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第42話 帰還

「おい………あれは、何だ?」


「あ?」


 森の南側に敷設された、『比類なき勇気の騎士団』の騎士団拠点。

 その見張り台から森の警戒を行っていた騎士の目に何かの人影が映る。

 始めはオークか? と思ったものの、それにしてはあまりに影が小さい。

 月が出ているとはいえ、夜の帳の中である。影の詳細については判然としない。

 影たちは20数名程度の一団のようで、ゆっくりとした速さで拠点へと近づいてくる。

 その先頭を歩く影、その影は鮮やかな白金色の髪をしているようで、月の光を白金色に反射させていた。


「う、嘘だろ………あれはまさか―――」


 騎士はその白金色に見覚えがあった。

 そう、あの髪は無念のままに、オークたちに連れ去られた、彼の所属する遊撃部隊の部隊長と同じものであったのだ。


「ヴァイス隊長!!」


「な、なんだって!?」


「だ、団長に知らせろ! 隊長だ、ヴァイス隊長が帰ってきたんだ!」


 騎士は驚愕のまま怒鳴り声を上げる。

 そう、何を見間違えることがあろうか。

 あれは、自分が利き腕をへし折った遊撃部隊長、その人に違いない。


「隊長ぉ!!」


 騎士は相勤の騎士へ報告に向かわせると、そのまま見張り台の上から影に向かって大声を上げるのだった。



「ねえ、女騎士さん。

 なんか沢山の人間たちが出てきたんだけど………?」


 アイリスが疲れきった様子で、そうヴァイスに声掛ける。

 家畜小屋から仲間を背負って、この森を抜けてきたのだ。そもそも環境が悪く常に体が衰弱状態であったエルフたちにとって、この脱出劇は多大な労力を費やすものであった。


「……………」


 しかし、ヴァイスはアイリスの問いかけに答えない。ただ、無言で駆け寄ってくる騎士たちを見つめていた。

 呆然と佇むヴァイスたちの下へ、騎士たちが駆け寄ってくる。

 その集団の中から抜き出るような形で、1人。青髪の騎士が血相を変えて、ヴァイスたちの下へと辿りついた。


「ヴァイス!!」

「ブルー………」


 ブルーはぜいぜいと息を切らせながらも、ヴァイスの前に立つと、言葉を選ぶように複雑な表情を浮かべる。


「ヴ、ヴァイス………その、大丈夫か?」

「…………」


 ブルーは心配そうに、そう声掛けるがヴァイスは目を伏せると、体から力が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込む。

 オークたちに捕まってから、ずっと気を張っていたのだ。極度の緊張を張り続けてきた彼女は、仲間たちの姿や声を聞いて、力が抜けてしまったのだった。


 そんなヴァイスをブルーは見つめる。

 彼女の体は酷い有様で、右腕がへし折れ、顔に殴打された跡が残り、体中には擦り傷が刻まれていた。

 それらを目の当たりにしたブルーは一つの結論に至ったようだ。体中から冷や汗を流し、白目を向きながら喚き声を上げる。


「ほ、保健医だ! 誰か保健医を呼べ!!」


「だ、大丈夫です、ブルー。

 その………貴方が心配しているような憂き目は見ていません。

 少し、疲れてしまっただけです」


「あ………そ、そうなのか? 俺はいったいどーすれば………」


「とりあえずブルー隊長を落ち着くべきだと、自分は考える」


 わたわたと手をばたつかせるブルーの肩を、ようやく辿りついたロッセが抑えてみせる。

 ヴァイスはそんな彼らの様子を見て、ホッとしたように口元をほころばせた。


「ヴァイス隊長のご帰還、自分も大変うれしく思う。

 もうすぐ他の者達もここへやってくる、それまで少し待っていてもらえるだろうか?」 

 ロッセの言葉どおり、拠点から駆け出してきた騎士たちがヴァイスたちの下へと到着し、エルフたちを囲むように並び立つと、その中から1人の精悍な騎士―――ブラウンが姿を現し、ヴァイスの前へと歩を進めていた。

