第22話 卑賎の民と貴族の娘
俺がもともと庶民の出だってことは知ってるよな?
そう、俺は王都の下町にある小せぇ家の次男坊として生まれたんだ。
俺の住んでいた地域は、王都の中でも貧しい奴らの吹き溜まりでな。ガキの時分、俺は読み書きさえまともに出来ない有様だった。
そんな俺だが、腕っ節だけは強くてな、身の程知らずにも騎士に成りたいなんて思っていたんだ。
あ? 何で騎士に成りたかったのかって?
そりゃあお前、アレだ。
クリュートスみたいな英雄になりたかったんだよ。
お前が知らない筈ないよな?
ゴルトー叙事詩の英雄。魔王を破滅させた男。
夜明けの勇者 クリュートス・ゴルトー。
俺の様な庶民から騎士となり、勇者と呼ばれるまで成り上がった男の伝説に、俺は憧れていたんだ。
………そんな複雑そうな顔すんな、お前がクリュートスにどんな感情を持っているのか知らないけどさ。
まあ、俺は下町のガキ共が一度は夢見るのと同じ理由で、騎士を志していたんだ。
だけど、人脈も学も常識もねぇガキが騎士団に入れるほど、世の中は甘くない。
俺が騎士に成るためには、ある程度の実績が必要だった訳だ。
俺はその為、地元の冒険者ギルドに加入した。
冒険者ギルドってのは、騎士団じゃあ請け負わないような些細な出来事やキナ臭い事件を一様に請け負っていてな。
色んなことをやったぜ?
今回の様なオークの討伐、野盗の掃討、王都に対する反逆者への粛清。
その過程で随分と汚いこともやらされた、暗殺や処刑、お前の嫌いな拷問なんかもな。
そんなことをしている内に、俺は王国から認められ、騎士団への門戸が開かれた訳だ。
その後はお前も知ってる通りさ、幸い団長が出自を気にしないような変わり者だったお陰で俺は騎士団の中でも、なかなかいい位置にあてがってもらうことが出来た。
仲間も出来たな………騎士の癖に狡すっからい計略ばかり練るスカした騎士や、小物の癖に大物ぶりたがって火傷する団長。
それに、口ばっかり達者な泣き虫さんとかな。
◇
はははっ、小さく笑って話を終わらせるブルーに対し、ヴァイスが困惑の目を向ける。
「ブルー、結局あなたは何が言いたいのですか?」
「ああ、長々と話しちまったが、要するに俺は騎士になるため、沢山の汚れ仕事をしてきたってことさ。
お前は団長に、騎士とは誇り高い高潔な物だと言っていたが、俺からすればちゃんちゃら可笑しい話さ。
何せ、俺はその騎士になるために、随分と汚れちまった訳だからな。
汚れた俺がいざ騎士になった途端「高潔であれ」何て言われても納得できねぇだろ?」
「そう………ですね………」
「だけどさ」
ブルーの言葉にヴァイスが思わず俯いてしまうが、ブルーは頓着せずに言葉を続ける。
「俺がガキの頃、憧れていたのはお前の言うような誇り高い騎士だったのかもしれない。
高潔で誇り高く、悪の手から臣民を守る正義の戦士、そんな格好いいヒーローに憧れて俺は騎士を目指したのかもしれない………勇者クリュートスのようにさ」
ヴァイスはハッとしたように顔を上げる。
ブルーは相変わらず悪戯っぽい笑顔を浮かべたまま、慈しむような目をヴァイスに向けていた。
「さっきの問いに対する答えだ。
俺は騎士として、オーク共が憎い、死んだ仲間の無念を晴らしたい、どんな手段を使ってでも仲間たちを守りたい。
俺は騎士として、高潔でありたい、誇り高くありたい、正しくありたい。
贅沢な様だが全て本当の気持ちだ、だからお前が正しいのか、団長が正しいのか、俺にはわからない。そんなもの、俺が教えて欲しいくらいだ」
そこまで話して、ブルーは真っ直ぐにヴァイスを見つめる。
その蒼色の瞳には、強い決意が宿っていた。
「だけどな、それでも俺は剣を取る。
例え、団長が正しくなかったとしても、間違っていたとしてもだ。
だって俺は『比類なき勇気の騎士団』特攻部隊長ブルー・アスール。俺の剣はいつだって、騎士団と共にある」
ブルーはそこまで話すと、不意にヴァイスへ言葉を投げかける。
「ヴァイス、お前はどうなんだ?」
「わ、私………?」
「お前はどうして騎士を志した? 何故騎士を続けている?
