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第26話 愛を覚えた獣

「お前の母体―――あの白いエルフを殺せ」


「――――え?」


 頬傷の放ったその一言に、白毛はわけがわからないといった表情で、間抜けのような声を上げた。


「白毛、俺はさっき、お前に不審なところが多すぎると言ったな?

 その中でも最たるものが、お前の母体に対する態度だ」


 頬傷は静かに言葉を続ける、その様子にさきほどの興奮したような様子はない。

 ただ、朗々と考えを述べているようだ。

 白毛はただ唖然としたまま、そんな頬傷の言葉を聞いていた。


「お前はガキの頃から、母体の下へ足繁く通っていたな?

 俺は昔から、お前のそんなところがどうも引っかかっていた。

 お前以外に母体に会いたがるオークなんて聞いたこともないからな」


 頬傷はずいっと白毛へ顔を近づける。


「例えば、エルフ共と共謀して、この群れを破滅させようとしているんじゃないかってな。

 奴らは頭が回る、オークを一匹手篭めにして、意のままに動かすなんて容易いだろう」


「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ、頬傷!

 俺がエルフの手駒になっているとでも言うのか!?」


 顔を上気させ、興奮してそう怒鳴る白毛と対照的に、頬傷は静かに言葉を続ける。


「………やっぱり妙だなお前。

 お前は母体のことになると、人が変わったように冷静さを失う。

 おかしいんだよ、変なんだよ、お前のそういうところがさ」


 頬傷の言葉に、群れ全体が沈黙する。


 白毛のエルフに対する不自然な態度。

 それは、この群れのオーク全員が、以前から怪訝に思っていることであった。


 オークにとって、母体とは自らを殺そうとするもの。

 自分たちへ、最初に降りかかる脅威、最初の選定。

 オークたちは大多数が体の部位を欠損しているが、それは生まれた際、母体から与えられた損傷であった。

 選定を突破できず、殺された幼体のオークは計り知れない数にのぼる。


 然るに、オークたちは母体を、雌を、忌避し憎み、そして乗り越えようとする。

 それがオークの常識、当然の考え方。

 彼らから見れば、白毛の方が常軌を逸しているのだ。


「だからさ、白毛。

 お前、母体の白エルフを殺して、今日の晩飯にでもしろよ。

 そうすりゃ俺も、お前のことを信用してやるさ」


「………………」


 白毛が沈黙し静まりかえる中、ギザ耳が声を上げる。


「あー、そりゃいいかもな。

 最近は人間の肉ばかりで、正直飽き飽きしていたんだ。

 久しぶりにエルフの肉が食いてぇ。

 白毛、お前もそれでいいだろう?」


 頬傷の提案に乗りかかるように、ギザ耳が明るい調子で白毛へ問いかける。


(母体を殺すだけで信用するなんて、頬傷も随分と折れたもんだな。

 本当は白毛のことを信用してないって訳でもなかったんだろう、素直じゃない奴め)


 ギザ耳からすれば、母親を殺すだけで納得するという頬傷の提案は、白毛に対してかなり譲歩したものであると感じたのだ。


 しかし、白毛はギザ耳の問いかけを無視し、縋るような調子で歯抜に声を掛ける。


「歯抜の爺さん! 唯でさえ雌の数が減っているんだ。

 これ以上、減らす訳にいかないだろ? そうだよな!?」


「むん?」


 白毛から突然声を掛けられ歯抜は些か驚いたような声を上げるが、すぐに何食わぬ顔に戻るとゆっくり説明する。


「ああ、雌の数が減っているのは確かじゃが………。

 あの白エルフはそもそも、子供を産ませられない欠陥品じゃったろう?

 殺して構わんぞ。

 むしろ、何で今まで生かしておいたのかわからんくらいじゃわい。

 出来損ないの穀潰しが減って、むしろ助かるというもんさね」


 歯抜はそう言って、カラカラと朗らかに笑う。


「あ………」


 白毛は言葉を失い、青ざめてしまう。

 そんな白毛に対し、頬傷がまとめるように言い放つ。


「話しはまとまったな。

 白毛、これからあの白エルフを殺してこい。

 そうすりゃ、お前を信用してやるよ」


「良かったじゃん、白毛。

 早く家畜小屋に行って白エルフを殺してこいよ。

 今日はエルフの肉で晩飯だぜ!」


「一匹こっきりのエルフでも、スープにすれば、それなりに食いでがあるじゃろう。

 今日は腕によりをかけるとするかのう」


 ギザ耳と歯抜が朗らかな声を上げる。


「…………………」


 しかし、白毛は青ざめたまま俯き、深く深く沈黙する。

 そんな白毛を、片目だけが厳しい眼差しで見つめていた。



「………ふざけるな」


「白毛?」


 白毛がぼそりと呟いた言葉に、ギザ耳が不思議そうな顔を浮かべる。


「ふざけるな! お前らぁ!!」


 突如、白毛はカッと目を見開くと、激昂した様子で頬傷へと掴みかかった。


「ぐっ!?」


 白毛の突然の暴挙に、不意を突かれた頬傷は首をギリギリと締め上げられ、顔を苦悶に歪ませる。


「黙って聞いていれば………勝手なことばかりを吐きやがって!!

