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第33話 白色オークと女騎士

 

 オークの森、入口付近に設置された、街道を一望出来る見張り台。

 騎士団の動きをいち早く見つけ、何度も群れの危機を救ってきたこの見張り台にいま2匹のオークが立ち、騎士団拠点の様子を伺っていた。


「マジかよ………」


 その内の一匹、ギザ耳が目の前で起こった出来事に対し、驚愕の表情を浮かべていた。

 勇んで突撃した、頬傷を始めとする50匹のオークたち。

 彼らは物の数分もしない内に、騎士団によって壊滅させられてしまったのだ。

 ギザ耳は決して騎士団を見くびっていた訳ではないが、これほど圧倒的な戦力差があると思っていなかったのも事実である。


「ギザ耳、驚いている暇は無いぞ。俺たちの仕事はむしろこれからだ」


 驚愕するギザ耳とは対照的に、白毛が冷めた瞳をギザ耳に向ける。

 白毛にとって、この結果は当然のことであり、特に驚くようなことではない。

 むしろ、頬傷の最後の疾走が些か予想外であったくらいだ。

 

「もうすぐ、逃げ延びてきた仲間たちが森の中に入ってくる。

 ここからお前に活躍してもらわなければいけない」

「わかってる………」


 頬傷たちが意気揚々と集落を出立した後、白毛はギザ耳に対し頬傷の失敗と、敗走した仲間たちを騎士団が追跡してくるだろう、と伝え、2匹連れ立ってこの見張り台まで足を運んだのだ。

 頬傷たちの壊滅、仲間の敗走。ここまでは全て白毛の予言通りにことが進んでいる。

 そのあまりの的中率に、ギザ耳は何だか空恐ろしいものを感じ、隣の親友を凝視する。


「どうかしたのか? ギザ耳」

「いや………何でもねぇよ」

「? おかしなギザ耳だな」


 白毛は、はははと軽く笑い、再び騎士団拠点の方へと視線を戻す。

 そんな白毛の態度にギザ耳は激しい違和感を感じていた。


 たったいま、目の前で50匹近くの仲間が惨殺されたのだ。

 白毛はそんな中で笑みを浮かべるようなオークであっただろうか?

 そんなギザ耳の内心に気付いてか気付かずか、白毛は小声でギザ耳に口添える。


「来たぞ、騎士団だ。さすがに絶妙な位置取りだな」


 白毛の言葉に釣られるように、ギザ耳もまた森の入口へ目を向ける。

 そこには騎士団と思われる人間たちが10名程度、敗走した仲間たちの後を追って森の中へと侵入してきていた。


「ギザ耳。奴らの目的は俺たちの集落の位置を探ることだ。

 さっきの戦力差を見ただろう? 奴らに集落の位置が知られれば、俺たちを待っているのは破滅だけだ。群れの未来はお前の剣にかかっている」


「………ああ!」


 騎士団の姿を確認したことにより、ギザ耳は再び表情を引き締め、相手の動きに集中する。白毛の様子がおかしいのは確かであるが、雑念はそのまま死に直結する。

 今は目の前の敵に集中するべきだろう。


 暗闇で姿形の詳細は判然としないが、騎士団は統率の取れた動きで音も無く森の中を進んでいく。

 それは卓越した追跡術で、始めから警戒していなければ気付くことも無かっただろう。


「い、行くぞ! 白毛………!」

「まだだ、この距離では逃げられるかもしれない。もっと引きつけるんだ」


 剣を握り締め、武者震いに震えるギザ耳に対し、白毛は冷静な調子で静止すると、ついでといった調子で言葉を続ける。


「ああ、それと………騎士を1人だけ、必ず生け捕りにしてくれ。

 腕を落とそうと、足を刻もうと構わないけれど、確実に1人は生かしたまま捕まえるんだ」

「え………?」


 人間たちの集落についての情報は、もう手に入れた筈だ。

 何で今さら、生け捕りなんてものに拘るんだ?


 そんな疑問をギザ耳が口にしようとするも、間髪おかずに白毛がギザ耳の肩を叩く。


「よし、ギザ耳! 今だ!!」

「お、おぉ!!」


 白毛の合図と同時に、ギザ耳は剣を抜き放ち、歩を進める騎士たちへ奇襲するように、見張り台から飛び降りた。



「があああぁぁぁ!!」


 ギザ耳は見張り台から飛び降りると同時に、先頭を進んでいた騎士に向けて袈裟切りに剣をなぎ払う。 

 それはブルーやチェスナットたちが苦心した敏速の一撃。

 虚を突かれ、半ば奇襲するような形で放たれたこの斬撃を避けられる者などいないだろう。


(まずは一人!!)


