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第2話 白金の女騎士

「白毛、狩りに行っていたんでしょ? 大丈夫だった? 危ないことはなかった?」


「大丈夫だよ、ほらケガ一つ無いだろ?」


「お母さんは心配だよ、あなたは体が弱いんだから………」


「体が弱いっていっても、俺はオークだよ? 頑丈さだけなら知能を持つ種族で一番なんだから………心配性だなあ、母さんは」


 殊更に白毛の体を気遣う母に対し、白毛は苦笑を浮かべる。

 白毛にとっては、自分の体などよりも、この劣悪な環境にいる母の方が心配なのだ。


「それより、母さん」


 白毛は本日の戦利品の中から羽毛の毛布を取り出し、エルフに渡す。


「最近、寒くなってきただろ? 母さんに使ってもらおうと思って持ってきたんだ」

「あら、ありがとう白毛………とっても温かいよ」


 白毛が毛布でエルフの体を包むと、彼女は静かに微笑みながら礼を言う。

 白毛は母が笑顔を浮かべると、うれしくてたまらなくなる。


「ほかにも、いろいろ持ってきたんだよ!

 これは人間の砂糖菓子?とかいうやつ、母さんの口に合えばいいんだけど………。

 それと、本も沢山持ってきたんだ、これは人間族の歴史書、こっちは社会学についての学術書で、こっちは神話や伝説がまとめられている文献」


 白毛が荷物からドサドサと書物を取り出す。

 文字という概念の無いオークの中で、白毛は唯一識字能力を持つオークであった。

 彼が略奪した書物は、母への贈り物という建前であるが、その実、自分の興味によるところも大きい


 わくわくといった様子を隠し切れない白毛に対し、エルフはおかしそうに笑う。

 白毛のこんなところは、小さな頃から変わらない。


「あ、そうだ。それに渡したい花があるんだ。

 狩りの時、偶然見つけたんだよ………ほら」


 白毛が街道で掘り返した、一株の花をエルフに見せる。

 プリムラ・シネンシス―――雪桜ゆきざくらとも呼ばれる多年草である。


「白毛………この花は?」

「母さんと同じ名前の花。図鑑で見つけてからずっと探していたんだよ。

 まさか狩りの途中で見つけられるとは思わなかったけど」

「私の為に………ずっと探してくれていたの?」

「うん!」


 白毛が微笑みを浮かべながらそう頷くと、エルフは突然白毛を自らの胸元へ抱きしめる。


「うわっ」


「もう、しょうがないなあ、白毛は。

 狩りの時は、身の安全を第一に考えないと駄目だよ?」


 エルフが自分を抱きしめるのは、いつものことではあるのだが、白毛は一向に慣れる気配がない。


「母さん、俺もう子供じゃないよ………その、恥ずかしい」

「ふふふ、お母さんにとってはまだまだ子供だよ」

「も、もう」


 白毛は照れて目を背けるが、振り払うようなことはせず、エルフのしたいようにさせる。

 口では嫌がっているが、実のところ母に抱きしめられるのとが嫌いという訳ではないのだ。


「あ、そうだ母さん! 今日は星が沢山出ているんだ、一緒に見に行こう!

 大丈夫、群れのみんなは宴会中だから、この小屋に来る奴なんていないよ」


 白毛は先程の星空を思い出し、顔を上げてエルフに言う。

 白毛の提案にエルフは微笑むが、次の瞬間口を手で覆うと激しく咳き込みはじめた。


「う………」

「母さん!?」


 体を曲げて咳き込むエルフの背をさすりながら、白毛は彼女を藁を敷いただけの粗末な寝床に運ぶと、先程の毛布をそっと掛け手を握る。

 咳は止まったものの、エルフははあはあと息を荒げ見るからに苦しそうだ。


「……………」

「母さん、何か欲しいものはある?」


 心配そうな白毛の声に、エルフはふるふると首を振る。

 オークの集落に薬などあるわけがなく、白毛はエルフの手を握ることしか出来ない。

 

