第27話 異端者
白毛はオークの集落の端。
普段、「ある目的」を除いて仲間たちが近づかない場所を目指す。
目的地に向かう白毛の足取りは重く、歩を進める度に足の裏が地面にへばりつくかのようだ。
顔を上げると、暗い空は暗黒色の雲に覆われている。
それは冬の空特有の暗澹としたもので、荒涼とした森の様子も手伝って、白毛の心を闇色に染めていく。
『もうすぐ………雪、降るかもね』
どこかで聞いた、そんな声。
その言葉通り、森の空気は冷たく澄み渡り、白毛の口からも白い息が漏れては消えていった。
「おい………白毛」
「ギザ耳………?」
不意に掛けられた声に白毛が振り向くと、一匹の親友が後ろに立っていた。
「俺もついて行く………一緒に行かせてくれ」
「片目に、ついて行くように言われたのか?」
「いや、俺の勝手な意思だ」
「………………?」
なぜ、ギザ耳がそんなことを言い出したのか、白毛にはわからず、ただ無言のままギザ耳を見つめる。
ギザ耳は白毛の無言を了承と捉えたのか、隣へと並び足先を見つめながら白毛に合わせてゆっくりと歩を進める。
その鼻に小さな布切れが丸めて詰めてあるのを、白毛は見つけた。
そうだ、あの時。
俺が頬傷に掴みかかった時。
確か、止めに入ったこいつに俺は肘鉄を食らわせたんだ。
「………ギザ耳、さっきはすまなかったな。
鼻血はもう止まったか?」
「血は止まっていないが………別になんてことはねぇよ。気にすんな」
白毛の言葉に、ギザ耳は笑みを浮かべ、朗らかな調子で答える。
そんなギザ耳の様子はいつもと変わらず、さきほどの騒ぎなど無かったかのようであった。
ギザ耳の笑顔につられるように、白毛の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。
ギザ耳。
明るくて温厚なオークで、悩みやすい性質の自分をいつも隣で励ましてくれる大切な親友なのだ。
「なあ………ギザ耳」
「あん?」
家畜小屋へ歩を進めながら、白毛は隣のギザ耳へ問いかける。
「俺は………みんなの、仲間なのかな?」
「当たり前だろ、なに言ってんだ?」
不思議そうなギザ耳から視線を反らし、白毛は俯いて言葉を続ける。
「だけど、俺はオークとしてあまりに異質なところがある。
お前だって分かるだろ?」
「何だ、さっきのことを気にしているのか?」
「当然だよ………俺はいま、群れから間者じゃ無いかと疑われているんだぞ?」
「ああ、頬傷も片目もひでぇよな!
お前がこれまで、どれだけ頑張ってきたと思ってるんだよ!」
「ははは………」
まるで自分のことのように憤慨し、拳を握るギザ耳へ白毛は思わず苦笑を浮かべた。
「でもまあ、仕方ないんだよ。
俺はみんなとあまりに違いすぎている。
同じ場所を目指していたつもりなのに、その進み方は違う物で………俺はそのことに気付いていなかった。
ただ、みんなが優しくしてくれるのがうれしくて………みんなの力になれるのが誇らしくて、自分の在り方や望みを理解しないまま進みすぎてしまったんだ。
もう、後戻りのできないところまで………」
そう言って白毛は弱々しい微笑みを浮かべる。
そんな彼に対し、ギザ耳は真剣な表情で黙り込んだあと、静かに口を開いた。
「確かに、お前は変わり者のオークだよ。
毛は白いし、目は赤いし、体は弱い。
何よりオークの癖に難しいことばかり、いつもぶつぶつ言ってやがる。
本を読んだり、弓矢の練習をしたり、そんなオーク他にいないだろ?