 そんな言葉がギザ耳の脳裏に浮かぶ。


「―――?」


 しかし、彼の手にはガンッという金属の弾けあう音と空を切ったような手ごたえしか残らない。

 そして、目の前には、たった今斬って捨てた筈の騎士と思われる影が、無事な様子で立っていた。


「なにぃ!!?」


 間髪をいれず、その影はギザ耳に対し剣先を向けると、疾風のような速度で刺突を放つ。

 狙いは咽喉のど

 それはギザ耳がこれまで出会ってきたどんな相手よりも早く、一陣の風の様な必殺の突きであった。


「ちぃっ!!」


 かわしきれない! そう判断したギザ耳は左手によってその突きの軌道をずらし、かろうじて避けると、後ろに飛んで距離を取った。


「み、見事!」


 影もまた、そんなギザ耳の技量と判断力に驚嘆したのだろう。凛とした鈴の鳴るような声を辺りに響かせる。 


「な、なに………?」


 その可憐な声に対し、ギザ耳は先程とは別の意味で驚嘆の声を上げる。

 同時に空を覆っていた雲が晴れ、月の蒼い光がその騎士の姿を照らし出す。


 それは美しい騎士であった。

 ギザ耳は人間族の美醜というものが良くわからないが、それでもこの騎士の容姿が美しいものであるということが理解できる。

 その鮮やかな白金色の髪は、蒼い月の光を反射してプラチナのように煌き、瑠璃色の瞳が澄んだ泉のように揺らめいている。


 まるで神話か幻想の中から現れたような、そんな姿を持つ騎士であるが、何よりもギザ耳が驚いたのは―――


「め、雌の騎士………だと?」


 それはまだ、少女のような姿をした、ギザ耳の胸の位置にも満たない女性であったのだ。


(このちっぽけな雌が俺の太刀を防いだってのか? 矮躯ってレベルじゃねぇぞ!?)


「ヴァイス隊長! 我々も力添えをします!」


 女騎士の背後にいた騎士たちが、彼女を守ろうと前に進みでるが、女騎士はそれを手で制止する。


「待ってください。彼は恐らく、ブルーたちが言っていた『ギザギザに耳が裂けたオーク』

 ここは私に任せて下さい。貴方たちは周りの警戒をお願いします」

「しかし………」

「返事は?」

「りょ、了解しました!」


 女騎士の言葉を受けて、騎士たちは彼女の背後を守るように周囲に対して警戒を行い始める。

 女騎士はその様子を横目で確認すると、再びギザ耳に相対し、射抜くように眼差しを向ける。


「ギザギザ耳のオーク! いざ、尋常に勝負!!」


 開口一閃、そう声を上げるやいなや、女騎士は一飛びでギザ耳への間合いを詰める。

 

(―――速い!!)


 その足運びは、迅速の一足。

 しかし、彼女が手に持つ得物は細身のサーベル。ギザ耳の剛剣を受け止められるような代物ではなく、間合いにおいてもギザ耳に分がある。


 ギザ耳は体に染み付いた剣術とオーク離れした運動能力で、女騎士が近寄ってきたタイミングに合わせ、強烈無比の一撃を放つ。


「またか……!?」


 しかし、確実に命中した筈のその斬撃には、再び金属音と空を薙いだような手ごたえしか残らない。女騎士は変わらずその場に残り、今度はギザ耳の右手首に目掛けて刺突を放つ。


「ちぃ!!」


 ギザ耳もまた、卓越した技能を持つ戦士である。

 体を反転させ、その突きをかわすと、逃がさないとばかりに女騎士へ嵐のような連撃を繰り出した。

 女騎士はその連撃を細剣の腹で絡めとり、風の様に受け続ける。


 これまで、ギザ耳が戦ってきた騎士たちは皆、彼の剣を受け止めることなど出来なかった。

 ブルーは正面から打ち合わず、かわすことに専念していたし、ロッセは受けると同時に後ろへ飛び、衝撃を緩和させていたのだ。

 ギザ耳の剛剣、それを正面から受けた者は例外なく、剣ごと体を切り伏せられていた。

 なのに、この、これまで戦ってきた騎士の中でも最も非力に見える女騎士は、彼の剣を正面から受け続けているのだ。


 もっとも、厳密に言えば、女騎士はギザ耳の斬撃を受け止めている訳ではない。

 彼女は、ギザ耳の猛攻を全て「受け流し」ているのだ。

 女騎士はその性ゆえに、筋力という面でどうしても他の騎士に比べ劣っており、彼女自身それを自覚していた。

 そんな彼女が選んだのは「柔の剣」。ひたすら精密に、徹底して繊細に、嵐のような剣撃をそよ風のように捌いていく。

 それはもはや、神業といってもいいレベルに達する剣術だった。


(いったいどんな手品を使ってやがるんだ? それともこの雌、魔術師か何かか!?)