お前がこの騎士団に入るまでに、色々あったことは知っている。
あんな噂をたてられてまで、どうしてお前は騎士を続けようと思ったんだ?」
「……………っ!」
ブルーの言葉に対し、ヴァイスはまるで苦痛を受けたように顔をしかめる。
王都で蔓延した噂
それはヴァイスにとって、今も心を苛むような、そんな出来事だった。
◇
ヴァイスがこの『比類なき勇気の騎士団』に入団したのは15歳の時のことだ。
ヴァイスは『比類なき勇気の騎士団』に入団する以前、『誇り高き英雄の騎士団』という、王都でも最高峰、最強とされている騎士団に所属していた。
『誇り高き英雄の騎士団』は、とある理由からゴルトー家の子息が代々団長を勤め、退団後も名誉顧問として騎士団に関わっている。ヴァイスがこの騎士団に所属するのは当然の流れでもあった。
そして、ヴァイスが『誇り高き英雄の騎士団』に入団したばかりの、13歳の時。
『誇り高き英雄の騎士団』が年に1度開催する、騎士団内での模擬試合大会。
これにヴァイスは優勝した。
王都最高峰と謳われる騎士団である。これに優勝することは実質、王国で最高の騎士であるとされるに等しい。
まして、ヴァイスは入団したばかりの13歳。
更には騎士団の名誉顧問である「ゴルトー家」の1人娘であり、世界でも例にない女性の騎士、加えて彼女の可憐な容姿など、ヴァイスが王都で注目を浴びることになるのは当然のことであった。
当時、ヴァイスは王国で最も有名な騎士と相成っていたのだ。
だが、その数日後。彼女を取り巻く環境は急変する。
『誇り高き英雄の騎士団』。そこに所属する1人の騎士が大会はゴルトー家によって仕組まれた八百長試合であったと告発したのだ。
彼の告発は瞬く間に王都中へ広がった。
元よりおかしな話であったのだ。やっと14歳になったばかりの少女が、つわもの揃いのこの大会で優勝出来るわけがない。
ヴァイスもまた、彼の告発を否定しなかった。
多くの者がヴァイスに対し彼の告発について問いただしたが、彼女は黙して何も語らなかったのだ。
この告発に対し、王都中に様々な噂や憶測が広がる中、ゴルトー家の当主―――ヴァイスの実父であるゾーラタ・ゴルトーは正式な声明を発する。
『先の大会において申し合わせがあったことは事実である。しかし、それはヴァイス・ゴルトーが独断で行ったことであり、ゴルトー家自体はこの件に関わっていない』
そしてその声明を発表すると同時に、『誇り高き英雄の騎士団』の名誉顧問でもあるゾーラタ・ゴルトーは、ゴルトー家の名において、ヴァイスを騎士団から追放した。
名目上は、今回の騒動に対してゴルトー家としての責を果たすという事であったが、実際は蜥蜴の尻尾きりである。
ゾーラタは全ての責任を1人娘であるヴァイスになすりつけ、そして彼女を捨てたのだ。
これらの事態を受け、王都の人間たちがヴァイスを見る目が変わった。
憧れと尊敬を持って向けていた眼差しは、侮蔑と好奇の目に変わり、彼女の特異性はそれらに拍車をかけた。
『ゴルトー家の1人娘は、騎士団内で身売りを繰り返し、大会の優勝を得たらしい』
等とヴァイスの優れた容姿は、そんな下卑た噂さえも広めてみせた。
告発後も、ヴァイスが王都で最も有名な騎士であることに変わりは無かったが、それは下賤な好奇と関心に寄る、娯楽に過ぎないものへと変質していた。
その後、ゴルトー家は1人の男を養子として迎え入れる。