 エルフの名はプリムラという。

 彼女は数年前、エルフの里がオークに襲われた際に、他の仲間たちと共に攫われ、この小屋の中でオークたちに強姦された。

 そして、白毛を産んだのだ。


 プリムラは純白の髪と真紅の瞳を持つ、アルビノのエルフであった。

 もともとエルフは繊細な生き物であるが、その中でも特にプリムラは体が弱い。

 本来、このような劣悪な環境で生きていける筈は無かったが、白毛を産んだことが彼女にとって幸いした。


 白毛もまたアルビノのオークである。

 もともとオーク族は頑強な種族であり、白毛も人間と比較すれば圧倒的な屈強さを持つが、それでも他のオークに比べれば虚弱な体質であった。


 当時、すでに群れのリーダー格であった片目は、プリムラが自らと同じアルビノの白毛を産んだことで、仲間たちにプリムラと交尾することを禁じた。

 弱い仲間が増えては困ると考えたのだ。

 結果的にプリムラの体への負担は減り、これまで生き永らえることが出来たのである。

 それでもこの小屋の環境は劣悪そのもので、体が弱いプリムラが常に病気がちであった。


「星を見に行くの………駄目になっちゃったね。

 ………ごめんね、白毛」

「そんなこと言わないでよ………星なんてまた見にいけるさ」


 白毛の言葉にプリムラは弱弱しく微笑むと、そっと白毛の頭を撫でる。

 そんな母の様子に、白毛は泣き出してしまいたくなった。

 白毛にとって母はかけがいのない存在である。


 オークたちは頻繁に交配を行い、生まれてくる者は多いが、その多数が赤子のうちに死を迎える。

 母が、生まれた直後のオークを殺すのだ。

 オークたちに攫われ、望まぬ妊娠をさせられたのだ、生まれてきた醜悪なオークの赤子に対して、母は知能が高ければ高いほど、絶望と憎悪を込めて惨たらしく惨殺する。

 そしてオークたちもそれを止めるつもりはない。

 彼らにとって、生まれた直後に母から逃走し、自力で群れまで合流することが出来ないような弱い固体は必要ないのである。

 母体の殺意はオークにとって仲間の選定でもあるのだ。


 片目の右眼も、ギザ耳の耳も、生まれた直後、母である雌から傷つけられたものである。

 彼らだけでなく、他のオークでも生まれた際、母から体の一部を欠損された者は少なくない。

 そしてその傷は、オークにとって最初の選定を突破したという勲章であり、誇りでもあった。


 そんな中、白毛だけは他の仲間と勝手が違う。

 白毛は生まれた直後、ほぼ死に体であった。

 体は動かず、眼は開かず、喉に羊水が詰まり呼吸さえ困難な有様であったのだ。

 プリムラはそんな白毛を助けた。

 凍える白毛を暖め、今にも絶えそうなその命を必死で引き止めた。

 赤子の死体を処理するために、小屋へ訪れた片目が見たのは、白毛を胸に抱きしめ、穏やかな顔で座ったまま眠るプリムラの姿であったのだ。


 それは通常あり得ない、奇跡のような愛であった。


 白毛は群れに加わってからも頻繁に小屋へ―――プリムラの下へと訪れた。

 文字の読み書き、世界の仕組み、弓の扱い、全てプリムラから学んだものだ。


「母さん………?」


 静かになった母へ白毛が声を掛ける。

 プリムラは静かに寝息をたてている、どうやら眠ってしまったらしい。

 その穏やかな寝顔に、先程の苦悶の表情は浮かんでいない。

 白毛は少しほっとし、握っていた手をそっと離す。


「母さん、本当は側に居たいけど………片目に呼ばれているんだ。

 だから………ごめん」


 白毛はそっと呟くと、名残惜しそうに母の部屋を後にした。



 白毛がプリムラの部屋を出たところ、その隣の部屋から激しい金きり声が聞こえてきた。

 確かこの部屋には、エルフの雌を1人繋いでいた筈である。

 

