第23話 彼女の剣、剣の主
夕陽によって茜色に染めらていく騎士団拠点。
その入り口にブラウンが数人の騎士を連れて立っている。
彼の側にいる騎士たちは大きなの麻袋を抱えていた。
この中には鼻欠の死体が入っているのだ。
「団長、準備が出来ました」
「ああ、行くか………」
ブラウンは森の方へ目を向けながら、呟くようにそう言う。
そんな彼の脳裏には、これからの、自分の計画が浮かんでいた。
あれほどの拷問に耐え抜いた、鼻欠というオーク。
そして、その彼が話した最後の言葉。
そこから、このオークの群れには固い絆があるように、ブラウンには感じられた。
ならば、その絆を利用しない手はないだろう。
目を背けたくなるほど凄惨に傷つけられた鼻欠の遺体。
これを森の入口付近で、オークたちに見せつけるように磔にする。
オークたちは騎士団の動きを把握している………つまりこちらの動きを見張っているのだろう。
ならば、この無残な鼻欠の遺体を見せ付けてやるのだ。
ブラウンが行った、鼻欠に対する残酷な仕打ちをオーク共に知らしめてやるのだ。
もし、オークたちが鼻欠のように仲間を思う気持ちがあるのなら、きっと今の動きに変化が現れるだろう。
現状、オークたちが森に穴熊を決め込んでしまえば、騎士団に有効な手立てが無い。
だから、これは挑発。
「お前たちの仲間にここまで酷い仕打ちをしてやったぞ、悔しければかかって来い」とオークたちを森から引きずりだしてやるのだ。
(我ながら、姑息で卑しい手段だな)
ブラウンの顔に自嘲するような笑みが浮かぶ。
騎士道とは程遠い、卑劣な計画。
しかし、彼に選択の余地は無い。
現状を好転させられるなら、手段を選んでいる余裕などないのだ。
拠点の入口から、北方向に約500メートル。
ここから鬱蒼とした森が広がっている。
オークたちが巣食う森。
ブラウンは森の手前に木材で十字架を作らせ、そこに鼻欠の遺体を晒した。
体中が損傷し、その傷からは悪意が溢れているような
見るだけでも禍々しい、そんな残骸。
これが逆に自分の部下の遺体であったなら、ブラウンは決して相手を許さないだろう。
(オーク共、これがあんたらの仲間の末路だ。
どうだい、俺が憎いだろう? 憎かったら森から出て来い。
出てきた奴からぶち殺してやる)
『そのために下衆まで落ちるのですか!?
誇りを失った勝利に何の意味があるというのです!』
不意に、先程ヴァイスから言われた言葉がブラウンの脳裏をよぎる。
同時にピシリと、胸に痛みが走った。
(そうだなヴァイス、その通りだ。
俺は下衆だよ、騎士なんて名乗るのを憚るほどにな。
だけどな、俺はもう誰かを失いたくないんだよ。
無くしてしまいたくないんだよ。
凡人が大望を抱いてしまったら、手段なんて選んでいられないんだ)
ブラウンは森の方へ目を向けつつ、自嘲するような笑みを浮かべる。
チェスナットが死に、ブルーに重傷を負わせ、ヴァイスには失望されてしまった。
自分が心の拠り所としていた3幹部。
皆、優秀な騎士たちだった。
彼らを失ったのは、全て自分の愚によるものだ。
そう考えると、ブラウンは暗澹とした思いに包まれるのだった。
「団長………」
ふと、ブラウンへ背後から声が掛けられた。
背後へ目を向けると、そこにはヴァイスが体裁の悪い表情を浮かべて立っている。
そしてその傍らには、ブルーが佇んでいた。
「ヴァイス、これが俺の計画だ。
ハナカケの死体を利用する」
「え………?」
ヴァイスの視線が、磔られた鼻欠の方へ注がれる。
自分の計画を知ったら、この女騎士から更に嫌われるだろうな………などと考えつつも、ブラウンは更に言葉を続ける。
「この森のオーク共、どうやら俺が考えていた以上に仲間同士の絆が強いらしい。
だからハナカケの死体を利用して、奴らを誘い出すつもりなんだ」
「絆を………利用する?」
「ああ、自分でもなかなかの卑劣漢だと思うよ。
だけど、俺はこんなことしか思いつけない。
………他の手段を想像出来ないんだ、俺は小物だからな」
「………………」
ヴァイスが複雑な表情を浮かべて黙り込む。
例え敵であったとしても、仲間を思う気持ちを利用するなど彼女の望むところでは無いだろう。
「なあ、ヴァイス。お前は俺を………嫌悪するか?」
無言となったヴァイスに対し、ブラウンが問うように言葉を掛ける。
その声は微かに揺れていた。
「………わかりません」
「そうか………」
ブラウンは少し視線を下げると、呟くようにそう答えヴァイスに背を向ける。
そんなブラウンの背中へヴァイスは言葉を続けた。
「しかし、団長。
私は『比類なき勇気の騎士団』遊撃部隊長ヴァイス・ゴルトー。
私の剣は王国のため、臣民のため………そして団長、貴方のためにあります」
背中に当てられたヴァイスの言葉に対し、ブラウンが振り返る。
ヴァイスはやや緊張した面持ちをしていたが、その凛々しい瞳は真っ直ぐにブラウンを見つめていた。
「私には………団長が正しいのか、何が正しいのかわかりません。
答えを手に入れるには、私はあまりに未熟すぎます。
でも、だからこそ、私は貴方についていきたいと思うのです」
「………………」
「団長、私は浅はかで偏狭な愚か者です。
今だって、どうしても貴方に対して嫌悪の念を抱いてしまう。
貴方の苦しみ、悔恨を理解している筈なのに………」
ブラウンの瞳が微かに揺らぐ。
そんな団長を前に、ヴァイスは控えめな笑顔を浮かべた。
「こんな私ですが、この任務を続けさせてもらえますか?