その男はヴァイスより更に年下でありながら、常人離れした武芸の才を持ち、恵体に恵まれた偉丈夫で、ヴァイスに変わって『誇り高き英雄の騎士団』へ入団を許された。
それは、ゴルトー家の家督を彼が継ぐと表明しているようなものだ。ヴァイスは実父から完全に見放されてしまったのである。
夢も権威も、名誉さえ完全に失ったヴァイスは屋敷の奥深くに引きこもり、ただ日々を経過させていた。
彼女はもう剣を取ることは無いし、夢を語るようなこともしない。
ただ人形のように、父の添え物として王都への会合へその姿を見せる。
会合の華という役割しか、もうゾーラタはヴァイスに与えなかったのだ。
そんな抜殻のような日々のある日。
権力者が集うとある会合の席で、1人の男がヴァイスへ声を掛ける。
男の名はブラウン・カスタード。
『比類なき勇気の騎士団』の団長を務める男である。
その騎士団は『誇り高き英雄の騎士団』より多少、格が落ちるものの、門戸が広く、王都の隠れたつわものたちが集っていると噂されていた。
困惑するヴァイスに対し、ブラウンは平然とした様子で
『俺の騎士団に来てみないか?』
と告げる。
彼の思惑が何であったのか、今でもヴァイスにはわからない。
ただ、その茶髪の騎士が持つ精悍な琥珀色の瞳に、もう一度夢を抱いてみたいと、その時彼女は思ったのだ。
王国中の権力者を集めた会合の席で衆目も憚らず、ヴァイスはブラウンの前でかしづいてみせた。
地位という面では圧倒的に劣る、一介の騎士に対して、である。
突然のヴァイスの行動に周囲がざわつくが、彼女はそんなことに頓着せず、誓いの言葉を紡ぐ。
『私、ヴァイス・ゴルトーはたった今から一振りの剣。
今日から貴方は私の主、剣の主。
私の振るう剣は貴方の為、私は貴方の剣となることをここに誓います』
平伏し、仰々しい言葉を放つヴァイスに対し、ブラウンは少し呆れたように笑みを浮かべながらも―――
『ああ、頼むヴァイス。俺に力を貸してくれ』
と答えたのだった。
◇
「どうした、ヴァイス?」
「いえ………」
不意に黙り込んでしまったヴァイスに対し、ブルーが心配したような様子で問いかける。
「まあ、それならいいんだが………それで、どうだ?
お前が騎士を志した理由ってのは、いったい何なんだ?」
「理由、ですか………」
ヴァイスは少し頭を捻る。
彼女が騎士を志したのは、言ってしまえばゴルトー家に生まれたからである。
ゴルトー家に生まれた者が騎士となる―――それはひよこが鶏になるように当然のことであったのだ。
考え込むような表情を浮かべるヴァイスに対し、ブルーは蒼い瞳に決意を宿らせたように光らせ、真っ直ぐに言う。
「俺が騎士を志したのは、さっき言ったようにクリュートスに憧れたから―――いや出世したかったから、かな?
まあ、そういう訳だが、今も騎士を続けているのは別の理由がある」
「別の理由?」
「ああ、俺が騎士になって最初に理解したのは、俺は凡人に過ぎないってことだった。
喧嘩こそガキの頃と変わらず強かったが、騎士ってのはそれだけじゃ務まらねぇ。
冷静な思考や全体を見渡す視野の広さ、正式な場における礼儀作法………そんなものが騎士には必要だったわけだ」
「………………」
「だが知ってのとおり、俺はそんなもの持っちゃいなかった。
短気で考え知らず、言動や態度もガサツで不遜。わかるだろ?