「どうした?」


 白毛がその部屋の中を確認すると、菖蒲色あやめいろの瞳をしたエルフの女が一人、意味不明な叫び声を上げながら壁に頭を叩きつけていた。

 すでにエルフの額は割れ、壁に血の染みが付着している。

 エルフは白毛に気付くと、狂気のはらんだ眼で睨みつけ叫ぶ。


「豚野朗! お前も私を犯しにきたのか!?」

「俺は出来損ないだから、交尾は禁じられてるよ」


 エルフの叫びに、白毛は肩を竦めて答えると、エルフは更に興奮した様子で唾液と血を撒き散らしながら喚きたてる。


「だったら殺せよ!! 殺してくれよぉ!!」

「駄目だ、子供を産む力がある限り、お前は俺たちの子を産まなければいけない」

「ああ!!? ふざけんな! ふざけんなぁぁ!!」


 激昂したエルフが白毛の腕に噛み付くが、白毛は彼女をぞんざいに振り払う。


「うわあああああぁぁぁ!!!」


 床に投げ出されたエルフが涙とよだれと滝のように流し、この世のものとは思えない叫び声を上げる。

 白毛はそんなエルフを冷めた眼で見つめていた。

 

「黙れ、どんなに叫んでも無駄だ。

 お前の心が壊れていようが、子さえ生めれば俺たちには関係がない」

「……………」

「もっとも、お前がこれ以上自傷に走るようなら、潰して俺たちの夕食にするだけだがな」


 白毛がそう伝えると、エルフは黙り込み、ギリギリと白毛を睨みつける。

 その菖蒲色の瞳は怨嗟と憎悪に満ちていた。


「お前たちは―――」


「うん?」


「お前たちは………何なんだ?

 単種で子を宿すことも出来ず………。

 他種族を殺し、辱め、奪うだけの下衆共が………なんでこの世に生を受けたりした?」


 菖蒲色の瞳を持ったエルフが、くぐもった声で白毛に問いかける。

 完全に壊れていると思ったが、案外まだ自我が残っているようだ。

 白毛はエルフを一瞥すると、無言で部屋から出て行く。


「逃げるな! 答えろ! 答えろぉ!!」


 エルフの怒鳴り声を背に、白毛は後ろ手で扉を閉める。

 扉を完全に閉め切ると、白毛は扉に背をつけてよりかかり


「そんなの………俺が聞きたいよ」


と呟いた。







「オーク族の集落………ですか?」

「いかにも」


 オークの群れに馬車群が襲われた街道から遥か北東、そこにこの国の王都がある。

 本日、王城の広間に一人の男が呼び出された。

 男の名はブラウン・カスタード。

 王都騎士団連合が誇る、精鋭騎士団の一つ『比類なき勇気の騎士団』の団長を務める男である。

 

 ことの始まりはこうだ。

 数日前、王都に物資を搬入する予定であった馬車群がオークに襲われ、護衛についていた戦士30名、管理役の商人6名の計36名がそのオークたちによって無残にも命を落とした。

 しかし、戦士の内1名のみが唯一生き残り、王都までこの悲報を伝令したのだ。


「つまり、我々にそのオーク共を討伐しろと………そう仰りたいのですか?」

 

 ブラウンは怪訝そうな表情で、王都高官に向けて質問する。

 暗に、オーク如きにわざわざ自分たちが遠征するのか? と問うているのだ。

 ブラウンの疑問はもっともである。

 オーク族は屈強さと筋力に優れるといっても、所詮愚鈍な下等種族である。

 王国のつるぎである「比類なき勇気の騎士団」がわざわざ遠征するような大事であるとは思えない。


 そんなブラウンの態度に対し、王都高官は静かに口を開く。


「………グレイ・ケラブが殺された」

「グレイ・ケラブ………? あのグレイ・ケラブですか!? オーク如きに!?」


 高官の言葉にブラウンが吃驚する。


 グレイ・ケラブ―――数多の戦場を駆け巡り多くの戦果を上げた、王都にも名を轟かせる英雄である。

 傭兵団に籍を置き、王国に忠誠を誓わなかったことから身分こそ低いものの、剣を持つもので名を知らない人間はいないとさえ言われる、伝説的な戦士であった。


「それだけではない、護衛についていた戦士たちも、みな熟練の強者たちであった。

 それが全滅させられたということは―――」

「そのオークたちも、唯のオークではない………ということですか?」


 高官の言葉をブラウンが引き継ぐ。


「その通り、それに気になる話も入っている」

「気になる話とは?」

「襲撃があった街道の付近にはエルフたちの集落があると伝聞されている。

 しかしこの十数年、彼らとの連絡は完全に途絶えたままだ。

 確かにエルフたちは人間を嫌悪し、彼らから交流を取ろうとすることは無いが………生きている以上、接触すらないのは不自然だろう?」

「そして今回の襲撃事件ですか………確かに無関係とは思えませんね」


 ブラウンが考え込むと、高官はさらに言葉を続ける。


「件のオークたちは規模、武装状況、全てにおいて不明。

 油断できるような相手とは思えん、頼まれてくれるな?」

「そうですね………わかりました」

「ふむ……では」


 高官はブラウンの正面に立つと、厳かに命令する。


「王国の剣たる比類なき勇気の騎士団、団長ブラウン・カスタードよ。

 国王陛下の勅命である。

 貴公は騎士団を率い、蛮族どもを討伐せよ!