 そして、そんな女騎士の剣術は、ギザ耳にとって理解の及ばない、悪い冗談のように感じるものだった。

 何にしても、このままでは埒が明かないのが正直なところだ。


(だったら!)


 ギザ耳は地面を思いきり蹴り上げ、その場に大きな砂埃を巻き起こす。


「―――!?」

「おらあぁぁぁ!!」


 ギザ耳が蹴り上げた砂埃に、一瞬、女騎士が虚を突かれたような表情を浮かべる。ギザ耳はその一瞬を見逃さず袈裟斬りに女騎士を切りつけた。

 しかし、女騎士は体を反転させ踏み込むと、その背中をギザ耳の胸に当て、更に右ひじをギザ耳の右脇の下に入れて体を沈める。


「たああぁぁぁ!!」

「嘘だろ!!?」


 背負い投げである。

 ギザ耳は信じられないという面持ちのまま、体を逆さまにして数メートル投げ飛ばされ、背中を強かに地面へ打ちつけられた。


「ぐっ………!」


 息が咳き込み、目の前が激しく明滅するが、ギザ耳は上から殺意を感じ、倒れたまま体を反転させる。次の瞬間、ギザ耳の咽喉があった場所に女騎士の細剣が刺し込まれていた。

 かろうじてかわしたものの、女騎士の猛攻はギザ耳に立ち上がる隙を与えない。

 目、咽喉、局部と急所となる箇所へ次々と刺突を繰り出し続ける。

 ギザ耳は地面を這いづるようにして、何とかそれをかわしていった。


(あ、案外、えげつない攻撃を仕掛けてきやがる!!)


「く、くそったれ!」

「つっ!」


 ギザ耳は倒れこんだ姿勢のまま、掌底を女騎士の胸へ叩きつける。

 半端な姿勢で放ったそれは、著しく威力の低下したものであったが、小柄な女騎士を後方に吹き飛ばし、何とか距離を取ることに成功した。


「いたたた………。少し、調子に乗ってしまいましたか………」


 女騎士は打ちつけた腰を撫でながら立ち上がり、再び剣を構える。

 そんな彼女を、ギザ耳は信じられないような物を見る目で見つめていた。


「あ、あんた、魔術師か何かか?」


 身長2.5メートル、体重185キロの自分を、この小柄な少女が投げ飛ばしたのだ。

 魔法でも使ったとしか、ギザ耳には思えないものであった。

 しかし、女騎士はハッとしたような表情を浮かべると、己の胸に手を当て、恭しく礼をしつつ口を開く。


「これは申し遅れました。

 生憎、私は魔術師ではなく、唯の騎士。

 私の名はヴァイス。『比類なき勇気の騎士団』遊撃部隊長を任されている者です。ギザギザに耳が裂けたオーク殿、貴方の名前も教えて頂きたい」

「俺の………名前?」

「はい」

「お、俺はギザ耳っていうんだが………」


 突然、女騎士―――ヴァイスから掛けられた突然の質問に対し、ギザ耳は思わず答えてしまう。


(俺も大概だが………この雌、状況が分かっているのか?)


 そんなギザ耳の内心とは裏腹に、ヴァイスは納得したような表情を浮かべ、ぽんっと手を打つ。


「ギザギザに耳が裂けているから『ギザミミ』殿と仰るのですね。なるほど、オーク族の名前とは、その見目みめから由来するようだ」


 ヴァイスは納得したような面持ちで剣を構えると、瑠璃色の瞳に力を纏わせてギザ耳に告げる。


「では、ギザミミ殿。貴方は私の敵であり、仲間たちを殺した怨敵です。

 しかし、貴方の武芸は敬意に値する。

 私は憎悪ではなく、誇りを持って貴方と戦いたい」


「俺は、馴れ合うつもりはねぇぞ?」


「当然です。逆に言えば貴方は尊敬すべき武人であると同時に、我々の怨敵。

 貴方に殺された仲間たちの無念は必ず晴らす。

 私はここで、絶対に貴方を殺してみせる」


 ヴァイスの瑠璃色には尊敬の念と同時に剣呑な光も宿っている。ギザ耳はそんな彼女の瞳が非常に美しいものだと思えた。

 殺し合いをしており、互いに仲間を殺された者同士でありながら、彼らの間には奇妙な連帯が通じていた。

 それは互いに好敵手に出会えたという歓喜と、そんな相手に全力で戦えるという高揚である。剣に魅せられた者の性というものだ。


「………やってみろよ」

「やってみせますよ」


 だから、どこか似た物同士である1人と1匹は互いに笑顔さえ浮かべて剣を構える。

 笑顔を浮かべたまま、殺気を放つ。

 それはまさしく、決闘であったのだ。



 そんな彼らを、白毛はどこまでも冷めた目で見つめていた。


 何だ、こいつらは? 正真正銘の馬鹿者か?


