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第43話 破滅へと至る前夜

「どうやら、無事に辿りついたようだな………」


 街道が一望できる見張り台、その上で白毛はエルフと騎士たちが合流する姿を見つけ安堵の息を漏らす。

 オークたちが小屋に引きこもっているいるとはいえ、何らかの弾みでヴァイスたちと鉢合わせする可能性もある。それを危惧し、ここまで来たのであるがどうやら杞憂であったようだ。


「よし」


 白毛は見張り台から飛び降りると、森の中を進む。

 恐らく、明日には騎士団たちが集落へと攻め込んでくるだろう。


「さて………どこへ行ったものかな………」


 家畜小屋を出たものの、白毛にはもう集落へ戻るつもりは無い。

 白毛は家畜小屋から持ってきたプリムラ・シネンシスの鉢植えを抱えたまま、どこに行ったものかと思案する。


 そんな彼の体をびゅうびゅうと冬の冷たい風が吹きすさび、白毛はぶるりと体を震わせる。

 深夜であることもあるだろうが、今日は特に冷え込んでいるようだ。空は暗褐色の雲で包まれ月がその姿を隠している。


「明日は吹雪になるかもしれないな………」


「そーだな。この間降ったばかりだってのに、まいったもんだ」


「!!?」


 何気なく呟いた独り言への返答に、白毛が驚いて振り向くと、そこにはいつもの暢気そうな顔を浮かべたギザ耳が立っていた。


「ギ、ギザ耳!? 何でお前がこんな所に!?」


 白毛が驚愕の表情でそう問いかけるが、ギザ耳はキョトンとした表情のまま

「何でこんな所に………って、それはむしろ俺の台詞なんだが」

と答える。

 なるほど、今回ばかりはギザ耳の言うとおりだ。

 あれだけ、小屋から出るなだの、見張りはいらないだのと騒いでいた自分自身がフラフラと姿を消したのだ。

 仲間たちからすれば、訳がわからない自体なのだろう。


「白毛がいなくなったってことで、群れのみんなが騒いでいたんだよ。。

 だけど、森の中に騎士団が潜んでいるらしいじゃん?

 森の中をうろつくのは不味いってことで、とりあえず顎割たちがどうするか相談していたんだ。

 だけど、俺はあの逃げ出した8匹の見張りをさせられてただろ? 

 こっそり抜け出してお前を探していたんだ」


「そうか………」


 ギザ耳の話では、どうやら顎割たちは自分の言葉を守ってくれたようである。

 どこまでも自分のことを信頼してくれる、実直なオークだ。


「それで白毛、お前はどこに行っていたんだよ?」


「いや………」


 ギザ耳の問いに対し、白毛は口ごもる。


「………まあ、どうでもいいか。お前が戻ってきたならそれでいい」


 ギザ耳はそんな白毛の様子に気付くと、首の後ろに手を回し気分を変えるように白毛へ口を開いた。


「白毛、ちょっと付き合えよ」



 ギザ耳は白毛を伴い、集落の外れにある小高い丘。

 かって白毛が片目と会話し、片目が人間族との戦争を決意した丘へとやってきた。

 ここへ辿りつくまでに、暗褐色の空からは雪が降り始め、木蘭色の地面に白い雪がその破片を残し始めていた。


「くそ、降り始めやがったか。この調子じゃあ明日には積もりそうだな」


「ああ………」


 空から零れるような大粒の雪をその目に納めながら、白毛はギザ耳の言葉に答える。

 「やれやれ」という言葉と共に、ギザ耳はどかりとその場へ腰を下ろすと、白毛へ向けて乾いた肉片を差し出した。


「ほれ」


「何だ? これ」


「人間肉の燻製。燻煙させると臭みが消えて案外イケルぞ」


 自らも肉片を口にくわえつつ、ギザ耳が口を開く。


「白毛………前にお前、騎士団との戦争が終わりに近いって言ってたけど、どーゆうことだ?」


「騎士団が街道に拠点を張ってからもうすぐ一月になるけど、未だに彼らは俺たちの集落を発見できていないだろ?

 それにこの雪だ、雪が積もれば森の散策は更に難しいものになる。

 食料の備蓄や騎士たちの疲労なんかを考えると、彼らはそろそろ潮時なんだよ」


 白毛もまたギザ耳の隣に腰を下ろすと、雪を見つめながら静かに答える。

 もっとも、すでにヴァイスによって集落の位置は騎士団に伝えられている、騎士団は明日にもこの集落へ攻め込んでくるだろう。

 ギザ耳に答える白毛の声はどこか空虚なものであった。

 