確かにガキの頃、俺にとってお前というオークは不気味でさえあった。
変な見た目で、妙なことばかりしている怪しい奴、ってな」
「………っ」
ギザ耳の言葉が白毛の胸に突くような痛みを与える。
自分がオークとして異端であることはわかっていた。
しかし、親友であるギザ耳から『怪しい』とはっきり言われるのは、やはり心に刺さるものがある。
ギザ耳はそんな白毛の様子に頓着せず、言葉を続けた。
「それでさ、俺は怪しい奴だな~、て具合でお前のことをずっと見ていた訳だ。
ガキの頃のお前は仲間ともあまり絡まず、いつも一人ぼっちだったからな。
おまけにその見た目だ、嫌でも目に入ったさ」
「…………」
「それで見ていたら、お前はいつも仲間のために動いてるってことに気付いたんだ。
仲間の嫌がる仕事は進んでやり、面倒な作業を率先して引き受けていた。
そして、それらの新しい、効率的なやり方を考えて、実践していた。
俺はそのことに気付いて、『こいつ、本当はすげぇ奴なんじゃないか』って思ったんだよ」
「それから、俺はお前によく声を掛けるようになったんだ。
お前は頭が良くて、俺の気付かないことや知らないことを沢山知っていた。
―――なあ、この場所………覚えているか?」
「え………?」
突然、ギザ耳は足を止め、森の中に出来た小さな空き地を指差すが、白毛にはそこが何であったのか見当もつかない。
「………なんだ、覚えていないのか」
「ごめん、覚えてないな。
ここで何かあったっけ?」
「ここはさ、俺が頬傷に喧嘩を売って………ボコボコに負けた場所だよ」
ギザ耳が遠い目を浮かべて、その小さな空き地を見つめる。
その目は悔しそうでもあり、また同時に懐かしそうでもあった。
「あれは、俺たちがまだ4歳と半年の………まだ生意気盛りのガキだった頃だ。
いつも偉そうな頬傷が気に食わなくてな、俺は奴に喧嘩を吹っかけたんだ。
まだガキだったとは言え、俺は同年代に比べてガタイが良かったし、狩りの時も負け無しだった。
正直勝てると思っていたんだよ。
だけどさ、結果は………惨敗だった」
ギザ耳はへへへっと小さく笑う。
そうだ、そういえばそんなことがあった。
確かあの時………何かと自分につらく当たる頬傷へ、激昂したギザ耳が殴りかかったのだ。
「あの時は、そりゃあ悔しかったぜ。
俺は奴に、腕の骨と生意気な鼻っ柱をへし折られたんだ。
悔しくて悔しくて、涙を流したりもしたさ。
そんな時だ。
お前は俺に、『剣術』というモノを教えてくれた。
人間の本にのっている戦い方の『しなん』だとか言ってな」
「それから、俺はその『剣術』に夢中になった。
来る日も来る日も、暇を見つけてはお前に教わった通り剣を振った。
頬傷をぶちのめすことが目的で始めた剣術だったが、いつの間にかそんなことはどうでも良くなって、俺は剣の腕を磨くことが生きがいになっていたんだ。
そして、気付けば群れで俺に敵う奴は一匹もいなくなっていた。
『群れで一番の戦士』なんて言われて、片目からも一目置かれるようになってな」
そうだ、確かに自分はあの時、ギザ耳に剣術を教えたのだ。
もっとも、本に載っていた内容を、噛み砕いて説明しただけだったのだが………まさかギザ耳がそれを守って訓練を続けていたなんて、想像もしていなかった。
ギザ耳の戦士としての実力は、もはや一流のものである。
王都の騎士を相手取ってもヒケを取らないことは、すでに騎士団との戦いで証明済みだ。
そんなことを白毛が考えていると、ギザ耳は真っ直ぐに白毛を見つめ言葉を紡いだ。
「白毛………お前が俺を唯のオークから戦士に変えてくれたんだ。
他の誰でもないお前だからこそ、人間の『剣術』という物を教えることが出来たんだよ。 確かにお前は変わっている、はっきり言って変人だ。
そして、変人だからこそお前は俺の仲間で、親友なんだ」
そう語るギザ耳の目はどこまでも澄んでいて、その言葉に嘘偽りがないことがはっきりと感じとることが出来るものであった。
「仲間、か………ありがとう、ギザ耳」
「礼なんて言うな、気色悪い」
ギザ耳がふざけたように笑い、白毛もまた笑みを浮かべる。
白毛にとっても、ギザ耳は仲間で親友である。
お互いがお互いの事を思いやり、力になりたいと願っている。
―――だけど、違う。
そうじゃないんだよギザ耳。
俺が言っているのはそういうことじゃ無いんだ。
俺は―――
「でもまあ、母体を殺せば疑いは晴れるんだろ?
