第25話 内紛
宴会が行われていたオークたちの集落。
先程まで勝利に浮かれていたオークたちは、皆一様に深刻な表情で広場へ集結している。
鼻欠の凄惨な遺体。
それはまだ群れの一部の者しか見てはいない。
あんな物を見れば、群れが恐慌をきたすという、片目の判断であった。
鼻欠の遺体を見たのは、リーダー格である片目、頬傷、白毛。
そして偶然目撃したギザ耳、牙折の5匹のみである。
その中の1匹、頬傷が激昂した様子で群れ全体に怒鳴る。
「鼻欠が受けた傷は酷いなんてもんじゃねぇ!
騎士団の連中は俺たちをなめてやがるんだ! 片目、今すぐに騎士団共のところへ行って皆殺しにしてやろうぜ!!」
「………………」
しかし、片目はそんな頬傷に対し沈黙を守る。
片目自身、今だって腹が煮えくり返るような気持ちだが、それでも解せないところがあるのだ。
それは騎士団はなぜ、あんなことをしたのか、ということ。
そんな片目の疑問に答えるような形で、白毛が口を開いた。
「待ってくれ頬傷! あれはどう考えても騎士団からの挑発だ!
決して俺たちから攻め込むようなことをしてはいけない!」
「なんだと………!」
白毛に対し、頬傷が忌々しそうな声を上げる。
「待て、頬傷。
白毛、説明してくれ。騎士団の目的はなんだ?」
そんな頬傷を片手で制し、片目が白毛に問いかける。
「前にも話したけど、騎士団は開けた場所を拠点としている。
俺たちが攻め込んだところで、弓矢で射殺されるのがオチだ。
彼らはそれを待っているんだよ。
騎士団はすでに2度、森に侵入して敗戦を繰り返している。
業を煮やした彼らは俺たちを誘い出すことにしたんだろう、鼻欠の死体を見せつけることによってね」
「鼻欠が俺たちの集落を漏らした可能性は?」
「無い………と思う。
集落の場所が割れているなら、騎士団はこんなまどろっこしいことをせず攻め込んできているだろうさ。
前の戦いで減ったとはいえ、依然として彼らの方に数の利がある」
その時、片目と白毛の会話に、頬傷が乱入するように口を出す。
「じゃあ白毛、お前はあれか?
俺たちは鼻欠の死体をあそこに吊るしたまま、森の中で震えてろとでもいうのか!?」
まるで挑みかかるような頬傷の視線を見つめ返しながら、白毛は重々しく口を開く。
「………そうだ」
「ふざけんな!!」
頬傷はとうとう激昂したように怒鳴り、興奮した表情で片目に目を向けた。
「片目! お前まで白毛の言いなりになる訳じゃねぇだろうな!?
オークってのはいつからそんな臆病者になったんだ!? 俺は我慢出来ねぇぞ!」
「…………………」
燃えるような目を向ける頬傷に対し、片目は無表情のまま沈黙を守る。
そんな片目に対し、頬傷が更に大声で怒鳴りつける。
「怖気つきやがったな!! もういい、腑抜けたあんたなんざもう知らねぇ!!
おい、お前らぁ!!」
頬傷が群れを見回し、大声を上げる。
「俺は騎士団共をぶっ殺しに行くぞ!! お前らにも我慢ならねぇって奴がいるだろう!? 俺についてこい!!」
頬傷の呼びかけに呼応するように、群れの中からいくつかの声が上がる。
彼らは今にも攻め込みそうなほど興奮している、そんな彼らを白毛は慌てて止めに入った。
「ま、待ってくれ頬傷!
さっきも言ったように、騎士団拠点に攻め込むのは死にに行くようなものなんだぞ!?
わかってくれ、人間の集落の場所までわかった今、俺たちの勝利は目前なんだ。
今、余計なことをしたら勝てるものも勝てなくなってしまうぞ!」
「余計なことだと………!?
仲間の弔い合戦が余計なことだっていうのか!? 白毛ぇ!!!」
頬傷はわなわなと震えながら、白毛を睨みつける。
その目には憎しみと、隠そうともしない不信感が溢れ出ていた。
そして、頬傷は一拍置いてから、皮肉気な笑みを浮かべつつ、煽るように声を上げる。
「おい白毛、正直に言えよ。
お前は何を企んでいる?