「ってことは、この戦争もそろそろ終わりか。そりゃあいい、俺もいい加減、嫌になってきたところだ」


「嫌になってきた? お前が?」


 ギザ耳の言葉に白毛は少し意外な気持ちで答える。

 どこか戦闘狂染みたところがあるギザ耳にとって、この戦争は強敵と戦える楽しいものであると思っていたのだ。


「ああ、戦争になってから、群れの連中はピリピリしているし、飯は人間肉ばかりなっちまうし、見張りに立つのは退屈だしな。

 強い奴と戦えるのはいいが………どうも、俺はこの戦争というものが好かん」


「おいおい、別に道楽で戦争をしている訳じゃないんだぞ?」


 ギザ耳はやっぱりギザ耳だな………と白毛が半ば呆れたようにそう嘯くが、ギザ耳は瞳に憂いの光を帯びたまま言葉を続ける。


「それに、鼻欠や………頬傷も死んじまったしな。

 頬傷の野郎とは一度ケリをつけておきたかったのに、勝手に死にやがって………」


「うん………」


 どこか悔しそうなギザ耳から視線を反らし、白毛は自分の足元へ目を向ける。

 ギザ耳は夜空を見上げながら、少し黙り込むと、静かに口を開いた。


「俺たちって一体なんなんだろうな? 戦って、死んで、殺して、殺されて、結局俺たちが得たものって何だ?

 俺たちって何の為に生きているんだ?」


「え………?」


 あまりにギザ耳らしくない言葉に、白毛が思わず目を向けると、ギザ耳は降り積もる雪へ静かな視線を向けている。

 その表情はどこか疲れ果てているように感じられるものだった。


「白毛。俺は戦うことが好きだ。

 敵や獲物と戦っているとき、俺は燃えるような高揚感に包まれる。

 相手をぶっ殺したとき、充足感と喜びに心が満たされる。

 それらはきっと、俺がオークであるという証。

 俺の本能が殺戮を求めているのだと思う」


「……………」


 殺戮や蹂躙を好むこと、それらはきっと神が自分たちに与えた本能なのだろう。

 白毛自身、獲物を殺した時や、仲間たちと里を蹂躙したとき、心の底から沸き立つような高揚感を感じたことを覚えている。

 

「だけどさ………ときどき、俺は無性に虚しくなる時がある。

 何とも言えず、寂しくなっちまう時がある。

 だって俺たちは壊すばかりで何も創りだせない。

 他の種族が作った物を奪って、壊して、殺して、犯して………俺たちが通った跡には何も残らない。

 俺は時々、思うんだよ」


 ギザ耳はどこか遠い目を、純白の雪から白毛の紅い瞳へ移す。


「俺たちみたいな種族、本当に存在する価値あるのか………ってさ」


 ギザ耳が何故、突然そんなことを言い始めたのか白毛にはわからない。

 ただ、彼の黄土色の瞳は明らかに疲弊し、憔悴の色がありありと浮かんでいる。

 白毛はそんなギザ耳の姿を見たくはなかった。


「ギザ耳、しっかりしてくれ。

 破壊を求めるのは俺たちの本能だ。それが憎悪を受けるものだから何だと言う?」


 だから、白毛は焚きつけるような調子でギザ耳の言葉に答える。


「確かに、この世界に生きる全ての者たちにとって、俺たちという種族が害悪でしかないのかもしれない。

 俺たちは根絶されるべき、種族なのかもしれない。

 だけどギザ耳、お前はそれに納得できるのか?」


「白毛………?」


 白毛にとって、ギザ耳は己が理想とするオークだった。

 豪胆で大胆不敵、やや思慮に欠ける部分はあるが不屈の心を持った戦士。

 ケダモノの本能に従いながら、その心に戦士の誇りを持ち、そして誰よりも活力に満ちている。

 それは、オークとエルフの狭間で苦しみ続けていた白毛にとって、あこがれを抱くほどに愚直な男であったのだ。


「人間たちが俺たちの根絶を願うなら、その人間族全てを殺せばいい。

 世界が俺たちの破滅を願うなら、そんな世界、壊してしまえばいい。

 殺すこと、奪うことを至上とするのが、俺たちオーク族の在り方だ。

 ギザ耳、お前はオーク族の戦士だろう?

 だったら、そんなだらしないことを言うんじゃない」


 白毛は己の声に力を込めて、そんな戯言を吐き続ける。

 本能のままにエルフ族へ非道の限りを尽くし、野蛮な哲学によって自分の愛する人を食らった醜悪なオークたち。

 白毛はそんな仲間たちのことを誇りに思っているのだ。

 だから、どこまでも純粋にオークとして生きるギザ耳には、迷いなど持ってもらいたくなかった。

 

