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第1話 純白のオーク

「嫌な気配がしてきやがったな………」


 戦士は北側に広がる森へ目をやりながら、無表情にそう呟いた。


 街と街を結ぶ街道。

 この国は、大陸の北東部に位置する王都を中心として、街道が大陸中を網のようにはりめぐされている。

 その街道を進む十数台の馬車群―――その馬車の上で戦士は森を睨みつけていた。

 広大な森の南側を横切るような形で街道は設置されているが、森は木々が鬱蒼と茂り中の様子を伺うことが出来ない。


「森がどうかされましたかな? グレイ殿」


「いや………どうもこの森を見ていると胸がざわついてきてな」


 グレイと呼ばれた壮年の戦士に対し、1人の商人が声掛ける。

 この馬車群は海岸沿いの都市から王都に対して、大量の積荷を輸送するための定期運搬旅団であり、商人はその責任者であった。

 グレイは商人に対し問いかける。


「なあ、この森になにか『いわく』はないのか?」


「どうでしょうな………この辺りには人里がなく、人通りもありませんから」


 通常、定期運搬には都市が重なる大きな街道を利用するのであるが、今回積み荷を搭載する作業に手間取り、出発が大幅に遅れてしまったのだ。

 商人はその遅れを取り戻すべく、危険を承知の上でこの街道を利用することにした。

 この街道は人が寄りつかない広大な森の中を横切っており、普段は人通りもないことから、野盗等に遭遇する危険があったが背に腹は変えられなかったのだ。


「ううむ、グレイ殿にそう言われると、何だか不安になってきました」


「心配するな、その為に俺たちがいるんだ」


 言葉通り、不安そうな表情を浮かべる商人に対し、グレイは笑みを浮かべて見せる。


 商人はこの街道を使う決断をすると同時に、一つの対応をこうじた。

 それは護衛として、このグレイという戦士を雇うということである。


 グレイは傭兵である。

 彼は海岸沿いの都市に拠点を構える『フール傭兵団』という傭兵団の団長を務めており、この傭兵団は大陸でも最高峰の戦闘力を持つとされていた。


 もともと、用心深い性質たちであった商人は大枚をはたき、グレイたち『フール傭兵団』に護衛を依頼したのだ。


「グレイ殿の逸話はかねがね伺っております、頼りにさせていただきますぞ。

 この馬車群が運んでいる荷物は、一財産という量ではありませんからな」


「任せてくれ、齢は重ねたが………このグレイ・ケラブ。

 戦士としての腕は鈍っていないつもりだ」


 グレイが鷹揚に頷くと、商人は安心したような表情を浮かべ、部下の商人たちへ運搬計画への打ち合わせへと戻っていった。

 グレイはそんな商人を目で送ると、静かな声音で自分の部下を呼ぶ。


「コン」


「団長、なにか?」


 すぐに、グレイの下へ若い傭兵戦士が姿を現す。

 彼の名はコン・ブルスクーロ。

 若干18歳ながら、その思慮深さと生真面目さによって、グレイが信頼を置く部下である。


「護衛状況はどうだ?」


「現在護衛についている者は予定通り30名、付近に不審な動きはありません」


 グレイの問いかけにコンがすらすらと答える。

 現在、この馬車群は『フール傭兵団』の精鋭30人が護衛をしている。

 全員、腕に覚えがある歴戦の戦士たちだ。


「わかった、何か動きがあれば、どんなことでも逐一報告しろ。

 どうもこの森………気にいらねぇ」


「気に入らない………ですか?」


「根拠はないが………そうだな「カン」だよ」


「はぁ………?」


 グレイの言葉にコンが表情を困らせる。

 生真面目なコンにとって、直感的に生きるグレイの言動は、暫し困惑を受けるものであった。


「まあ、気を抜くなってことだ―――」


 そんなコンに対し、グレイが取り成すように言葉を続けた、そんな時。


 醜悪な雄叫びが、突如としてあたり一面に轟いた。



「ヴぉおおおおぉぉぉぉ!!」


 それは、人間とも獣ともつかないような、そんな雄叫。


「―――――――!!?」


「ちぃ! 来やがったか!!」


 困惑するコンとは対照的に、グレイは舌打ち交じりにそう吐き捨てる。

 彼にはこの雄叫びの主について見当がついていた。


「だ、団長! 今の鳴き声はいったい―――」


 コンはグレイに目を向け、疑問の声を挙げるが、グレイは前に目を向けたまま彼を一喝する。


「コン、気を引き締めろ!! 奴らだ、オーク共が来やがったんだよ!」





「ぶおぉぉぉぉぉ!!」 

 