 ブラウンはヴァイスの前に立つと、いかめしい調子で問いかける。


「ヴァイス、この方たちは?」


「オークの集落に監禁されていたエルフたちです。過酷な生活から、彼女らは非常に衰弱状態にあります。応急の救護を求めたい」


「ああ、わかった」


 ブラウンは周囲に集まった騎士たちへ指示を飛ばす。


「聞いてのとおりだ。エルフの方々を速やかに拠点へ搬送しろ!」


 それからの行動は迅速であった。

 ブラウンの指示により、衰弱状態にあったエルフたちは騎士たちに付き添われ拠点へと運ばれていく。

 騎士たちがエルフを無事に連れて行ったことを確認すると、ブラウンは表情を和らげ再びヴァイスに向き直る。


「ヴァイス………大丈夫か?

 体中が傷だらけじゃないか」


「ええ、多少の手傷は負ったものの、御覧のとおりです!」


 ヴァイスがブラウンに対し胸を張って見せると、ブラウンは膝に手を当て、安堵のため息を深々とつく。


「ヴァイス、良く帰ってきてくれた。

 恐い目に合わせてしまったな………すまなかった」


 憔悴しきった目で、そう言うブラウンに対し、ヴァイスはやや虚勢を張るように声を上げる。


「恐怖など感じておりません。私はこの『比類なき勇気の騎士団』に所属する騎士。

 誇りと使命が胸にある限り、どんな逆境だって乗り越えてみせます!」


「ははは………大した奴だよ、お前は」


 胸を張ってみせるヴァイスに対し、ブラウンは苦笑を浮かべるとその肩に手を当て、少しだけ悲しそうにぽつりと呟く。


「俺は………恐かったよ」


「え?」


「お前が考えたくもないような、酷い目に合っているのではないかと思ったら、恐くて恐くて仕方が無かった。

 俺はお前と違って弱い人間だ。自分の判断によって仲間たちが傷つくことに耐えられないんだ」


 そう言って、ブラウンはヴァイスへゆっくりと微笑む。


「だから、ヴァイス。本当に良く帰ってきてくれた。

 またお前の姿を見ることが出来て、俺はうれしいよ」


 その言葉はどちらかと言えば、騎士団長から部下へと言うよりも、父親から娘へ送られるような響きがあった。

 実際のところ、それほどブラウンはヴァイスのことを気に病んでいたのである。


「団長………」


「ヴァイス………?」


 ヴァイスは相変わらずの表情で、ブラウンの顔を見つめている。

 しかし、その声は震え、彼を見つめる瑠璃色の瞳からは涙が滲み始めていた。

 

「おわっ?」


 そして、ヴァイスは無言のままブラウンの胸元に顔を押し付け、その背へ手を回す。

 驚いたブラウンが彼女を見下ろすと、その小さな肩が小刻みに震えていた。


 別に恐かった訳ではない。………いや、正直に言えば恐かったことは事実だが、それでもこんな人目もはばからずに抱きついてしまうほど、恐慌をきたしていたわけではなかった。

 ただ、安心してしまったのだ。

 オークに攫われてから、恐怖と緊張の連続でヴァイスは気を張り続けてきた。

 それが、ブラウンの笑顔を見た途端、糸がプツリと切れたかのように、ヴァイスは安心し、抑えつけていた感情の波に飲まれ、泣き出してしまったのだった。

 

 ヴァイスは泣き出してしまった自分の顔を隠すように、強くブラウンの胸へ顔を押し付ける。

 そんなヴァイスの意を解したのか、ブラウンはそっと彼女の頭に手を触れると、優しく撫でる。


「ヴァイス、よく帰ってきてくれた」


「はい」


「お前が無事で………俺はうれしいよ」


「はい」


 ブラウンの言葉に、ヴァイスは短く返事をする。これ以上の言葉を重ねてしまえば、嗚咽を上げてしまいそうだったのだ。


 

「これが………オークの集落であった顛末です」


 騎士団拠点の中心、作戦本部のテントの中でヴァイスは集まった面々に、集落であった出来事を語り続けた。

 ブラウンはヴァイスに傷の手当を優先するように告げたが、彼女は頑として報告を先にしたいと譲らなかったのだ。

 