ほれ、こんなモンまで彫っちまってるからな」
ブルーは少し冗談をめかした様子で、上着をはだけ、その右肩を晒してみせる。
その肩には、猛り狂った蒼い狼の刺青が掘り込まれていた。
「俺は騎士になってから、何度も何度も………そりゃあ数え切れないほど、他の騎士共と衝突した。
喧嘩騒ぎを起こしては騎士団を追放され、また別の騎士団へ………って具合で、騎士になってから数年、俺は腫れ物のように数多の騎士団を流浪していたんだ。
当時はそんな自分への処遇に納得出来なかったが、今ならその理由がわかる」
「俺は騎士を名乗るにはあまりに品が無さすぎた。
俺は騎士として、あまりに未成熟だった。
俺は結局、喧嘩が強いだけの無法者でしかなかったんだ」
ブルーが自嘲するように、少し笑う。
ヴァイスはそんなブルーを見て、少し意外に思う。
いつも自由気ままに生きているように見えたブルーが、そんなことを考えていたとは思っていなかったのだ。
「だけどな、そんな時、あのオッサン―――団長に出会ったんだよ」
「団長に?」
「ああ、団長はこんな俺に目をかけてくれた。
戦闘しか能の無い俺を、部隊長なんて地位にまで担ぎ上げてくれた。
だから、俺は騎士を続けているんだと思う。
俺が剣を持つのは俺の為だが、同時に団長の為でもある。
ヴァイス、お前は違うのか?」
「………………」
再び黙り込んでしまったヴァイスの瑠璃色を、ブルーの蒼色が真っ直ぐに見つめる。
「さっきのアレで、団長を見限ったか?」
「そ、そんなことは!」
そうだ、そんなことがある訳が無い。
所属していた騎士団を追放され、父親からは見捨てられ、行き場を失っていたヴァイスに手を差し伸べてくれたのがブラウン―――比類なき勇気の騎士団だったのだ。
彼女の剣は騎士団の為にある。
ただ………悲しかったのだ。
彼女の知る、オークの末路が。
鼻欠のあまりにも残酷すぎる結末が。
どうしても、受け入れることが出来なかったのだ。
「私の剣は騎士団の物です。
私が振るう刃は王国のため、臣民のため………そしてブラウン団長の為にあるのです」
「それならいい、チェスナットが死に、俺も戦えない今、頼みの綱はお前だけだ。
俺もこんなザマだが、最後まで戦い抜くつもりだ。
団長には、俺を見出してくれた恩があるからな」
そこまで話して、ブルーはヴァイスの瞳が再びいつもの凛々しさを取り戻していることに気付いた。
ブルーは少し悪戯っぽい笑みを浮かべヴァイスに拳を突き出してみせる。
「頼りにしてるぜ、ヴァイス隊長?」
「お任せなさい、ブルー隊長」
ヴァイスもまた、不適な笑顔でその拳に自らの拳を当てた。
「ようし、それなら団長と仲直りも出来るな?」
「え………?」
途端に凛々しさを失い、シナシナとしょげていくヴァイスに対し、ブルーは苦笑を浮かべる。
「しかし………私は団長に酷いことを言ってしまいました。
団長は私を許してくれるのでしょうか?」
「許すも何もあのオッサン、お前に嫌われたと思ってまた1人で落ち込んでるんだろうさ。
小物の癖に大物ぶってるから、こういう目に合うんだ。
偶にはいい薬になっただろう」
「だけど………」
「あー! お前も大概、面倒くせぇ奴だな! ほら、行くぞ!」
「わっ、ブルー! ちょっと離して下さい!」
ヴァイスがブルーに腕を掴まれ、引きずられるようにしてテントの外へ連れ出される。
(まったく、団長もコイツも………本当に手のかかる奴だ。
………なあ、チェスナット、やっぱお前がいない騎士団は大変だよ。
だけどな、安心してくれ。
お前がいなくなった分の穴は、きっと俺が埋めてみせるからさ)
ぎゃーぎゃーと抗議の声を上げるヴァイスを制しつつ、ブルーはそんな思いを、いなくなった仲間へ向けて捧ぐのだった。