 身の丈2メートルを超えるオークの集団。

 その中でも一際巨漢で隻眼のオークが醜悪な鬨の声を上げる。


 隻眼のオークの叫びに呼応するように、森の中から、丘の上から雄叫びを挙げながらオークたちの集団が姿を現した。

 その数は80匹に届くほどで、まるで馬車群を包囲するように街道の前と後ろを塞いでいる。


 街と街を結ぶ街道。

 その中で、王都から遠く離れ、滅多に人通りのない荒れた道を進む商人の馬車群が、彼らの獲物であった。


「団長、街道の前と後ろを取られました!

 奴らはこの馬車群を包囲するつもりのようです!」


「落ち着けコン! オークにそんな頭があるわけねぇだろ!」


 狼狽えるコンを、グレイが一喝する。

 オーク族は知能が低く、集団戦闘という概念がない。

 彼らは分類こそ知的種族ではあるが、その知能は一部の動物にすら劣り、獲物を包囲するなどという組織的行動を取ることは出来ないのだ。


「いいか、コン! オーク族ってのは図体こそでけぇが、頭ン中は空っぽで動きがトロい。

 落ち着いて対処すればビビる必要なんてねぇんだ、いいな!?」


「り、了解!」


 コンはまだ若く、今までオークという種族に出会ったことがなかったのだろう。

 実際のところ、オークはさほど驚異的な存在ではない。

 動きが鈍重なオークたちは、駆け出しの冒険者であっても討伐できるような種族であり、王都騎士団連合が掲げる『オーク撲滅運動』によって報奨金が出るようになった現在、彼らにとってオークとは小遣い稼ぎ程度の存在でしかないのだ。


「グレイ殿、馬車を頼みますぞ! この荷物は何があっても国王陛下に届けなければいけないもの、こんなところで失う訳には―――」


「わかってるって! あんたらは馬車に隠れてろ!」


 グレイは商人たちにそう指示すると、剣を構え迫ってくるオークたちを睨みつける。

 オークの数は目測で80匹程度。

 これはオークの群れとしてはかなり多い部類に入る。

 護衛についている戦士たちは30名、数の上では圧倒的に不利ではあるが―――


「ちょろいな」


 グレイに顔には余裕の笑みが浮かんでいた。


 ここにいる戦士たち―――自分の部下たちは1人につき10匹はオークを殺すことが出来る。

 数の上では不利でも、戦力差で考えれば自分たちが圧倒的に有利であるのだ。


「てめぇら! オーク如きに遅れを取るんじゃねぇぞ!!」

「おおぉぉぉぉ!!!」


 津波のように押し寄せるオークの群れに対し、戦士たちもまた剣を抜き雄叫びを挙げた。

 元より危険な旅路であるのは承知の上、だからこそ自分たちが護衛についているのだ。


(野盗の集団や、狼の群れに合うよりずっとマシだ)


 グレイはその時そう思っていたし、実際にこの認識で間違っていない。

 この大陸に住む知的種族にとって、オークとはその程度の存在であったのだ。


 穏やかであった街道は、戦士たちとオークたちが争う、戦場へと姿を変えた。





(どういうことだ!?)