 お前ら………お前らぁ!!」


「ど、どうしたんだよ白毛!? 落ち着け―――」


「離せ!!」


「うぉっ!」


 ギザ耳が慌てて白毛を抑えようとするが、白毛から顔面に肘鉄を食らわされ、鼻から鮮血を滴らせる。

 鼻を押さえて膝をつくギザ耳に目もくれず、白毛は目を見開いたまま万力のように頬傷の首を絞め続けた。

 その目は常人のそれではない。

 白毛の紅い瞳はまるで燃えているかのように爛々と輝き、それは狂気さえも感じさせるものであった。


「白毛………やっぱり、お前………」


 首を絞めあげられながらも、頬傷は喉の底から呻くように声を上げる。

 しかし、白毛は更に力を込めて、その首を絞め続けた。


「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!」 


 白毛の視界は真っ赤に染まる、もはや彼には何も見えていなかった。

 怒りと嘆きだけが渦巻く世界で、白毛はただ一匹、感情のままに力を奮い続ける。


「やめろ! 白毛!!」


 その刹那、白毛は顔面に激しい衝撃を受けて吹き飛ばされ、その場へ倒れこんだ。

 

 激しく明滅する視界の中で、それでも白毛は頬傷の方へ目を向けると、そこには片目が拳を握ったまま、見下ろすように白毛を睨んでいた。


 その背後で、げほげほと頬傷が激しく咳き込みながらも、群れへ向かって大声を上げる。


「見たかお前ら! これが白毛の本性だ!!

 奴は俺たちの仲間じゃない!!

 俺たちはこいつに騙されていたんだ!!」


 頬傷の言葉にオークたちはざわざわと困惑のざわめきを浮かべる。

 いつも大人しく、怒った表情すら見せない白毛の豹変ぶりは、オークたちを混乱させるのに十分なものであった。

 さきほど、白毛派と頬傷派に分かれていたオークたちであったが、今は皆一様に訝るような目で白毛を見つめている。


 片目はそんな群れの様子を見て、一つため息をつくと、倒れている白毛を見下ろし口を開いた。


「白毛、俺はあくまでもお前を信用している。

 だがな、今のお前の行動は常軌を逸したものだ。

 教えてくれ、白毛。

 なぜ、それほど母体にこだわる?

 なぜ、激昂する?

 お前は本当にオークなのか? 俺たちの仲間だと思っていいのか?

 それともお前は………何か『別の物』なのか?」


 片目の声に怒りや探るような気配は無い。

 その言葉は、ただ静かに、白毛へ問いかけるものだった。


「お、俺は………」


 白毛はそれだけ言うと、そのまま沈黙してしまう。

 どう言っていいのか、言葉が浮かばなかったのだ。


「そうか………」


 そんな白毛の様子に、片目は落胆したように言葉を浮かべる。

 そして、不意に厳しい顔つきになると、腰に下げていた短刀を白毛の手に握らせた。


「いいか、これは頬傷じゃない、この群れを代表する俺からの命令だ。

 白毛、お前はそれであの白エルフ―――プリムラを仕留めろ。

 他の誰でもない、お前が、その手で、母親を殺すんだ」


「…………………」


「出来ない、とは言わせないぞ。

 俺たちオークにとって、家畜を仕留めるのは当然の行動だ。

 そこに躊躇い、ましてや迷いなど生じる訳がない。

 やれ。

 殺せ。

 お前がオークなのか、そうではないのか、

 俺たちに、そして自分自身に、行動を持って示してみせろ」



 どこか遠くで、片目の声が聞こえる。

 白毛はふわふわとした頭の中で、片目の言葉がくるくると回っているように感じていた。



 白毛は無言で手元の短刀を見つめる。

 その刃は錆が浮いているものの、ギラギラとした銀色の光を放っていた。




 これで、こんなもので―――


 俺が


 俺の手で


 母さんを


 殺す………?



 悪い冗談だ。

 こんなものは悪夢だ。

 俺は嫌な夢を見ているだけなんだ。


 だから、早く目を覚ましてほしい。

 いつもの朝を迎えたい。

 母さんや、ギザ耳たちがいる、いつもの日常へ戻りたい。



『あんたさ………』


 え………?


『あんたさ、もしオークの群れと母親………どちらかを選ばなければいけなくなったら、どうする?』


 どうするって………。

 

 どうするって………どうする?




『さあ、どうするね?

 愛を覚えたケダモノさん。

 仲間を得た忌み子さん。

 君の選択を私は興味深く見守っているよ。

 1000年前のように、200年前のように。

 君があの魔女おんなのようになるか、あの魔王おとこのようになるか

それとも、また別の何かになるのか―――』


 

 この世界には、一つの伝説がある。

 いや、それは伝説と呼ぶにはあまりにも新しく、歴史にも刻まれた事実の物語であった。



 世界の破滅を願った、一人の男の物語。

 後世の人々は、その男を『魔王』と呼ぶ。


 その男は、白い髪に紅い瞳を持った異形の姿で、

 超常的な力を有していた。



 その白髪に触れたものは、心が狂い、怪物となる。

 その紅眼に映ったものは、運命が狂い、破滅を招く。


 その男は、2人の英雄に滅ぼされるまで、

 願うがまま、望むがままに世界を絶望に導いたと言われている。


 純白の髪。

 真紅の瞳。


 それはまさに、破滅を象徴する呪いの印であったのだ。

 


『さあ純白のオークくん、腹を括りたまえ。

 決断の時が来たのだよ。

 君がオークなのか、それとも違うのか。

 君の答えを見せてごらん』

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