鼻欠が死んだのはお前の責任なんだぞ? なのに、何でそんな冷静でいられるんだ?」
「な………!」
白毛は言葉に詰まってしまう。
鼻欠が殺された責任。
それは白毛自身が最も痛感している事実であった。
彼が殺されたのは、自分の責任なのだ。
「頬傷、お前――――!!」
「うるせぇよ、牙を抜かれたアンタの言葉になんか、もう俺は従わねぇ!」
片目が怒鳴りつけようとするも、頬傷はにべもなく否定する。
頬傷は一種の興奮状態であった。
前々から気に食わなかった白毛に物申したという高揚、今まで逆らうことの出来なかった片目への反逆が、頬傷を有頂天にしていたのだ。
そして、白毛は焦っていた。
このまま頬傷が攻め込むようなことがあれば、全滅するのは目に見えている。
ましてや、誰かが生け捕りにされるようなことがあれば、集落の位置を吐かされてしまうかもしれない。
そうなれば、この群れは終わりなのだ。
白毛は苦々しい調子で口を開く。
「確かに………鼻欠が殺されたのは俺の責任だ。
だけど、それと頬傷を止めることに関係は無いだろう!?
騎士団は強大な集団だ、攻撃を仕掛ければ皆殺しにされるのは頬傷の方だぞ!?」
「それだよ、お前は何かと騎士団は強いだの、恐ろしいだのと口にするが、俺にはそう思えない」
「なに?」
「騎士団とはもう2回戦っているだろう?
そしてどちらも俺たちの圧勝だ。
なあ、騎士団ってのは本当は弱い集団なんじゃないか?」
「それは………俺の作戦が成功して、有利な状況で戦えたからで………」
口ごもるようにそう言う白毛に対し、頬傷は口角を上げ嘲笑するように言葉を続ける。
「なるほど、俺たちが今まで勝ってこれたのは全て、指揮官である白毛様のお陰って言いたい訳か!?
それは悪かったな、身の程知らずな発言をしてよ!」
「お、俺はそんなこと!」
敵意を隠そうともせず、嬲るような頬傷の態度に白毛は狼狽してしまう。
もともと白毛は誰かと争うのが不得手な性格であった。
そんな中、一匹のオークが立ち上がり、肩をいからせながら頬傷の前へと進んでいく。
そのオークは頬傷に相対すると、静かに口を開いた。
「頬傷、お前の言いたいことはいまいち理解出来ないが………要するにお前は白毛を貶めているんだな?」
「ギザ耳………?」
白毛の言葉を背に受けながら、ギザ耳は厳しい眼差しで頬傷を睨みつける。
温厚なギザ耳らしくないその態度に、群れ全体がざわつく。
「白毛を愚弄する奴は俺が許さねぇ、勝負しろ頬傷」
ギザ耳は頬傷と相対したまま、剣の柄に手を掛ける。
その姿から、彼が怒りが溢れているのが察せられた。
「ちっ、剣だけが取り得の馬鹿が、………上等じゃねぇか」
頬傷もまた臆することなく剣に手を掛けた。
『ぶっ殺しちまえギザ耳!』『若造なんざになめられるな頬傷!』
群れのオークたちからも煽るような声が次々と上がる。
片目は群れに対して静まるように怒鳴り声を上げるが、興奮したオークたちには届かなかった。
白毛はそんな群れに対して危機感を抱いていた。
彼らの様子を見ると、ギザ耳に声援を送る白毛派と頬傷に声援を送る頬傷派の2つに群れは別れてしまっているようだ。
白毛派は群れの若年層、頬傷派は群れの高齢層である。
これも俺の責任だな、と白毛はどこかで独りごちる。
恐らく頬傷を始めとする、群れの高齢層にはどこか白毛が気に食わないという気持ちが元からあったのだろう。
考えてみれば自分は、倍近く年齢を重ねている群れの仲間たちを手駒としてこき使ってきたのだ。
片目からの指示とは言え、若輩者である白毛の命令に従うということに高齢のオークたちには不満があったのだろう。そしてそれが頬傷の反逆をきっかけに爆発したのだ。
自分は彼らの心情を考慮していなかった。
それを引いても、現在の状況は非常に不味い。
勝利を目前に控えながら、群れが二つに分かれてしまいそうになっている。
これまで自分たちが騎士団に勝利を重ねることが出来たのは、群れが一個の集団として固く結束していたからなのだ。
白毛の脳裏に、あの栗毛の騎士の姿が浮かぶ。
あの騎士が自分の命を犠牲にしてでも果たしたかったのは、これなのだろう。
自分への不信感を群れにばら撒き、それによって群れの結束を弱める。
ここでバラバラになってしまったら、この群れは一気に弱体化してしまう。
それを防ぐためなら、白毛にはどんなことでもしてみせる覚悟があった。
一触即発の様相を呈しているギザ耳と頬傷の間に、白毛は乱入するように体を挟み込ませる。
「やめるんだ! ギザ耳、頬傷!!」
「うおっ!?」
「っ!?」
戦いが始まろうとする刹那、白毛の乱入によって2匹のオークは剣を止めた。
「あ、危ねぇだろ、白毛!」
ギザ耳が抗議の声を上げるが、今は無視だ。
白毛は頬傷へ目を向けると、冷静に口を開いた。
「頬傷、俺のことが気に入らないのはわかる。
だけど今だけは………この戦いが終わるまでは、俺のことを信じてくれ!