 一刀のもとにオークを切り伏せつつも、グレイの顔には困惑が浮かぶ。 


 あれから、どれほど戦っていただろうか。

 当初、自分たちの圧勝で終わるだろうと思っていたオークたちとの戦いであるが、グレイは予想外の劣勢に立たされていた。

 

 確かにオーク族は屈強な種族であり、化物じみた生命力と怪力を誇る。

 しかし、知能が低く本能のままに動く彼らは所詮獣の集団であるのだ。むしろ、動きが鈍重である分、獣より御しやすいと言えるだろう。

 オークたちは一応武具を持っているが、他の知的種族が打ち捨てた物か自然物を拾ってきた粗悪な物ばかりで、武装した自分たちとは雲泥の差がある。

 民間人ならまだしも、いくつもの戦場を生き抜いてきた自分たちの脅威となるものでは無い筈だ。


 その筈、だったのに―――


「がはっ!」


 1人、また1人と戦士たちが倒れ、絶命していく。

 30人いた戦士たちは今や、半数までその数を減らしていた。


 その理由は、オークたちの戦い方。

 彼らは決して一対一では戦わず、多数によって1人の戦士に相対していた。

 数に利があれば当然の戦い方であるが、それは人間の考え方であり、通常、オークが組織的に戦うなどという事はあり得ないのだ。

 

「ちぃ、忌々しい化け物共め!」


 グレイは自分を囲んでいた3匹のオークを仕留めると、周囲を見渡す。

 何とか防衛隊形を維持しているものの、これを崩されるのは時間の問題だろう。

 剣戟を響かせる戦士たちの足元には、すでに事切れた仲間たちの残骸が残り、その数を増やしている。


 ―――まずいかもな。


 グレイの脳裏にそんな考えが浮かぶ。

 まさか、オーク如きを相手に、このような窮地に陥るとは思っていなかったのだ。

 

 馬車群の後方を守っていた戦士たちが、オークたちの猛攻の前に1人残らず倒れ伏していく。


「畜生め!!」


 グレイは馬車群の後方へ駆け出すと、全滅した戦士たちに変わり、自らオークたちの前に相対する。


「お゛おおおぉぉぉ!!!」


 突然姿を現したグレイに対し、オークたちが威嚇するような唸り声を上げつつ、四方から剣や棍棒を振り落とす。

 しかし、次の瞬間。

 グレイの周囲を囲んでいた4匹のオークのうち、1匹が首を、1匹が胴体を切断され事切れていた。


「―――!?」


「あまり、なめてくれるなよ! 化け物共!!」


 一瞬の内に2匹のオークが倒され、オークたちに動揺が走る。

 グレイはその隙を見逃さず、更に2匹のオークを血祭りに上げる。


「おらおら! 次はどいつだ!? 死にてぇ奴からかかってきやがれ!」


 瞬時に4匹のオークを屠ってみせたグレイが、威嚇するようにオークの群れへ剣を振り上げる。

 突然現れた強敵を前に、オークたちはじりじりとグレイから距離を取るように後ずさる。


(妙だな………)


 そんなオークたちの行動に対し、グレイはどこか違和感を感じていた。

 グレイはこれまで、数え切れない数のオークたちを狩ってきた。

 その経験を踏まえれば、オークとは良く言えば勇猛、悪く言えば馬鹿である。

 どんな相手であっても臆することなく、本能のままに突撃し、衝動的に攻撃をくりだす。

 それがグレイの知る、オーク族という種族であった。

 然るに、このオークたちが取っている行動は不自然なものだ。


 オークたちはグレイから距離を取っているものの、包囲するように彼の周りを囲み、その視線はグレイから揺るがない。

 まるで統率の取れた1個の部隊のようだ。こんな動きは知能の低いオークに本来出来るものではない筈だった。


(まあいい、こいつらが何であれ、一匹残らずぶち殺す!)


 グレイは浮かんだ疑問を打ち消すように、剣を構え目の前の敵に集中する。

 今は、相手を倒すことを優先するべきだ。


 グレイは剣を持つ手に力を込めてオークたちを睨みつける、そしてオークたちもまたグレイの一挙一動に対し警戒する。


 一時、戦闘は膠着状態に陥っていた。


 そんな中―――


 仲間たちの間から体を割り込ませるようにして、一匹のオークが姿を現す。

 そのオークは耳がギザギザに裂けており、体はオークらしからぬ引き締まった筋肉に包まれている。

 ギザ耳のオークはグレイに相対すると、慣れた仕草で剣を抜き放ちグレイに向けて真っ直ぐに構えを取った。


「おぉ、今度はお前が相手か? 勇敢と無謀を履違えるなよ? 化け物」


 グレイは余裕の笑みを浮かべつつも、心は油断せずギザ耳のオークに向けて剣を構える。

 ギザ耳のオークは剣を構えているが、グレイの間合いには入らず、まるで出方を伺うようにグレイを睨み続けている。


(このオーク、まさか俺の間合いを計っているのか? 化け物が? まさか―――)