私は貴方と共に、この戦いを終焉に導きたい。
優しくて………故に冷徹な貴方と共に、自分の答えを見つけたいと思うのです」
「だってよ。どうする、団長?」
横からブルーがブラウンへ煽るように声を挙げる。
何を吹き込んだのかは知らないが、この粗雑な騎士は自分とヴァイスの間にあったわだかまりを解消してみせたらしい。
ブラウンは目を閉じる。
見得を張るのはもうやめにしよう。
自分は、仲間たちを統括し、導けるような器量者ではない。
1人で戦い抜ける、孤高な精神を持ち合わせているわけでもない。
多くの仲間たちに支えられて、やっとヨタヨタと歩いているだけの、小心者に過ぎないのだ。
だから―――
「ヴァイス………どうか俺に力を貸して欲しい。
俺は矮小な人間で、1人で戦えるほど強くはない。
俺は狭量な人間で、お前を導けるほど有徳者でもない。
そんな俺だが、ついてきてくれるか?」
体裁も意地も自分には不要なものである。
この情けない団長にどうか力を貸して欲しい。
共に歩んで欲しいのだ。
ブラウンは正直な気持ちをヴァイスへ伝えると、緊張した面持ちで女騎士の返答を伺う。 対するヴァイスはその場にかしづき、厳かに答えを伝えた。
「その御言葉、身に余る光栄です。
私、ヴァイス・ゴルトーはひとふりの剣。
貴方を支える剣となることを、再びここに誓いましょう」
「そうか………すまないなヴァイス。
ありがとう………」
ブラウンは安堵感と共に、困ったような笑顔を浮かべる。
ヴァイスもまた、そんなブラウンから安堵を受けていた。
思えば、ブラウンが笑顔を浮かべるのは、あの強襲作戦に向かって以来始めてのことであった。
あの作戦が失敗してからも、ずっと彼は戦い続けていたのだろう。
たった一人で、傷ついた心へ、更に鞭を打って。
そんな彼が―――ヴァイスのよく知る、飄々とした団長がようやく帰ってきてくれた。
ヴァイスにはブラウンの笑顔が、そう感じられたのだ。
「よぉ、何とか解決か?」
ブルーはブラウンの元へ近寄ると、そう声掛ける。
「ああ、お前には面倒をかけてしまったな、ブルー」
「全くだ、給料上げろ」
「それとこれとは話が別だ」
「おいおい、そりゃあねぇだろ」
ブルーとブラウンが軽口を飛ばしながら、笑い声を上げる。
そして、ブルーは遠い目を浮かべると、ぽつりと小さな声を漏らした。
「やっぱ、チェスナットが抜けた穴はでかいな」
「ああ………」
ブラウンもまた遠い目で答える。
価値観に相違のある自分たちが今までまとまってこれたのは、チェスナットがいたからだろう。
自分たちが衝突たびに、あの騎士は呆れた表情で仲裁役を担ってきたのだ。
今回の諍いも、彼がいればここまで大きな事態に発展することはなかったのではないか、とブラウンはひとりごちる。
「それで、このオークの死体を利用した挑発作戦、成功の見通しはあるのか?」
ブルーが磔にされた鼻欠に目をやり、ブラウンに尋ねる。
「さあな、オークの仲間意識に期待した作戦だが、俺たちは奴らの情報をほとんど得ていないのが現状だからな。
上手くいくかどうかはわからん」
そうブラウンが答えた、その瞬間。
『 ―――ちょうど、そのことについて報告がある』
「「「!!??」」」
突然、この場にいる誰の物でも無い声が、彼らへと掛けられた。
「なっ、誰だ!?」
ブラウンが驚いた声を上げると同時、森の入口からガサガサという雑木の踏まれる音が鳴り、そして1人の男が姿を現した。
「団長、森の中を彷徨いつづけたせいで、帰還が遅れてしまった。
申し訳ない」
「「ロッセ!?」」
その男の名はロッセ・スキーマー。
チェスナットが最も信頼を置いていた『比類なき勇気の騎士団』工兵部隊員である。
無表情に佇む彼は、体中に傷を作り、左肩には矢が痛々しく刺さったままとなっていた。
「ロッセ………お前、生きて―――」
「オークの群れについて多少ではあるが、新たな情報を入手した。
報告してもいいだろうか?」
驚愕の表情を浮かべるブラウンたちを尻目に、ロッセは普段と変わらない表情と声でぼそりと言う。
もともと、こういう男なのだ。
「とりあえず拠点へ戻るぞ! 報告は後だ!」
傷だらけのロッセを支え、団員たちは一路拠点へと戻っていく。
その後、彼からもたらされた情報は、後にこの戦いの雌雄を問う、重要なものになるのである。




