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第31話 反目の進撃

 

 翌日、白毛が目を覚ますと、集落の中心で何やら騒ぎ声が響いていた。

 何事か、と白毛が自分の小屋から這い出て、騒ぎ声の方へ向かうと、そこにはオークたちが60匹ほど集まり、剣呑な様子で揉めているようである。


「どうかしたのか?」

「おう白毛、いいところに来てくれた」


 白毛が集団へ訝しげに声掛けると、集団の中にいた牙折が助かったような調子で応え、現状の説明をしはじめる。


 事の次第はこうだ。

 本日の早朝、頬傷を始めとする群れのオークたち50匹が武装し集落から出立しようとしているのがわかった。

 どうやら、夜明けと同時に騎士団拠点へ攻め込み、騎士団を皆殺しにする算段であったらしい。

 それに気付いた他のオークたちが止めに入るも、彼らが頑として自分たちの行動をやめる気がなく、こうして押し問答を繰り広げている、とのことだ。


 牙折の説明を受け、白毛は呆れた様子でため息をつくと、50匹のオークたちを背後に従え仁王立ちで立つ頬傷へ声掛ける。


「頬傷。昨日、勝手なことはしないでくれ、って言ったじゃないか」

「あん? 俺はもう、お前の言葉を信用しねぇって言ったよな?

 俺たちが何をしようと、勝手だろうが」


 頬傷は苛々とした様子で言葉を続ける。


「それに、穴熊を決め込んだところで、騎士団は本当に撤退するのか?

 人間族ってぇのはとんでもない数の集団だと聞いている。むしろ増援を呼んで俺たちを叩き潰そうとするかもしれない。

 守りに徹したところで、騎士団が体勢を立て直すだけじゃないのか?