さっさと済ませて、頬傷の野朗に白エルフの死体を見せ付けてやろうぜ!」
白毛が笑ったことで、ギザ耳は安心したように、いつもの調子でそう言う。
ギザ耳は、やはりオークなのだ。
一般的なオークに比べ、気性は穏やかで残酷性も薄いが、その思想、その哲学は典型的なオークのそれである。
だからこそ、彼には白毛の心が理解出来ない。
白毛を認め、その力になりたいと願っているが、彼らの心が交わることは決してないのだ。
「………そうだな、さっさと嫌なことは済ませてしまおう」
「嫌なことって何だよ、雌エルフの1匹や2匹、仕留めるのは簡単だろ?
別に大して苦でも無い」
「そうだな………確かにその通りだ」
ギザ耳の言葉は、彼の意図しないままに、白毛の心を刻んでいく。
白毛は胸が裂けるような痛みに襲われながらも、それをおくびにも出さず、務めて普段の調子で彼の言葉に応える。
ギザ耳の温かい言葉はむしろ、焼けた鉄のように白毛の心を焼きつけるだけのものだった。
彼の友情は、白毛を縛り付ける鎖に過ぎないものだった。
オークとしての在り方を許容出来なかった時点で、白毛には安穏とした人生など、得られないものであったのだ。
◇
『1人で行くのか? 何だったら俺もついて行くぞ?』
『いや、いい。
1人で行きたいんだ』
『そうか………まあ、いいや。
俺は入口のところで待ってるから、白エルフを殺したら教えてくれ』
オークの集落の端の端。
普段は誰も寄り付かない場所にある粗末な小屋。
『家畜小屋』と呼ばれるその小屋の中に、白毛はいた。
ギザ耳には、小屋の外で待っていてもらうことにした。
出来れば、母には1人で会いたい。
これが、最後になるのかもしれないのだから………。
小屋の廊下を白毛は緩慢に進む。
廊下のもっとも奥に、プリムラの部屋がある、そのことが分かっているからこそ、その足取りは遅々として進まないのだ。
そして、プリムラの部屋の手前、菖蒲色の目をしたエルフの部屋の前で、白毛は耐え切れなくなったようにその扉を開いた。
「!!」
扉を開いた先では、菖蒲色の目をしたエルフが、ビクリと体を震わせて白毛の方へ目を向けていた。
そして、部屋に入ってきたのだ白毛だとわかると、安心したようにホッと一つ息を吐き、咎めるような視線を向けてくる。
「あんたの方から私の部屋に来るなんて………どういう風の吹き回し?
部屋間違えた? あんたのお母さんは隣の部屋だよ」
「…………………」
「?」
憎まれ口を叩いたものの、深刻な表情を浮かべたまま黙り込んでいる白毛に、エルフは不思議そうに首を傾げる。
そんなエルフに対して、白毛はゆっくりと口を開いた。
「なあ………」
「なに?」
「お前は前に、母と群れのどちらかを選ぶ時が来る、と言っていたな。
教えてくれ………俺はどうすればいい………?」
「はぁ?」
白毛自身、なぜそんなことをこのエルフに尋ねたのかわからない。
ただ、オークとは異なる価値観を持つ彼女の答えが聞きたかったのだ。
エルフは不審そうな顔で、探るように白毛を見つめる。
今日の白毛はいつもと様子が違いすぎる。
「あんた、ちょっとおかしいよ?
そんなことを私に聞いて、どうするつもり?」
「……………」
エルフが困惑の表情で逆に問い返すも、白毛は再び沈黙してしまう。
しかし、黙り込む白毛の姿は苦悶に満ち、尋常ではないものが感じられた。
「何か………あったの?」
「ああ………さっき、群れから母さんを殺すように命令された。
今日の夕食にするつもりらしい」
「なっ………!?」
白毛の告白に、エルフの顔色がみるみる青ざめていく。
「そ、それで………あんたは、どうするつもり?」
「どうするって………どうしたらいいんだ?
俺はもう、どうしていいのかわからない」
俯いたまま、白毛がぼそぼそと口ごもる。
そんな白毛の態度に、エルフはやや顔を上気させた。
「わからないって………プリムラを殺すつもり!?