今、群れがバラバラになったら、この戦いは負けてしまう」
白毛は必死な様子で頬傷に語りかけるが、頬傷はそんな白毛の態度すらも気に食わないような様子で吐き捨てるように口を開いた。
「信じてくれ、だあ? それは無理な相談だな白毛。
お前は不審なところが多すぎる、俺はお前というオークが信用ならねぇ」
「俺の不審なところ………?」
「そうだ、鼻欠があんな殺され方をしたのに怒りすらみせねぇその冷淡さ。
あのガキ騎士から人間の集落を吐かせる時に見せた狡猾さ。
今だって、俺を取り込もうとして、そんなことを言っているんだろう?」
「ち、違う! 鼻欠の仇を討ちたいという気持ちは一緒なんだ!
だけど、騎士団に攻め込めば頬傷たちは間違いなく殺される。
この群れに頬傷は必要な存在なんだよ、信じてくれ!
お前が俺を信用してくれるのなら………俺はどんなことでもしよう」
「俺が………必要?」
予想外の白毛の言葉に、頬傷は僅かに険を抑え不思議そうに問い返す。
「そうだよ、頬傷はこの群れの第2位。
唯のオークじゃないんだ。
頬傷と片目が争うようなことになれば、この群れは崩壊してしまうだろう」
「な、なに調子のいいことを言ってやがる………」
白毛は必死な様子で頬傷に弁解する。
自分が信頼を失うこともそうだが、群れの副頭目である頬傷がいなくなるのは、群れの弱体化に繋がるものであったのだ。
白毛の言葉に、興奮状態であった群れが少し温度を下げる。
実質的に白毛が折れ、頬傷の立場を配慮したことでオークたちは落ち着きを取り戻し始めていた。
そんな群れの様子を見て、片目は頬傷に近寄ると静かに言葉を発した。
「頬傷、いい加減にしろ。
白毛が風変わりなオークであることは認めるが、こいつは仲間を裏切るような奴じゃない。
お前だってそれは知っているだろう?」
「………………」
片目の言葉に、頬傷はやや鼻白んだ表情を浮かべるが、それでもその目にこびりついた訝るような視線は消えていない。
「………そうやって、この群れを操ってきたのか?」
「頬傷………」
あくまで白毛を信用しない頬傷の言葉に、白毛は落胆の色を浮かべる。
そんな2匹の様子を見たオークたちは、むしろ頬傷に対して嗜めるような視線を向けていた。
「頬傷、もうやめとけよ。
白毛が群れのために力を尽くしてきたこと、ここにいる奴らはみんな知ってる。
これ以上言っても、お前の立場が悪くなるだけだぜ?」
「まあ、若造の白毛に従うのが気に食わないってのはわからんでもない。
だけど、そこまで言うのはやりすぎだろう」
群れの中から牙折と顎割が口々に頬傷へ声掛ける。
それはこの群れの総意といってもいいものだった。
「ちっ、どいつもこいつも飼いならされやがって………」
そんな群れのオークたちへ、頬傷は納得のいかないような表情を浮かべる。
それでも白毛は懸命な様子で頬傷へ声を掛けた。
「頬傷………頼む、今だけ―――この戦いが終わるまででいいんだ。
俺を、信じてくれないだろうか?」
白毛の目はどこまでも真摯で、心からの言葉であることが伺えるものであった。
頬傷はそんな白毛をさぐるような目で眺めつつ、口を開く。
「白毛………お前さっき『自分を信用するなら、どんなことでもする』って言ってたよな?」
「あ、ああ………」
「だったらよ――――」
頬傷は、困惑の表情を浮かべる白毛に対して言葉を続けた。
「お前の母体―――あの白いエルフを殺せ」