 相対するオークに対し、ジリジリと間合いを詰めながら、グレイの額には緊張の汗が浮かんでいた。

 グレイにとってオークとは取るにたらない相手である、しかし彼の経験が「このオークは危険である」と告げている。

 そして、グレイは自分の直感を信じることにした。


 オークの間合いに入るギリギリのところで、あえて剣先を上げ、隙を作ってみせたのだ。

 これは本来人間―――それも手だれの相手に使用する誘い技であった。


「―――!!」


 オークはその隙を見逃さず、グレイとの間合いを一瞬で詰めると、電光石火の勢いで斬撃をくりだす。

 その斬撃は人間のように素早く正確で、人間離れした怪力から放たれた強烈無比な一撃。

 これをまともに受け止められる人間は存在しないだろう。


間抜まぬけ!!」


 しかし、グレイとて歴戦の勇士である。こんなものに遅れを取るような男ではない。


 グレイはオークが動くのと同時に突進、地面スレスレまで姿勢を下げ、その斬撃を潜り抜けるようにして避けると、驚愕の表情を浮かべるオークのこめかみを剣の柄で強かに殴りつける。


「がぁ!!?」


「頑丈なお前らでも、目くらましくらいにはなんだろ!!」


 殴られたオークがこめかみに手を当て姿勢を崩す。

 人間であれば致命傷になるレベルの殴打であるが、相手が頑強なオーク族では目くらまし程度にしかならない。

 しかし、グレイにとってはそれで十分であった。

 体制を崩したギザ耳のオーク。彼は急所である首をグレイの眼前に晒してしまっている。


「あばよ、化け物。筋は悪くなかったぜ」


 そんな言葉と共に、グレイはギザ耳のオークの首筋へ剣を振り下ろす。


 ―――振り下ろそうとした、その時。


 グレイは自分の胸に激しい衝撃が走ったことに気付く。

 

「な―――?」


 グレイが自分の胸に目を向けると、そこには一本の矢が深々と突き刺さっていた。


「なん………だと………?」


 グレイは混乱しながらも、矢の放たれた方向へ目を向ける。


 

 『それ』は、丘の上にいた。


 その体は純白。


 純白の体毛を身に纏い、初雪のように白い姿をしたオーク。


 その瞳は真紅。


 そのオークは弓を構えたまま、血のように紅い瞳で真っ直ぐにグレイを見つめている。


 黒鉄色の体毛を持つオークたちの中で、ただ1匹。

 純白のオークは明らかな異形であった。

 下賤なオーク族でありながら、どこか神秘性すら感じさせる佇まいで、そのオークは再び弓に矢をつがえる。



「馬鹿な………」


 胸に矢を受けたグレイは、驚愕の表情を浮かべたまま、がくりと膝をつく。

 この状況に陥っても、彼の心に浮かぶのは困惑であった。


「弓矢を使うオークなんて………聞いたことも―――」


 それが、グレイの最後の言葉となった。


 姿勢を立て直したギザ耳のオーク。彼の横薙ぎの一閃によって―――


 グレイは首を切り飛ばされ、その頭部は何処かへと消えていった。







オスは殺せ、メスは攫え」


 隻眼のオークが仲間たちに指示を飛ばす。

 オークたちの狩りによって一時、戦場と化していた街道は、今やいくつかのうめき声が響くのみとなっている。


 戦いは終焉を迎えたのだ。


片目かため、人間族に雌はいないようだぜ」

 