「白色のオーク………シロゲ。

 エルフに愛されたオークか………荒唐無稽すぎて、俺には少しばかり信じがたいよ」


 ヴァイスからの話を聞いたブラウンが思案するようにそう告げる。

 しかし、オークに攫われたヴァイスが陵辱されることなく、あまつさえエルフたちを救出して騎士団拠点へ帰還したという事実が、彼女の言葉が嘘では無いということを物語っていた。


「団長………エルフたちは容態は?」


「修道魔術師たちが到着していたのは幸運だったな。五体満足とまではいかないものの、体の傷はどうにかなるだろう。

 問題は心の方だ。こればかりは、いかに魔術といっても治癒できるものではないからな」


「そう、ですね………」


 ヴァイスが家畜小屋から救出したエルフたち。彼女たちの中には心が完全に壊れ、ヴァイスの呼びかけに反応すら見せない者も多数いた。

 どんな魔術を用いたところで、彼女らの心を癒すことは出来ないであろう。


「とりあえず、オーク共の住処すみかがようやくわかったんだな!

 団長! 今度こそ、オーク共をぶっ殺してやろうぜ!」


 ヴァイスが白毛から受け取った地図を手に、ブルーが揚々とした声を上げる。


「ブルー、怪我はどうしたのですか?」


 そんなブルーにヴァイスは不思議そうな表情を浮かべる。

 彼女の記憶では、確かブルーは歩くことにすら支障をきたすほどの重症を負っていた筈であった。

 しかし、前に立つブルーは壮健な様子で、得物である長剣を手にし、剣筋を確かめるように素振りまでしている。


「ああ、治った!」


「治った!?」


 困惑の声を上げるヴァイスに対し、ブラウンは苦笑交じりに告げる。


「ああ、さっき話したとおり、要請していた魔術師たちの治癒魔術によるものだ。

 人数こそ少ないものの、修道医院は中々優秀な魔術師たちを送ってくれたらしい。

 現状、負傷していた団員たちの8割が戦線復帰出来るまでに回復している。

 お前の部下のセフィド、あいつもまだ安静状態ではあるが、一命は取り留めたぞ。

 どうやら後遺症も残らずに済むらしい」


「セフィド………」


 ブラウンの言葉にヴァイスがホッとしたような微笑を浮かべる。

 白毛によって喉に穴を空けられたセフィドは、通常であれば死にはせずとも致命的な後遺症が残ることは間違いない。

 ヴァイスは魔術というものに全く見識が無かったが、彼女が考えていたよりもその力は絶大なものであるようだ。


「ヴァイス。お前も利き腕を骨折しているのだったな。

魔術師たちに治癒してもらえ」


「治癒の魔術、ですか………」


 ブラウンの言葉に、ヴァイスはやや複雑そうな表情を浮かべる。


「何だ、何か不満でもあるのか?」


「いえ………その、セフィドを治療してくれたことには感謝していますが、私はあまり魔術師というものが………」


 不思議そうなブラウンに対し、ヴァイスが正直に自分の思いを伝える。

 騎士に限らず、傭兵、戦士、冒険者に至るまで、この世界で戦いを生業にする者にとって魔術師とは、胡散くさい、鼻持ちならない存在である。

 王都において、騎士団連合と魔術師結盟は常に反目しあう立場であり、その傘下であるヴァイスもまた、魔術師という人種を苦手に思う気持ちがあった。


「何だ、他の騎士はともかく、お前でも魔術師が嫌いなのか?」


「まあ、こいつは女というより、騎士である面が強いからな」


 意外そうな表情を浮かべるブルーに対し、ヴァイスが問いかける。