 このあいだの戦いで弱っている今こそが騎士団共をぶち殺すチャンスなんだよ!」


「なるほど………」


「なるほど、じゃねぇよ白毛! しっかりしてくれよ!?」


 予想に反して納得したような表情を浮かべる白毛に対し、牙折が困惑したように声を上げるが、白毛は頬傷の言葉が意外と的を射ていると感じていた。


 確かに、『騎士団に攻撃を仕掛ける』としたら早い方がいいだろう。

 先の誘引作戦によって騎士団は多少という枠を越えた被害を受けている。攻めるなら彼らが体勢を立て直す前にするべきだ。


 ―――もっとも、白毛としてはこの「騎士団に攻撃を仕掛ける」という行為自体が愚策であると思っているが、それについてはあえて口にしない。


 特に頬傷へ言葉を言い返すこともなく、黙っている白毛に牙折が業を煮やしていたところ、集落の中心へ向けて一匹のオークが姿を現した。


 片目である。

 片目が顎割に伴われ、後ろにギザ耳を引き連れるような形で白毛たちの下へドカドカと乗り込み、重々しい調子で口を開く。


「どういうつもりだ? 頬傷」 


 片目はその隻眼に剣呑な光を湛え、頬傷を睨みつける。

 言葉は静かであるが、その響きから彼が激しい怒りに駆られていることが察せられた。

 そんな片目の様子に、反目したオークたちが身を竦ませるが、当事者である頬傷は怖気付いた様子も見せず、むしろ挑みかかるような調子で答える。


「見ての通りだ、片目。俺たちはこれから騎士団共へ襲撃をかける」


「そんな指示はしていない筈だが?」


「それがどうした? 俺たちは俺たちの考えの下で奴らを攻撃するんだ。

 何でもかんでも、お前の思い通りになると思うなよ?」


「頬傷………」


 片目が顔を歪ませる。それは怒りというよりも苦悶を浮かべているような表情であった。

 片目はそのまま背後に控えたギザ耳へ目配せをすると、意を決したように頬傷へ宣言する。


「頬傷、これで最後だ。勝手な行動はするな。

 口で言ってもわからないようなら、俺はお前を殺してでも止める。

 群れの和を乱す奴には、例外なく死で持って仕置きするぞ」


 片目の言葉に応えるように、ギザ耳が剣を抜き放ち、片目の前に立つ。

 そんな彼らの様子を頬傷はせせら笑う。


「ふん、見下げ果てたもんだな。片目。

 群れの若造共の手を借りなければ、実力行使も出来ないってか? 情けねえ。

 こんな奴が俺たちの頭目だったとはな」


 嘲笑するように、そう言い放つ頬傷へ片目は無言を持って答える。

 同時にギザ耳が剣を構え、殺意の篭った目で頬傷を睨みつけた。


「随分と饒舌だな、頬傷。

 まあ、それがお前の遺言だ。せいぜい思い残すことのないようにしておけ」


「なんだ、ギザ耳。また腕をへし折ってやろうか?」


「やってみろよ」


 頬傷もまた剣を抜き放つと、ギザ耳へ向けて構えを取る。


「お、おい、やめようぜ………頬傷」


 頬傷に背後に控えていた、彼の恭順者たちが宥めるように声掛けるが、頬傷は無言で剣を構えたまま答えない。


「ちょっと待ってくれ!」


 そんな一触即発の空気の中、白毛は大声を上げてギザ耳と頬傷の間に割り込む。


「なんだ、白毛。頬傷は俺たちと完全に袂を分けた。

 そこをどけ、奴を始末する」


 突然、諍いの中心へ入ってきた白毛に対し、片目が厳しい表情を保ったまま睨みつけるが、白毛はそんな片目へ真っ直ぐ目を向けると、なだめるように口を開いた。


「まあ、待ってくれ。片目。

 頬傷が言っている騎士団拠点への襲撃、これは決して愚策ではない。

 さっき頬傷が言っていたように、騎士団へ攻撃を仕掛けるなら、今が好機であるのは確かなんだ」


「…………?」


 頬傷が不思議そうに白毛へ目を向ける。まさか彼が自分の側に加勢するとは思っていなかったのだ。


「確かに俺は昨日、頬傷へ騎士団へ攻撃を仕掛けるなと言ったが、それは彼らの身を案じてのことだ。こちらから騎士団へ攻め込むのは大きな危険を伴うからね。

 しかし、頬傷の主張にも一理はある。

 騎士団が増援を呼ぶ可能性は決して否定できないものだ」


 白毛は頬傷へ目を向けると、にこりと微笑む。

 その血のような赤黒い瞳には、どこか悦楽が浮かんでいた。

 白毛は再び片目を目を向けると、おだやかな調子で問いかける。


「どうだろう片目? ここは一つ頬傷たちに賭けてみないか?

 頬傷は強力な戦士で、同時に有能な指揮官だ。

 決して勝機が無いわけじゃない」


「むう………」

 

「それに、頬傷には勇敢な仲間たちがこんなにもいる。

 彼らが力を合わせれば、騎士団を打倒することだって夢じゃない」


 白毛は頬傷の背後に控えた、50匹の恭順者たちに目を向ける。


「え………?」


 しかし彼らは虚をつかれたように、慌てた表情を浮かべる。

 頬傷に従う50匹のオークたち―――彼らは群れの中で比較的愚鈍な傾向があるオークたちであった。


『俺に従って騎士団共を皆殺しにすれが、群れの英雄になれるぜ』


 彼らは昨日、そんな頬傷の都合のいい言葉によって扇動されるような形で今回の襲撃作戦へ参加することにしたのだが、群れの険悪な空気や片目の怒りを受けて、彼に従う気持ちなどとうの昔に失せていた。