あの子、あんたの母親なんでしょ? 大切な人なんでしょ?
考えるまでもないじゃない!」
「………逃げちゃいなよ。こんなくそったれなオークの群れを捨てて、
お母さんと2人で、どこか遠くへ、誰もいない場所へ………」
「だけど―――!」
白毛は俯いていた顔を上げ、嘆くように言葉を放つ。
「だけど、この群れは俺にとって大切な居場所なんだ!
仲間たちだって、かけがいのないものなんだ。
彼らを捨てることなんて出来ない!」
「ふざけんな! 馬鹿野朗!!」
白毛の言葉に、エルフが激昂し、怒鳴り声を上げる。
「何が居場所だ! 何が仲間だ!
オーク共がかけがいのないもの!?
ふざけたことをぬかすな!」
エルフは全身から怒りを滲ませていた。
その菖蒲色の瞳には激しい憤りと困惑が浮かんでいる。
「お前たちオークがしてきたこと、忘れたとは言わせないぞ。
私の父や母を殺し、家を焼き、全てを奪い尽くした。
私はお前らに何度も汚され、忌々しい子供まで孕まされたんだ………そんなオーク共をお前は仲間などとほざくのか!?」
「………そうだ」
「――――!!」
白毛はぼそりと答える。
その声音は苦痛と苦悶に満ちたものであったが、同時に確固とした意思により吐かれた言葉であると察せられるものだった。
「そうだよ。そんな彼らが、俺にとってかけがいのない仲間なんだ」
「…………なんで?」
エルフは激しい憤りに包まれながら、白毛を睨みつける。
しかし、それでもなお、その菖蒲色の瞳には困惑が浮いていた。
「何で? 何でよ!?
プリムラが大切なんじゃないの!?
愛しているんでしょう!?
守りたいと願っているんでしょう!?」
「俺は………」
「わかんない!」
エルフは困惑したまま頭を抱え、訴えるように声を発する。
その萌葱色の瞳には涙が滲んでいた。
「私には、あんたの考え方がわかんないよ!
あんたたちオークにとって、群れっていうのはそんな大切なものなの?
たった一人のお母さんなのに、あんたを真に愛してくれる人なのに………
私があんたの立場なら………仲間から母を殺せなんて言われたら、考えるまでもなく逃げるよ………」
「そうだな………確かにその通りだ」
エルフは涙を流しながら、なじるように白毛の胸を諸手で掴む。
彼女にとっても、プリムラは大切な友人となっていたのだ。
こんなところで
オーク共の醜悪の思想の下で殺されるなんて
そんなことは、絶対に許せない。
「なあ、オークって何なんだろうな?」
俯いて、必死で涙を堪えているエルフに、白毛はぽつりと呟く。
「雄しか生まれず、他種族の雌を汚すことでしか子孫を増やすことが出来ない。
あらゆる種族から憎悪され、生きていることそれ自体が嫌悪の対象だ。
もし、神様がいるのなら………何をとち狂って俺たちのような化け物を作ったのだろうな」
「………何が言いたいの?」
「いや、すまない。
唯の愚痴さ、取るに足らない言い訳だよ」
白毛は、自分の胸を掴んでいるエルフの手をそっと離す。
「悪かった、嫌なことを聞かせてしまったな。
俺はもう行くよ」
静かに涙を流すエルフに、白毛は静かな微笑みを浮かべると、そう呟く。
「い、行くって………?」
「母さんのところへ………どんな形であれ、俺は結末を手に入れなければいけない。
俺は、俺の在り方を、望みを見つけに行く。
どうしても自分以外―――オーク以外の考え方が聞きたかったんだ。
真剣に答えてくれて、ありがとう」
白毛は表情を引き締めると、エルフの部屋から出て行こうとする。
「ま、待ってよ! 殺さないよね!?