 戦士たちの死骸を調べ、息のある者にトドメを刺していたオークが、隻眼のオークに伝える。


「何だと? 人間の雄雌の比率は均等な筈だ。よく探せ頬傷ほほきず

「そんなこと言っても、いねぇんだよ。

 どいつもこいつも、雄ばっかりだ」


 片目と呼ばれた隻眼のオークが憤りを露わにするが、頬傷と呼ばれた頬に十字傷のあるオークは肩を竦めるだけだった。


「理由はわからねぇが、この集団に雌はいねぇぞ。俺は一匹残らず確認したんだ」

「そうか………」


 片目はため息交じりに、そう呟く。 

 今回のオークたちの目的は人間の雌の攫うことであったのだ。


 オークは種族的に雄しか生まれない。

 よってオークが繁殖するために他種族の雌と交尾をする必要がある。

 オークが他種族の雌と交尾し受精すると、雌の体内からはオークが生まれてくる。

 他種族の雌との交配、それがオークの繁殖手段であった。


 しかし、繁殖の媒介となる雌の種族によって、生まれてくるオークの性質は大きく異なってくるのだ。


「馬には何匹か雌がいるぜ? 攫うか?」

「いらねぇよ、馬鹿が増えても困る」


 つまり、繁殖相手となる雌の知能が高ければ高いほど、生まれてくるオークの知能も高くなるのである。

 片目たちの集落がある森の中には、エルフたちの集落も側にあり、これまで彼らはエルフの雌を攫って交配を繰り返してきた。

 何世代にも渡り、エルフとの交配を続けてきたこの群れは、通常のオークを遥かに超えた高い知能を持つ。このオークの群れが統率に優れていたのは、そこに理由があったのだ。

 しかし、オークたちの度重なる侵略によって、エルフの集落は壊滅。

 雌を補充するアテがなくなった片目たちは、エルフの次に知能が高く、数が多いとされる種族「人間族」に目をつけ、今回の狩りに至ったのだった。 


「おい、馬車の奥に人間がいたぞ、どうする?」


 荷馬車の中を漁っていたオークの一匹が、人間を一人抱えてやってくる。

 人間は、この馬車群の責任者である商人であった。

 彼は震えながらも、必死で命乞いをする。


「た、助けてくれ、この馬車の中身は全部持っていってもいい。

 だから………だから命だけは………」

「殺せ」

「おう」


 片目の支持を受け、商人を抱えていたオークが無造作に商人を地面へ叩きつける。

 先程まで商人であったソレは、悲鳴を挙げる暇すら与えられず、べしゃりと血と肉の塊へ変えられてしまった。


 一瞬の迷いもなく殺すように指示した片目へ、頬傷は不思議そうな表情を浮かべる。


「殺す必要まであったのか? あの弱そうな人間が脅威になるとは思えないんだが」

「あの人間自体はな、だが奴を生かしておけば、もっと強くて大勢の人間を連れてくる。

 1人たりとも生かす訳にはいかない」


 片目はこの群れの頭目で、聡明なオークであった。

 彼は人間の社会という物を知らない。だが人間族が強大な集団であり、仲間意識が強く、徒党を組むことを理解していた。


「おーい片目ぇ、駄目だ。馬車ン中も金貨やら宝石ばっかで碌なもンが入ってねぇ」

「そうか」


 仲間からの報告を聞き、片目はわずかに後悔する。


 アゴ髭、頬骨、豚バナ、毛無しの爺さま………今回の狩りでは多くの仲間を失ってしまった。

 失った仲間の数に比べて、得たものがあまりにも少なすぎる。

 それでも、自分たちはまた人間を襲わなければいけない。

 群れを存続させるためには、高い知能を持った雌を手に入れなければいけないのだ。


「馬を集落に連れて行くぞ、絞めて飯にする」

「わかった、人間の方はどうする? 死骸があちこちにおっこちてるが………」

「捨てておけ、人間の肉は臭くてかなわん………いや、待て。穴を掘って埋めろ。

 ここに置いていけば、他の人間が見つけるかもしれん」

「うへぇ、面倒臭ぇ」

「文句を言わずにキリキリ働け、すぐにこの場を発つぞ」