「ブルー。貴方は魔術師などにその体を明け渡して、不安は無かったのですか?」


「体を明け渡すって………大げさな奴だな。

 まあ、俺は幼馴染に魔術師がいるんでな、あまり魔術ってモンを毛嫌いする気持ちはない」


「しかし………」


 尚も躊躇いの表情を見せるヴァイスに対し、ブラウンがため息をつく。


「ヴァイス、いい加減にしろ。

 意固地になったって、片腕が折れた奴を戦場に連れて行くことなど出来んぞ。

 それとも、王都に帰るか?」


「それは………嫌ですが」


「だったら、さっさと魔術師―――ヴェール殿のところへ行って来い。

 彼女は非常に優秀な修道魔術師だ、それに何やらお前に会いたがっているようだったぞ?」


「私にですか? どうして?」


「そんなこと俺が知る訳ないだろう。お前の知り合いではないのか?」


「私に魔術師の知り合いなどいません」


「まあいい。ほら行った行った!」


 いつまでも食い下がるヴァイスに対し業を煮やしたように、ブラウンが手で追い払う。

 ヴァイスはまだ不満げな表情を浮かべていたが、仕方なくヴェールがいるテントへと足を進めるのだった。



「ようこそ、いらっしゃいました。

 ヴァイス・ゴルトー様」


 ヴァイスが天幕を開くと、そこには緑髪のウェーブがかった髪を揺らせ、ヴェールがそっと頭を下げる。


「貴女がヴェール・ヴェルトゥ修道魔術師ですね。

 団長から話を聞いています。この腕を治して頂きたい」


 ヴァイスがヴェールへ向けて折れてしまった右腕を見せると、ヴェールは透き通るような萌葱色の瞳をその腕に向け、そっと微笑んでみせる。


「これはこれは………ずいぶん酷い折られ方をしたのですね。

 今だって随分と痛むでしょう?」


「これしきの痛みなど大したことはありません。

 お手数をかけ申し訳ないが、よろしくお願いします」


 ヴァイスはヴェールに対面する形で座り込むと、彼女へ向けて右腕を差し出した。


「私よりも年下でしょうに、随分と気丈なのですね。

 流石はゴルトー公爵のご令嬢。噂どおりの立派な騎士様でいらっしゃるようです」


 ヴェールはあくまで笑顔を絶やさず、礼儀正しい態度を崩していなかったが、その口調からは明らかにそれが皮肉であることを感じられるものであった。


「………その話はやめて頂きたい」


 ヴェールの言葉に対し、押しつぶすような声でヴァイスが答える。

 王都におけるヴァイスの評価は最低なものだ。


「さて、おしゃべりはこれくらいにして、ヴァイス様の腕を治療しなければいけませんね。 ちょっと腕をお借りしますよ」


 ヴェールはヴァイスの右腕を手に取ると、意識を集中し治癒の術式を展開させていく。

 淡い緑色の光がヴェールの付近にボウっと漂ったかと思うと、その光は幾何学的な模様を描き、同時に、ヴェールの手のひらから同じ緑色の光が瞬き始めた。


「はい、では失礼」


 ヴェールは手のひらを、ヴァイスの骨折部分にそっと当てると、光を浴びせるように患部をなぞっていく。

 魔術というものにこれまで触れたことがないヴァイスにとってそれは未知の体験であり、少しだけ体をビクリと震わせた。


「大丈夫、痛くないですよ?」


「べ、別にそんなことを心配している訳ではありませんが………」


 ヴェールが顕現させた治癒の光は暖かで、全く不快なものではなかったが、騎士であるヴァイスにとっては魔術を浴びるというだけで屈辱的なものだった。少しだけ悔しそうな様子で歯を噛み締める。