「だらしないって………なかなか手厳しいことを言うな白毛。

 だけど………そうだな、確かにその通りだ。

 これまで好き勝手に生きてきた俺が、今更こんなことをグチグチのたまうのも馬鹿な話かもしれないな」


 ギザ耳はニヤリと獰猛な笑みを口元に浮かべ、何かが吹っ切れたように立ち上がる。


「終わりが近いとはいえ、騎士団は追い込まれている。

 いつ攻めてきてもおかしくないぞ。その時はお前の武芸が頼りになるんだ。

 しっかりしてもらわないと困る」


「まだまだ戦えってか? まったく、人使いの荒い奴だ」


 ギザ耳はうんざりしたような口調で嘯くが、その声には楽しげな響きが混じっている。


「へいへい、わかりましたよ。

 俺ことギザ耳は最後の最後まで、群れのために死力を尽くすことを誓います。

 ………これでいいか?」


「うむ、良きに計らえ」


「なんだお前、えっらそーに!」


 ふざけた調子で白毛が胸を張ると、ギザ耳が掴みかかっていった。


「うわ、やめろギザ耳! 俺は体が弱いんだ!」


「うるせぇ! 都合のいいときだけ虚弱をアピールするな!!」


 降り積もる雪の中、幼体であった頃と同じように2匹のオークがゴロゴロとじゃれあう。

 白毛は瞳に微かな空虚を混じらせながらも、久しぶりに………本当に久しぶりに心からの笑顔を浮かべるのだった。



「ヴェール殿、ブラウンだ。

 入ってもよろしいか?」


「どうぞ」


 天幕の外から掛けられた声にヴェールが返事をすると、ブラウンが伺うような様子でテントの中へと入ってきた。

 テントの中にはヴェールと、彼女から治癒を受けていたヴァイスが座っている。


「ようヴァイス。腕の方はどうだ?」


「団長、見てください! ヴェールさんの魔術のおかげで元のとおりです!」


 まるで子供が自分の玩具を父親に見せるかのように、ヴァイスがブラウンへ自分の右腕を振ってみせる。

 

「おう、そいつは良かったな」


 ブラウンはヴァイスの頭をくしゃくしゃと撫でると、そのままヴェールへ視線を向ける。


「ヴェール殿、かたじけない。おかげで俺たちは万全の調子で最後の戦いに赴くことが出来る」


「最後の戦い………ですか?」


 不思議そうなヴァイスに対し、ブラウンはキッと表情をひきしめると断固とした口調で口を開く。


「あれからブルー、ロッセとも話し合った結果だが、明日………いや、もう日が変わったから今日と言うべきか。

 とにかく夜明けと同時に、俺たちはオーク族の集落に総攻撃をかけることにした」


「総攻撃………」


 複雑な表情でそう呟くヴァイスに対し、ブラウンは目を向ける。


「お前が話していた、白いオークの言葉。

 俺は信じようと思う。あのハナカケの件を考慮すると早計に過ぎるかもしれないが………この機を逃せば、俺たちに奴らを殲滅する機会は残っていない」


 ヴァイスから聞いた白いオークの話。これはあまりに荒唐無稽に過ぎるところがある。

 ブラウン自身は彼の話を信じている訳ではないが、ヴァイスが持ち帰ったオークの集落の位置。それは十分に信じ得る情報だ。

 それに季節は冬も半ばに入り、すでに森は薄っすらと雪で白化粧をしている状態だ。

 更に雪が積もるようなことになれば、進軍は更に困難なものになってしまうだろう。

 一刻も早く、オークたちを殲滅しなければいけないのだ。

 すでにブルーとロッセに指示し、団員たちの再編成を行っている。

 減少した特攻部隊員の補充、壊滅した工兵部隊の代替人員の検討。そういったモノを現在、迅速に進めている状態であった。


「……………」


「ヴァイス………お前はどうする?

 オークの集落の位置を己の目で知っているのはお前だけだ。

 正直、お前には来てもらいたいと考えている」


 複雑そうな表情でブラウンの話を聞いているヴァイスに対し、ブラウンは真剣な表情で問いかける。

 どこまでも甘い性格の彼女にとって、情の移ってしまったオークを殲滅するのは心苦しいものであるかもしれない。


「い………行きます。私も行かせて下さい!」


 ヴァイスは伏せていた顔を上げると、迷いを断ち切るようにそう声を上げる。


「ヴァイス………一応言っておくが、もし奴らを眼前にして躊躇うようなことがあれば、それはそのまま死に直結するぞ?

 お前に迷いは無いか?」


「私は………シロゲと約束しました。

 オークたちを殲滅すると、彼らにこれ以上の蛮行を繰り返させないと!

 私に迷いはありません。団長、私を連れて行ってください!」


 ヴァイスは真っ直ぐにブラウンの瞳を見つめ、覚悟を決めたように言う。

 騎士として、人間族の一人として、自分は仲間を同種を守らなければいけない。

 例えそれによって、自分の心が傷ついたとしてもだ。


 そんな彼女の覚悟を捉え、ブラウンはヴァイスの前に拳を差し出す。


「よし、頼むヴァイス! 俺に力を貸してくれ!」


「お任せください!」


 ヴァイスもまた拳を重ね、声を上げる。

 オークの集落に対する総攻撃。それはあと数刻後までに迫っていた。


第44話は11月11日、午後7時ころに投稿予定です。

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