 片目は仲間たちに激を飛ばすと、群れの今後について考え、ため息を漏らすのだった。







「おい、白毛しろげ。片目がすぐにこの場を離れるってよ……って何してんだお前?」

ギザ耳(ぎざみみ)?」


 白毛と呼ばれた純白の体毛を持つオークが、ギザ耳と呼ばれたギザギザに擦り切れた耳を持つオークに答える。


 白毛は馬車の中の荷物を漁っているようだった。


「ああ、ちょっとこの中に気になる物があってさ」


 そう言って白毛は荷物の中から、何冊かの書物を取り出し、興味深げに眺める。

 白毛の周りには他にも毛布や、砂糖菓子など、およそギザ耳には興味のないものが並べられていた。


「そんな物、持って行ってどーすんだよ? 腹の足しにもなりゃしねぇ」

「別にいいだろ、ほっとけよ」

「何でもいいけど、もうすぐ出発だぜ? 持ってくなら持ってくで、さっさと荷物をまとめろよ」

「わかった、わかった。すぐ行くよ」


 白毛は何冊かの書物を取り出し、他の荷物と一緒にまとめると、名残り惜しそうに馬車を後にした。

 白毛はギザ耳と連れ立って仲間たちの下へ向かいながらも、ため息をつく。


「あーあ、もっと馬車の中を調べたかったなぁ」

「お前は本当に物好きなオークだな。本なんて持ち帰ってどうするんだよ?」

「うるさいな………俺にとっては大切な物なんだよ―――ああ!」

「な、何だよ!?」


 突然素っ頓狂な声を上げる白毛に、ギザ耳が面を食らったが、白毛は構うことなく街道の外へ向かって走っていく。

 ギザ耳は肩を竦めつつ、白い友人の後を追った。


「今度はどーしたんだよ? 白毛」

「花が………」

「花だぁ?」


 ギザ耳が呆れたように白毛を覗き込むと、彼は街道の外に咲いていた白い花を丁寧に掘り返している所だった。


「そんなもん掘り返してどーすんだ?」

「この花はプリムラ・シネンシスって言ってさ、雪桜とも呼ばれる多年草。

 冬でもその花を咲かせる、珍しい花なんだよ。

 ずっと探していたんだ、こんなところで見つけるられるとは思わなかった」


 白毛は花を根ごと掘り返すと、馬車から取ってきた器に土と共に入れ、両手で大事そうに持ち上げた。

 満足そうな笑みを浮かべて花を眺める白毛を、ギザ耳が呆れたような目で見つめる。


「おーい、白毛、ギザ耳、何してんだ! さっさと出発しねぇと、片目にぶっ殺されるぞ!」

 頬傷がいつまでも帰ってこない2匹に業を煮やし、遠くから怒鳴りつける。


「うるせーな! 今、行くよ! ………ほら白毛、さっさと行くぞ!」

「あ、ああ………」


 その声に促され、2匹のオークは街道を後にするのだった。

 




「ぐっ……………」


 白毛がプリムラの花を摘んでいた、その10メートルほど先にある背の高い草の中。

 1人の青年が仰向けに倒れたまま、苦しげな息をあげていた。


 青年の名はコン・ブルスクーロ。

 殺されたグレイが信頼を置いていた、部下の傭兵戦士である。

 コンはオークとの戦闘のさなか、オークによってこの草原の中へ体を吹き飛ばされ、意識を失っていたのだ。


「団長………みんな………」


 コンはオークたちが姿を消したあと、傷ついた体にムチを打ち、必死になって生存者を探したが、自分以外に生き残った者はいないようであった。


「オークたちのことを………王都へ、報せないと」


 満身創痍の体であったが、コンはふらふらと王都へ向けて歩を向ける。

 この事態を一刻も早く伝えることが、生き残った自分の務めであると思ったのだ。


 その後、彼が半死半生の有様で王都に辿りつくのは、数日後のことになる。

 





「くっそ、まだ頭がガンガンしやがる」

「大丈夫か? ギザ耳」


 街道から森の中にある集落へ戻る途中、ギザ耳がこめかみを抑えて唸る。

 先程の狩りの際、人間の戦士に殴られたこめかみがまだジンジンと痛むのだ。


「それにしてもギザ耳が、一対一で遅れを取るなんて珍しいな」

 

