信じていますから」
ブラウンはその言葉に少しだけ微笑む。
「かたじけない………その言葉、甘えさせてもらおう」
ブラウンは再び表情を引き締めると、つかつかと歩を進め、隊列を組んだ騎士団員たちの前に立つ。
「総員、聞いてくれ!」
ブラウンが厳かにそう言うと、ざわついていた団員たちが一瞬で静まりかえる。
ブラウンはそんな騎士団員たちを一望すると、ぽつりと口を開いた。
「なあ、みんな。オークって何だと思う?」
「?」
出し抜けに放たれたブラウンの言葉に、団員たちが一様に不思議そうな表情を浮かべるが、ブラウンは構わずに言葉を続ける。
「俺が王都で今回のオーク討伐を命じられた時、正直に言えば大した任務ではないと思っていた。
だって、そうだろう? オークってのは害獣。知的種族と呼ぶのもはばかる劣等種族だ。
わざわざ俺たち騎士団が遠征までする必要があるのか? 俺はそうまで思っていた」
ブラウンは団員たちを見つめながら、自嘲するような笑みを浮かべる。
「そして、その結果がこれだ。
度重なる敗北、敗走。俺は多くの仲間を失い、傷つけてしまった。
始めは俺の無能に寄るものだと思ったよ。
『オーク如きになんてザマだ』って具合でな。
だけど、奴らのことを知るにしたがい、俺は少しだけ考え方が変わったんだ」
「この森に巣食うオーク族。奴らは決して烏合の獣などではない。
恐るべき戦力を持ち知略に長けた組織的戦闘集団だ。
驚異的な敵だ。
俺はそんなことを理解するまでに、随分と時間を要してしまった」
「……………」
ブラウンの言葉に団員たちは黙り込む。
彼らとて、ブラウンと同じ考えであった。オークなど、駆け出しの冒険者でも狩ることの出来る劣等種族、騎士である自分たちにとって役不足も甚だしい敵であると、そう思っていたのだ。
そんな彼らに向かって、ブラウンは力強く騎士団旗を掲げる。
「だから、今回の出撃、出し惜しみは無しだ!
拠点残存兵員、その全てを持ってオークたちに挑戦状を叩きつけてやる!
『比類なき勇気の騎士団』はどんな難敵であろうと、その勇気の名の下に勝利を手に入れるんだ!
各部隊長、兵員状況を送れ!!」
ブラウンは力強くそう声を上げると、騎士団の幹部たちに最終確認を行う。
「特攻部隊、部隊長ブルー・アスール!
指揮下の人員120名!
全員、いつでも行けるぜぇ!!」
「遊撃部隊、部隊長ヴァイス・ゴルトー。
指揮下の人員100名。
出撃準備は完了しています!」
「工兵部隊、臨時部隊長ロッセ・スキーマー。
指揮下の人員は105名。
準備は完了している」
「王都魔術師結盟、修道医院所属。ヴェール・ヴェルトゥ以下修道魔術師8名。
いつでも出られます!」
矢継ぎ早に飛ばされる報告を耳に収め、ブラウンは最後に一声を放つ。
「オークたちの森は視界が悪く、悪路が続く状況だ。
しかし、道を切り開くなどと悠長な真似をするつもりは無い。
電撃戦だ! この吹雪に紛れ、オークたちが態勢をとる前に、突撃し奴らを殲滅する!
みんな、覚悟と決意を固めろ!」
「おおぉぉぉ!!」
純白の雪が更に勢いを増し、吹雪の様相を呈し始めた早朝の曇天。
『比類なき勇気の騎士団』の咆哮が街道に響き渡る。
ヴァイスもまた、仲間たちと同様に声を張り上げる。
こうして、彼女にとって最も長いと記憶されることになる一日が始まったのである。
◇
「おおぃ! 何だよあれは!!?」
街道を一望できる見張り台、その上で牙折は、思わず驚愕の声を上げる。
彼が騎士団拠点を見張っていたところ、拠点からこれまでに無い大量の騎士団員たちが現れるやいなや、この森に向けて突撃を始めたのだ。
「じょ、冗談じゃねぇぞ!?」
これまで何度か、牙折は騎士団が森に侵入してくる様子を目にしていたが、これほど迅速な勢いで攻めてくるのは初めてのことである。
これでは迎え撃つ準備が間に合わなくなってしまうだろう。
「くそったれ!」
牙折は見張り台から飛び降りると、このことを報告するため集落へと全力で駆け出す。
たとえ後手に回ったとしても、防御態勢を取らなければいけない。
一分一秒であっても時間が惜しい状況だ。
群れで最も俊足な牙折が見張りについていたのは、オークたちにとって不幸中の幸いであったと言えるだろう。
彼は全身に回る疲労を無視し、風のような速さで森の中を駆け抜ける。
そして、心から嫌気が差したように
「騎士団ってのは、何で俺が見張ってる時ばかり攻め込んでくるんだよ!?」
と恨み声を上げるのだった。