 王国に弓引く者がどのような末路を辿るか、その剣を持って示すのだ!」


「国王陛下のお言葉のままに!」


 ブラウンは剣を胸に構え、敬礼すると踵を返し王城の広間を後にした。



「団長、陛下からの勅命とはどのような内容でしたか?」

「ヴァイスか………」


 ブラウンが王城の正門を出たところで、凛とした声を掛けられる。

 声の方に眼をやると、そこには待機していた1人の女騎士が立っていた。


 彼女の名はヴァイス・ゴルトー。

 「比類なき勇気の騎士団」の一員にして、ブラウンが信頼を置く腹心の1人である。

 ヴァイスはこの大陸でも、他に例の無い女性の騎士であり、その見目麗しさと高潔な精神、類稀な武芸の才能。そして何より王都でも有数の貴族『ゴルトー家』の令嬢であることから、名を知らぬ者はいないとされる有名な騎士であった。


「どうもこうも無い。ヴァイス、早急に遠征の支度をするぞ。

 宿舎に急げ、オーク狩りだ!」

「オ、オーク狩り………ですか?」

「ダッシュ!」

「は、はい!」


 ブラウンが宿舎に向けて走り出すと、ヴァイスも慌てて後に続く。

 ヴァイスが不思議そうな顔をしているが、今は時間が惜しい。

 詳細は後で伝えてやればいい。


 ブラウンは走りながら遠征の計画を練る。


 オーク族の数、武装状況は不明。

 ならば闇雲に集落を探すのではなく、街道沿いにでも拠点を構え組織的に探索を行わなければならない。

 付近に生息していたとされるエルフ族も、連絡が途絶えたとはいえ絶滅したわけではないだろう。

 まずはエルフたちを探し出し、オークの情報を得るべきかもしれない。

 それであれば、指揮官である自分は拠点に待機し、団員たちを3小隊程度に分けて探索をさせるべきだ。

 隊長はヴァイス、ブルー、チェスナットあたりがいいだろうか………。

 ブラウンは『比類なき勇気の騎士団』の幹部たちの顔を浮かべながら思索に耽っていたが、そこで一つのことに気付く。


 オーク狩り………オーク狩りか。

 

 ブラウンは背後を走るヴァイスに眼をやる。

 彼女は疑問を顔に浮かべながらも、黙ってブラウンについてきていた。


 ヴァイスの走りに合わせて、後ろで結った鮮やかな白金色の髪がゆらゆらと揺れる。

 雪のように白い肌に汗が数条流れる。

 整った顔は凛々しく、美しい物であるが、同時にまだ少女らしい可憐さが残っていた。


「比類なき勇気の騎士団」が誇る、最強の女騎士。

 若干17歳でありながら、その武勇は同世代を逸脱しており、騎士団の幹部として異例の抜擢を受けた後も、冷静な判断力と柔軟性を持った頼りになる部下として、騎士団に多大な貢献をしている。

 

 しかし……今回ばかりは………


 オーク族。

 強大な体躯を誇り、その筋力と体力は人間を遥かに凌駕する。

 性質は獰猛にして残忍、殺戮と蹂躙を好み、破壊衝動のままに行動する。


 そして、その繁殖方法は他種族の雌に対する交配。

 ―――その全てが強制的な姦淫。


「どうかしましたか、団長?」

「いや、なんでもない」

「?」


 不思議そうな顔を浮かべるヴァイスに気付かれないよう、ブラウンはそっとため息をつく。

 

 今回ばかりは、こいつは連れていけないな………。

 

 妙に頑固なところがあるヴァイスが、自分の判断に納得するか訝しみながら、ブラウンは計画の変更を余儀なくされていた。


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