 ギザ耳と白毛はまだ若く、人間の年齢でいうなら19、20歳程度の若者である。

 それでもギザ耳は群れで一番の戦士として、片目からも一目置かれる存在であった。

 ギザ耳は幼少の頃から、人間の剣術に興味を示し、どこで学んだのか毎日鍛錬を続けているのだ。

 そして生まれ持った非凡な才能と、絶え間ない研鑽の日々により、ギザ耳はもはやオークという枠を超えた剣士へと成長していた。 

 今や戦う、という事に関して、ギザ耳に比類するものはいない。

 だからこそ、そのギザ耳に手傷を負わせる者がいるなど、白毛には信じられないことであったのだ。


「………あの人間か。あの野朗、隙を見せたのは俺を誘うためだったんだな。

 完全に手玉に取られちまったよ」

「あの人間は、そんなに強かったのか?」

「ああ、あそこでお前が援護してくれなかったら、死んでたのは俺だったろうな」


 自嘲気味にギザ耳が答える。

 しかし目の奥で静かに闘志が燃えていることに、白毛は気付いていた。

 ギザ耳の剣術は経験から得た物も多い。新たな戦い方を体験したことでギザ耳は更に強くなるのだろう、と白毛は感じていた。


「それにしても、あの弓とかいうやつ。あれはすごいな、遠くの相手を殺せるなんて反則物だぜ?」

「ギザ耳も使ってみればいいじゃないか、弓なら俺が作ってやるぞ?」

「無理無理、前に試したとき一本も前に飛ばないんで諦めた。

 あの武器は俺たちには向いてねぇわ」


 白毛の提案に、ギザ耳が肩を竦めて断る。

 実際問題、弓矢についてはギザ耳の意見が正しい。

 筋力には優れていても、繊細さと器用さに欠けるオークが弓矢を使いこなすなど、ほぼ不可能である。


「おいガキ共」

「あん………って、片目!?」


 突然声を掛けてきた片目に白毛とギザ耳が驚きの表情を浮かべるが、片目は気にした様子も無く言葉を続ける。


「ギザ耳、お前は別にいい。白毛、お前に話がある」

「俺に?」

「ああ、集落に戻って一段落がついたら、俺の所に来い。いいな?」

「わ、わかったよ」


 片目は一方的に話を終えると、再び群れの先頭に戻っていく。

 ただその途中、白毛の抱えている白い花を一瞥すると、彼に気付かれないよう微かに「ちっ」と舌打ちを漏らしていた。




 陽が落ち、空に星が瞬きはじめたころ、狩りに出ていたオークの群れは集落に帰還した。

 集落には狩りに出ることが出来ない老年と幼体のオークのみが残っており、帰ってきた群れを盛大に出迎える。


 白毛はそんな出迎えをそこそこに、自らの小屋に戻ると、ホッと安堵の息を漏らす。

 そして、『狩り』で手に入れた荷物を床に広げていった。


 沢山の書物。

 柔らかな羽毛の毛布。

 自分には、何がいいのかさっぱりわからないが、人間たちが好んで食すという砂糖菓子。

 そして何よりも、街道沿いで手に入れることが出来た小さな白いプリムラ・シネンシスの花。


 片目は得る物の無い狩りだったと言っていたが、白毛にとっては沢山の物を得ることが出来た有意義な狩りであった。荷物を確認する白毛の顔も自然と綻ぶ。


「おい白毛、今日の狩りで手に入れた馬を一匹捌いて飯にするってよ! 早く行こうぜ!

 ご馳走、ご馳走!」

「うわっ!」


 ギザ耳が突然、顔だけを白毛の小屋に入れて呼びかけてきたので、白毛は思わず驚いた声を上げてしまう。


「なんだ、ギザ耳か………驚かすなよ」

「何で驚くんだよ? それより今日の獲物、中に酒が沢山入ってたんだってよ!