プリムラを殺したりしないよね!? 白毛!!?」
「…………さようなら」
その背中へ、エルフが懇願するような声が掛けられるが、白毛はそれに答えず、静かに扉を閉めた。
◇
扉を背に、白毛は瞼を固く閉じる。
菖蒲色のエルフは泣いていたが、泣き出したいのは自分の方だ。
結局のところ、菖蒲色のエルフからも白毛は答えを得ることが出来なかった。
自分には群れを捨てることなど、出来ない。
何もかも投げ出して、母と2人で生きることなんて出来ないのだ。
自分は自分の群れを愛している。みんなの力になりたいと願っている。
だって俺は――――オークだから。
俺は、他のオークと同じように、オークらしい思考を持って生まれればよかった。
もしくは、他のオークから異物として疎まれ、蔑まれていればよかった。
母からの愛を受けてしまったから
オークたちの友情を受けてしまったから
こんなにも苦しいのだ。
群れと母親、そのどちらかを取ることなんて、俺には出来ない。
俺は………どうすればいいのだろう?
俺の望みは何なのだろう?
ギザ耳の言葉も、菖蒲色の言葉も、白毛を救うことは出来なかった。
オークの残忍さと、エルフの聡明さを併せ持った白毛は
世界でただ一つの、異端者であったのだ。
◇
「聞こえちゃったよ………白毛」
私は、部屋に壁に背を当てたまま、そっとそう呟く。
白毛は気付いてないようだけど、この部屋はあの菖蒲色のエルフによって穴が開けられており、隣の部屋の物音が丸聞こえなのだ。
あの菖蒲色さん………泣いてたな。
初めて会った時は、何て嫌なことを言う人だろうと思ったけれど、結局友達になってしまった。
何だかんだで、私にとっては初めての友達だ。
彼女との別れがこんな形になってしまって申し訳がない。
それにしても
「ああ、これで終わりかぁ」
私は小さくため息をつく。
白毛はどうやら群れの仲間たちから、私を殺すように命令されたらしい。
今日が私の最後の日か、人生とはわからないものだ。
まあ、いつかこんな日が来るとは思っていたんだけどね。
………でも、白毛に殺されるのなら、本望かな?
少なくとも、他のオークたちに殺されるよりずっといい。
でも、きっと心優しい彼は、苦しんでいるのだろう。
「それにしても、誰がそんな命令したんだろ? 白毛をいじめるなんて許せない」
こんなこと言ったら、白毛はまた恥ずかしがって「もう俺は子供じゃないんだよ」とか言うのかな?
私は何だか楽しくなって、くすくすと笑ってしまう。
トントンッ、とノックの音が私の部屋へ響く。
「どうぞー」
私は務めて明るい声で返事をする。
………大丈夫、声は震えていない。
「母さん………」
がちゃり、とドアを開けて、白いオークが姿を現した。
白毛。
私の大切な、たった一人の子供。
「あら、久しぶりだね、白毛。元気だった?」
「うん………」
「廊下は寒いでしょ? 入って、入って」
私が白毛へ向けて手招きすると、白毛はおずおずといった調子で私の部屋へと入ってくる。
その表情は暗く、とてもつらそうだ。
その姿は白毛が小さかった頃、私に叱られてしょげてしまった時のようで、私は何だか可笑しくなってしまった。
「母さん………俺……」
部屋に入っても、白毛は立ったまま居心地が悪そうな様子で何事かを呟いている。
「どうしたの? 座りなよ」
「うん………」
白毛は暗い顔をして、私と目を合わせようとしない。
もう、辛気臭いなあ。最後なんだから、私は楽しく白毛とおしゃべりしたいのに。
私は前のめりになって、白毛に顔を近づけ笑いかける。
「ねえ、白毛!」
「な、なに?」
「今日はさ、ゆっくりお話しようよ!
いいよね!?」
「う、うん………」
「元気がないよ!?」
「わ、わかったよ!」
「よし!」
私はにっこりと笑って、白毛の前で手を腰に当てる。
そんな私に白毛は困惑したような表情を浮かべていた。
―――大丈夫。
そんな悲しい顔をしなくても、大丈夫だよ白毛。
お母さんは、弱いエルフだけど
あなたの、強いお母さんなの
だから、大丈夫。
あなたを苦しませたりしないから
あなたは安心して、自分のことだけを考えて。
第28話は8月17日午後9時ころ投稿予定です。
※ 8月17日追記
私用により、第28話の投稿は8月18日午後9時ころに変更させて頂きます。