 そんなヴァイスの様子を目に捉え、ヴェールは少しだけ目に苛立ちを混ぜつつも、問いかける。


「ヴァイス様は魔術師がお嫌いですか?」


「別に嫌いという訳ではありませんが………私は騎士です。

 どうしても、魔術というモノには抵抗がある………。

 魔術師たる貴女だって、騎士が持つ剣や槍などには抵抗があるでしょう?」


 騎士が魔術師を邪道と揶揄するのと同じように、魔術師たちは騎士や戦士たちを野蛮であると忌避するものだ。

 しかしヴェールはふるふると首を振ると、少しだけ微笑んでみせた。


「私は………兄が騎士団に入っているので、騎士というものに抵抗はありません。

 むしろ、騎士様たちには親近感がありますよ?」


「お兄様が騎士団に? どちらの騎士団ですか? もしかしたら私にも面識があるかもしれません」


 ヴァイスが少しだけ笑顔を浮かべそう問いかけるが、ヴェールはその言葉に対し瞳に燃えるような憎しみを含ませる。


「どうせ、貴女のように高名な騎士にとって、私の兄は路傍の石にも満たないものでしょうけど………」


「はい?」


 呻くようなヴェールの声は、低く小さなものでヴァイスの耳には届かない。

 思わず聞き返したヴァイスに対し、ヴェールは最初と同じように穏やかな微笑みをもって答える。


「いえ、何でもありません。それより腕を動かさないで下さいね。

 変な形で骨がくっついてしまうと困りますから………」



 ヴァイスの右腕の治療は夜更けまで行われた。

 いかに治癒の魔術と言えども、折れた腕を治療するということは簡単なことではなく、普通の修道魔術師であれば再び腕を使えるようになるまで幾日もの日数を必要としただろう。

 一晩でヴァイスの腕を完治させたヴェールは非常に優秀な修道魔術師であった。


「はい、これでお終いです。

 ヴァイス様、腕を使って見てください」


 流石に疲労を顔に滲ませながら、ヴェールがヴァイスへそう促すと、ヴァイスは恐々と右腕を回してみせる。

 そして感覚を確かめるように、軽く剣を振って見せた。


「腕に違和感などはありますか?

 もしあるのなら、もう少し魔術を施術したいのですけれど………」


「…………」


 ヴェールが確認するように問いかけるが、ヴァイスは無言のままブンブンと剣を振り続ける。

 そして幾ばくか剣を振り続けた後、顔を真っ赤に紅潮させて何やら震え始める。


「す………」


「す?」


「素晴らしい! 魔術とはこれほどまでに優れたものなのですか!?」


「ひえ!?」


 ヴァイスは飛び掛るようにヴェールの両手を取ると、自分の手で包み込むように握り締める。


「全く違和感はありません、元と変わらず剣を振ることが出来ました。

 ヴェール殿、貴女のおかげです!

 感謝の言葉もありません!」


「わかりましたから、あまり顔を近づけないで下さい!

 その………照れてしまいます」


 喜びに顔を紅潮させ、目をキラキラと輝かせるヴァイスに対し、たじろいだ様子でヴェールが目を伏せる。

 同じ女性ではあるが、ヴァイスは美しさと凛々しさを兼ね備えており、眼前に顔を近づけられたヴェールの顔は赤く紅潮してしまっていた。


 しかしヴァイスは高揚した様子でヴェールの手を握ったままブンブンとそれを振り回す。


「団長が貴女を優秀な魔術師だと言っていましたが、その言葉に誤りは無かったようです。

 これで私は再び戦うことができます!

 ヴェールさん、貴女は私の恩人です」


「ははは………どういたしまして………」


 喜びを露にするヴァイスからは、先ほどの偏見の混じった物が感じられない。まるでプレゼントをもらった子供のように満面の笑みではしゃいでいる。


「あの………ヴァイスさん」


「何か?」


「あなたってひょっとして………とても単純な人だったりする?」  


「何を仰いますか、失敬な。

 私は自身のことを、思慮深い人間であると自負しています!」


「え、ええ………」


 口を尖らせながら胸を張るヴァイスからは生憎、思慮深さといったモノは感じられない。 ヴェールは何となく息を吐く。

 王都で彼女が聞いていたこの女騎士の噂は、あまり好意的なものではなかった。


『ゴルトー家の名を笠に着た、傲慢な騎士』

『ゴルトー家の名を継ぐためだけに騎士を続ける強欲者』


そして


『過去の模擬試合において、八百長を行った卑怯者』


 それらが王都の騎士や貴族たちがヴァイスに下している評価である。

 更に下卑た者たちも含めれば『模擬試合で勝利するために、身売りを繰り返した売春婦』という評価も加わる。

 それらはヴェールを含め、王都に居住している者たちが共通して認識する、ヴァイスという女騎士の人物像であったのだ。


 しかし、いざ本人を目の当たりにしてみると、あまりにも噂で聞いていた人物像と異なっているように感じられる。

 ヴェールはハアっと深くため息をついた。


「ヴェールさん、どうかされましたか?」


「いえ………やっぱり噂なんてものは当てにならないと思いましてね………」


「?」


 ヴェールがやれやれといった調子でそう嘯くのを、ヴァイスはただ不思議そうな目で見つめるのだった。


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