今日は馬を一匹捌いて、宴会だぜ~!」


 踊りださんばかりの勢いでギザ耳が上機嫌に白毛へ声を掛ける。

 そんなギザ耳に対し、白毛は少し困ったような表情を浮かべて答える。


「ごめんギザ耳、俺、ちょっと他に用事があるから、宴会には後から行くよ」

「あぁ? 用事ってお前―――」


 ギザ耳はそこまで話して、白毛が周りの置かれた荷物に気付き、言葉を止めた。


「ご、ごめん! 宴会には後で必ず行くから!」

「お、おう………」


 そそくさと立ち去る白毛の背中をギザ耳は複雑な顔で見送る。


 なるほど……全て合点がいった。

 それで白毛はあんなにも馬車の積荷に固執していたのか。

 白毛の目的に納得したギザ耳は思う。


 納得はしても理解は出来ねぇな………。

 

 ギザ耳と白毛は生まれた日が近く、お互いにどんなことでも話せる親友同士だった。

 白毛の考えることは大体わかるし、逆に白毛もギザ耳のことをよく理解してくれている。

 それでも………『このこと』についてだけは、どうしてもわからない、理解することが出来ない。


「なあ……白毛。時々だけど、俺はお前のことがわからなくなるよ………」


 誰もいなくなった空間に向かって、ギザ耳は独り呟く。


メスなんて、群れを大きくするためだけの道具だろ………?」




 白毛はオークの集落の端。

 普段、「ある目的」を除いて仲間たちが近づかない場所を目指す。

 目的地に向かう白毛の足取りは軽い、見てわかるほどウキウキとした様子で、沢山の荷物を両手一杯に抱え、小走りに進む。


 顔を上げると、空には満天の星空。

 白毛はそれを美しいとは感じない。

 オーク族に何かを綺麗だと感じる感情は無い。

 オーク族の本能は、常に闘争と繁殖、略奪と殺戮に向いている。


 それでも白毛は満天の星空を見つめて、嬉しい気持ちで一杯になった。



 あの人は、星が好きなのだ。

 

 今日は仲間にばれないように、こっそりとあの人を外に連れ出してあげよう。


 この星空を見せてあげよう。


 きっと


 きっと喜んでくれるに違いない。



 白毛の紅い瞳に目的地である小屋が目に入る。

 集落の端の端、普段は目につかない場所にそれはある。

 汚らしい、粗末な小屋だ。

 小屋の側では腐臭と虫の羽音が混じり、不快極まりない―――そんな場所だ。


 白毛はそれを気にする様子もなく、小屋の中に入る。

 小屋の中は正面に長い廊下が続いており、沢山のドアが並んでいた。

 白毛は迷うことなく、その廊下の一番奥、隅にあるドアを開ける。


 ドアの先は小さな部屋になっていて、藁を敷いただけの粗末な寝床に、白毛の掌にも及ばない大きさの小さな窓が開けられていた。

 それは暗く狭く、陰湿で、まるで独房を彷彿とさせるような、そんな部屋。


 そんな部屋の中心に―――1人の少女が座っている。


 それは白くて、紅い少女であった。 

 雪のように白く、長い髪が流れるように風に揺れ、

 陶器を思わせるような白い肌を、月明かりが青く照らしている。

 そして、暗闇の中でもはっきりと分かる、真紅の瞳が小窓の外、闇が広がる世界に向け注がれている。

 無表情に窓の外を見つめる少女は、まるで幻想のように儚く、見る者によっては夢を見ているのではないかと錯覚させるようなものであった。


 その髪は白毛と同じ純白。

 

 その瞳は白毛と同じ真紅。


 違うのは白毛はオークで、少女はエルフであるという一点のみだった。


 エルフの少女は白毛に気付くと、途端に顔を破顔させ、弾んだ声で白毛に声掛ける。


「お帰り! 白毛!」


 白毛は狩りで荒んでいた心が、優しい何かで包まれていくような安堵感を感じながら―――


「ただいま………母さん」


 最愛の母に向けて、答えるのであった。



 白毛の訪れた小屋―――それはオークたちが「家畜小屋」と呼ぶ、繁殖用の雌を監禁している牢獄であったのだ。




 この世界には人間族、エルフ族、ドワーフ族といった多数の知的種族が生息している。

 そんな知的種族の中に、オーク族と呼ばれる忌まわしき種族がいた。


 彼らは知能が低く、性質は獰猛で残忍。

 殺し、奪い、陵辱することでしか繁栄を遂げることが出来ない呪われた種族であった。


 これはそんな世界に生を受けた、とあるオークとエルフ、そして誇り高い女騎士の、ちょっとだけ悲しいお話。

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