 特に、このヴァイスとかいう小娘。

 こいつはたまらなく不快だ。特にあの澄んだ瞳が忌々しい。

 滅茶苦茶に壊してやりたくなる。


 白毛は弓矢を手に取ると、ヴァイスの背後で変わらずに周囲の警戒を続けている騎士―――特にその中でも年若い者に狙いを定める。

 騎士たちはギザ耳とヴァイスの児戯染みた決闘とやらに注目しており、白毛の存在に気付いていない。


(無能どもめ)


 白毛は吐き捨てるようにそう嘯くと、若い騎士の足へ向けて矢を放った。


「ぐぅ!!?」


 突然足に矢を受けた若騎士は、その場に跪く。


「セフィド!?」


 突然の悲鳴にヴァイスが若騎士の名前を呼び、振り返るが、もう遅かった。

 白毛は若騎士―――セフィドを後ろから抱えこみ、その首筋に短刀を当てている。


「し、白毛………?」


 ギザ耳が呆けたような面持ちでそんな白毛を見つめている。


(馬鹿オークが、間抜け面を晒しやがって)


 白毛は忌々しげに舌打ちすると、ヴァイスに向けて酷薄な笑みを浮かべて見せた。


「そこまでだ、女騎士さん。それ以上戦うようなら、この騎士はここで死ぬことになるぞ?」


「な、なんだと?」

「動くな!」


 白毛の警告に、ヴァイスは伸ばしかけた手を止める。

 白毛は背後を突かれぬよう、巨木に背を当てると、他の騎士たちにも動かないよう指示して、再びヴァイスへ真紅の瞳を向ける。

 

「さあ、女騎士さん。選択してもらおう。

 このセフィドとやらを生かすか殺すか、全ては貴方の返答次第だ。

 彼の命を救いたければ、俺の指示に従うんだ。

 そうだな………まずはその武器を捨てろ」


「ヴ、ヴァイス隊長! こんな奴の言葉に惑わされないで下さい」


 セフィドが殊勝にもそんな言葉を上げるが、白毛はそんな彼の咽喉に短刀を突き刺してみせる。


「あ゛、あ゛あ゛あ゛!」

「黙れよ無能。言葉だけは一丁前か? お前みたいな奴を見ていると虫唾が走る。

 人質と関係なく、この場で殺してしまおうか?」

「ま、待て!」


 白毛が短刀に更に力を込めたことに気付き、ヴァイスはその場に細剣を投げ捨てる。


「わ、わかった。お前の言うとおりにしよう。

 だから、セフィドから手を離せ!」

「理解が早いようで助かるよ。だがな、もし少しでも妙な動きをしてみろ。こいつの咽喉に風穴を開けてやるぞ。こんな風にな」


 ぐりっと白毛は更に深く、セフィドの咽喉元へ短刀を抉り入れる。

 ごぼごぼという音と共に、セフィドが口からは血が溢れはじめた。


「待てと言っている!」

「ならば、次の指示に従ってもらおう。

 次は………その手を後ろに回せ」

「……………」


 ヴァイスは白毛を真っ直ぐに睨みつけながらも、言われた通りに手を後ろに回す。


「ギザ耳、何をしているんだ? 早くその雌の腕を縛り上げろ。

 決して解けないように」

「あ、ああ………」


 ギザ耳は、ひたすら困惑の表情を浮かべていたが、諦めたように肩を竦めるとヴァイスの両腕を縄で縛り上げた。


「おい」


 更に白毛は側にいた、別の騎士に向けて命令する。


「その女騎士の利き腕をへし折れ。誤魔化そうとはするなよ。もし虚偽があればこのセフィドの咽喉を掻っ切るぞ」

「なんだと………」

「やりなさい」


 白毛に声を掛けられたその騎士は思わず剣の柄に手を掛けるが、ヴァイスの静かな声によって制止される。


「し、しかし」

「しかしじゃない。やれ」

「貴様………!」


 激昂した様子を見せる騎士に、白毛は唾を吐きかける。


「ウザったいな、お前。

 こうなったのは全て、お前らの無能によるものなんだぞ? 