 しかし、白毛はそんな彼らを巻き込むように言葉を続ける。


「危険な襲撃作戦に自ら参加するという、彼らの覚悟は本物だ。

 例え、頬傷を殺したところで、今度は彼らが頬傷の意思を継いで立ち上がるだろう」


「……………」


 片目は白毛の言葉を受けながらも、厳しい表情を崩さず、深く考え込んだままであった。

 片目は思慮深いオークだ。安易に解を決めるようなことはしない。

 しかし、彼の知恵袋である白毛は、頬傷の謀反とも言える行動に肯定的であるようだ。

 

「仕方無い………か」


 片目は重々しく口を開く。

 ここで頬傷を殺したところで得られるものは無いだろう。

 仮にも頬傷はこの群れの副頭目だ、その彼を殺せば群れ全体に自分に対する不信感が蔓延するのは目に見えている。

 唯でさえ、栗毛の騎士によって群れの結束が弱まっているのだ、無駄な波乱は可能な限り起こしたくない。

 

「いいだろう頬傷、お前の今回の言動、全て不問にしてやる。

 騎士団への襲撃も好きにするがいい。

 だがな、今おまえに従っている50匹。それ以外の仲間たちを決して巻き込むような真似はするな」


 片目が苦々しい声音でそう告げる。

 彼としては断腸の思いであるが、他に手段が思いつかないのが本音と言ったところである。

 頬傷はそんな片目の様子に溜飲を下げるような思いを感じていた。


「へへへ、まあ見ていろ片目。俺がこの戦争を終わらせてやる。

 俺が凱旋したとき仲間たちが、この群れの頭目に誰が相応しいと判断するか、楽しみにしておくんだな」


「…………」


 挑発するような頬傷の言葉に対しても、片目は無言で応じる。

 片目にとって第一なのは群れの存続なのだ。頭目の立場など正直なところどうでもいい。

 しかし、無念なのは頬傷のことだ。


 片目は白毛やギザ耳と同じように、頬傷のことも高く評価していた。

 やや視野の狭いところはあるが、頬傷は戦闘力、知力の両方に優れ、何より仲間の士気を上げることが出来るオークである。

 だからこそ、彼を群れの副頭目という立場に据えていたのだ。

 そんな頬傷からの信頼を自分は失ってしまった―――これまで自分の片腕として力になってくれていた仲間を無くしてしまった。

 片目にとってそれは、悔やんでも悔やみきれないことであったのだ。


「しかし、余計な茶々を入れられたせいで、すっかり陽が昇っちまった。

 今から攻め込んでも、些か按配が悪ぃな」


「拠点に襲撃を仕掛けるなら、闇に姿を乗じさせ、更に見張りの集中力が低下する深夜帯が一番いいと思う」


「元からそのつもりだ。てめえにそんなこと言われる筋合いはねぇんだよ。白毛」


 白毛の助言を、頬傷は憎々しい顔で吐き捨てると、頬傷は仲間たちに「行くぜ」と声を掛け、集落にある大きな小屋へ仲間たちを連れていった。

 恐らく、これから襲撃について計画をまとめるつもりなのだろう。


 頬傷たちが姿を消すと、集まっていたオークたちも鼻白んだ様子でパラパラと散っていく。

 片目もまた何かを考え込みながら、自分の小屋へと戻っていったようだ。

 しばらくして、その場に留まっているのは白毛とギザ耳だけになっていた。


 ギザ耳は少し訝しげな表情を白毛に向けて問いかける。


「なあ、白毛。お前はああ言ってたけど、本当に頬傷たちが騎士団に勝てると思うか?」


 何度も騎士団と直接刃を交えたギザ耳にとって、騎士団とはとてつもない戦闘力を持った集団であると感じていた。

 自分たちは勝利を重ねることが出来てはいるが、それは白毛の作戦と幸運に寄るものだと考えていたのだ。


 そんなギザ耳の問いかけに対して、白毛はいつもの笑顔を張り付かせたまま、事何気に答える。


「なにを言ってるんだ、ギザ耳。

 騎士団に正面から攻め込んで勝てる訳がないだろう? 頬傷たちは間違いなく皆殺しだよ」

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