 早くやれよ、無能」

「構いません、やりなさい!」

「ぐぅ………!」


 騎士は苦悶に顔を歪めながら、後ろ手に縛られたヴァイスの右腕を掴むと一思いに上へ持ち上げる。


 ばきっと骨の折れる鈍い音が辺りに木霊した。


「―――――――!!!」


 ヴァイスは体を走る激痛に、歯をかみ締めて必死に悲鳴を押し殺す。

 騎士が目に涙を浮かべ、そんなヴァイスを見つめていた。


(何だこれ? 愉しいな。愉しくてたまらない………)


 彼らの悲壮な様子を見て、白毛の顔から自然と笑みがこぼれる。

 彼の目的は騎士を生け捕りにすることであった。

 ヴァイスを無力化した時点で、彼の目的は達成できた筈である。なのにセフィドを傷つけ、配下の騎士にヴァイスの腕を折らせたのは、白毛の内側から滲み出たドス黒い欲求によるものだ。


 ギザ耳は目を反らし、出来る限り彼らの様子を見ないようにしていた。オークである彼にとって、殺戮も蹂躙も日常的なものであったが、白毛が行う悪趣味な余興は胸が悪くなるような思いがしたのだ。


 その後、白毛は他の騎士たちの体も縄で縛り上げ、無力化すると、いつものおだやかな笑みでギザ耳へ声を掛ける。


「よし、ギザ耳。その女騎士を集落へ連れて行こう」

「………ああ」

「ほら、立て」


 白毛はようやくセフィドを解放すると、ヴァイスの白金色の髪を掴み、乱暴に引き起こす。

 ヴァイスはそんな白毛をキッと睨みつけ、凛とした声を張り上げた。


「訂正しろ!」

「はぁ?」

「私の部下は無能などではない! 訂正しろと言っている!」

「……………」


 この後に及んで、この愚か者はそんなことに拘っているのか。

 ヴァイスの瑠璃色の瞳は今だ澄み渡り、青い光を放っていた。

 そんな青色を白毛は澱んだ赤色の瞳で、無表情に見つめる。


 そして、その顔に拳を叩き込んだ。


 白毛に殴られたヴァイスは、鼻腔から激しく血を流しながらその場に倒れこむ。それでも瑠璃色の瞳は健在で、すぐに顔を上げ、真っ直ぐに白毛を睨みつづける。


 白毛の心にゾクゾクとした背徳的な高揚が沸き起こる。


 本当は誰でも良かった筈だった。

 白毛の目的は、適当な騎士を1人生け捕って、集落の位置を吹き込んで逃がすことだったのだ。

 白毛は『オーク』ではなくなってから、「オーク族を皆殺しにする」という情念のためだけに動いていた。

 なのに、この心の昂ぶりは何だろう?

 

 白毛は顔をいびつに歪ませる。どうやら、それは笑顔であるらしかった。


「し、白毛………?」


 ギザ耳が禍々しいものを見るような目で白毛を見つめている。

 それほど、彼の表情はおぞましいものであったのだ。


「ま、待て!!」


 そんな白毛たちの背中へ向けて、騎士の1人が声を上げる。


「た、隊長を、ヴァイス隊長をどこに連れて行く気だ!?」

「何を言っているんだ、お前は?

 俺たちを何だと思っている、オークだぞ?

 決まっているじゃないか」


 白毛は下卑た笑みで、騎士たちを見下ろす。


「お前たちの隊長さんは、俺たちの集落へ連れて行く。

 彼女はなかなか強い子供を孕みそうだ。

 生きている限り、子供を産ませ続け、使い物にならなくなったら殺して飯にする。

 オークであれば、当然の行動だよ。なあ、ギザ耳?」

「あ、ああ………そうだな」


 白毛は当て付けるようにギザ耳へそう声掛ける。


 白毛の言葉受けて、騎士たちは青ざめさせる。

 あまりの無念にその顔は歪み、怒りに狂ってしまうのではないかと思うほどだ。


「だ、大丈夫ですよ。みんな」


 そんな騎士たちへ、優しげな声がかけられる。

 見ればヴァイスが笑顔を浮かべ、騎士たちに目を向けていた。


「わ、私は大丈夫です。

 きっと元気にみんな所へ帰ってきます。

 だから心配しないで下さい。

 それより、セフィドを早く治療してあげて―――」

「早く来い」


 ヴァイスの言葉を遮るように、白毛が彼女の襟首を掴んで引きずり、森の奥深く、闇の中へと姿を消していく。

 

 後に残ったのは、体を縛られたまま呆然とその場に倒れる、騎士たちだけであった。



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